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6 親族会議と解約
六* 解約しない
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運転手さんに、リムジンではなく、ごくふつうのセダン車で送ってもらい、俺は文弥さんと二人でマンションに帰ってきた。
なんだか、すごく色んなことがあって、長かったなぁ。おうちに安心して、帰宅した瞬間にほっと息を吐く。
文弥さんは泣き止んでいるものの、目を腫らしていて、赤く充血して、表情はつらそう。
何も言わず、黙っていて、手を繋いで一歩先を歩く俺に連れられている。そんな感じ。
俺はお風呂を沸かして、文弥さんに先に入ってもらって、入っていてもらう間に洗濯をしたり、お湯を沸かして、いつも文弥さんが俺に淹れてくれるみたいにお茶を淹れた。
そうだ、晩御飯の買い出し、してない。スーパーに入ったところで連行されたから。
文弥さんがお風呂から出てきたら行こうかな。いつもひとりで行くけれど、ふたりで行けるかな。出かけたくないかな。
できれば、文弥さんをひとりにしたくないな。
「ごめんね。ありがと」
「いえ」
文弥さんが寝間着姿でリビングにふらふらやってくる。俺はお茶を出しながら、文弥さんのとなりに座る。
テレビもつけずに、何も話さずに。
ただ、肩を寄せて、座っていた。
文弥さんは、どんなに疲れていてもいつも元気で明るくて楽しいのに、いまは何も言わない。考えごとをしているのか、何も考えたくないのか、どこか上の空。
でもあたたかかった。
こんなふうに弱っている文弥さんも、ありだよ。
「どうしたの、尚くん。そわそわして」
「えっ、すみません」
「ううん」
「すみません、なんていうか、俺、文弥さんのことを、なんにも知らなくて」
「うん。ごめん。へんなことに巻き込んだ」
「そうじゃなくて……」
巻き込まれるのは平気。
知らないほうがいやだ。
文弥さんが俺を上目遣いに見る。俺も文弥さんを見つめる。
どちらからともなく抱き合って、口付けた。触れるだけのキス。
知りたいんだ。
隠し事とか秘密、それそのものを知りたいんじゃない。そんな野次馬根性じゃない。
文弥さんが傷ついたり、孤独なときを知りたい。そのときに、俺が傍にいてもいいのかを知りたい。
文弥さんが、自分の弱いところをさらけだしてもいいと思える存在になりたい。
隣にいてもいいのなら、隣にいたい。
「尚くん」
「……うまくいえなくて、ごめんなさい」
「尚くん、いつもごめんなさいっていうけど、こういうときは、謝らないで」
「でも、なんていうか、ちゃんと言葉にできないんです。伝えられなくて、もどかしいのに」
「言葉なんかなくったって、わかるよ」
それからは、説明はしなかった。
文弥さんも言葉少なで、しばらく、唇を通してそっと触れ合うみたいに口付けあっていた。
文弥さんは、くすくす笑いながら、訊ねてくる。
「解約しないね?」
「しません」
「もう噛んじゃったもんね」
「噛まれたし、指輪もつけていますし、入籍してるし、一緒に暮らしていますし……文弥さんがいいので……」
「僕、尚くんじゃないとだめ」
文弥さんは、俺の左手をとってその甲に口づけた。
「僕も指輪がほしい。結婚指輪、明日ふたりで買いに行かない?」
「行きます」
「仕事はさぼっちゃおー」
文弥さんは、いつもと違う笑みを浮かべている。
明日の約束。
結婚指輪。
ふたりを繋ぐものがまたひとつ増える。そんなふうに、俺たちは、積み重ねていくのだと思う。
〈6 親族会議と契約解除 終わり〉
なんだか、すごく色んなことがあって、長かったなぁ。おうちに安心して、帰宅した瞬間にほっと息を吐く。
文弥さんは泣き止んでいるものの、目を腫らしていて、赤く充血して、表情はつらそう。
何も言わず、黙っていて、手を繋いで一歩先を歩く俺に連れられている。そんな感じ。
俺はお風呂を沸かして、文弥さんに先に入ってもらって、入っていてもらう間に洗濯をしたり、お湯を沸かして、いつも文弥さんが俺に淹れてくれるみたいにお茶を淹れた。
そうだ、晩御飯の買い出し、してない。スーパーに入ったところで連行されたから。
文弥さんがお風呂から出てきたら行こうかな。いつもひとりで行くけれど、ふたりで行けるかな。出かけたくないかな。
できれば、文弥さんをひとりにしたくないな。
「ごめんね。ありがと」
「いえ」
文弥さんが寝間着姿でリビングにふらふらやってくる。俺はお茶を出しながら、文弥さんのとなりに座る。
テレビもつけずに、何も話さずに。
ただ、肩を寄せて、座っていた。
文弥さんは、どんなに疲れていてもいつも元気で明るくて楽しいのに、いまは何も言わない。考えごとをしているのか、何も考えたくないのか、どこか上の空。
でもあたたかかった。
こんなふうに弱っている文弥さんも、ありだよ。
「どうしたの、尚くん。そわそわして」
「えっ、すみません」
「ううん」
「すみません、なんていうか、俺、文弥さんのことを、なんにも知らなくて」
「うん。ごめん。へんなことに巻き込んだ」
「そうじゃなくて……」
巻き込まれるのは平気。
知らないほうがいやだ。
文弥さんが俺を上目遣いに見る。俺も文弥さんを見つめる。
どちらからともなく抱き合って、口付けた。触れるだけのキス。
知りたいんだ。
隠し事とか秘密、それそのものを知りたいんじゃない。そんな野次馬根性じゃない。
文弥さんが傷ついたり、孤独なときを知りたい。そのときに、俺が傍にいてもいいのかを知りたい。
文弥さんが、自分の弱いところをさらけだしてもいいと思える存在になりたい。
隣にいてもいいのなら、隣にいたい。
「尚くん」
「……うまくいえなくて、ごめんなさい」
「尚くん、いつもごめんなさいっていうけど、こういうときは、謝らないで」
「でも、なんていうか、ちゃんと言葉にできないんです。伝えられなくて、もどかしいのに」
「言葉なんかなくったって、わかるよ」
それからは、説明はしなかった。
文弥さんも言葉少なで、しばらく、唇を通してそっと触れ合うみたいに口付けあっていた。
文弥さんは、くすくす笑いながら、訊ねてくる。
「解約しないね?」
「しません」
「もう噛んじゃったもんね」
「噛まれたし、指輪もつけていますし、入籍してるし、一緒に暮らしていますし……文弥さんがいいので……」
「僕、尚くんじゃないとだめ」
文弥さんは、俺の左手をとってその甲に口づけた。
「僕も指輪がほしい。結婚指輪、明日ふたりで買いに行かない?」
「行きます」
「仕事はさぼっちゃおー」
文弥さんは、いつもと違う笑みを浮かべている。
明日の約束。
結婚指輪。
ふたりを繋ぐものがまたひとつ増える。そんなふうに、俺たちは、積み重ねていくのだと思う。
〈6 親族会議と契約解除 終わり〉
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