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第2章 お付き合い編
16 嵐の夜に独りぼっちの受験生 ノエル
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客足も遠退く嵐の日。王都にある魔法雑貨屋『天使のはしご』も、早めの店仕舞いに取り掛かり中――
「セルマー。来たよー」
「いらっしゃいませ、カレンさん」
一人暮らしのカレンさんは嵐が苦手とのことで、今日は私の所でお泊まりです。
リアム様は災害に備え、騎士団に詰めると言っていましたから、久しぶりに女子会をして盛り上がりましょうか。
「だいぶ雨が強くなってきたよ」
「じゃあ、完全にお店は閉めてしまいますね」
「あ、お店の外に、雨宿りしている男の人がいるからね」
「分かりました」
私がお店の扉に鍵をかけながら雨が打ち付ける窓越しにその男性を見ると、ぼうっと空を見上げ一人静かに佇んでいました。
強さを増した雨にお困りなのかもしれません。
「傘をお貸ししましょうか?」
「あ、いえ。すみません、すぐ退きます」
振り返った男性は、まだあどけなさが残る少年でした。十代後半でしょうか。見習い騎士のロイ君より、少しお兄さんな感じです。
「ひっくしゅん!」
「まあ! びしょ濡れですし風邪をひいてしまいます。どうぞ中で髪を乾かし温まってください」
カレンさんも一緒にいますし、見知らぬ方をご案内しても大丈夫。それに、不良というより、悩める少年が青春に翻弄されてるといった雰囲気です。
遠慮がちにする背を押し、店内に押し込んでタオルを渡しました。
「あれ、さっきの人。ねえ、貴方どうしたの? こんな嵐の日に雨具も持たず外にいるなんて」
「あの……。その、ご迷惑をおかけしてすいません。俺、この通りに住んでるノエルです。ちょっと家を飛び出して来てしまって……」
私が温かい物を準備しているうちに、カレンさんがノエルさんに事情聴取をはじめました。
「ねえねえノエル。なんか悩みがあるなら、カレンお姉さんに話してみない?」
「なっ、なんで悩みがあるって分かるんですか?」
「占いができる魔女だもん。それくらい分かるわよ」
以前カレンさんは占いが得意と言っていましたね。まあ、濡れ鼠の様になって一人嵐の中佇む若人は、ほぼほぼ悩み事を抱えていそうですが……。
突っ込むのは止めて、お二人を見守りながらお茶を淹れてしまいましょう。
「魔女なんですね。ってことは、魔法学校に通ってるんですか?」
「そうよ。魔女科の現役学生なんだ」
私が手渡したタオルで頭をガシガシ拭いた後、ノエルさんは一つ大きく嘆息しました。
「すごく優秀なんですね。俺なんか、絶対合格できないな……」
「魔法学校を受験したいの?」
「いや……。家が商家なんで、経済学科のある学校を受けようかと……」
「そうなんだ。私の家も商売してるんだけれど、魔法学校に通いたくて一人で王都に出てきたの」
カレンさんは、この国の教育で最高クラスの上級学校に通っているので、裕福なご家庭のお嬢さんとは思っていましたが、やはり生粋のお嬢様だったのですね。
この国では、優秀で財力がなければ、上級学校まで進学できません。
「羨ましいです。俺は実家から学校に通う予定だから、ずっと親に縛られるんです。それに、そもそも試験に合格できる気がしないですよ」
ノエルさんはどこか投げ槍に呟きました。
「えー! まだ夏にもなってないし、諦めるのは早いよ。それに、一人暮らしって大変だし、私もやっと親のありがたみが分かった感じ。生きるって、結構面倒な事が多いのよ?」
ええ、ええ。名もない家事は、塵のように積もっていきますものね。
「……。そんなこと、俺だって分かってます。みんなスタートラインは同じだし、親だって協力的だからこそ受験に専念できる。でも、それさえもプレッシャーなんですよ! 受かって当然じゃないし、やるのは俺なんです」
ノエルさんの悩み事は、どうやら上級学校受験みたいです。
