11 / 37
第1章 黒領主の婚約者
11 戻りはじめた感情
しおりを挟む
ユージーンが王都に行って、もう一週間が経ってしまった。まだ、たった一週間なのかな?
「贅沢になってしまったのかも……」
エリカもいてくれるし、最近は他の使用人のみんなとも少しずつ打ち解けてきた。
領地経営の方も順調だし、未だ私を見かけると距離をとる人も多いけれど、声を掛けてくれる人も確実に増えている。
「これからやってみたい事まで、考えられるようになったんだもんね」
温かい食事をいただけて、綺麗な服を着られる。それらに感謝の気持ちを忘れず、領主の務めを全うしようと前向きに過ごしていたのだけれど――
「ユージーン……」
信頼できる家令が不在になった途端、急に落ち着いた心地がしないのだ。嘲笑われても、病気の時看病されなくても、一人で耐えることができていたのに。
「弱くなったのかもしれないわね」
目まぐるしい自分の気持ちの変化を受け止めきれず、自嘲気味。
それにしても、家業の伝手で情報を集めるとはいえ、変なことに巻き込まれたりしていなければ良いのだけれど――
「クローディア様……。またぼうっとなされて。ユージーン様がお帰りになりましたよ?」
「ほわっ!」
――ガタン――バンッ――
「お待ちくださいっ! ――もう……、クローディア様ったらわかりやすい。飼い主が帰った時の小型犬みたいで可愛すぎる……」
ユージーンが帰って来た! 私は執務室から玄関まで、はしたなくも走っていた。
「ユージーン、お帰りなさい!」
「クローディア様! ただいま戻りました。そんなに慌てて、怪我でもしたら大変ですよ?」
困ったように眉尻を下げたユージーンは、まるで子どもに言い聞かせるような口調になっているけれど、全然気にならない。
ユージーンに対しては気を張ることもないし、ありのままの自分をさらけ出すことができる。
「貴方の立場を悪くするような問題は起きなかった? 危険な目には遭わなかった?」
「大丈夫ですから落ち着いて下さい。ゆっくり執務室でご説明いたしますね。ちゃんと収穫がありましたよ」
「何かわかったのね!? さすがだわ!」
はしゃぐ私の出迎えを鷹揚に受け入れてくれたユージーンだが、言葉の最後の方にニヤリとした気がする。気のせいかな?
あまりにも彼を頼り過ぎているし、心まで依存しているのをこの一週間で感じていた。
でもそれって、エリカにも同じはずなんだけれどな……。
***
「王都で調査をしたところ、サディアス・オルディオが以前から賭博場に出入りしていることを掴みました。少し前から大金をつぎ込みだし大負けばかりしていたので、いい名物になっていましたね」
白目をむいて倒れそうになる。仮初めの婚約者だとしても恥ずかしい。
「その資金の出所を探ったのです。怪しいのはヘイデンでした。クローディア様が領主となった後、オルディオ家のタウンハウスを訪れていたのです」
「ヘイデンが!? うーん……。私が相続した後の二ヶ月で彼が横領した金額が2,500万イェンで……、500万イェンは手つかずのまま回収できているから――」
その二人が繋がっていたことに驚いたが、家令と婿予定が会っていてもおかしくはない。
「ええ。残り2,000万イェン。休日以外ずっとこの屋敷にいたヘイデンが、二ヶ月で全て使い切るには一度に大きな支払いをしたはず。国の憲兵団に取り調べの経過を確認したところ、1,000万イェンは投資に使っていました。これはそのまま、クローディア様の名義に変わる予定だそうです」
「横領はされたけど、ヘイデンが周到な人間で助かったのね」
ヘイデンのことだから、きっと見込みのある良い事業に投資したのでしょうね。ちょっとこの先が楽しみなくらいかも。
「そして、残りの1,000万イェンですが、それがサディアス・オルディオに渡っていました。そこで夜の界隈に明るい知人に話を通し、その賭博場付近でサディアスを取り押さえようとしたのです」
「ええっ! そんな危ないことをしていたの!?」
確かに、豊穣祭でのエリカとの立ち回りを見て、ユージーンも腕が立つ人だと思っていたが、強いのと危険に身を投じるのとは別。
だって、例え息子が軍神と名高くても、送り出す母親はずっとその身を案じ祈り続けるだろうから。
眉間に縦皺が入った私を見て、ユージーンがとびきり明るい声を出して話しを続けた。
「いやー。サディアスは存外持っているタイプの人間でしてね。なんとその日、サディアスが初めて大勝ちしたのです。そのままサディアスを子爵家に連れて行き取り立てる予定でしたが、これに変わりましたよ」
ユージーンが鞄から800万イェンの小切手を取り出した。ん? もう一枚書類がある。
「婚約解消届! 慰謝料がたったの200万イェン!? しかも、サイン済みじゃないの!」
「勝手な判断をして申し訳ございませんでした。200万イェンは、私の給金から差し引いていってください」
私に向かって頭を下げるユージーンを必死に止める。
「そんなことできないわ!! ――ユージーン……、ありがとう……。貴方のお陰で、あんな人を夫に迎えずに済んだわ……」
感極まりながらお礼を言う私に、ユージーンが柔らかく顔をほころばせた。そのままこの天使と一緒に天に昇って召されてしまいそうになる……。
こんなに幸運な事が起きてもいいのだろうか?
