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第三部 1 ある事件直後の土日
一 お騒がせ野郎
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「……大丈夫?」
目を開けると、見知らぬ天井に、知らないひとの声。
静かな一室のベッドに寝かされていて、隣にスツールにかけたスーツ姿の男性。
誰だっけ。見た目は特徴的なのに、ぜんぜん思い出せないや。
っていうかここどこ?
俺の視線の問いかけに、彼が答える。
「ホテルの部屋」
スーツの上着を脱いでネクタイをゆるめた、おしゃれメガネ。同い年くらいかな。
「ホテル?」
「会場の下。小野寺係長がとった」
そうだ。和臣さんの会社の慰労交流パーティーで、俺は和臣さんを追いかけていって……紗英さんという女性の前で、和臣さんからの告白とキス。
そこから記憶がないよ。記憶なくしてばっかりじゃん。忘れたいからか?
おしゃれメガネは、たしか名刺交換した、和臣さんの後輩。元部下だっけ? 名前は倉本さんだったな。付き添ってくれていたんだ。
ホテルのシングルルームにふたりきり。
和臣さんはどこ行ったんだろ。
あの諸悪の根源。
俺は上半身を起こした。
血の気が引いてぶっ倒れたみたいだけど、べつに体調が悪いわけじゃない。ただあまりにも現実離れした状況に、頭がついていかなかっただけ。だから平気。
それにしてもさ。
あああああ、どうしよう。あの場、どうなったんだろう……。
夢だと思いたい。
周りの人はしっかり見てたよね。紗英さんも見てた。紗英さんには見せてた。
同期の人たちも、少し距離はあったけれど、騒動になったから、状況は届いたはず。葉子さんとか野村さんとか。
……あのあたりはいっか。たぶんもともと、ある程度は気づかれてたわ。どこまで気づかれていたかはさておき。
でも戻りたくない……人前でキスはないって。恥ずかしさで死ぬ。情けないし。
俺、振り回されすぎ。和臣さんは横暴をなんとかしてほしい。
俺に対して暴走しすぎじゃない?
キスまですることなかったよね。もっと穏やかにさあ……。
ああああ。
ああああああああああ。
倉本さんは、ホテルに備え付けの小型冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、渡してくれる。
「あ……ありがとうございます」
「あんたも巻き込まれて大変だな。小野寺係長と関わるとろくなことないから、関わるのやめられるならやめたほうがいいよ」
「え……」
俺はその言葉に、赤べこのように頷かざるをえないほど、和臣さんとかかわってろくでもなかった。
とはいえ色々ある。悪いことも、良かったことも。あと、自分ではやめられなかった。経緯が濃すぎる。誰にも説明できない。
このひとは、和臣さんとどういう関係なんだろう。後輩やら部下やらでここまで感情剥き出しになるものなのかな。
何かあったのか。
俺は、和臣さんのことを知らない。あんまり言わないし。
これまでどんな人とどういう付き合いをしてきたのか、葉子さんや西さんみたいに仕事上のかかわりがあるひと以外は知らない。交友関係は広くなさそうではある。
たとえば、元恋人とか。
俺は、和臣さんが俺を好きだってことを知るまで、『カズ先輩』は俺には内緒にしているだけで、ちゃんと恋愛していて、そのうち結婚するものだと思ってた。
ある日いつものように晩飯を食っているときに「先日入籍したんだ」なんて事後報告されたりさ。
蓋を開けてみれば、和臣さんは、交際に慣れている雰囲気がない。いつも必死で余裕がない。俺もないけど。
体ばかり求められてる気がする。でも許してしまうのは、心から好きだってことがびしびし伝わってくるせい。俺を好きで抱きたくてたまらなくて、どうしても我慢できないっぽい。
俺は倉本さんをしげしげ眺める。
イケメンだなあ。
野村さんもそうだし、同期の方々も。この会社、容姿の偏差値が高い。女性は全員美人だし。
倉本さんも、すらっと背が高くて。気合い入れてセットしてるパーマ。丸っこいおしゃれなメガネ。
ただ、和臣さんを筆頭に同期の皆さまは、華やかだけど、それは溢れてくる雰囲気であって、服装はわりと地味というか、高価そうだけどおしゃれすぎないようにしてる。倉本さんの方向性は真逆。おしゃれに全振り。
観察終わり。
俺は訊ねた。
「えー、それはどういう……」
「だってあの人がいなかったらって何度も思ったもん。みんな思ってるよ」
この人が元恋人っていうせんはないな。この口振り、心底きらってそう。
「あ……担当を戻せって言われたり……?」
「思い出させんな! 誰に替わってもそうなんだよ! 定時野郎のくせにさぁ!」
ああ、仕事か。しかもただの嫉妬じゃん。
俺も営業だからさ。気持ちはわかる。けれどしょうがないよ。自分という存在でなんとか頑張っていくしかない。
和臣さん、仕事は真面目にしてると思う。仕事の勉強もしているし。何事も、要領がいい。西さんも言ってた。なに頼んでも済んでるって。新しい仕事でも物凄く早いんだそうだ。物事の本質をつかまえるのが得意なんだって。
器用だし、しっかり上司に認められていくタイプ。くっそずるいわ。
「ところで、あれからどうなったんですかね……」
俺は恐る恐る訊ねた。
あれからというのはもちろん、和臣さんが俺にキスしたアレである。
「お紗英様とあんたが同時にぶっ倒れて、お騒がせの小野寺係長は人事部長に呼び出し。ケケケ」
倉本さんが意地悪く笑うので、俺も笑う。
絞られてちょっとくらい反省すればいいよね。
そのとき、ドアがコンコンとノックされて、俺はそちらを見た。
目を開けると、見知らぬ天井に、知らないひとの声。
静かな一室のベッドに寝かされていて、隣にスツールにかけたスーツ姿の男性。
誰だっけ。見た目は特徴的なのに、ぜんぜん思い出せないや。
っていうかここどこ?
