24 / 44
第四章『再会』
第24話 モリザワ・レイジ
しおりを挟む
俺には休みなんてない。
仕事がやけに忙しく、毎日苦労する。とはいえ、ブラック企業で働いているわけではない。
ただ、彼女ーー中野美於との将来を想像し、再び会える日まで金を稼ごうとしている。なぜなら、俺は彼女と付き合いたいから。仕事中でもそういう白昼夢をよく見る。しかも毎回、夢の内容はほとんど同じだ。
ようするに、偶然に彼女の姿を見かけた瞬間、賑やかな街が突然空いて二人きりになるという夢……。
しかも、夢で見た街は秋葉原にあるに違いない。そこに行きたくなって、俺は列車に乗り込んだ。だが、途中で仕事から電話が来て、会社に戻らなければならなかった。
まるで運命が俺たちを引き離そうとしているかのようにーー
しかし、彼女が秋葉原にいるということを確信している。だから、俺はどうしても会いに行く。
……クビになっても。
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
「す、すみません」
そう言ったのは見知らぬ女性だった。
この会社の象徴の付いたネックストラップが彼女の襟元からぶら下がっている。名前は『谷川桜』らしい。
茶色の長い髪が背中にかかる。視線を落とすと、OLならではの黒いタイツが目に入った。
「今日、入社したばかりなんですが……」
言って、桜は戸惑った表情を浮かべた。
ーーそういうことか。新人が来るのは珍しい。いや、滅多にない。
「つまり、案内とか説明が欲しいだろうね」
俺がそう言うと、彼女は口をぽかんと開ける。
「じ、自己紹介を言い忘れた! 私ーー」
「必要ないだろう。名前はIDカードに載ってるんだ」
と、俺は彼女の自己紹介を遮って言った。
彼女はネックストラップに視線を落として、苦笑した。
「そ、そうですね。では、よろしくお願いします」
桜は頭を下げて、そう言った。
「よろしく」
新人が来るのは新鮮だけど、俺の問題児になりかねない。そもそもなんで俺が彼女の世話をすることになったのか? 仕事をするだけで切羽詰っているし。
しょうがないと自分に言い聞かせ、俺はオフィスチェアから立ち上がった。
ーー案内する、か。メイドからの案内が恋しいなぁ。
歩きながら、珈琲の香りがした。
おそらく、仕事もせず珈琲を淹れることしかしない奴らの仕業だろう。そんな奴がまだクビになっていないのは本当に奇跡だ。彼らを見るたび、俺は仕事を辞めたくなる。
「見ての通り、ここは珈琲を淹れる場所だ。この奴らは反面教師をしているよ。いつもここでうろついて仕事をサボっているんだ」
「そうですか……。私、仕事に頑張りますから」
そして、俺たちは次の場所に向かった。エレベーターの前に立ち止まって、しばらく待っていた。
「もう知っているだろうけど、IDカードを持っていなければエレベーターが使えないんだ。忘れないようにしておけよ」
桜は俺の助言に軽く頷く。
そして、エレベーターのドアが開いた。一緒に入ってから、俺はボタンを押した。
エレベーターの中が狭く、桜は少し目眩しそうになった。
やはり階段のほうがマシだったかもしれない。
「おい、大丈夫か?」
「あの、エレベーターが苦手なんですが」
「そんな事は前に言ったほうがいいじゃないか。じゃこれからは階段を使えばいい」
言って、俺は大袈裟に長い溜息を吐いた。
たった三十分で、この新人はもう問題を起こしている。やはり俺の問題児になるんだろう。
エレベーターが低い音を立てて、下り始めた。
桜は身体を隅に預かって、深呼吸をする。
ーーまったく、この子は……。
次々に色々な場所を訪れたあと、俺たちは事務所に戻ってきた。
「案内してくれてありがとうございました」
と、桜は席について言った。
俺は心地いいオフィスチェアに座り、疲れの吐息を吐いた。
彼女と友達になったら、仕事が少しでも楽しくなる気がする。俺の隣に座っているし、雑談くらいはできるだろう。
「なあ、谷川さん。なんでこの会社に入ったか?」
彼女は答えを必死に探しているようだった。
「実は、事務所で働くのは初めてです。高校生のころ、私はコンビニでバイトしてました。えーと、もう一つの理由があるんだけど、ちょっと恥ずかしくて……」
言葉を慎重に選んでいるのか、桜は突如黙り込んだ。
少し間を置いて、彼女は再び口を開いてこう言った。
「一週間、メイド喫茶で働いたんですが……」
言いながら、彼女の頬が赤くなった。
「すみません、自分語りばかりしましたね……」
「いや、全然大丈夫だよ。俺はメイド喫茶が好きなんだ」
俺が言うと、桜は俺のネックストラップに目をやった。
「モリザワさん、ですか?」
「そうだよ」
頷いて、俺はそう答えた。
十五分くらい雑談したあと、お腹が昼休みの始まりを告げるかのように突然ゴロゴロする。
時計を一瞥すると、午前十一時五十九分だと気づいた。
ーー腹減ったなぁ。
立ち上がると、桜は俺に顔を上げる。
「昼ご飯を食べに行きますか?」
「ああ、一緒に来ない? ところで、俺だから敬語じゃなくていいよ」
「そうか……。でも入ったばかりなので、急にタメ語で話すのはおかしいんじゃないの?」
その言葉に、俺は苦笑いした。
「……この会社で働いているなら、もっと大きな問題が山ほどあるよ」
ーーそんなことは新人に言うな、俺!!
