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第6章 記憶のダンジョン

33話

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「我はこの世界を征服するぞ!」

 魔王バルケリオスは王座の間で腕を組み、冷笑を浮かべていた。彼は魔物の王に相応しい悪事を計画し、部下達に命令を下した。

「人間どもを皆殺しにしろ! これで奴らは恐怖に怯え、我に従うだろう……」

 魔王の声は低く、威圧感が漂っていた。しかし、その声にはどこか違和感があった。胸の奥に小さな違和感が広がり、心の中には虚しさが忍び寄っていた。

「しかしなんなんだ……この感じは……」

 自分でも理由が分からないが、何かがいつもと違っていた。王座に座るその姿にはかつての覇気が感じられなかった。その時、ランベルトが恭しく現れた。

「バルケリオス様、ご命令通り、準備が整いました。しかし何かお気に召さないことでも……?」

 魔王は返答はしなかったが、その違和感がさらに強まるのを感じる。

「……なんでもない、続けろ」

 ランベルトは一瞬の戸惑いを見せたが、深く一礼をし、部下達に命令を伝えるために立ち去った。

「我は一体どうしたというのだ?」

 かつての熱意はどこかに消えて全てが同じ繰り返しに思えた。恐怖、破壊、残虐。それらはかつての彼を満足させたが、今は何かが欠けているように思えた。

 その時、突然、場内の警報が鳴り響き、ランベルトが駆けつけて来た。

「バルケリオス様! 勇者セリナとその仲間が1人こちらに向かって来ています!」

 突然、警報が鳴り響き、ランベルトが駆けつけてきた。 

「侵入者だと……?」

 魔王は戸惑いながら冷静さを取り戻し、すぐに対応しようとした。しかし、侵入者は部下の猛攻を跳ね除けながら王座の間でやって来た。

「バルケリオス……」

「勇者セリナか……我を止めに来たのか?」
 
 魔王は王座に座ったままセリナを睨みつける。その隣には銀の槍を持った女もいた。勇者の仲間だろうか? 仲間らしき女は訴えかけるような目で魔王を見上げる。

「ねえ、魔王、目を覚ましてよ!」

「目を覚ます? 何を言ってるんだ?」

 魔王は訳のわからない表情を浮かべて葵を睨む。しかし、どこか懐かしい気持ちが心の底から湧いてきた。

「バルケリオス様、ここは私が……」

「ランベルト、お前は下がっていろ」

 魔王は自分の中に感じた違和感を確かめるために葵とセリナの前に降り立った。

「行くぞ!」

 彼の姿は堂々としており、かつての威厳が戻ったかのように見えたが、その瞳には疑問が渦巻いていた。

 胸の奥に引っかかる謎の違和感……それを確かめるために、魔王は2人に向かって一言、低く響かせた。

「本気で行くぞ!」

 その言葉が放たれると同時に、魔王は闇の魔法を纏った手を振り下ろした。黒い稲妻が轟音と共に2人に襲いかかるが、葵は即座に反応し、その雷を交わし、セリナと共に反撃に向かった。

「魔王! 目を覚まして!」

 葵は叫びながら素早く接近して、鋭い突きの攻撃を繰り出した。セリナも拳を固めて魔王の防御を貫こうとするが、闇の力が2人の攻撃を受け流していく。

「貴方はこんな事をする人じゃない!」

 セリナも訴えかけながら連続攻撃を放ち、魔王を追い詰めていく。

「私たち、コラボをしながらダンジョン配信をしていたでしょ!」

 魔王はその言葉に動揺するかのように、一瞬だけ動きを止めた。しかし、それはほんの一瞬であり、再び攻撃を繰り出した。

「黙れ! 我は魔王! 全てを破壊し、恐怖で支配する存在だ!」

 葵も魔王の強烈な攻撃を受けながらも、諦めなかった。彼女は攻撃の合間に魔王の目を見つめ、真剣な声で語りかけた。

「本当にそう思っているの? 私の知ってる魔王はもっと楽しくて、優しかったよ!」

 魔王の攻撃は緩み、彼の表情が揺らいだ。葵の言葉はまるで彼の心の奥に触れたかのようだった。

「私は……私は魔王だ! 優しさなど必要ない!」

 魔王は迷いを振り解くように強力な闇の力を解き放った。彼の声は震えていたが、その目には覚悟が宿っていた。

「葵さん、危ない!」

 セリナは葵の前に立つと、防御の構えをして魔王の一撃を正面から受け止めた。しかし、ジリジリと押されていく。

「お願い、思い出して! 私たちが一緒に過ごした時間、みんなで笑った瞬間を! 魔王はただの暴君じゃない、視聴者の気持ちに寄り添う優しい心を持ってるでしょ!」

 葵は涙を浮かべながら訴えた。魔王の力は確かに強大だったが、彼女の言葉が彼の心に影響を与えた。魔王の攻撃は次第に勢いを失い、その瞳の奥には再び疑問の色が浮かび上がった。

「我は……我は……そうだ……ダンジョン配信者だ!」

 ついに魔王は膝をつき、闇の魔法が消えていく。葵とセリナは安堵のため息をつくと彼に手を伸ばした。

「私たちと帰りましょう」

 セリナが優しい声で魔王に笑顔を見せ、隣にいた葵も力強く頷く。

「また、コラボ配信をしよ!」

 魔王はその手を見つめ、一瞬の迷いを見せたが、やがて2人の手を取り、深く息をついた。

「そうだったな……我はダンジョン配信者だ。一番有名な配信者となって世界を征服する。力や恐怖で支配しても意味がない!」

 そう語る魔王の姿はイキイキとしており、豪快な笑い声を上げた。しかし、ランベルトは忌々しそうに葵とセリナを睨みつけ、魔王に訴えかけるように叫んだ。

「お待ち下さい! そんな戯言を聞く必要がありません。バルケリオス様はこれまで通り恐怖で愚かな人間どもを支配すればよろしいのです!」

 魔王はちらっとランベルトの方を見ると、彼の肩を軽く叩き、首を横に振った。

「ランベルトよ。それではダメだ。そんな事をしても視聴者は認めない。彼らにも認められてこそ世界征服が実現するのだ。そのためにも彼らの喜ぶ企画を考え、全力で配信をするべきじゃないか?」

 ランベルトはまだ何か言いたげな表情をしていたが、魔王の真剣な眼差しをみて力無く首を振った。そして何も言わずに闇の中に消えていった。

「すまなかったな2人とも……お主らのおかげで目が覚めた。今度お礼をさせてもらう」

 葵とセリナはお礼をすると聞いて目を輝かせた。

「じゃあ、パンケーキが食べたい!」

「私はサンドイッチがいいです!」

 2人はニコッと微笑んで魔王の顔を見上げた。魔王はその無邪気なお願いに一瞬驚いたが、やがて柔らかい笑みを浮かべて頷いた。

「よかろう。好きなだけ食べればいい」

 葵とセリナは喜びの声をあげ、軽やかに飛び跳ねた。

「ありがとう魔王様!」

「ご馳走様です!」

 2人は手を取り合って満面の笑みをうかべる。魔王はそんな彼女たちの姿を見ながら、微笑みを浮かべた。彼の胸の中には、かつて感じていた虚しさが消え去り、暖かい気持ちが広がっていくのを感じた。

 闇の支配者であることよりも、こうした小さな幸せが大切なのかもしれない……そんな思いが、魔王の心に静かに根付いていた。
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