賢者の失敗

小声奏

文字の大きさ
上 下
27 / 28

26 猫と獣と神官長

しおりを挟む
キュイと言えば、シルヴァンティエの北の国境に接する国だ。
 先王、つまりイサークの祖父の時代には幾度となく小競り合いを繰り返していたという。
 現王の代になってから友好路線に切り替えたと聞いたが……

「キュイは気候の厳しい国。貧しい民の一部が賊となり、以前よりシルヴァンティエに入り込む事があったのだ。特に冬場に数が多くなると聞いている」
「彼らもそうだと……」

 言いながら、私は違和感を覚えていた。
 超の付く俺様イヴァンや、几帳面で綺麗好きなレオニードに「貧しい」という言葉がどうにも合わない。
 それに――
 私は、レオニードの長持ちをちらりと見た。
 あの中には、以前机の上に広げられていた書類が収められている。
 様々な植物について書かれた書類に用いられていた文字はシルヴァンティエと同じもの。彼らが話している言葉もそう。だから、言語を同じくする、ツィメンかリザラスの線が濃いと思っていたのだが……
 貧しさ故に盗賊に身を落とすようなツィメンの民が、果たして他国の言語を読み書き出来るものだろうか。
 喉の奥に小骨が引っかかったようにすっきりしない。そんな私の横でエイノは、イヴァン達の情報を記した紙を折り始めた。
 まさか、本当に紙飛行機を飛ばす気だろうかと、引き気味に眺めるなか、エイノは紙を折り進める。
 出来上がったのは一羽の鳥だった。形は折り紙の鶴にとても似ている。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「これ、どうするんです?」
「飛ばすに決まっておろう」

 私は無言でエイノの掌の上に納まる鳥を見た。貧弱な翼に、不相応に大きな体、さらにはバランスに欠いた長い首。とてもこれが森の中に潜むという神官の元へ辿り着けるとは思えない。これなら、紙飛行機のほうがまだマシだろう。

「……冗談ですよね?」

 エイノは些か呆れたような眼差しで、私と手の中の鶴を見比べた。

「まさか、お前はこれを投げて飛ばすと思っておるのではあるまいな」

 そのまさかですが、何か。

「術をかけるのだ。見ておれ」

 そう言ってエイノは濁声でぶつぶつと何事かを呟いた。
 それは、不思議な光景だった。
 エイノの口から滑り出る言葉に応えるように、折り紙が、ぴくりと小刻みに動き出したのだ。そればかりか、白い紙が、羽根の生えた翼に変わり、直線だった首がしなやかな曲線を描く。
 ただの折り紙は、あっという間に本物の鳥になった。
 白鷺を小さく小さくしたようなそれは、美しくも愛嬌がある。

「本物みたい」

 思わず指で突つき、その感触にぎょっとする。手触りは元の紙のままだったのだ。
 柔らかな羽は、藁半紙に似たごわごわとした手触りで、体温も感じられなかった。
 だが、触れさえしなければ、どこからどう見ても本物だ。

「すごいですね。でも、そうと知らなければ鳥にしか見えないんですが……」

 紙で作られた小鳥は、エイノの手の中で翼を羽ばたかせ始めていた。
 森の中の神官も本物と見分けがつかないのではないだろうか。
 そんな私の杞憂を感じ取ったのか、エイノはふっと笑声を漏らした。

「お前の眼には鳥に見えても、術者としての素質のあるものには、もとの紙のままに映る」
「え? じゃあエイノさんには……」
「紙にしか見えぬな」

 その答えを聞いて、私は感心した。
 神官と呼ばれる人々のほとんどが不思議な力を持っていることは知っていたが、それを改めて目の当たりにした気がしたのだ。
 なによりエイノが使える術が、壁と覗き魔の術だけじゃなかったのが驚きだ。

「連絡を取り合い脱出の機会を待つ。そう遠い先の話にはなるまい。それまでの辛抱だ」
「はい」

 私は心強い気持ちで頷いた。
 ラハテラ行きの一行には、大礼の際に聖域に赴いた時ほどではないが、そこそこの数の兵士達も同行していた。それに加えてイヴァン達の情報が筒抜けなら、無傷で脱出するのも、そう難しい話ではないように思える。
 納得した私の顔を見て、エイノは窓辺に歩み寄った。
 何とはなしに後に続く。
 エイノの白い指先が掛け金を外し、きぃと微かな音を立てて窓が開いた。
 エイノがふっと息を吹きかけると、紙で出来た小鳥はふわりと浮かび上がり……
 その瞬間、私は重要なことを思い出した。

「エイノさん、待った!」

 今にも飛び立とうとしていた鳥を、渾身の力でもって叩き落す。
 小鳥は勢いよく床に墜落した。ぱたぱたと力なく翼を動かす姿が哀れだ。
 さっき、紙の感触を確かめておいてよかった。そうでなければ、叩き落とすことに躊躇してしまっていたかもしれない。

「何をする」

 エイノがむっとした様子で、小鳥を拾い上げる。私は答える前に、窓を閉め掛け金を留めた。

「その小鳥、神官意外にも術者として素質のある人には、紙に見えたりしますか?」
「当然だ」
「医術師にも」
「無論」

 エイノは眉間に皺を刻んだまま頷いた。

「じゃあ、まずいですよ。それを飛ばすのは」
「なに?」

 訝しげに眉を寄せるエイノ。
 私は右手首を撫でながら言った。

「盗賊の中に術を使える人がいますから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

私、異世界で監禁されました!?

星宮歌
恋愛
ただただ、苦しかった。 暴力をふるわれ、いじめられる毎日。それでも過ぎていく日常。けれど、ある日、いじめっ子グループに突き飛ばされ、トラックに轢かれたことで全てが変わる。 『ここ、どこ?』 声にならない声、見たこともない豪奢な部屋。混乱する私にもたらされるのは、幸せか、不幸せか。 今、全ての歯車が動き出す。 片翼シリーズ第一弾の作品です。 続編は『わたくし、異世界で婚約破棄されました!?』ですので、そちらもどうぞ! 溺愛は結構後半です。 なろうでも公開してます。

気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。

sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。 気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。 ※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。 !直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。 ※小説家になろうさんでも投稿しています。

処理中です...