『大きな問題』の言葉に不安になったのか、彼女は突然話題を振った。
「じ、じゃー。昼ご飯を食べに行こうか?」
口より腹が先に答えた。幸いなことに、そのゴロゴロ音が聞こえたのは俺だけだったようだ。
「そうだな、早く行こうぜ」
仕事がやけに忙しく、毎日苦労する。とはいえ、ブラック企業で働いているわけではない。
ただ、彼女ーー中野美於との将来を想像し、再び会える日まで金を稼ごうとしている。なぜなら、俺は彼女と付き合いたいから。仕事中でもそういう白昼夢をよく見る。しかも毎回、夢の内容はほとんど同じだ。
ようするに、偶然に彼女の姿を見かけた瞬間、賑やかな街が突然空いて二人きりになるという夢……。
しかも、夢で見た街は秋葉原にあるに違いない。そこに行きたくなって、俺は列車に乗り込んだ。だが、途中で仕事から電話が来て、会社に戻らなければならなかった。
まるで運命が俺たちを引き離そうとしているかのようにーー
しかし、彼女が秋葉原にいるということを確信している。だから、俺はどうしても会いに行く。
……クビになっても。
♡ ♥ ♡ ♥ ♡
「す、すみません」
そう言ったのは見知らぬ女性だった。
この会社の象徴の付いたネックストラップが彼女の襟元からぶら下がっている。名前は『谷川桜』らしい。
茶色の長い髪が背中にかかる。視線を落とすと、OLならではの黒いタイツが目に入った。
「今日、入社したばかりなんですが……」
言って、桜は戸惑った表情を浮かべた。
ーーそういうことか。新人が来るのは珍しい。いや、滅多にない。
「つまり、案内とか説明が欲しいだろうね」
俺がそう言うと、彼女は口をぽかんと開ける。
「じ、自己紹介を言い忘れた! 私ーー」
「必要ないだろう。名前はIDカードに載ってるんだ」
と、俺は彼女の自己紹介を遮って言った。
彼女はネックストラップに視線を落として、苦笑した。
「そ、そうですね。では、よろしくお願いします」
桜は頭を下げて、そう言った。
「よろしく」
新人が来るのは新鮮だけど、俺の問題児になりかねない。そもそもなんで俺が彼女の世話をすることになったのか? 仕事をするだけで切羽詰っているし。
しょうがないと自分に言い聞かせ、俺はオフィスチェアから立ち上がった。
ーー案内する、か。メイドからの案内が恋しいなぁ。
歩きながら、珈琲の香りがした。
おそらく、仕事もせず珈琲を淹れることしかしない奴らの仕業だろう。そんな奴がまだクビになっていないのは本当に奇跡だ。彼らを見るたび、俺は仕事を辞めたくなる。
「見ての通り、ここは珈琲を淹れる場所だ。この奴らは反面教師をしているよ。いつもここでうろついて仕事をサボっているんだ」
「そうですか……。私、仕事に頑張りますから」
そして、俺たちは次の場所に向かった。エレベーターの前に立ち止まって、しばらく待っていた。
「もう知っているだろうけど、IDカードを持っていなければエレベーターが使えないんだ。忘れないようにしておけよ」
桜は俺の助言に軽く頷く。
そして、エレベーターのドアが開いた。一緒に入ってから、俺はボタンを押した。
エレベーターの中が狭く、桜は少し目眩しそうになった。
やはり階段のほうがマシだったかもしれない。
「おい、大丈夫か?」
「あの、エレベーターが苦手なんですが」
「そんな事は前に言ったほうがいいじゃないか。じゃこれからは階段を使えばいい」
言って、俺は大袈裟に長い溜息を吐いた。
たった三十分で、この新人はもう問題を起こしている。やはり俺の問題児になるんだろう。
エレベーターが低い音を立てて、下り始めた。
桜は身体を隅に預かって、深呼吸をする。
ーーまったく、この子は……。
次々に色々な場所を訪れたあと、俺たちは事務所に戻ってきた。
「案内してくれてありがとうございました」
と、桜は席について言った。
俺は心地いいオフィスチェアに座り、疲れの吐息を吐いた。
彼女と友達になったら、仕事が少しでも楽しくなる気がする。俺の隣に座っているし、雑談くらいはできるだろう。
