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第1章 恋人未満編

2 職人気質なおじいさん ジム

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 春の訪れを待ち構えていた花たちがあちらこちらで咲き、冬の終わりを告げ始めた頃。

 今日も魔法雑貨屋『天使のはしご』は元気に営業中。一年の中でも好きな季節の到来に浮かれてしまいます。
 でも私、転生後のセルマにも、どうやら巻き込まれグセがあるみたいですからね。気を引き締めていきましょう。

「いらっしゃいませ」

 今日お店に来たのは、かくしゃくとしたおじいさんです。なんだかしかつめらしい顔をしています。

「音声記録の魔道具はあるか?」
「はい。ございますよ。性能によってお値段はピンキリですが、どのような商品をご希望ですか?」
「金にいとめはつけん。一番いいやつをくれ」

 音声記録の魔道具は大変便利ですが、使用するにあたって規制があります。
 細かい文字の説明書を読むって、お年寄りには大変なことでしょう。
 やはりここは、きちんと私が口頭で説明した方がいいかもしれません。

「一番いい性能の商品となりますと、使用規制も強くなります。その内容ですが――」
「うるさい! うんちくはいいから、さっさと寄越せ!」

 おじいさんは丁度のお金をカウンターに叩きつけ、私から魔道具の入った箱を取りあげて、お店から出ていってしまいました。

 これはまた心配です。私は慌ててお店を閉め、おじいさんを追いかけました。
 おじいさんのどこにそんな体力があるのでしょうか? ご高齢なのに歩くのが早すぎです。
 いつもお店の中でじっとしている私が、若々しいおじいさんに追いつくのは大変でした。

 なんとか見失わずに追いつけましたが、おじいさんは会議室のようなところに入った後です。
 どうやら早速会議が始まるみたいで、これではなかなか入れそうにありません。

 おじいさんが魔道具を起動させ、司会の方が報告事項から説明を始めてしまいました。
 とても長い報告です。どうして会議とは、こうも時間がかかるのでしょう……。


「それでは協議に入ります。今回の協議事項は、王都職人組合の役員改選についてです。まずは役員みなさまのご意見をお聞きします」
「そろそろ次の世代に、組合を託すべきではないでしょうか?」
「私もそう思いますな。組合長、勇退されるお気持ちはございませんか?」
「……」

 黙り込むおじいさんに対し、ウンウンと頷いている人が多く感じます。どうやら役員のみなさんは、おじいさんに組合長を辞めてほしいのかもしれません。

「今のままの組織なら、わしは降りんぞ」
「具体的に理由を説明していただきたい。感情論ではなく、建設的に話をしましょう」
「とにかく副組合長がそのままわしの後釜におさまるのなら、わしは降りんからな!」

 会議室の雰囲気が、一気に悪くなってしまいました。

「ここで暫時休憩とします」

 空気を変えるためでしょうか、司会の方が宣言し、やっと休憩に入りました。
 背伸びをして窓から覗いていたので、足が吊りそうです。

「ふぅーっ」
「雑貨屋か? またコソコソと、なにをしている? 怪しい奴だな。覗きグセでもあるのか?」
「ひょえっ!!」

 ギギギと後ろを振り向くと、この前お会いした隊長さんが仁王立ちで腕組みをし、私の背後にいました。
 美しいお顔が般若みたいな形相になっています。私はけっして悪さをしていたのではありませんが、すごく気まずいです。
 なんと言い訳をしましょうか……。


「ぐあっ」

 その時、会議室の中からおじいさんの叫び声が!

 中を確認すると、おじいさんが出入口の方で胸を押さえて苦しんでいます。
 音声記録の魔道具が盗聴目的だと判断し、規制を働かせたのです。
 使用者が魔道具から離れると、ビリビリと電流で警告されるのですが……。
 おじいさんと魔道具の距離はけっこうあります。あれでは強く警告されているはず……。

 すぐに魔道具をオフにしなければ! このままでは高齢のおじいさんの命に関わります!

