悠久の城

蓬屋 月餅

文字の大きさ
上 下
9 / 25

幕間「代表」

しおりを挟む
 2人が結婚記念の写真を撮った日から少し時を遡り…
 これは2人がそれぞれの実家へ挨拶をしに行った後、まだそう経っていない頃の話である。


ーーーーー


《…ねぇ、なんか実家に挨拶しに行ったときとは違う緊張があるんだけど。なにこれ?》
《そうだね。僕も代表とはそれなりの付き合いだし、元々僕達の仲を知ってる人だから報告しやすいはずなのに…なぜかやたらと緊張する》
《やっぱり悠もそう?なんでだろうね…》

 こそこそと言葉を交わしてそこはかとなく漂う緊張を吐露し合う玖一くいち律悠のりちか
 彼らはその日、2人揃ってとあるごく普通のビルの中の3階にあるオフィスを訪れていた。
 シンプルなモノトーンの内装でまとめられているそのオフィスはの会社であり、現在自宅勤務が主となっている玖一もかつてはここに通って事務仕事をしていた上、律悠も税務関係の仕事の話をするために度々足を運んでいるという、2人にとってはお馴染みの場所だ。
 しかし、この日ばかりは少々特別だった。
 2人はただ代表に会いに来たのではなく、実家へ行ったときのように結婚の報告をするために来ていたのだ。
 きちんとした身なりでオフィスを訪れると、ちょうどそこによく知るスタッフがいて すぐに代表へ取次ぎをしてくれたのだが「ごめん、ちょっと一瞬だけ待っててもらってもいい?俺の部屋で寛いでてよ、すぐ戻ってくるから」と代表の部屋に通され、2人はそのままソファに座って静かに部屋で待つことになった。
 それが彼らの今の状況だ。
 そしてその待っている時間が、より彼らの緊張を煽っているのだった。

 『代表』は律悠より7つ歳上くらいだが、年齢よりも若く見えるという長身の男で、律悠と玖一にとっては2人が出逢うきっかけを作ってくれた恩人その人でもある。
 男優をしていた当時の玖一が律悠と交際したいと申し出たときも、厳しい言葉ではなく2人の関係を温かく見守るという温かな言葉をかけてくれた代表。
 すでに互いの実家へ赴いて家族に報告を済ませたとはいえ、2人にとっての『代表』は実の家族とはまた違う『頼れる兄』のような存在であり、そんな代表に改めてかしこまった報告をするのは(きっと喜んでくれるだろう)とは思いつつも、くすぐったいような緊張するような、とにかくむずむずとすることだった。

「ごめん、待たせたね。どうしたの?2人揃ってここへ来るなんて」

 代表が部屋に戻ってきたことで一層背筋が伸びた玖一と律悠。
 それからまず玖一が「あの、今日はご報告があってきたんです」と口を開いたのだった。





「…なので、代表にも直接ご報告したかったんです。おれ達の縁は代表が繋いでくださったようなものですから」
「お忙しいところすみません。なかなか2人揃ってここへ来ることができなかったので、なんとか都合のつくときにと思いまして」

 改まってそう挨拶をする2人を前にした代表は「そっかそっか、結婚かぁ」と眉を八の字にして笑みを浮かべる。

「やけにかしこまってるし、緊張もしてるみたいだったからどうしたのかと思ったんだけど…そんな嬉しい報告が聞けるなんてね。お揃いのその指輪も良く似合ってるよ」

「そういえば2人が出逢ったのって、俺がバーでチカ君に月ヶ瀬君を紹介したのがきっかけだったんだっけ。それから知らないうちに仲良くなってて、ある日突然『付き合いたいんです、交際を許してもらえませんか』って2人してここに来てさ…それから5年くらい経ったのかな?ついこの間のことみたいなのに…そうかぁ、そうかぁ」

 直接報告することができてほっと胸を撫で下ろした玖一と律悠は、ようやく緊張がいくらか解けていつも代表と話しているくらいの調子を取り戻す。

「まぁ、俺達の世界だとどうしてもそういう…『この先何年もずっと一緒にいたい』と思えるような人を見つけるっていうのが難しいし、その2人が互いに深く想い合えるような間柄になれたっていうのも奇跡的なことだと思うからさ。だからチカ君と月ヶ瀬君が一緒になってくれて本当に嬉しいし、『いいな』って思うよ。2人を結びつけたのが俺だっていうのも、なんか誇らしいな」

「海外で結婚証明書をもらってくるっていうのもすごく良いよな。でも挙式とか披露宴みたいなのはしないのか」
「はい。お互いに忙しいですし、色々探すのとか準備とか、それで慌ただしくするよりは のんびりしようということになって」
「そうだな、2人がそう決めたならそうするのが良いよ。…けどせっかくならお祝いはしたいし、せめて食事会みたいなのをやらない?俺が予約とか全部やるから2人が呼びたい人を皆呼んでさ。ね、どう?」
「え、そんな…良いんですか?」
「もちろんだよ、2人が良ければぜひやろう!だってせっかくならそういうのしたいじゃん?そもそも俺はそういうのを企画するのが好きなんだ。ほら、忘年会のときもそうだったようにさ」