「ライバルの状況は知りたくなくてもどうしても耳に入ってくるし、焦りばかりがつのりますよ!」
多感な時期に、ハッキリと合否が出されます。周りは気にするな、軽い気持ちで受ければいいなんて無理ですよね。
「夜寝る時間も惜しんで勉強してるし、親も勉強以外は気にするなって煩く監視してくるから、全ての時間を受験勉強に費やしてるんだ!」
ずいぶん心にたまっていたのか、一気に勉強の辛さを吐露してくれました。
ですが、次の瞬間には肩を落としています。
「でも、覚えきれないし、詰め込んでも忘れてるし、追い詰められて体調も良くないし、やっぱり俺には上級学校なんて無理なんだ……」
ひとしきり吐き出すと、椅子に座って両手で顔を覆ってしまいました。
「さあ、カレンさん、ノエルさん。お茶でも飲んで、休みましょうか?」
静まりかえった店内に、三人がお茶を啜る音と外でごうごうと吹き付ける風の音だけが流れます。
「あの。お二人にお尋ねしたいのですが、やはり勉強時間は重要ですが、試験の時にいいパフォーマンスができる身体をつくるのも必要ですよね?」
「そうだね。試験当日に体調を崩したらどうしようもないよ」
「なにが言いたいんですか!?」
嵐の日に家を飛び出した自分を責められていると思ったのか、ノエルさんがムスッとします。
「すみません。私はこのとおり雑貨屋なので、受験競争を経験していません。ですが、資格取得のため、午前午後と五時間みっちりの試験を受けたのです。でも、ヘロヘロで最後は頭が回りませんでした」
「集中できなくて、覚えた事を上手く出せなくなるよね。勉強でも魔法でもそうだわ」
今世と過去を混ぜてお話しましたが、あの時は強力栄養ドリンクがなければもたなかったでしょう。
何度かあった模試で、昼休憩に栄養ドリンクを飲むと良いと気づけたのでなんとか乗り切れました。
ですが、ここには日本の良いドリンクはありませんし、聞くところによると、受験の時には魔力を含むものは効果が無効にされるらしいです。なら、身体一つで勝負するしかありません。
「インプットの時間は十分なのですか?」
「うん……。上級学校を目指す人はだいたいこの時期スタートするかな……」
「まあ、そうですね……」
カレンさんはノエルさんに気をつかいながら返してくれました。それをノエルさんも肯定されたので、私は考えていた提案をしてみることにしました。
「ではノエルさん。あちらの壁掛け時計を、試しに一ヶ月お部屋に置いてみてはどうですか? ザントマンの時計です」
「ザントマンの時計?」
眠りの妖精ザントマンの砂を内部に格納し、設定時間になると眠くなります。夜眠れないお悩みはこちらの世界でも多く、お店には常に切らさず置いている商品です。
こちらの世界ではレム睡眠とノンレム睡眠は知られていませんが、身体をよく動かす良いタイミングで目覚めを知らせる音楽が流れる爽やかな目覚まし機能付きです。
質の良い眠りをお届けできますが、その分普通の時計より値が張ります。
でも、気に入ってもらえたらご購入いただけそうですから、ここはたたみ掛けておきましょう。
「試験の時間に合わせた生活をするのです。幸いご両親の協力もあるようですから、試験時間に合わせてその教科の勉強をし、残りの時間を重点項目に充てる。それくらい集中できれば試験は短いくらいに思えるはずです」
「いいわね。これから長期戦になるんだから、徹夜を続けるより確実に身につきそうだわ」
「そして、試験当日に起きる時間まで十分な睡眠が得られるよう眠りに就き、朝はスッキリ目覚める。――いかがでしょう?」
「うーん……」
藁にも縋る思いなのでしょう。『じゃあやってみます』と、ノエルさんは最上級のレインコートをご購入し、風が弱くなったタイミングで時計をお腹に抱え帰って行きました。
「あのレインコート、エグイ雨の弾き具合だったね。高そうー。さらりと買うあたり、やっぱお坊ちゃんだね。なんか、ちょっと前の自分を見てるみたいでむず痒くなるよ……」
