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3 ある八月の熱帯夜

七 見合いは断るべきではない

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 月曜日、午後六時半。
 所長に、今夜は知り合いと食事だといったら、快く、早く帰してくれた。もう好き。
 会社を出て、待ち合わせ場所に向かう。カズ先輩の会社のすぐ近くだ。
 待ち合わせの時間は午後七時で、カズ先輩は少し遅れるかもしれないと言っていた。ぎりぎりまで仕事があるらしい。
 俺のほうが三十分前に体が空くなんて初めてかも。
 散策でもしようかと付近を歩いて、なんとなくカズ先輩の会社のほうへ足を向ける。俺の会社は雑居ビルだけど、カズ先輩の会社はでかい自社ビルだ。
 蒸し暑いから何か冷たいものを飲もうかと、すぐ隣のコーヒーショップに入る。
 店内にできている行列の最後尾に並んだとき、背後から声を掛けられた。

「タキくん」

 振り返る。俺をそう呼ぶのは、カズ先輩だけだ。

「カズ先輩」

 店の出入口を入って、優しい笑顔で手を振ってやってきて、最後尾の俺の後ろに並ぶ。

「お疲れさま。早く終わったの?」
「はい」
「姿が見えたから……、えへへ。来ちゃった」

 カズ先輩は照れくさそうに笑う。
 ……まさかまだGPSついてるとかはないよね。

「俺ももうすぐ終わるから――」

 と、そのときだ。カズ先輩の後ろに女性二人が並んだ。カズ先輩、めちゃくちゃ見られてるなあと俺は少し苦笑する。ガン見じゃん。
 女性二人は、気づかないカズ先輩の袖をつついた。積極的だ。
 二人とも美女。女性のファッション雑誌に載っているみたいなおしゃれな服装をした、きらびやかなお姉様系の美女二人。
 カズ先輩が気づいて振り返る。

「はい?」
「あ、やっぱり。小野寺さん」
「総務の小野寺さんですよね」

 あ、同じ会社なんだ。よく見ると、同じ社員証を首からさげてる。
 店内はわりと混み合っていて、その多くの人が、胸元に同じ社員証を下げている。ここ、御用達のコーヒーショップなんだな。それもそうか、隣だもん。

「はい、ああ、こっちの……」
「小野寺さん、あの」
「例のお見合い、断ったって本当ですか?」

 美女二人から、笑顔で、だが真剣な眼差しで問われて、カズ先輩は真顔で、俺を見たり宙を見たりと、困惑しながら、口の中でごにょごにょと答える。

「……僕には勿体ないお話で……」

 なに断ってんだよ、今すぐにでも行きなよ。お見合い。
 カズ先輩は困り切って、小さく言った。

「あまりそういうことは、外では……」

 それもそうだな。
 美女二人は「すみません」といって、会話をやめた。だけど視線はカズ先輩に注がれているし、周囲の女性の視線も、カズ先輩に向けられている。
 周囲の女性も、おしゃれな女性が多くて、髪とかつやつやで、巻かれたりとかしてて、光ってるみたいに眩しい。すらっとした美女が多くて、みんな垢抜けてる。
 こんな女子に囲まれてたら仕事にならないレベル。一人一人が綺麗だし。全員が美しいってどういうことなんだ。
 俺の会社の事務の女子、全員すっぴんだよ。髪はひっつめ。
 と、その後ろにさらに女性が並んで、こちらを見た。周囲とは少し違って、キャリアウーマンっぽい。きちんとしたスーツ姿で、できる女って感じの。

「あれ、和臣」
「あ、葉子……」

 カズ先輩が呟く。うわ、名前呼び捨て。カズ先輩が他人を呼び捨てるのは珍しい。
 間の女性二人を飛ばして、葉子と呼ばれた女性が声を掛けてくる。

「さっき、経理課長が探してたよ」
「ああ、一度戻るつもり」

 順番が来たので、俺がアイスコーヒーを注文しようとすると、カズ先輩はぴったりの金額の小銭をトレーに置いて、列からひとり抜けた。

「タキくん。ごめん、少し待ってて。用事を済ませて、荷物持ってくる」
「カズ先輩は何飲みますか?」
「俺はあとにするからいいよ」

 そう言って、足早に去っていった。
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