暗闇だった私の世界に、また新たな光が次々さしこんできた。その光はどんどん輝きを増し、私の心を包んで温めてくれた――
「贅沢になってしまったのかも……」
エリカもいてくれるし、最近は他の使用人のみんなとも少しずつ打ち解けてきた。
領地経営の方も順調だし、未だ私を見かけると距離をとる人も多いけれど、声を掛けてくれる人も確実に増えている。
「これからやってみたい事まで、考えられるようになったんだもんね」
温かい食事をいただけて、綺麗な服を着られる。それらに感謝の気持ちを忘れず、領主の務めを全うしようと前向きに過ごしていたのだけれど――
「ユージーン……」
信頼できる家令が不在になった途端、急に落ち着いた心地がしないのだ。嘲笑われても、病気の時看病されなくても、一人で耐えることができていたのに。
「弱くなったのかもしれないわね」
目まぐるしい自分の気持ちの変化を受け止めきれず、自嘲気味。
それにしても、家業の伝手で情報を集めるとはいえ、変なことに巻き込まれたりしていなければ良いのだけれど――
「クローディア様……。またぼうっとなされて。ユージーン様がお帰りになりましたよ?」
「ほわっ!」
――ガタン――バンッ――
「お待ちくださいっ! ――もう……、クローディア様ったらわかりやすい。飼い主が帰った時の小型犬みたいで可愛すぎる……」
ユージーンが帰って来た! 私は執務室から玄関まで、はしたなくも走っていた。
「ユージーン、お帰りなさい!」
「クローディア様! ただいま戻りました。そんなに慌てて、怪我でもしたら大変ですよ?」
困ったように眉尻を下げたユージーンは、まるで子どもに言い聞かせるような口調になっているけれど、全然気にならない。
ユージーンに対しては気を張ることもないし、ありのままの自分をさらけ出すことができる。
「貴方の立場を悪くするような問題は起きなかった? 危険な目には遭わなかった?」
「大丈夫ですから落ち着いて下さい。ゆっくり執務室でご説明いたしますね。ちゃんと収穫がありましたよ」
「何かわかったのね!? さすがだわ!」
はしゃぐ私の出迎えを鷹揚に受け入れてくれたユージーンだが、言葉の最後の方にニヤリとした気がする。気のせいかな?