「これからカレンさんのように、たくましくなるんですね」
「ヘヘヘ。だね。あたしも上級学校に進学してからハッとすることが沢山あったし」
「フフ。今日はカレンお嬢様の話を聞きたいです」
「恥ずかしいなぁ。でも、セルマならいいよ。いつか実家にも遊びに来て欲しいし」
それからカレンさんの子どもの頃の話を聞いたりして、嵐の夜は過ぎていきました。
「でねー、その男の子ってば、あたしが好きだから意地悪していたみたいでさー」
「まあ! 少年あるあるですね!」
「けどさー、やっぱムカツクもんはムカツクのよ。だから、その子ん家に行って言ってやったのよ。『○○君が嫌がらせしてきます。迷惑だし大嫌いです』って。そしたら本人もお母さんも真っ青になっちゃってさー」
「おわっ。手厳しいですね」
「んで、その後改心したらしく、ちゃんと『好きだ』って言われたのよ。でもさ、子どもだったし手を繋いで歩くくらいで、お付き合いには発展しなかったんだー」
「きゃあっ。ウブウブな恋の思い出ですね!」
酔っぱらいたちの夜。私たちのキャアキャアかしましいお喋りは、風の音にかき消されてゆきます――
それから一週間も経たないうちに、ノエルさんのお母さんと名乗る方がお店にやって来ました。
「闇雲に焦っていた時より、時間を有効に使えているみたいなんです。それに、勉強だけに専念できる今の環境を与えてくれてありがとうなんて、私に言ってくれたりして――」
お母さんは上品な笑みを浮かべ、続けました。
「息子の生活面をサポートしていれば大丈夫と思っていました。まさか、悩んで飛び出すなんて……。ですが、ここでお世話になり、自分に合った勉強法を見つけたんです。本当にありがとうございました」
お母さんもホッとされています。戦うのが自分ではないからこそ、さぞ心配されていたのでしょう。
「こちらこそありがとうございました」
お母さんをお見送りした後、ノエルさんの合格を願い手を合わせようとしましたが、今回お祈りは――止めておきますね。
これ以上は余計なお世話というものです。
「いらっしゃいませ」
今日も、魔法雑貨屋『天使のはしご』に、わけありっぽいお客さんがやって来ました――
「セルマー。来たよー」
「いらっしゃいませ、カレンさん」
一人暮らしのカレンさんは嵐が苦手とのことで、今日は私の所でお泊まりです。
リアム様は災害に備え、騎士団に詰めると言っていましたから、久しぶりに女子会をして盛り上がりましょうか。
「だいぶ雨が強くなってきたよ」
「じゃあ、完全にお店は閉めてしまいますね」
「あ、お店の外に、雨宿りしている男の人がいるからね」
「分かりました」
私がお店の扉に鍵をかけながら雨が打ち付ける窓越しにその男性を見ると、ぼうっと空を見上げ一人静かに佇んでいました。
強さを増した雨にお困りなのかもしれません。
「傘をお貸ししましょうか?」
「あ、いえ。すみません、すぐ退きます」
振り返った男性は、まだあどけなさが残る少年でした。十代後半でしょうか。見習い騎士のロイ君より、少しお兄さんな感じです。
「ひっくしゅん!」
「まあ! びしょ濡れですし風邪をひいてしまいます。どうぞ中で髪を乾かし温まってください」
カレンさんも一緒にいますし、見知らぬ方をご案内しても大丈夫。それに、不良というより、悩める少年が青春に翻弄されてるといった雰囲気です。
遠慮がちにする背を押し、店内に押し込んでタオルを渡しました。
「あれ、さっきの人。ねえ、貴方どうしたの? こんな嵐の日に雨具も持たず外にいるなんて」
「あの……。その、ご迷惑をおかけしてすいません。俺、この通りに住んでるノエルです。ちょっと家を飛び出して来てしまって……」
私が温かい物を準備しているうちに、カレンさんがノエルさんに事情聴取をはじめました。
「ねえねえノエル。なんか悩みがあるなら、カレンお姉さんに話してみない?」
「なっ、なんで悩みがあるって分かるんですか?」
「占いができる魔女だもん。それくらい分かるわよ」
