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2 魔の森
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ジェスが温かいお茶を入れ直し、全員がそのお茶とスコーンで一息ついたあと、ジェスがおもむろに話し始めた。
「それでは、レリア様、コリア様。今の現状とこの屋敷の事など必要な事を説明させていただきます。すべて覚えなくても大丈夫です。何かわからない事があれば逐一お聞きください」
二人が頷いたのを確認すると、ジェスは今二人を取り巻く状況について話し始めた。
ここヴァータ辺境伯領は魔の森と接している、魔物魔獣との防衛の最前線だ。帝国の最北端でもある。帝都までは最速馬車で移動しても2か月かかる。これより早い移動手段は竜車しかなく、高位貴族、皇族、もしくは軍の精鋭部隊しか使用できない。
つまり、とても田舎であるということだった。
しかし、ここは人魔対戦の最前線であり、ここが落ちれば帝国の領地は魔に飲まれて行く可能性があるので重要な土地でもある。また、隣の領地は少しだけだが隣国と接している。隣国とは停戦しているが小競り合いは日常茶飯事であり、魔の森を避けて領地を広げようと侵略してくる隣国の抑制の為にも重要な土地である。
そのため、魔力や加護の力が強い皇族が定期的に辺境伯家に嫁入り、婿入りすることになっている慣例がある。
「じゃあ、僕らのお母さまは皇族、なのにこんな待遇だったの?」
コリア唖然として尋ねた。ジェスはぎゅっと目をつぶって少し視線を落とした。
「そのことについてもご説明いたします」
確かに、過去は皇族と辺境伯家は密接な関係にあった。そもそも建国当時にさかのぼれば、皇弟の一人が辺境伯家の初代当主なのだ。
しかし、建国から1300年、仮初であろうと平穏が続いて少なくとも300年、帝都の皇族貴族はその恩恵にあずかっているのにも関わらず、ありがたみを忘れ辺境伯家を田舎貴族と見下す風潮ができて行ってしまった。
先帝も暗君であり、辺境伯家をあなどり、そして辺境に寄越したのは自身の数多くいる妾とも呼べない一夜の逢瀬でできてしまった私生児の一人だった。
先代辺境伯は良き領主であり、高位貴族には珍しく私生児に対しての差別などがない人であったため、王女を受け入れたが、先代辺境伯夫人は違った。
先代辺境伯夫人もまた、帝都から売られるようにやってきた傍系の皇族のひとりであり、自身の待遇に文句があったためだ。自身の待遇に文句があるのに、さらに自身が手塩にかけて育てた息子を侮られ、それを受け入れた夫にも憤懣やる方なかった。
その影響を多分に受けた現当主はそもそも自身の妻である王女を見下していたのに、その腹から生まれたのが双子であったため、二人の亀裂は徹底的になった。
「ねえ、それで、お母さまはどうなったの?」
レリアはジェスの話をきいて何とも言えない気分になった。
父と同じく自分たちを捨てたと思っていたお母さまにも色々とあったのだ、と。それで納得できるかと言われたら、少し難しかったが。
コリアがレリアの手をソファーの上でぎゅっと握った。二人で見つめあって、そしてジェスに話を促した。
レリアとコリアの母は二人を産んだ後、辺境伯家で義母と夫、一部の使用人たちによって壮絶ないじめにあったそうだ。それに耐えられず、彼女は辺境伯家を出て今は学院時代の知人の家に身を寄せているとのことだった。
辺境伯と祖母のふたりは、母を追い出した後、皇家との制約で再婚はできないものの、もともとのお妾さんの一人、つまりは恋人だった人を迎えて暮らしているらしい。
「じゃあ、おじい様、前辺境伯様はどうなったの?」
真っすぐなレリアの視線を受けて、ジェスとロナルドは瞑目した。そのまま祈りを小さくささげる。
「……お亡くなりになりました。こう言っては言い訳に聞こえるかと思われますが、前辺境伯様が生きていらっしゃたら、決してレリア様とコリア様へのこのような待遇を許すことはなかったでしょう」
「俺もジェスさんと同じ意見だ。前辺境伯様がご存命であったなら、レリア様とコリア様がないがしろにされることはなかっただろう」
「前辺境伯様はどうしてお亡くなりになったのですか?」
コリアの質問に、ジェスは少し言いよどんだ。そしてソファーから立ち上がり、テーブルを回りこんで、二人の前にひざまずいた。ロナルドもそれにならう。
「まだお若い、いえ、幼いと言っても良いあなた方に、このお話をするの私は大人失格でしょう。恨んでも構いません、ですが、どうかーー」
「「……」」
「ーーどうか、先代様のご遺志をお受け取りください」
そういってジェスとロナルドはそれぞれ二人の手を取り、その甲を額の魔力紋に当てて懇願の姿勢をとった。
とはいっても二人はこの時、この姿勢が何の姿勢か理解できなかったのだが、何か重大なことを言われると感じて神妙な顔をして次の言葉を待った。
「先代辺境伯様は、300年ぶりに来た中規模のスタンピードと、それと合わせて隣領を超えて攻めてきた隣国軍から国を守り、討ち死になされました。その時にこの館は現御当主様により放棄されました。幸い、前辺境伯様がスタンピードを攻略し、隣国兵半分を葬っていたことで、王都の竜騎士が対応できました。」
「もっとも、隣国の兵半分を撃退しただけの帝都の竜騎士はスタンピードの対応に間に合わなかったのに、『こんな簡単な対応で呼ぶな』と言って帰って行きましたけどね」
「先代様は常々、『あのバカ殿の面倒を見られるのはお前だけだ』と私におっしゃっていたのです。そのため、私は、私の残りの人生の使命は現御当主を支えることだと思っていました」