 朗らかな代表の提案を受けて、律悠と玖一は顔を見合わせて確認し合うと、「それじゃあ…お言葉に甘えても、いいですか?」と気恥ずかしそうに答えた。

「嬉しいです、そんな風に僕たちのことをお祝いしようと考えてくださって」
「ははっ、長い付き合いなんだしこれくらい当たり前だよ。バーのマスターとか2人のことを知ってるやつは皆お祝いしたがると思うから、集まってワイワイしよう!」
「はい、ぜひ!」

 突発的に決まった玖一と律悠、2人のための集まり。
 代表が「じゃあ場所決めからだな。お店は具体的にどこって教えてくれてもいいし、イメージで言ってくれてもいいよ。なにか希望があれば全部その通りになるようにするからさ、俺に任せてよ」と楽しそうな様子で言うので、律悠はすぐに「あっ、あの、それじゃあ…」と口を開く。

「去年忘年会をやった場所…あのお店って、どうでしょうか」
「忘年会のときの?」
「はい」

 去年忘年会をした場所というのは、あのひっそりとした場所にある料理屋のことだ。
 律悠の提案を聞いた玖一も「あぁ!あのお店すごく良かったよね?雰囲気がいいし、お料理も美味しかったし」と隣で同意する。

「おれもいつかまた行きたいと思ってたんだ」
「うん、だからまたあそこで食事会ができたらと思って。でも…あんな良いお店はなかなか予約は取れないですよね?一番の希望はそこなんですけど、もしだめだったら…」

 玖一と二番目の候補の店も見当をつけようとする律悠。
 しかし代表は「いいよ、そこにしよう!」と即決したのだった。

「そんなに気に入ってるならそこ以外にないでしょ!あの店は俺の知り合いの店だし、連絡はすぐつくからさ。予約しとくね」
「えっ、でも、いいんですか?」
「もちろん!何なら今電話かけても良いくらいだよ」

 あっさりと店が決まりそうなことに驚く玖一達をよそに、代表は「場所はそれで良いとしても、人数と希望の日に関しては2人が決めてといてね」と携帯端末を手に取る。
 食事会についてすでにあれこれと考え出しているらしい代表は微笑みを隠しきれておらず、なんだかこちらまで気恥ずかしくなってしまうような心の底からの喜びを漂わせていて…玖一と律悠は改めて礼を言ったのだった。


ーーーーー


 帰宅した2人は一息ついて落ち着いたところで食事会のことを色々と話し合い、お世話になったバーのマスターや共通の友人(代表の元で働いているスタッフ達や2人が住んでいるマンションの大家など)に声をかけようということを決める。
 玖一の同僚であるスタッフ達が一番多くなりそうなので、ほとんどの顔ぶれが忘年会のときと同じということになるだろう。
 気心の知れた人々と共にする時間はなかなか良いものであり、フリーランスになる前の、事務所で働いていた当時の食事会があまり得意ではなかった律悠も今回の集まりはすでにとても楽しみになっている。
 きっといいひと時を過ごすことができるに違いない。
 そんな機会を提供してくれるという代表への感謝から、2人の話題は「でも…あの代表の行動力には僕もちょっと学ぶべきものがあるなと思ったよ」「だよね、おれも。あんなにサクサク物事を進められるのはさすがだなって思った」というように自然と代表のことに移っていった。

「それにしてもさ、おれ今日改めて思ったんだけど…代表ってどこ取っても完璧すぎる感じがしない?」

「長身のモデル体型でかなり目鼻立ちも整ってるし、その上行動力があって面倒見も良いでしょ。たしか結構いい大学の経営学部出身だったはずだし、頭も良くて人当たりがよくてって…すごくモテそうなんだけど」

 玖一が言うと、律悠は「うん。実際かなりモテてたらしいよ」と大きく頷く。

「随分前だけどバーのマスターから聞いたことがある、あの人のモテっぷりは昔から群を抜いてて、バーで働いてた時もいつも声をかけられてたって」
「やっぱりそうなんだ」
「だけどそれを鼻にかけることもなくいつも紳士的な姿勢だったから余計に人気だったみたい、ポジション関係なく誰からも。なんていうか…あしらい方も上手かったんだろうね。しかも長い付き合いのパートナーがいて、その人をずっと大切にしてたのも微笑ましくて良かったんだって。…まぁ、どうもその後パートナーの人とは別れちゃったみたいだけど」
「へぇ…代表のパートナーか…う~ん、今も代表にパートナーがいる感じは全然しないよね」
「うん。きっとそのパートナーさんと別れた後はそういう仲の人はいないんじゃないかと思う。実際どうなのかは分からないけど」

 「全部バーのマスターからそう聞いたってだけのことだから」と付け足した律悠。
 だが、とにかく『群を抜いたモテっぷり』というそのバーのマスターの話が本当であろうということは、代表と話したことのある人間ならば誰でも頷けることだろう。
 眉目秀麗かつ頼りがいのある代表にパートナーがいなかったはずがない。
 しかし代表とそれなりに長い付き合いになる玖一と律悠にも、代表の過去や私生活については知らないことの方がずっと多いのだった。
 なにより、明るく飄々としている人ほど往々にして謎が多いものだ。

「実際代表って…結構謎な人だよね」
「そうだね。謎といえば謎かも」
「うん…」

 2人は顔を見合わせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の彼氏は義兄に犯され、奪われました。

天災
BL
 私の彼氏は、義兄に奪われました。いや、犯されもしました。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

処理中です...