以前カレンさんは占いが得意と言っていましたね。まあ、濡れ鼠の様になって一人嵐の中佇む若人は、ほぼほぼ悩み事を抱えていそうですが……。
突っ込むのは止めて、お二人を見守りながらお茶を淹れてしまいましょう。
「魔女なんですね。ってことは、魔法学校に通ってるんですか?」
「そうよ。魔女科の現役学生なんだ」
私が手渡したタオルで頭をガシガシ拭いた後、ノエルさんは一つ大きく嘆息しました。
「すごく優秀なんですね。俺なんか、絶対合格できないな……」
「魔法学校を受験したいの?」
「いや……。家が商家なんで、経済学科のある学校を受けようかと……」
「そうなんだ。私の家も商売してるんだけれど、魔法学校に通いたくて一人で王都に出てきたの」
カレンさんは、この国の教育で最高クラスの上級学校に通っているので、裕福なご家庭のお嬢さんとは思っていましたが、やはり生粋のお嬢様だったのですね。
この国では、優秀で財力がなければ、上級学校まで進学できません。
「羨ましいです。俺は実家から学校に通う予定だから、ずっと親に縛られるんです。それに、そもそも試験に合格できる気がしないですよ」
ノエルさんはどこか投げ槍に呟きました。
「えー! まだ夏にもなってないし、諦めるのは早いよ。それに、一人暮らしって大変だし、私もやっと親のありがたみが分かった感じ。生きるって、結構面倒な事が多いのよ?」
ええ、ええ。名もない家事は、塵のように積もっていきますものね。
「……。そんなこと、俺だって分かってます。みんなスタートラインは同じだし、親だって協力的だからこそ受験に専念できる。でも、それさえもプレッシャーなんですよ! 受かって当然じゃないし、やるのは俺なんです」
ノエルさんの悩み事は、どうやら上級学校受験みたいです。
「ライバルの状況は知りたくなくてもどうしても耳に入ってくるし、焦りばかりがつのりますよ!」
多感な時期に、ハッキリと合否が出されます。周りは気にするな、軽い気持ちで受ければいいなんて無理ですよね。
「夜寝る時間も惜しんで勉強してるし、親も勉強以外は気にするなって煩く監視してくるから、全ての時間を受験勉強に費やしてるんだ!」
ずいぶん心にたまっていたのか、一気に勉強の辛さを吐露してくれました。
ですが、次の瞬間には肩を落としています。
「でも、覚えきれないし、詰め込んでも忘れてるし、追い詰められて体調も良くないし、やっぱり俺には上級学校なんて無理なんだ……」
ひとしきり吐き出すと、椅子に座って両手で顔を覆ってしまいました。
「さあ、カレンさん、ノエルさん。お茶でも飲んで、休みましょうか?」
静まりかえった店内に、三人がお茶を啜る音と外でごうごうと吹き付ける風の音だけが流れます。
「あの。お二人にお尋ねしたいのですが、やはり勉強時間は重要ですが、試験の時にいいパフォーマンスができる身体をつくるのも必要ですよね?」
「そうだね。試験当日に体調を崩したらどうしようもないよ」
「なにが言いたいんですか!?」
嵐の日に家を飛び出した自分を責められていると思ったのか、ノエルさんがムスッとします。
「すみません。私はこのとおり雑貨屋なので、受験競争を経験していません。ですが、資格取得のため、午前午後と五時間みっちりの試験を受けたのです。でも、ヘロヘロで最後は頭が回りませんでした」
「集中できなくて、覚えた事を上手く出せなくなるよね。勉強でも魔法でもそうだわ」
今世と過去を混ぜてお話しましたが、あの時は強力栄養ドリンクがなければもたなかったでしょう。
何度かあった模試で、昼休憩に栄養ドリンクを飲むと良いと気づけたのでなんとか乗り切れました。
ですが、ここには日本の良いドリンクはありませんし、聞くところによると、受験の時には魔力を含むものは効果が無効にされるらしいです。なら、身体一つで勝負するしかありません。
「インプットの時間は十分なのですか?」
「うん……。上級学校を目指す人はだいたいこの時期スタートするかな……」
「まあ、そうですね……」