「なあ、谷川さん。なんでこの会社に入ったか?」
彼女は答えを必死に探しているようだった。
「実は、事務所で働くのは初めてです。高校生のころ、私はコンビニでバイトしてました。えーと、もう一つの理由があるんだけど、ちょっと恥ずかしくて……」
言葉を慎重に選んでいるのか、桜は突如黙り込んだ。
少し間を置いて、彼女は再び口を開いてこう言った。
「一週間、メイド喫茶で働いたんですが……」
言いながら、彼女の頬が赤くなった。
「すみません、自分語りばかりしましたね……」
「いや、全然大丈夫だよ。俺はメイド喫茶が好きなんだ」
俺が言うと、桜は俺のネックストラップに目をやった。
「モリザワさん、ですか?」
「そうだよ」
頷いて、俺はそう答えた。
十五分くらい雑談したあと、お腹が昼休みの始まりを告げるかのように突然ゴロゴロする。
時計を一瞥すると、午前十一時五十九分だと気づいた。
ーー腹減ったなぁ。
立ち上がると、桜は俺に顔を上げる。
「昼ご飯を食べに行きますか?」
「ああ、一緒に来ない? ところで、俺だから敬語じゃなくていいよ」
「そうか……。でも入ったばかりなので、急にタメ語で話すのはおかしいんじゃないの?」
その言葉に、俺は苦笑いした。
「……この会社で働いているなら、もっと大きな問題が山ほどあるよ」
ーーそんなことは新人に言うな、俺!!
『大きな問題』の言葉に不安になったのか、彼女は突然話題を振った。
「じ、じゃー。昼ご飯を食べに行こうか?」
口より腹が先に答えた。幸いなことに、そのゴロゴロ音が聞こえたのは俺だけだったようだ。
「そうだな、早く行こうぜ」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。
おいしいご飯がたくさん出てきます。
いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。
助けられたり、恋をしたり。
愛とやさしさののあふれるお話です。
なろうにも投降中

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
CODE:HEXA
青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。
AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。
孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。
※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。
※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。
タイムトラベル同好会
小松広和
ライト文芸
とある有名私立高校にあるタイムトラベル同好会。その名の通りタイムマシンを制作して過去に行くのが目的のクラブだ。だが、なぜか誰も俺のこの壮大なる夢を理解する者がいない。あえて言えば幼なじみの胡桃が付き合ってくれるくらいか。あっ、いやこれは彼女として付き合うという意味では決してない。胡桃はただの幼なじみだ。誤解をしないようにしてくれ。俺と胡桃の平凡な日常のはずが突然・・・・。
気になる方はぜひ読んでみてください。SFっぽい恋愛っぽいストーリーです。よろしくお願いします。
NOISE
セラム
青春
ある1つのライブに魅せられた結城光。
そのライブは幼い彼女の心に深く刻み込まれ、ピアニストになることを決意する。
そして彼女と共に育った幼馴染みのベース弾き・明里。
唯一無二の"音"を求めて光と明里はピアノとベース、そして音楽に向き合う。
奏でられた音はただの模倣か、それとも新たな世界か––––。
女子高生2人を中心に音を紡ぐ本格音楽小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる