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3 ある長期休暇の頃
四 恋人がいたっぽい
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とりあえず普段どおりの生活をしようと、俺たちは引っ越しの片づけを続けることにした。
といっても荷物は少ないらしくて、午後六時になって暗くなってきたなあと思うころにはすっかり整った。
ソファはなくて、テレビもない。俺は時間がなくてテレビを観なくなったんで二十歳過ぎたあたりで処分したんだよな。それっきりなのか。
リビングにはラグが敷いてあるのと、小さなテーブルがあるだけ。
広々していていいなと思いながら、ラグの上に大の字に転がっていると、カズ先輩が傍に体育座りをした。
「すみませんっ」
俺は身を起こす。
カズ先輩は笑ってる。
「広くていいよね。足りないもの、あした買いにいこうか。何か気づいたことある?」
「あ、寝室なんですが、がんばればもう一つベッド入れられると思うんですけど、狭くなりそうなので、むしろ今あるマットレスを処分しちゃって布団のほうがいいでしょうか。それか、俺はリビングで寝ましょうか?」
「……多紀くんは、布団って寝られる?」
「子どもの頃は布団で寝てました。いまだと腰にくるんでしょうか」
「俺はマットレスがあるほうがいいかな……」
あ、布団だと寝られないタイプか。
「でもリビングと寝室を分けると……、俺がリビングでもいいんだけど、リビングで寝るほうは早く寝られないね」
「考えちゃいますねえ」
「我慢するのはよくないと思うんだよ。じっくり考えよう。俺と多紀くんだと、多紀くんのほうが気を遣うことになっちゃう。多紀くんに、遠慮されたくないんだ」
「多少は構いませんけど……」
「遠慮してたら疲れちゃうよ。多紀くんを疲れさせたくない。俺と暮らすの嫌だって思われたくない。お互いに心地好く暮らしたい。なんでも言ってね。先輩だってことも気にしないで。大人同士なんだから」
感動……。カズ先輩のほうがむしろ気を遣ってくれてるじゃん。優しいなあ。
どちらからともなく、慣れない引っ越し作業で強張った体を、二人組を作って柔軟体操する。背中だの腰だのを伸ばしていく。
腕を引っ張られると気持ちいい。
押したり押されたり、引いたり引かれたりしつつしゃべる。
「多紀くん、晩ごはんはどうする? どこかに食べに行く? 一緒に行ってくれる?」
「あ、はい。そうしましょうか」
わりと広めのキッチンで自炊もできそうだけど、今日はちょっと疲れたな。
「ふたりともこの辺りに住むのは初めてだから、散策しがてら外で食べようよ」
「いいですねー!」
「多紀くん、どんな気分? 食べたいものはある?」
えー、なにかなあ。
「カズ先輩は何かありますか?」
「タイ料理以外なら何でも」
「タイ料理はやっぱり避けたいですね?」
「もう一生分のパクチー食べたよ……しばらくは遠慮したい……カレーもまだ無理……」
「あはは!」
「多紀くんの食べたいものでいいよ」
「えー、なんでしょう。歩きながら考えてもいいですか?」
「もちろん。どんなお店があるんだろうね。いろいろ行きたいね」
「楽しみですね! なにがいいかなー、寿司、ラーメン、牛丼、焼肉。あ、焼肉」
「多紀くん、お肉好きだねえ」
「えへへ。大好きです!」
俺が照れつつ言うと、カズ先輩は楽しそうに目を細めている。
子どもっぽすぎるね、俺。
ストレッチを終えて立ち上がって、それぞれ準備をしはじめた。貴重品は最初にお互いに決めたとかで、寝室の収納の真ん中に、俺の今の財布とスマホが置いてあった。
カズ先輩のものじゃないなら俺のものなので、消去法で用意していく。
趣味なんかは変わらないんで、カバンとかもしっくり来るものなんだな。
俺は本当に性質が変わらないようで、スマホの解除方法は誕生日四桁。むかしから変わらない。セキュリティ弱め。
財布の中にいくら入っているのか確認しようと開けてみて、カード類などを確かめる。四年経ってるのにまだ埼玉の信金使ってるんだ。パスワードは変えてなさそう。
引っ越しのためか、万札が数枚入ってる。外食に行くのには問題ないな。
なんとなく小銭入れを開けてみて、小銭じゃない存在に目を止める。
指先でそれを取り出した。
「……指輪?」
俺の財布の小銭入れに入っているんだから俺のものなんだと思う。これがカズ先輩のものってことはないだろう。裏側にブランドの名前と宝石が入った、幅広の平打ち。
透明な石が入ってる。宝石の種類はわからない。でも、高そう。ブランドだし。
俺って……、もしかして恋人がいたの!?
マジで? ええええ!?
