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6 親族会議と解約
三 親族襲来
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午後四時。
文弥さんをお仕事に送り出し、俺は家事全般をし、晩飯の買い物にスーパーに行き、カートやカゴが置いてある風除室に入ると、おばあさんがスーパーの袋をぶちまけてしまったところに居合わせた。
「いやだわ。すみません」
「いえいえ」
俺は中身を拾っていく。おばあさんは袋にいれながら困ったような表情。見ると、ヒールの踵が折れてパカパカしていた。
「ごめんなさいねぇ」
「いえっ、よければ運びます」
「そう? ありがとう。そこの車までお願いできるかしら」
狭めの駐車場に、大きなリムジン。こんな車でごくふつうのスーパーに買い物!? と驚きつつ、荷物を乗せようとすると、なかにいた人に引き込まれた上、後ろからも押されて、俺はあっという間に車の中。
えっ、何!? 誘拐?
先ほどのおばあさんは、きりりとした表情で、運転席に乗り込んでいる。運転手!?
俺の両隣は見知らぬおばあさんと、おばさん。
「出してちょうだい」
隣のおばあさんの指示に、車は発進。街を流し始めた。スーパーはどんどん遠ざかる。
「あの、これは、いったい」
「宮下尚くんね」
とおばさん。
「えっと……」
ほっそりした上品なおばあさん。オーダーメイド感漂う仕立ての良い深紅のワンピースを着ている。
ご丁寧に頭を下げている。俺もつられて頭を下げる。
「我々は雪野家の者です。驚かせて申し訳ありません」
やっぱり、文弥さんの。
顔は雰囲気はぜんぜん似てない。でも雪野家のひとだとは気づいていた。
だって買い物袋の中身が、ゆきの製菓のお菓子ばっかりだったんだもん……。
「私は大叔母でございます」
「は、はい」
「わたくしは伯母よ」
むっちりした、まだ若いほうのおばさんは、どうやら伯母さんらしい。化粧が濃くて気が強そう。
「はい」
「ちなみにあたくしは長年お仕えしている運転手でございます!」
荷物をぶっちゃけたふりをしていた、ふっくらした優しそうなおばあさん。元気そう。見た目は大人しくてふわっとしてるのに、ハンドルを握ると凛々しくてかっこいい。
「尚です。あの、初めまして。宜しくお願いいたします……」
シートの真ん中で俺は縮こまる。
どうすればいいんだろう。
誰も知らない。文弥さんから紹介してもらっていない。親族であるのは間違いないだろうけれど。
わかるのは、ひとつ。
俺がひとりでいるときに、このような接触をはかってきた。ということは、俺と文弥さんの関係に対して、意見があるんだ。
「いえ。はじめてではないですよ。面接でお会いしましたもの」
「えっ」
「ハムスターくん」
「!?」
「あたくしは満点をつけました!」
なんの話だろう……。
伯母さんが言った。
「それはさておき。文弥とは、一年契約しただけとお聞きしているわ」
「え、は、はい」
俺は頷いた。
文弥さんが説明していない以上は、こう説明するのが正解なんだろう。
「あなた、就職は?」
「……しておりません。就活がうまくいかなくて、文弥さんと、しばらく契約する代わりに、お金をくれる、と」
我ながら、なんて情けないんだろう。
「Ωだったわね」
「……はい」
「生きづらいのは同情するわ。で、文弥とは一緒に暮らしているようだけど」
「あ、はい。住まわせてくれると……」
「ルームメイトのような形でよろしいのかしら」
肉体関係があるなんて言えないし、まして夫婦同然の生活をしているなんて。
俺は嘘を吐いた。
「……はい」
「契約なんていうのは解約できるものだから。悪いことは言わないから、早いところ別れなさい」
残りの二人とも、うんうんと頷いている。
「っ、それは」
「あなたのためを思って言っているの」
そんなお決まりのせりふを聞くことになるなんて、思いもよらなかった。
別れなさい。
単刀直入。
でも文弥さんの生まれを考えると、親族に反対されるのは当然だ。
文弥さんはゆきの製菓の会長の孫で、息子の忘れ形見だという話だった。どこの馬の骨ともしれない男Ωではなく、きちんとした家柄の、釣り合う人と一緒になるべきなんだ、本来は。
でも。
「…………文弥さんと、よく話し合います」
文弥さんは俺を大切にしてくれる。
あんなに大切にしてくれて、俺を求めているのに、捨てられるならいざ知らず、俺のほうから離れるなんて、できない。尻込みするような身分の人だったとしても、簡単に諦めてすげ替えられるような存在じゃないんだ。
もう、お互いだけだから。
おばあさんが言う。
「就職ならお世話をしてあげます」
「ちゃんとした会社によく口をきいておいてあげるわよ。なにしろ、今のままではよくないわ。ちっともよくない」
「でも」
「うちには後継ぎが必要なの。でもあなたじゃない」
おばさんが強く言った。
俺は息を呑む。
そう。本人たちさえよければそれでいいという話でもない。
好きだからって、それだけで何もかもがうまくいくはずはなく、意志を貫き通せるほどの自信もない。
文弥さんと二人でいるとつい忘れがちなんだ。あのひとにはもっと相応しいひとがいる。
「文弥には早く身を固めて欲しかったのに、なぜか契約番だなんて不可思議なことをしているでしょう。あの子っていつもそう。勝手にあれこれ決めちゃって、ついていけないわ」
「悪いようにはしませんわ。あなたの人生のためです。文弥に、解約を申し出なさい」
解約。
「俺は……」
やがて、車が停まった。
文弥さんをお仕事に送り出し、俺は家事全般をし、晩飯の買い物にスーパーに行き、カートやカゴが置いてある風除室に入ると、おばあさんがスーパーの袋をぶちまけてしまったところに居合わせた。
「いやだわ。すみません」
「いえいえ」
俺は中身を拾っていく。おばあさんは袋にいれながら困ったような表情。見ると、ヒールの踵が折れてパカパカしていた。
「ごめんなさいねぇ」
「いえっ、よければ運びます」
「そう? ありがとう。そこの車までお願いできるかしら」
狭めの駐車場に、大きなリムジン。こんな車でごくふつうのスーパーに買い物!? と驚きつつ、荷物を乗せようとすると、なかにいた人に引き込まれた上、後ろからも押されて、俺はあっという間に車の中。
えっ、何!? 誘拐?
