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6 ある三百万円のゆくえ
七 和臣
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帰宅するまで、何も話さなかった。
歩いているときも乗車中も、俺も話しかけず、多紀くんも話しかけてこなかった。会話らしい会話をしないまま、夕食のことさえも何も話さずに自宅に辿り着く。手を洗ったり、部屋の空気を入れ替えたり。
ぼんやりと考えごとをしている多紀くんをリビングで掴まえて、隣の寝室に連れていく。ベッドに転がしてみる。されるがままになりながら多紀くんは呻いた。
「和臣さん、すみません。今そういう気分になれない……」
「うん」
俺も別に、そういう気分でやっているのではなく、触れ合いたいだけ。多紀くんに触りたい。深くところ。本当は肌じゃなくて、なかでもない。もっともっと内側の部分。
多紀くんは強くは抵抗せず、俺がしたいようにさせている。俺は多紀くんの上着を脱がせて止めて、嗚咽を漏らすまいとしている多紀くんを抱き寄せながら寝転がる。
多紀くんが悲しいのが悲しい。
ただ、こんなときでさえ、可愛いと思ってしまう。優しくしてあげたい。なでなで。
「借金があるみたいなんです。親父」
「そうなんだ」
コンビニに立ち寄ったにもかかわらず、払込票を見ながら、今日はやめておきますと多紀くんが言ったときに、何があったのかは推測していた。
長年音沙汰がなかったのに、多紀くんが元気にしているか訊ねるためだけにわざわざ連絡してくるなんて考えづらい。
それに電話に出た後の多紀くんは明らかに落ち込んでいたもの。
「俺の金と、あの通帳の金を合わせたら、返せる額なんです」
「そっか」
多紀くんが貯めているのは三百万円だ。
通帳の中身は見た。三百五十万円。多紀くんの貯金以上、貯金プラス通帳以下の借金ということ。
三百万円以上、六百五十万円以下。多額だね。
裕福な家庭に生まれて、何不自由なく生きてきた俺には、借金があるひとの感覚がちっとも理解できない。
借金まみれの親を持った子どもの気持ちもわからない。だけどわかりたい。多紀くんのことならば何でも知りたい。
「でも、通帳のお金は、使えません。俺に、受け取る資格なんてない。森下さんがあんなふうに貯めているなんて、知らなければ、よかったのに。知りたくなかったのに」
「うん。わかるよ」
だから好きなんだ、君のことが。
俺は言った。
「通帳のお金を使わなくてもいいよ。森下さんに返せばいい。いいんだ。ねぇ、多紀くん。俺がなんとかしてあげる」
多紀くんを抱きしめる。こんなときに力になれなくて、いつなるの。
撫でてあげる。どうか、自分を責めないで。
「なんで、なんで知らなかったんだ……」
腕の中で、多紀くんはこらえきれずに泣き出した。
歩いているときも乗車中も、俺も話しかけず、多紀くんも話しかけてこなかった。会話らしい会話をしないまま、夕食のことさえも何も話さずに自宅に辿り着く。手を洗ったり、部屋の空気を入れ替えたり。
ぼんやりと考えごとをしている多紀くんをリビングで掴まえて、隣の寝室に連れていく。ベッドに転がしてみる。されるがままになりながら多紀くんは呻いた。
「和臣さん、すみません。今そういう気分になれない……」
「うん」
俺も別に、そういう気分でやっているのではなく、触れ合いたいだけ。多紀くんに触りたい。深くところ。本当は肌じゃなくて、なかでもない。もっともっと内側の部分。
多紀くんは強くは抵抗せず、俺がしたいようにさせている。俺は多紀くんの上着を脱がせて止めて、嗚咽を漏らすまいとしている多紀くんを抱き寄せながら寝転がる。
多紀くんが悲しいのが悲しい。
ただ、こんなときでさえ、可愛いと思ってしまう。優しくしてあげたい。なでなで。
「借金があるみたいなんです。親父」
「そうなんだ」
コンビニに立ち寄ったにもかかわらず、払込票を見ながら、今日はやめておきますと多紀くんが言ったときに、何があったのかは推測していた。
長年音沙汰がなかったのに、多紀くんが元気にしているか訊ねるためだけにわざわざ連絡してくるなんて考えづらい。
それに電話に出た後の多紀くんは明らかに落ち込んでいたもの。
「俺の金と、あの通帳の金を合わせたら、返せる額なんです」
「そっか」
多紀くんが貯めているのは三百万円だ。
通帳の中身は見た。三百五十万円。多紀くんの貯金以上、貯金プラス通帳以下の借金ということ。
三百万円以上、六百五十万円以下。多額だね。
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「でも、通帳のお金は、使えません。俺に、受け取る資格なんてない。森下さんがあんなふうに貯めているなんて、知らなければ、よかったのに。知りたくなかったのに」
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俺は言った。
「通帳のお金を使わなくてもいいよ。森下さんに返せばいい。いいんだ。ねぇ、多紀くん。俺がなんとかしてあげる」
多紀くんを抱きしめる。こんなときに力になれなくて、いつなるの。
撫でてあげる。どうか、自分を責めないで。
「なんで、なんで知らなかったんだ……」
腕の中で、多紀くんはこらえきれずに泣き出した。
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