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第三章『情熱』

第18話 秋葉原での路上ライブ

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 数日後、路上ライブの日が来た。
 私は少し早めに起きて、水樹みずきの様子をうかがった。
 彼女のぐっすり眠っている姿を見るともう少し寝させてあげようと思ったけど、起こさないと路上ライブの準備が始まらない。

「おはようございます、高野たかのさん」

 私の言葉に水樹みずきは徐々に目を開けた。
 
「あれ、どこ……?練習室の床板で眠りについたっけ……」
高野たかのさんを練習室から私の部屋まで運んできたんです」
「え、夢輝ゆめきさん? ごめん、迷惑をかけましたね」
「まあ、いいんですけど……次回はもっと休憩をしませんか? 本当に疲れましたよ」
「私たちはアイドルだから当たり前でしょ?」

 その瞬間、私はあることに気がついた。準備をしなきゃいけないとわかってはいるものの、一体どこでライブをしているのかはまだわからない。

「とにかく、路上ライブの準備をしなきゃいけないんですね。ちなみに、どこに行くつもりですか?」
「え、言い忘れたっけ? 今回のステージなのは……秋葉原ですよ!」

 ーー秋葉原なのか!?

 そこに行くのは久しぶりなんだけど、よく覚えている。
 目を閉じると、ずらりと並んでいたメイドたちや賑やかな商店街が鮮明に浮かんできた。

「秋葉原、ですか? せっかくだから、メイド喫茶にでも立ち寄りましょうか?」
「メイド喫茶? 夢輝ゆめきさんがそういうことにハマってるとは思いませんでした」
「そ、その……行ったことがないから、行ってみたいんですけど」
「じゃ、路上ライブが終わったら行きましょうか!」
「そうしましょうね!」

♡  ♥  ♡  ♥  ♡

 朝ごはんを食べてから、私たちは秋葉原に出かけた。
 列車に乗り込んで、隣の席についた。今日の車内は意外と空いている。
 水樹みずきは小さなCDプレイヤーを持っており、私はチケットの束とマイクを二本持っている。列車を降りてからステージまで歩くので、残念ながらこれくらいしか持っていけない。
 とにかく、必要な物はこれだけだろう……。
 秋葉原が視界に入ってくると、水樹みずきは降車ボタンを押してくれた。
 列車は次第に速度を落としていって、停車した。

「じゃ、早速行きましょう!」

 言って、水樹みずきは勢い良く走り出した。
 
 ーーまったく、路上ライブのために体力を温存しなきゃいけないってことがわかってないのか!?
 
 私は溜息を吐いて、ゆっくりと彼女についていく。

「えー、メイドがいっぱいいますね! すーごい!」

 私は歩く速度を上げて、合間を縫っていた。
 ステージに向かいながら、いろいろなチラシを手に取って、それぞれの内容を見比べた。選択肢が多すぎて、どのメイド喫茶に行けばいいのかわからなくなった。
 しかしーー

「ゆめゐ喫茶に来てみませんか? うちのキチャを飲めば、あなたの願いを一つ叶えていただけます! どなたでも大歓迎です!」

 その言葉が耳に入ると、私は好奇心旺盛になった。
 水樹みずきから離れて、声の持ち主を探し始めた。

夢輝ゆめきさん、どこに行っているんですか?」
「あの、何かが気になってて……ちょっと待ってくださいね」

 しばらくの間、私はあてもなくうろついた。
 メイドたちの声を聞き分けようとしながら、周りを見渡した。
 あちらこちらに立っているメイドの群れが視界を埋め尽くしている。
 
「ゆめゐ喫茶に来てみませんか? うちのキチャを飲めば、あなたの願いを一つ叶えていただけます! どなたでも大歓迎です!」

 その台詞が再び耳に入ると、声の持ち主が誰なのかはようやくわかった。
 一歩距離を詰めると、彼女が私に話しかけた。

「お初にお目にかかりますお嬢様! チラシはいかがでしょうか?」

 ーーか、かわいい!!

 私は目を輝かせて、手を差し出した。

「お願いします!」

 彼女はチラシを手渡して一礼した。
 私はチラシの内容を速読してから、水樹みずきの姿を探し始めた。
 人混みを掻き分けながら赤の他人にぶつかって「すみません」と言ったりして、ストレスが溜まっていく。
 
 ーー彼女は一体どこに……?
 
 そう思った途端、水樹みずきの横顔が目に入った。
 チラシを鷲掴みにしながら、私は彼女のもとへ走り出した。
 
「あれ、チラシですか?」
「そう、そこに来たら願い事を叶えてあげるって。ちょっと面白いかもしれませんね」

 その言葉に、水樹みずきいぶかしげに眉をひそめた。

「ただの詐欺なんじゃないですか?」
「わからないけど、面白そうだから行ってみたいですぅ!」
「ならいいんですけど……」

 水樹みずきはメイド喫茶に行くと約束したのに、なぜか躊躇しているようだ。
 私の願い事はもちろん、次のライブが満席になること。
 だから詐欺であれ不毛であれ、ゆめゐ喫茶に行ってみたい。本当に願い事を叶えてくれるなら助かる。

「じゃ、早速準備をしにいきましょうか?」

 水樹みずきは腕時計を一瞥して、ステージであろう街のほうを指差した。
 そこではたくさんの人が街を行き交っている。賑やかなので注目を集めやすいかもしれない。
 緊張しながら、私は水樹みずきとそこに向かっていく。
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