途端、ドキドキしてくる。
だけど刻印などはない。イニシャルはわからない。なんとなくドキドキしながら、俺は指輪を、左手の薬指につけてみる。サイズはぴったりだ。
俺の、だよなあ。
ちょっと外して、失くしたらいけないのでわかりやすい場所に入れておいた、という感じがする。
アクセサリーはつけないほうだから経験ないけど、俺、切符とかUSBメモリとか小銭入れに入れるよね。人間の習性って変わらないね。
スマホの履歴を見てみる。まずは電話帳。だけど特にそれらしい人はいない。スマホを変えたばかりみたいで、履歴がほとんどない。
あるのはカズ先輩とのやり取りばかりだ。内容は引っ越しのこと。
玄関のほうから、カズ先輩が声を掛けてくる。
「多紀くん、大丈夫?」
「あ、すみません。今行きます!」
カズ先輩に訊いてみたら、知ってるだろうな。俺の四年間に詳しいもの。あと、どこかに古いスマホがあるかもしれないから、帰ったら探してみようか。
そう思いながら、俺は玄関に向かった。
といっても荷物は少ないらしくて、午後六時になって暗くなってきたなあと思うころにはすっかり整った。
ソファはなくて、テレビもない。俺は時間がなくてテレビを観なくなったんで二十歳過ぎたあたりで処分したんだよな。それっきりなのか。
リビングにはラグが敷いてあるのと、小さなテーブルがあるだけ。
広々していていいなと思いながら、ラグの上に大の字に転がっていると、カズ先輩が傍に体育座りをした。
「すみませんっ」
俺は身を起こす。
カズ先輩は笑ってる。
「広くていいよね。足りないもの、あした買いにいこうか。何か気づいたことある?」
「あ、寝室なんですが、がんばればもう一つベッド入れられると思うんですけど、狭くなりそうなので、むしろ今あるマットレスを処分しちゃって布団のほうがいいでしょうか。それか、俺はリビングで寝ましょうか?」
「……多紀くんは、布団って寝られる?」
「子どもの頃は布団で寝てました。いまだと腰にくるんでしょうか」
「俺はマットレスがあるほうがいいかな……」
あ、布団だと寝られないタイプか。
「でもリビングと寝室を分けると……、俺がリビングでもいいんだけど、リビングで寝るほうは早く寝られないね」
「考えちゃいますねえ」
「我慢するのはよくないと思うんだよ。じっくり考えよう。俺と多紀くんだと、多紀くんのほうが気を遣うことになっちゃう。多紀くんに、遠慮されたくないんだ」
「多少は構いませんけど……」
「遠慮してたら疲れちゃうよ。多紀くんを疲れさせたくない。俺と暮らすの嫌だって思われたくない。お互いに心地好く暮らしたい。なんでも言ってね。先輩だってことも気にしないで。大人同士なんだから」
感動……。カズ先輩のほうがむしろ気を遣ってくれてるじゃん。優しいなあ。
どちらからともなく、慣れない引っ越し作業で強張った体を、二人組を作って柔軟体操する。背中だの腰だのを伸ばしていく。
腕を引っ張られると気持ちいい。
押したり押されたり、引いたり引かれたりしつつしゃべる。
「多紀くん、晩ごはんはどうする? どこかに食べに行く? 一緒に行ってくれる?」
「あ、はい。そうしましょうか」
わりと広めのキッチンで自炊もできそうだけど、今日はちょっと疲れたな。
「ふたりともこの辺りに住むのは初めてだから、散策しがてら外で食べようよ」
「いいですねー!」
「多紀くん、どんな気分? 食べたいものはある?」
えー、なにかなあ。
「カズ先輩は何かありますか?」
「タイ料理以外なら何でも」
「タイ料理はやっぱり避けたいですね?」
「もう一生分のパクチー食べたよ……しばらくは遠慮したい……カレーもまだ無理……」
「あはは!」
「多紀くんの食べたいものでいいよ」
「えー、なんでしょう。歩きながら考えてもいいですか?」
「もちろん。どんなお店があるんだろうね。いろいろ行きたいね」
「楽しみですね! なにがいいかなー、寿司、ラーメン、牛丼、焼肉。あ、焼肉」
「多紀くん、お肉好きだねえ」
「えへへ。大好きです!」
俺が照れつつ言うと、カズ先輩は楽しそうに目を細めている。
子どもっぽすぎるね、俺。
ストレッチを終えて立ち上がって、それぞれ準備をしはじめた。貴重品は最初にお互いに決めたとかで、寝室の収納の真ん中に、俺の今の財布とスマホが置いてあった。
カズ先輩のものじゃないなら俺のものなので、消去法で用意していく。
趣味なんかは変わらないんで、カバンとかもしっくり来るものなんだな。
俺は本当に性質が変わらないようで、スマホの解除方法は誕生日四桁。むかしから変わらない。セキュリティ弱め。
財布の中にいくら入っているのか確認しようと開けてみて、カード類などを確かめる。四年経ってるのにまだ埼玉の信金使ってるんだ。パスワードは変えてなさそう。
引っ越しのためか、万札が数枚入ってる。外食に行くのには問題ないな。
なんとなく小銭入れを開けてみて、小銭じゃない存在に目を止める。
指先でそれを取り出した。
「……指輪?」
俺の財布の小銭入れに入っているんだから俺のものなんだと思う。これがカズ先輩のものってことはないだろう。裏側にブランドの名前と宝石が入った、幅広の平打ち。
透明な石が入ってる。宝石の種類はわからない。でも、高そう。ブランドだし。
俺って……、もしかして恋人がいたの!?
マジで? ええええ!?
途端、ドキドキしてくる。
だけど刻印などはない。イニシャルはわからない。なんとなくドキドキしながら、俺は指輪を、左手の薬指につけてみる。サイズはぴったりだ。
俺の、だよなあ。
ちょっと外して、失くしたらいけないのでわかりやすい場所に入れておいた、という感じがする。
アクセサリーはつけないほうだから経験ないけど、俺、切符とかUSBメモリとか小銭入れに入れるよね。人間の習性って変わらないね。
スマホの履歴を見てみる。まずは電話帳。だけど特にそれらしい人はいない。スマホを変えたばかりみたいで、履歴がほとんどない。
あるのはカズ先輩とのやり取りばかりだ。内容は引っ越しのこと。
玄関のほうから、カズ先輩が声を掛けてくる。
「多紀くん、大丈夫?」
「あ、すみません。今行きます!」
カズ先輩に訊いてみたら、知ってるだろうな。俺の四年間に詳しいもの。あと、どこかに古いスマホがあるかもしれないから、帰ったら探してみようか。
そう思いながら、俺は玄関に向かった。
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