25 / 42
5 巣作りと発情期
二 ???
しおりを挟む
「えーっと……?」
俺は文弥さんが作成した「確認書」なる書面を読み、困惑しつつ目を上げる。
文弥さんは目をきらきらさせながら俺を見ている。そして咳払いをし、説明してくれる。
「確認っていうのは、こういう事実がありました、二人とも認識してますってことだよ」
「そうなんですね……」
「法的な拘束力は何もないから安心してね」
「はぁ……」
別荘から自宅のマンションに帰る道すがら。
新幹線のなかで文弥さんは、隣席に座る俺の肩を抱いて俺の額にちゅうちゅうとキスしながら、取り憑かれたようにスマホでちまちま打ち込んでいた。
なにをしているのかと聞いたら、「早急にコンセンサスをとっておかないといけないことがあって」と言うので、俺はすっかり、仕事だと思っていた。
そして乗り換え駅のコンビニにある複合機で、文弥さんはできあがった書面を二枚印刷し、電車待ちの駅構内で、俺に見せ、署名捺印を求めた。
でも俺、いま印鑑持ってないよ。
それにこの確認書……。
俺は質問。
「なんのために確認するんです……?」
「うぐ」
文弥さんは突然、胸を押さえた。苦しそう。
俺は慌てた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「うう、さすってほしい……僕の胸さすって」
「???」
文弥さんに促され、躊躇いながら手を差し出すと、がしっと掴まれて、文弥さんの胸に手を当てさせられる。
そのまま上下にさするうち、文弥さんの発作は徐々におさまったようだった。
でも手は離してくれない。
「はぁ。ごめんね。持病のしゃくが。尚くんの温かい手のおかげでなんとか一命を取り留めたよ」
「持病がおありなんですか……?」
「恋の病なんです」
「恋の病……」
文弥さんは「それはさておき」と話題をもとに戻し、名残惜しそうに俺の手を離し、印刷した書面とボールペンを渡してくる。
「印鑑は帰ってからでいいよ。お名前だけ先に書こうね。忘れないうちに。ここね」
「あ、はい」
俺は確認書の乙欄に署名をする。
文弥さんは自らも署名し、捺印して、すぐさま二枚とも大切そうに荷物にしまい込んだ。
「そろそろ着くね。降りようね」
最寄り駅に着いて歩いていく。マンションまでは歩いてすぐ。
「尚くん、別荘、どうだった? 少しは休めたかな? 暇だったかな」
「空気がきれいで、食べ物が美味しくて、とっても静かで、……すごくよかったです」
「尚くんが楽しめてたなら……嬉しい……」
文弥さんは俺の手をするりと握る。俺も、文弥さんの手を握り返す。
文弥さんと目が合う気がして、俺はそっと目を上げる。案の定、文弥さんは俺を見下ろして、甘い瞳で見つめてくる。
別荘で、文弥さんは俺に、指輪をくれた。
俺は、左手の薬指につけている。
大きなダイヤモンドのついた婚約指輪。大切なもののはずの、文弥さんの亡くなった親の形見なのに、俺にくれてしまって、どうするの。
文弥さんにとって、大切なんじゃないの。ずっと探していたんじゃないの。どんな高価なものよりも価値があるんじゃないの。
そんなのを俺にあげるなんてどうかしてるよ。
一年後に返してって言われたとしたら、俺、人間不信になっちゃうよ。
もう、返せないよ。
俺は文弥さんが作成した「確認書」なる書面を読み、困惑しつつ目を上げる。
文弥さんは目をきらきらさせながら俺を見ている。そして咳払いをし、説明してくれる。
「確認っていうのは、こういう事実がありました、二人とも認識してますってことだよ」
「そうなんですね……」
「法的な拘束力は何もないから安心してね」
「はぁ……」
別荘から自宅のマンションに帰る道すがら。
新幹線のなかで文弥さんは、隣席に座る俺の肩を抱いて俺の額にちゅうちゅうとキスしながら、取り憑かれたようにスマホでちまちま打ち込んでいた。
なにをしているのかと聞いたら、「早急にコンセンサスをとっておかないといけないことがあって」と言うので、俺はすっかり、仕事だと思っていた。
そして乗り換え駅のコンビニにある複合機で、文弥さんはできあがった書面を二枚印刷し、電車待ちの駅構内で、俺に見せ、署名捺印を求めた。
でも俺、いま印鑑持ってないよ。
それにこの確認書……。
俺は質問。
「なんのために確認するんです……?」
「うぐ」
文弥さんは突然、胸を押さえた。苦しそう。
俺は慌てた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「うう、さすってほしい……僕の胸さすって」
「???」
文弥さんに促され、躊躇いながら手を差し出すと、がしっと掴まれて、文弥さんの胸に手を当てさせられる。
そのまま上下にさするうち、文弥さんの発作は徐々におさまったようだった。
でも手は離してくれない。
「はぁ。ごめんね。持病のしゃくが。尚くんの温かい手のおかげでなんとか一命を取り留めたよ」
「持病がおありなんですか……?」
「恋の病なんです」
「恋の病……」
文弥さんは「それはさておき」と話題をもとに戻し、名残惜しそうに俺の手を離し、印刷した書面とボールペンを渡してくる。
「印鑑は帰ってからでいいよ。お名前だけ先に書こうね。忘れないうちに。ここね」
「あ、はい」
俺は確認書の乙欄に署名をする。
文弥さんは自らも署名し、捺印して、すぐさま二枚とも大切そうに荷物にしまい込んだ。
「そろそろ着くね。降りようね」
最寄り駅に着いて歩いていく。マンションまでは歩いてすぐ。
「尚くん、別荘、どうだった? 少しは休めたかな? 暇だったかな」
「空気がきれいで、食べ物が美味しくて、とっても静かで、……すごくよかったです」
「尚くんが楽しめてたなら……嬉しい……」
文弥さんは俺の手をするりと握る。俺も、文弥さんの手を握り返す。
文弥さんと目が合う気がして、俺はそっと目を上げる。案の定、文弥さんは俺を見下ろして、甘い瞳で見つめてくる。
別荘で、文弥さんは俺に、指輪をくれた。
俺は、左手の薬指につけている。
大きなダイヤモンドのついた婚約指輪。大切なもののはずの、文弥さんの亡くなった親の形見なのに、俺にくれてしまって、どうするの。
文弥さんにとって、大切なんじゃないの。ずっと探していたんじゃないの。どんな高価なものよりも価値があるんじゃないの。
そんなのを俺にあげるなんてどうかしてるよ。
一年後に返してって言われたとしたら、俺、人間不信になっちゃうよ。
もう、返せないよ。
470
お気に入りに追加
969
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる