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4 ある夏のふたり

三 同窓会のハガキ

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 そういえばこれ、と神崎先生はハガキを渡してきた。

「今度、合同同窓会があるんだよ」
「そうなんですね」

 知らなかった。森下家に郵送されていたら俺には届かないだろうな。
 同じ卒業年度の卒業生だけではなく、合同でおこなわれる同窓会。

「森下はどうする?」
「あ、予定を確認しておきます」

 ハガキには、宛所尋ねなしと朱書きしてある。森下と呼ばれるのも、宛名に書かれるのも、なんだか遠いむかしの出来事みたいだ。
 それでも、苗字が変わったことを他人に説明したくない。友達もほとんど知らない事情。弱みというわけではないものの、なんとなく言えない。
 高校関係者で言えたのは、和臣さんにだけだった。

「あ、小野寺の近況は聞いてる?」

 俺は頷いた。

「いま、司法修習中ですよね」
「そう! 知る限りでは、うちの学校からは初なんだわ」
「すごいですよね。仕事しながら」
「聞いたときはびっくりしたもんだ。在学中はどうなることかと目が離せなかったのに、そこまで立ち直るものかと。いやー、森下のおかげだよな」
「……え?」

 同居してたこと知ってるの?
 和臣さん、どこまで言っているんだろ。

「えーと……」

 神崎先生は、誇らしそうに続ける。
 それは俺が、知っているようで知らない話だった。

「小野寺、中学受験も高校受験も、実力なら、地元トップ校に合格確実だったんだよ。職員室では大きな声じゃ言えないけど、うちの高校なんて偏差値が低すぎて」
「あ、ああ、はい」

 神崎先生は勤務先だし、俺の母校なんですよ。

「小野寺のために特進科ができたんだよ。懐かしいなー。普通科入学者の上位層に声掛けてさ。最初は少人数で。いまは文理で各二クラスあるんだぜ」

 あのひとレベルになると、自分のために特進科を作ってもらえるんだ。
 それにしても、神崎先生、よく覚えてるなぁ。
 むかしに戻ったみたい。

「推薦やめて、一般受験したいって言われたときに、わざわざリスクを取らなくてもって意見もあったけどさ。挑戦するほうが小野寺の人生のためになるって声も多かった。俺も、やったほうがいいと思った。合格したときには、森下がどんな魔法を使ったのかって職員室はもちきり。森下が小野寺を変えたからさ」
「それは……、聞いたことあるんですけど、俺、別に何もしてないんですよね……」

 人生最大の謎だわ。
 俺と和臣さん、一年間、週に一回、毎週月曜日、朝夕の水やり当番しかしてないって。
 神崎先生は苦笑した。

「なにかさ、あったんだよ。琴線に触れるなにか。商社は合わないだろって思ったけど続いていたみたいだし、このたび司法試験合格だろ? 怪我の治る様子が目に見えるように、心の傷が癒える様子も目に見えるものなんだなぁ」
「高校のとき、そんなにひどかったんですか、カズ先輩」

 俺は、軽い気持ちで訊ねた。
 だが神崎先生は声を落として、目を伏せた。

「万一のことがあるかもしれないから、よく観察しておいてくれってな。当時、監視対象だったんだよ、ここだけの話な。小野寺にも言わないでくれよ」

 万一のこと。
 その意味を理解して、俺は言葉を失くす。
 あのひと根は暗いよ。死にたいって言ってたことはある。あれって、本気だったわけ?
 高校生のときから、すでに?
 必死になって、当時の和臣さんの様子を思い出そうとしてみる。
 思い出せるのは、笑っていないことだ。ふんわりと笑うのが似合うひとになったのは、再会してから。
 初めて小野寺先輩を見たとき、怖いな、と感じたんだ。睨まれた気がした。
 最初の委員会で、女子がぎゃーぎゃー騒いでて、うるさいなぁと寝ながら思ってたら、隣の席の男子生徒は顔面蒼白で、ひどい表情をしてた。
 怖くて怖くて、このひとをここからすぐにでも解放しないと何かまずいことが起きる予感がする。そう思ったんだ。俺は他人の顔色をうかがうのが得意だったから。
 そう、俺、あとで、小野寺先輩は怖いと思ったけど案外怖くないって思い直したんだった。親切で真面目で丁寧だなって。ごくふつうのひとだなって。
 今の今まで忘れた。
 俺が思うよりもはるかに、当時の和臣さんは健康ではなかったんだな。俺もだけど。
 俺は笑ってた。それしかできなかったから。
 へらへらしやがってと言われて笑うのをやめれば辛気臭い顔しやがってと言われるし、どっちでも文句を言われるのならば、楽しいときは思う存分笑えるほうがいい。だから学校では笑ってた。楽しかったのは本当だけど、嘘でも、笑えるほうが幸せだ。
 お互いに複雑な事情を抱えたもの同士だったんだな、あのころ。
 俺のおかげで癒えていったっていうのも、冗談ではないのかもしれないな。
 神崎先生は言った。

「小野寺は理事長が呼んだから来るらしいよ。森下も予定が合うなら来いよ」
「……はい」

 なんだか、和臣さんに無性に会いたくなった。
 会って抱きしめてあげたくなる。
 俺ばかり甘えて、ひとりにさせてる。そうだ、和臣さん、いまひとりぼっちなんだ。
 泣いてるね、きっと。
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