先ほどのおばあさんは、きりりとした表情で、運転席に乗り込んでいる。運転手!?
俺の両隣は見知らぬおばあさんと、おばさん。
「出してちょうだい」
隣のおばあさんの指示に、車は発進。街を流し始めた。スーパーはどんどん遠ざかる。
「あの、これは、いったい」
「宮下尚くんね」
とおばさん。
「えっと……」
ほっそりした上品なおばあさん。オーダーメイド感漂う仕立ての良い深紅のワンピースを着ている。
ご丁寧に頭を下げている。俺もつられて頭を下げる。
「我々は雪野家の者です。驚かせて申し訳ありません」
やっぱり、文弥さんの。
顔は雰囲気はぜんぜん似てない。でも雪野家のひとだとは気づいていた。
だって買い物袋の中身が、ゆきの製菓のお菓子ばっかりだったんだもん……。
「私は大叔母でございます」
「は、はい」
「わたくしは伯母よ」
むっちりした、まだ若いほうのおばさんは、どうやら伯母さんらしい。化粧が濃くて気が強そう。
「はい」
「ちなみにあたくしは長年お仕えしている運転手でございます!」
荷物をぶっちゃけたふりをしていた、ふっくらした優しそうなおばあさん。元気そう。見た目は大人しくてふわっとしてるのに、ハンドルを握ると凛々しくてかっこいい。
「尚です。あの、初めまして。宜しくお願いいたします……」
シートの真ん中で俺は縮こまる。
どうすればいいんだろう。
誰も知らない。文弥さんから紹介してもらっていない。親族であるのは間違いないだろうけれど。
わかるのは、ひとつ。
俺がひとりでいるときに、このような接触をはかってきた。ということは、俺と文弥さんの関係に対して、意見があるんだ。
「いえ。はじめてではないですよ。面接でお会いしましたもの」
「えっ」
「ハムスターくん」
「!?」
「あたくしは満点をつけました!」
なんの話だろう……。
伯母さんが言った。
「それはさておき。文弥とは、一年契約しただけとお聞きしているわ」
「え、は、はい」
俺は頷いた。
文弥さんが説明していない以上は、こう説明するのが正解なんだろう。
「あなた、就職は?」
「……しておりません。就活がうまくいかなくて、文弥さんと、しばらく契約する代わりに、お金をくれる、と」
我ながら、なんて情けないんだろう。
「Ωだったわね」
「……はい」
「生きづらいのは同情するわ。で、文弥とは一緒に暮らしているようだけど」
「あ、はい。住まわせてくれると……」
「ルームメイトのような形でよろしいのかしら」
肉体関係があるなんて言えないし、まして夫婦同然の生活をしているなんて。
俺は嘘を吐いた。
「……はい」
「契約なんていうのは解約できるものだから。悪いことは言わないから、早いところ別れなさい」
残りの二人とも、うんうんと頷いている。
「っ、それは」
「あなたのためを思って言っているの」
そんなお決まりのせりふを聞くことになるなんて、思いもよらなかった。
別れなさい。
単刀直入。
でも文弥さんの生まれを考えると、親族に反対されるのは当然だ。
文弥さんはゆきの製菓の会長の孫で、息子の忘れ形見だという話だった。どこの馬の骨ともしれない男Ωではなく、きちんとした家柄の、釣り合う人と一緒になるべきなんだ、本来は。
でも。
「…………文弥さんと、よく話し合います」
文弥さんは俺を大切にしてくれる。
あんなに大切にしてくれて、俺を求めているのに、捨てられるならいざ知らず、俺のほうから離れるなんて、できない。尻込みするような身分の人だったとしても、簡単に諦めてすげ替えられるような存在じゃないんだ。
もう、お互いだけだから。
おばあさんが言う。
「就職ならお世話をしてあげます」
「ちゃんとした会社によく口をきいておいてあげるわよ。なにしろ、今のままではよくないわ。ちっともよくない」
「でも」
「うちには後継ぎが必要なの。でもあなたじゃない」
おばさんが強く言った。
俺は息を呑む。
そう。本人たちさえよければそれでいいという話でもない。
好きだからって、それだけで何もかもがうまくいくはずはなく、意志を貫き通せるほどの自信もない。
文弥さんと二人でいるとつい忘れがちなんだ。あのひとにはもっと相応しいひとがいる。
「文弥には早く身を固めて欲しかったのに、なぜか契約番だなんて不可思議なことをしているでしょう。あの子っていつもそう。勝手にあれこれ決めちゃって、ついていけないわ」
「悪いようにはしませんわ。あなたの人生のためです。文弥に、解約を申し出なさい」
解約。
「俺は……」
やがて、車が停まった。
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