俺の視線の問いかけに、彼が答える。
「ホテルの部屋」
スーツの上着を脱いでネクタイをゆるめた、おしゃれメガネ。同い年くらいかな。
「ホテル?」
「会場の下。小野寺係長がとった」
そうだ。和臣さんの会社の慰労交流パーティーで、俺は和臣さんを追いかけていって……紗英さんという女性の前で、和臣さんからの告白とキス。
そこから記憶がないよ。記憶なくしてばっかりじゃん。忘れたいからか?
おしゃれメガネは、たしか名刺交換した、和臣さんの後輩。元部下だっけ? 名前は倉本さんだったな。付き添ってくれていたんだ。
ホテルのシングルルームにふたりきり。
和臣さんはどこ行ったんだろ。
あの諸悪の根源。
俺は上半身を起こした。
血の気が引いてぶっ倒れたみたいだけど、べつに体調が悪いわけじゃない。ただあまりにも現実離れした状況に、頭がついていかなかっただけ。だから平気。
それにしてもさ。
あああああ、どうしよう。あの場、どうなったんだろう……。
夢だと思いたい。
周りの人はしっかり見てたよね。紗英さんも見てた。紗英さんには見せてた。
同期の人たちも、少し距離はあったけれど、騒動になったから、状況は届いたはず。葉子さんとか野村さんとか。
……あのあたりはいっか。たぶんもともと、ある程度は気づかれてたわ。どこまで気づかれていたかはさておき。
でも戻りたくない……人前でキスはないって。恥ずかしさで死ぬ。情けないし。
俺、振り回されすぎ。和臣さんは横暴をなんとかしてほしい。
俺に対して暴走しすぎじゃない?
キスまですることなかったよね。もっと穏やかにさあ……。
ああああ。
ああああああああああ。
倉本さんは、ホテルに備え付けの小型冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、渡してくれる。
「あ……ありがとうございます」
「あんたも巻き込まれて大変だな。小野寺係長と関わるとろくなことないから、関わるのやめられるならやめたほうがいいよ」
「え……」
俺はその言葉に、赤べこのように頷かざるをえないほど、和臣さんとかかわってろくでもなかった。
とはいえ色々ある。悪いことも、良かったことも。あと、自分ではやめられなかった。経緯が濃すぎる。誰にも説明できない。
このひとは、和臣さんとどういう関係なんだろう。後輩やら部下やらでここまで感情剥き出しになるものなのかな。
何かあったのか。
俺は、和臣さんのことを知らない。あんまり言わないし。
これまでどんな人とどういう付き合いをしてきたのか、葉子さんや西さんみたいに仕事上のかかわりがあるひと以外は知らない。交友関係は広くなさそうではある。
たとえば、元恋人とか。
俺は、和臣さんが俺を好きだってことを知るまで、『カズ先輩』は俺には内緒にしているだけで、ちゃんと恋愛していて、そのうち結婚するものだと思ってた。
ある日いつものように晩飯を食っているときに「先日入籍したんだ」なんて事後報告されたりさ。
蓋を開けてみれば、和臣さんは、交際に慣れている雰囲気がない。いつも必死で余裕がない。俺もないけど。
体ばかり求められてる気がする。でも許してしまうのは、心から好きだってことがびしびし伝わってくるせい。俺を好きで抱きたくてたまらなくて、どうしても我慢できないっぽい。
俺は倉本さんをしげしげ眺める。
イケメンだなあ。
野村さんもそうだし、同期の方々も。この会社、容姿の偏差値が高い。女性は全員美人だし。
倉本さんも、すらっと背が高くて。気合い入れてセットしてるパーマ。丸っこいおしゃれなメガネ。
ただ、和臣さんを筆頭に同期の皆さまは、華やかだけど、それは溢れてくる雰囲気であって、服装はわりと地味というか、高価そうだけどおしゃれすぎないようにしてる。倉本さんの方向性は真逆。おしゃれに全振り。
観察終わり。
俺は訊ねた。
「えー、それはどういう……」
「だってあの人がいなかったらって何度も思ったもん。みんな思ってるよ」
この人が元恋人っていうせんはないな。この口振り、心底きらってそう。
「あ……担当を戻せって言われたり……?」
「思い出させんな! 誰に替わってもそうなんだよ! 定時野郎のくせにさぁ!」
ああ、仕事か。しかもただの嫉妬じゃん。
俺も営業だからさ。気持ちはわかる。けれどしょうがないよ。自分という存在でなんとか頑張っていくしかない。
和臣さん、仕事は真面目にしてると思う。仕事の勉強もしているし。何事も、要領がいい。西さんも言ってた。なに頼んでも済んでるって。新しい仕事でも物凄く早いんだそうだ。物事の本質をつかまえるのが得意なんだって。
器用だし、しっかり上司に認められていくタイプ。くっそずるいわ。
「ところで、あれからどうなったんですかね……」
俺は恐る恐る訊ねた。
あれからというのはもちろん、和臣さんが俺にキスしたアレである。
「お紗英様とあんたが同時にぶっ倒れて、お騒がせの小野寺係長は人事部長に呼び出し。ケケケ」
倉本さんが意地悪く笑うので、俺も笑う。
絞られてちょっとくらい反省すればいいよね。
そのとき、ドアがコンコンとノックされて、俺はそちらを見た。
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