 私は日本人でしたから、思わず合掌しお願いしました――

『おじいさんの命を救ってください』
「!?」

 私の願いが届いたのか、魔道具からシュウシュウと煙があがり、おじいさんが苦しまなくなりました。
 でも、買っていただいた魔道具が壊れてしまったかもしれません。

「なんだ? なにが起こった?」

 隊長さんが会議室に入り、おじいさんの容態を確認します。
 よかった……。もう大丈夫みたいです。

「師匠!」
「レイ……」
「お願いですからいい加減歳を自覚して……、もう無理をしないでください」

 王都職人組合の役員会どころではなくなり、出席者のみなさんは帰路につきました。
 私は商品を売った雑貨屋として、もう一度おじいさんに使用方法を伝える努力をしなければなりません。

「お客さま――」
「お前は……。わざわざ追いかけてきたのか……」
「一番性能のいいそちらの商品は、使用者が道具から離れると、盗聴防止のため使用者に警告を与えるのです」
「盗聴? 師匠、なにをされたのですか?」

 ふて腐れた様子で、おじいさんがお弟子さんに語り始めます。

「この職人組合の組合長に、なんとしてもお前になってほしかった。お前が就任するのに反対する役員を知りたかったんだ。レイを組合長にするまで、わしは組合長の座から降りられんよ……」
「師匠……」
「お前が次の組合長にならなければ、この組合は利ばかり求める狸共にいいようにされてしまう……」

 お弟子さん――レイさんの目に力がこもります。

「いつまでも師匠にとって、私は頼りない弟子なんですね……」
「いや、そういうわけではない……」
「みんなが私を推さないことより、師匠に認めてもらえないことが悔しいです。こんな無茶までさせてしまって……」

 その様子を黙って見ていた隊長さんが、優しい声音と表情で二人の間に入りました。

「師匠は弟子の将来を案じ、弟子は師匠の身体を思う。まさに師弟愛ですな。しかし組合長殿、お弟子さんは充分立派な職人で、人格者のようです。自身の力で組合を変えていけるのでは?」
「……そうですな……。レイは腕もよく、人望もある。わしの自慢の弟子なんです」

 おじいさんが初めて笑顔を見せてくれました。これなら大丈夫そうですね。もう無茶なことはしないでしょう。
 さて、部外者は立ち去りますか。

「保証期間内ですから、魔道具は修理に出しておきます。私はこれで失礼しますね」
「おい、雑貨屋!」

 隊長さんに呼び止められましたが、気づかないふりをします。
 これ以上巻き込まれても大変です。もう足が限界なんです。




 それから一週間後、おじいさんが『天使のはしご』にやって来ました。

「あの時はきちんと説明も聞かず、悪いことをしたな」
「お身体がご無事でなによりです」
「実はな、昨日会議の続きが開催されたんだ――」

 あの後、レイさんは一軒一軒他の職人さんの工房を回り、丁寧に組合の事業や予算について考えていたことを話し、役員のみなさんを説得したそうです。
 おじいさんは組合長を辞め、これからは後進の育成に専念すると言いました。

「副組合長も反対せず、全会一致でレイが組合長に選ばれたよ。全部わしの徒労に終わったな……」

 どこか寂しそうな目をしているおじいさんに、私はお茶を一杯差し出しました。

「あの時、おじいさんが魔道具を使っていなければ会議は続き、レイさんがみなさんを説得する時間はありませんでしたね。けして徒労なんかではないです」
「そうか……。ごちそうさん。また来るよ」

 おじいさんは、憑き物が落ちたように清々しいお顔をしていました。

 歳をとると頑固になりやすいですよね。最後の想いだからと、考えを貫きたくなるのでしょうか? それとも経験が邪魔をするのでしょうか?
 それに、ご本人にとってはいつまでもかわいい子や弟子でも、次の世代は着実に成長しているのです。後進に任せて、ゆるりとするのもいいかもしれませんね。

 私も歳を重ねたら、前組合長さんのように若い人を尊重できる可愛らしいおばあさんになりたいものです。



「いらっしゃいませ」

 今日も魔法雑貨屋『天使のはしご』に、わけありっぽいお客さんがやって来ました――
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