そういってジェスは暫く言葉を詰まらせた。
「それでは、レリア様、コリア様。今の現状とこの屋敷の事など必要な事を説明させていただきます。すべて覚えなくても大丈夫です。何かわからない事があれば逐一お聞きください」
二人が頷いたのを確認すると、ジェスは今二人を取り巻く状況について話し始めた。
ここヴァータ辺境伯領は魔の森と接している、魔物魔獣との防衛の最前線だ。帝国の最北端でもある。帝都までは最速馬車で移動しても2か月かかる。これより早い移動手段は竜車しかなく、高位貴族、皇族、もしくは軍の精鋭部隊しか使用できない。
つまり、とても田舎であるということだった。
しかし、ここは人魔対戦の最前線であり、ここが落ちれば帝国の領地は魔に飲まれて行く可能性があるので重要な土地でもある。また、隣の領地は少しだけだが隣国と接している。隣国とは停戦しているが小競り合いは日常茶飯事であり、魔の森を避けて領地を広げようと侵略してくる隣国の抑制の為にも重要な土地である。
そのため、魔力や加護の力が強い皇族が定期的に辺境伯家に嫁入り、婿入りすることになっている慣例がある。
「じゃあ、僕らのお母さまは皇族、なのにこんな待遇だったの?」
コリア唖然として尋ねた。ジェスはぎゅっと目をつぶって少し視線を落とした。
「そのことについてもご説明いたします」
確かに、過去は皇族と辺境伯家は密接な関係にあった。そもそも建国当時にさかのぼれば、皇弟の一人が辺境伯家の初代当主なのだ。
しかし、建国から1300年、仮初であろうと平穏が続いて少なくとも300年、帝都の皇族貴族はその恩恵にあずかっているのにも関わらず、ありがたみを忘れ辺境伯家を田舎貴族と見下す風潮ができて行ってしまった。
先帝も暗君であり、辺境伯家をあなどり、そして辺境に寄越したのは自身の数多くいる妾とも呼べない一夜の逢瀬でできてしまった私生児の一人だった。
先代辺境伯は良き領主であり、高位貴族には珍しく私生児に対しての差別などがない人であったため、王女を受け入れたが、先代辺境伯夫人は違った。
先代辺境伯夫人もまた、帝都から売られるようにやってきた傍系の皇族のひとりであり、自身の待遇に文句があったためだ。自身の待遇に文句があるのに、さらに自身が手塩にかけて育てた息子を侮られ、それを受け入れた夫にも憤懣やる方なかった。
その影響を多分に受けた現当主はそもそも自身の妻である王女を見下していたのに、その腹から生まれたのが双子であったため、二人の亀裂は徹底的になった。
「ねえ、それで、お母さまはどうなったの?」
レリアはジェスの話をきいて何とも言えない気分になった。
父と同じく自分たちを捨てたと思っていたお母さまにも色々とあったのだ、と。それで納得できるかと言われたら、少し難しかったが。
コリアがレリアの手をソファーの上でぎゅっと握った。二人で見つめあって、そしてジェスに話を促した。
レリアとコリアの母は二人を産んだ後、辺境伯家で義母と夫、一部の使用人たちによって壮絶ないじめにあったそうだ。それに耐えられず、彼女は辺境伯家を出て今は学院時代の知人の家に身を寄せているとのことだった。
辺境伯と祖母のふたりは、母を追い出した後、皇家との制約で再婚はできないものの、もともとのお妾さんの一人、つまりは恋人だった人を迎えて暮らしているらしい。
「じゃあ、おじい様、前辺境伯様はどうなったの?」
真っすぐなレリアの視線を受けて、ジェスとロナルドは瞑目した。そのまま祈りを小さくささげる。
「……お亡くなりになりました。こう言っては言い訳に聞こえるかと思われますが、前辺境伯様が生きていらっしゃたら、決してレリア様とコリア様へのこのような待遇を許すことはなかったでしょう」
「俺もジェスさんと同じ意見だ。前辺境伯様がご存命であったなら、レリア様とコリア様がないがしろにされることはなかっただろう」
「前辺境伯様はどうしてお亡くなりになったのですか?」
コリアの質問に、ジェスは少し言いよどんだ。そしてソファーから立ち上がり、テーブルを回りこんで、二人の前にひざまずいた。ロナルドもそれにならう。
「まだお若い、いえ、幼いと言っても良いあなた方に、このお話をするの私は大人失格でしょう。恨んでも構いません、ですが、どうかーー」
「「……」」
「ーーどうか、先代様のご遺志をお受け取りください」
そういってジェスとロナルドはそれぞれ二人の手を取り、その甲を額の魔力紋に当てて懇願の姿勢をとった。
とはいっても二人はこの時、この姿勢が何の姿勢か理解できなかったのだが、何か重大なことを言われると感じて神妙な顔をして次の言葉を待った。
「先代辺境伯様は、300年ぶりに来た中規模のスタンピードと、それと合わせて隣領を超えて攻めてきた隣国軍から国を守り、討ち死になされました。その時にこの館は現御当主様により放棄されました。幸い、前辺境伯様がスタンピードを攻略し、隣国兵半分を葬っていたことで、王都の竜騎士が対応できました。」
「もっとも、隣国の兵半分を撃退しただけの帝都の竜騎士はスタンピードの対応に間に合わなかったのに、『こんな簡単な対応で呼ぶな』と言って帰って行きましたけどね」
「先代様は常々、『あのバカ殿の面倒を見られるのはお前だけだ』と私におっしゃっていたのです。そのため、私は、私の残りの人生の使命は現御当主を支えることだと思っていました」
そういってジェスは暫く言葉を詰まらせた。
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