あまりにも彼を頼り過ぎているし、心まで依存しているのをこの一週間で感じていた。
でもそれって、エリカにも同じはずなんだけれどな……。
***
「王都で調査をしたところ、サディアス・オルディオが以前から賭博場に出入りしていることを掴みました。少し前から大金をつぎ込みだし大負けばかりしていたので、いい名物になっていましたね」
白目をむいて倒れそうになる。仮初めの婚約者だとしても恥ずかしい。
「その資金の出所を探ったのです。怪しいのはヘイデンでした。クローディア様が領主となった後、オルディオ家のタウンハウスを訪れていたのです」
「ヘイデンが!? うーん……。私が相続した後の二ヶ月で彼が横領した金額が2,500万イェンで……、500万イェンは手つかずのまま回収できているから――」
その二人が繋がっていたことに驚いたが、家令と婿予定が会っていてもおかしくはない。
「ええ。残り2,000万イェン。休日以外ずっとこの屋敷にいたヘイデンが、二ヶ月で全て使い切るには一度に大きな支払いをしたはず。国の憲兵団に取り調べの経過を確認したところ、1,000万イェンは投資に使っていました。これはそのまま、クローディア様の名義に変わる予定だそうです」
「横領はされたけど、ヘイデンが周到な人間で助かったのね」
ヘイデンのことだから、きっと見込みのある良い事業に投資したのでしょうね。ちょっとこの先が楽しみなくらいかも。
「そして、残りの1,000万イェンですが、それがサディアス・オルディオに渡っていました。そこで夜の界隈に明るい知人に話を通し、その賭博場付近でサディアスを取り押さえようとしたのです」
「ええっ! そんな危ないことをしていたの!?」
確かに、豊穣祭でのエリカとの立ち回りを見て、ユージーンも腕が立つ人だと思っていたが、強いのと危険に身を投じるのとは別。
だって、例え息子が軍神と名高くても、送り出す母親はずっとその身を案じ祈り続けるだろうから。
眉間に縦皺が入った私を見て、ユージーンがとびきり明るい声を出して話しを続けた。
「いやー。サディアスは存外持っているタイプの人間でしてね。なんとその日、サディアスが初めて大勝ちしたのです。そのままサディアスを子爵家に連れて行き取り立てる予定でしたが、これに変わりましたよ」
ユージーンが鞄から800万イェンの小切手を取り出した。ん? もう一枚書類がある。
「婚約解消届! 慰謝料がたったの200万イェン!? しかも、サイン済みじゃないの!」
「勝手な判断をして申し訳ございませんでした。200万イェンは、私の給金から差し引いていってください」
私に向かって頭を下げるユージーンを必死に止める。
「そんなことできないわ!! ――ユージーン……、ありがとう……。貴方のお陰で、あんな人を夫に迎えずに済んだわ……」
感極まりながらお礼を言う私に、ユージーンが柔らかく顔をほころばせた。そのままこの天使と一緒に天に昇って召されてしまいそうになる……。
こんなに幸運な事が起きてもいいのだろうか?
暗闇だった私の世界に、また新たな光が次々さしこんできた。その光はどんどん輝きを増し、私の心を包んで温めてくれた――
1
お気に入りに追加
537
あなたにおすすめの小説
【完結】好きになったら命懸けです。どうか私をお嫁さんにして下さいませ〜!
金峯蓮華
恋愛
公爵令嬢のシャーロットはデビュタントの日に一目惚れをしてしまった。
あの方は誰なんだろう? 私、あの方と結婚したい!
理想ドンピシャのあの方と結婚したい。
無鉄砲な天然美少女シャーロットの恋のお話。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。
猫宮乾
恋愛
再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
冷酷王子が記憶喪失になったら溺愛してきたので記憶を戻すことにしました。
八坂
恋愛
ある国の王子であり、王国騎士団長であり、婚約者でもあるガロン・モンタギューといつものように業務的な会食をしていた。
普段は絶対口を開かないがある日意を決して話してみると
「話しかけてくるな、お前がどこで何をしてようが俺には関係無いし興味も湧かない。」
と告げられた。
もういい!婚約破棄でも何でも好きにして!と思っていると急に記憶喪失した婚約者が溺愛してきて…?
「俺が君を一生をかけて愛し、守り抜く。」
「いやいや、大丈夫ですので。」
「エリーゼの話はとても面白いな。」
「興味無いって仰ってたじゃないですか。もう私話したくないですよ。」
「エリーゼ、どうして君はそんなに美しいんだ?」
「多分ガロン様の目が悪くなったのではないですか?あそこにいるメイドの方が美しいと思いますよ?」
この物語は記憶喪失になり公爵令嬢を溺愛し始めた冷酷王子と齢18にして異世界転生した女の子のドタバタラブコメディである。
※直接的な性描写はありませんが、匂わす描写が出てくる可能性があります。
※誤字脱字等あります。
※虐めや流血描写があります。
※ご都合主義です。
ハッピーエンド予定。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる