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3 あるひとりぼっちの夜

四 逃げないで

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 二人でアパートまでやってきて、階段をのぼりながら、前を歩く和臣さんの背中に向かって、俺はぼやいた。

「抜けてよかったんですか?」
「うん。多紀くんのほうが大事だもん」

 大事にしてくれるのは嬉しいけど、やっぱり俺、邪魔したなぁ。
 一時の優越感は、それ以上の罪悪感に変わり、胸にずしりと重くのしかかる。

「和臣さん、好かれてますね」
「アプローチされるねー。ちょっと困ってたから、多紀くんがいてくれて助かったよ」
「でも、仲良さそうで」
「法曹女性はモテないから、ローや修習が結婚相手を見つける場なんだ」
「すごい偏見……」
「妹は結局母の紹介で、だったからね。男はどんなオタクでもモテるようになるんだけど、女性はなかなか難しいねー」

 ま、それもそうか。出会った女性に職業は弁護士っていわれたら、一歩引いちゃうかも。
 以前、裁判官だという妹さんを紹介されたとき、俺、緊張で固まって直立不動だったもんね。気分は法廷に立たされる被告人。
 男がモテる理由はわかる。時々バッヂをつけている男性を見かけるとかっこいい。

「……和臣さん、きっとたくさん告白されてますね」
「んー、いまは月二、三回程度かな。二十代の頃より、三十を超えてからのほうが、相手の本気度が高いね。一目惚れってひともまだいるけど」

 なんちゅう軽い、ぞんざいな言い方。ずるい。ずっこい。
 俺、人生で、愛の告白なんてされたことないんですけど。約一名以外。
 和臣さんは部屋の前で立ち止まった。

「あ、ごめん、いますごく散らかってる。片付けるから待っていてくれる?」
「手伝いましょうか?」
「ううん。ひとりで大丈夫。ありがとう」
「わかりました。どのくらいですか?」
「ダンボール一個分くらい」

 謎の単位。時間読みづらいな。

「どこかで時間つぶしてきましょうか。コンビニとか」
「玄関にいてほしい。すぐ片づけるから。逃げないで。でもまだ入らないで。ほんとに散らかってて」
「逃げませんよ」

 しばらくして呼ばれて、廊下にあがった。古くも新しくもないワンルーム。
 和臣さん単独の部屋は、和臣さんのにおいに満ちている。
 どうしても落ち着く。ほっとする。一緒に暮らしてると慣れて、においを感じなくなってしまうんだな。
 家具は何もなくて、大きなスーツケースを開いて服が畳んでおいてあって、その隣に薄手のマットレスと寝袋、けっこう大きな細長い抱き枕。あとは本とノートが茶色いフローリングの床にそのまま積んである。
 生活感のない、最低限のものだけが置いてある、雑然とした部屋。クローゼットは開けっ放しで、スーツ三着とワイシャツ五着がかかってる。
 丁寧な生活をしているのかと思ってたのに、引っ越してきたときのままだ。意外や意外。
 部屋の端っこにスーツケースサイズのダンボールが置いてある。なるほど。あそこに全部放り込んだな。
 和臣さんは言った。

「ごめん、スリッパがないんだ」
「じゃあ、足を洗っていいですか」
「洗ってあげる」

 和臣さんは俺をユニットバスに押し込んで、バスタブのふちに座らせた。
 自分がバスタブの中に入って、狭い場所でシャワーを出して、俺の足を濡らして、シャワーをとめる。
 足の裏を指先で探ってくる。くすぐったい。

「っ……」
「くすぐったい?」
「はい……」

 足首を強く掴まれた。
 捕まった感じ。
 和臣さんは手が大きくて、力が強くて、俺を逃さない意思が物凄い。

「逃げちゃだめ。ほら、ズボン開けて」

 股間に顔を埋めてくる。じくじく疼き始めたそこに鼻を押しつけて、和臣さんは目を細める。唇でチャックをおろそうとしてる。

「ここも洗ってあげる」
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