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番外編

巣作り尚くん(文弥視点)①

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 マンション、最上階。
 帰宅帰宅~~~!
 途中だったことを全力でしなくちゃ。
 エレベーターをおりる。フロアは四室あって、うちひとつが我が家。
 家業の製菓メーカーに転職する直前に、ノリと勢いで買ったタワーマンションの一室は、正直、購入直後は、なぜ熟考せずに衝動買いしたのかと全力で後悔し、頭を抱えていた物件だ。
 なにせ地上まで遠くて、切り離されてる感じがする。閉じ込められているかのようだ。
 エレベーターはなかなか来ない。かといって階段など使う気にもなれない。都心なのに陸の孤島。ひとたび外出すれば帰宅が億劫。少し住んだら手放そうと思っていた。
 親族の一部の心無い者からは馬鹿と文弥は高いところにのぼるなどと嘲笑されるし。
 だけどいまや共用廊下をスキップ。足取りは軽く、この切り離されてる感がいいんだよな、などと思う。天空の楽園という惹句も伊達ではない。

 なにせ我が家には尚くんがいるのである。

 尚くんは、僕の配偶者だ。メーカー十数社が合同開催した大学生向けの就職説明会で見つけた、大学生の男の子。
 当時、僕は会場の受付担当をしていて、腕章をつけ、受付の長机で、訪れた彼らの挙動をこっそりチェックしていた。
 着慣れないスーツ姿でひとりやってきた尚くんは、僕が使っていた弊社商品キャラクターグッズのボールペンに目を留めた。
 その瞬間、彼の緊張した面持ちが和らいだ。
 僕が「カステくん、かわいいでしょ」と声をかけたら、「はい。実はここにステラちゃんがいます」とにこにこして、対キャラクターのボールペンを取り出した。

「やるねぇ」
「ご縁があればと思いまして、お守りなんです」
「ゆきの製菓、C列ですよ。人が少ないので今ならゆっくり話せます」
「ありがとうございます!」

 受付票を書き、ぺこぺこと頭を下げて真っ直ぐにC列に向かっていく彼の背中を見送ったあと、受付票を確認。宮下尚、経済学部。当時、三年生。
 べつに、なんのこともないやりとりだったんだけどさ。笑顔がかわいかったなぁ。瞳がきらきら。いいにおいがしたし。
 その後、彼はうちにエントリーした。
 人事担当から聞いて、僕はうれしくなって。
 僕は採用には携わっていなかったのだけど、面接に参加させてもらった。むりやり。
 面接で、健康状態の質問に至った。すると、彼はΩだと自白したのだ。いいにおいがしたわけだ。
 Ωとは、一般的に、ひ弱で、体調不良になる時期があり、かつ、フェロモンを撒き散らして周囲の迷惑になる、というのが世間の評価である。
 だから、バース性は隠しているひとが大半だし、隠していることを咎められはしない。
 だけど、彼はΩだと告げた上で、「ご迷惑をおかけしないように、精一杯努力します」と言ったのだった。すでに何社も落ちているらしかった。表情は固く、暗かった。
 なんて正攻法のおばかさんなんだろう。隠せばいいのに。性別や体調なんて努力じゃどうしようもないのに。
 あとで身内だけになったときに、「あの子かわいいね!?」とうきうき言ったら、「文弥はああいうハムスターみたいな子が好きな猫」「遊んでるつもりで食い殺しちゃうやつ」「男Ωには関わるな」「っていうか文弥なんでいるの?」などと散々な言われよう。
 違うんだよ。
 あの説明会のとき、僕はちょっとばかりアンニュイだったんだ。


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