カレンさんはノエルさんに気をつかいながら返してくれました。それをノエルさんも肯定されたので、私は考えていた提案をしてみることにしました。
「ではノエルさん。あちらの壁掛け時計を、試しに一ヶ月お部屋に置いてみてはどうですか? ザントマンの時計です」
「ザントマンの時計?」
眠りの妖精ザントマンの砂を内部に格納し、設定時間になると眠くなります。夜眠れないお悩みはこちらの世界でも多く、お店には常に切らさず置いている商品です。
こちらの世界ではレム睡眠とノンレム睡眠は知られていませんが、身体をよく動かす良いタイミングで目覚めを知らせる音楽が流れる爽やかな目覚まし機能付きです。
質の良い眠りをお届けできますが、その分普通の時計より値が張ります。
でも、気に入ってもらえたらご購入いただけそうですから、ここはたたみ掛けておきましょう。
「試験の時間に合わせた生活をするのです。幸いご両親の協力もあるようですから、試験時間に合わせてその教科の勉強をし、残りの時間を重点項目に充てる。それくらい集中できれば試験は短いくらいに思えるはずです」
「いいわね。これから長期戦になるんだから、徹夜を続けるより確実に身につきそうだわ」
「そして、試験当日に起きる時間まで十分な睡眠が得られるよう眠りに就き、朝はスッキリ目覚める。――いかがでしょう?」
「うーん……」
藁にも縋る思いなのでしょう。『じゃあやってみます』と、ノエルさんは最上級のレインコートをご購入し、風が弱くなったタイミングで時計をお腹に抱え帰って行きました。
「あのレインコート、エグイ雨の弾き具合だったね。高そうー。さらりと買うあたり、やっぱお坊ちゃんだね。なんか、ちょっと前の自分を見てるみたいでむず痒くなるよ……」
「これからカレンさんのように、たくましくなるんですね」
「ヘヘヘ。だね。あたしも上級学校に進学してからハッとすることが沢山あったし」
「フフ。今日はカレンお嬢様の話を聞きたいです」
「恥ずかしいなぁ。でも、セルマならいいよ。いつか実家にも遊びに来て欲しいし」
それからカレンさんの子どもの頃の話を聞いたりして、嵐の夜は過ぎていきました。
「でねー、その男の子ってば、あたしが好きだから意地悪していたみたいでさー」
「まあ! 少年あるあるですね!」
「けどさー、やっぱムカツクもんはムカツクのよ。だから、その子ん家に行って言ってやったのよ。『○○君が嫌がらせしてきます。迷惑だし大嫌いです』って。そしたら本人もお母さんも真っ青になっちゃってさー」
「おわっ。手厳しいですね」
「んで、その後改心したらしく、ちゃんと『好きだ』って言われたのよ。でもさ、子どもだったし手を繋いで歩くくらいで、お付き合いには発展しなかったんだー」
「きゃあっ。ウブウブな恋の思い出ですね!」
酔っぱらいたちの夜。私たちのキャアキャアかしましいお喋りは、風の音にかき消されてゆきます――
それから一週間も経たないうちに、ノエルさんのお母さんと名乗る方がお店にやって来ました。
「闇雲に焦っていた時より、時間を有効に使えているみたいなんです。それに、勉強だけに専念できる今の環境を与えてくれてありがとうなんて、私に言ってくれたりして――」
お母さんは上品な笑みを浮かべ、続けました。
「息子の生活面をサポートしていれば大丈夫と思っていました。まさか、悩んで飛び出すなんて……。ですが、ここでお世話になり、自分に合った勉強法を見つけたんです。本当にありがとうございました」
お母さんもホッとされています。戦うのが自分ではないからこそ、さぞ心配されていたのでしょう。
「こちらこそありがとうございました」
お母さんをお見送りした後、ノエルさんの合格を願い手を合わせようとしましたが、今回お祈りは――止めておきますね。
これ以上は余計なお世話というものです。
「いらっしゃいませ」
今日も、魔法雑貨屋『天使のはしご』に、わけありっぽいお客さんがやって来ました――
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