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第二部 三流調剤師と約束
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ベレトはギルド長も副ギルド長も現役の冒険者である。
アビーは長剣を佩いた剣士だった。歳は三十半ば、服の上からでも出ることろが出た女らしい肢体の持ち主だとわかる。その見た目から、または女だからと侮ると、数十倍の制裁が返ってくる……と、もっぱらの噂だった。
アビーの言うことには――
ラグナルを入れたチームは、遺跡の探索に出た。
その遺跡はベレトが発見した、地上にあるタイプの遺跡で、幾度も冒険者を派遣している。時の権力者の墓と見られ、難易度はそう高くない。大方探索は済んでいた。
ただ、最奥とみられる部屋の前にやたら硬い絡繰兵が多数おり、剣士の多いベレトでは手を焼いていた。さりとて、他のギルドに遺跡を譲っては一番美味しいところをもっていかれててしまう。そこで、ロフォカレに所属しながら、他ギルドの助っ人もするラグナルの力をかり、絡繰兵を突破する算段であった。
ラグナルがいればそれは難しい話ではなかったはずだった。ところがチームは戻って来ず、様子を見に派遣された者たちが今しがた戻ってきたばかり。救援隊を組織するためベレトの冒険者が集まっていた……ということだった。
「絡繰兵がいた場所に大穴が開いていたらしいのよ……。深すぎて底も見えないほどのね」
アビーは背後に控えるベレトの人員を見やる。
「でも安心して。ベレトが総力を挙げて救援に向かうから……」
「どうして他のギルドにも声をかけないんですか!」
私はアビーの言葉を遮った。
冒険者は危険の伴う仕事だ。ロフォカレのような大手でも他ギルドと連携し、持ちつ持たれつやっている。しかも今回はラグナルも巻き込まれているのだ。せめてロフォカレには一報あってしかるべきではないのか。
「それは……その……」
アビーが視線を彷徨わせる。
「大方、ベレトが攻略した遺跡として実績を作りたかったのでしょう」
静かな声が背後から聞こえた。
振り返ると、眼鏡を光らせた執事然とした佇まいの男が立っている。
「ゼイヴィア!? どうしてここに……」
というか、いつからいたの?
「私の情報網を甘くみてもらっては困ります」
ゼイヴィアはくいと眼鏡を押し上げた。
「ロフォカレからも救援チームを差し向けます。うちのギルド員が巻き込まれているのですから当然です。嫌とはいいませんね。アビー?」
丁寧かつ静かな物言いが帰って迫力を増している。
アビーはため息とともに「……もちろん」と口にする。
「イーリス、キーランたちに使いをやりました。半刻後に東門に集合です。アビー、遺跡の案内人を一人用意してください」
私とアビーは揃って頷いた。
ベレトに来る前に、できる限りの用意はしてきた。あとは一度ロフォカレに戻れば揃う。
私はゼイヴィアとともにロフォカレに行き、それから一人……と一匹で東門へと急いだ。
「ここだ、イーリスさん!」
ウォーレスが手を上げて合図をする。東門にはすでに皆が揃っていた。見慣れない弓を背負った若い男性はベレトの人間だろう。
「ごめん、遅くなった」
私は膝に両手をつき、呼吸を整える。ベレトを出てから走り通しで息が苦しい。
「イーリス、大丈夫ですか? ラグナルはきっと無事ですよ」
ルツが私の背中を撫でながら言う。
「そーそー。あれは殺しても死なないタイプ」
ノアの軽口が今は妙にありがたかった。
「焦りは禁物だ。今はラグナルを信じて動くぞ」
そう言うとキーランは馬にまたがる。それから私に手を差し出し、馬上へとひっぱりあげた。
ベレトの案内人は名をレオといった。
まだ冒険者になったばかり。遺跡にはサポート役で何度か潜ったことがあるそうだ。真面目なたちなのか、常に平身低頭だった。
「言い訳になってしまうのですが……。あの遺跡で今まで床が抜けるだなんてことはなかったんです。これまでも遺跡内での戦闘は幾度もありましたけど、遺跡自体はビクともしませんでした」
馬を走らせながら、ぽつぽつと遺跡について説明する。
「ラグナルがやりすぎたんじゃないの……」
そう呟いたノアの声に毒はない。茶化した発言ではなく、真実そう考え心配している声音だった。
実は私もちょっとその可能性を考えた。
ちなみに、今朝、出立前に家にきたラグナルとは「絶対に魔力を三割温存する」という約束の元、黒魔法の使用を許可している。
「もしくは例の遺跡の影響がでたか、だな」
ウォーレスが言う例の遺跡とは、言わずもがなリュンヌによって崩壊させられた遺跡のことである。
しかしあれはホルトンの南側に広がっていた。今回の遺跡とは離れすぎている……とは思うものの、その可能性を完全に否定はできなかった。何せ狒々神を作り出す程の技術をもった古代文明である。地下にとんでもない規模の建造物を造っていても不思議ではない。
目的の遺跡は草原を駆けた先にある岩山の中にあるという。
これまで発見されていなかったのはそこが何もない岩山だと思われていたから。さらに窪地に作られていたため、見過ごされてきたそうだ。ベレトのチームが岩山に逃げ込んだ魔獣を追い偶然見つけたのだとか。
ホルトンを出てすぐ、ぽつぽつと降り出した雨は、岩山に差し掛かった頃には本降りに変わっていた。
早く早くと焦る気持ちとは裏腹に、月明かりは消え、速度を落とさざるを得なかった――
アビーは長剣を佩いた剣士だった。歳は三十半ば、服の上からでも出ることろが出た女らしい肢体の持ち主だとわかる。その見た目から、または女だからと侮ると、数十倍の制裁が返ってくる……と、もっぱらの噂だった。
アビーの言うことには――
ラグナルを入れたチームは、遺跡の探索に出た。
その遺跡はベレトが発見した、地上にあるタイプの遺跡で、幾度も冒険者を派遣している。時の権力者の墓と見られ、難易度はそう高くない。大方探索は済んでいた。
ただ、最奥とみられる部屋の前にやたら硬い絡繰兵が多数おり、剣士の多いベレトでは手を焼いていた。さりとて、他のギルドに遺跡を譲っては一番美味しいところをもっていかれててしまう。そこで、ロフォカレに所属しながら、他ギルドの助っ人もするラグナルの力をかり、絡繰兵を突破する算段であった。
ラグナルがいればそれは難しい話ではなかったはずだった。ところがチームは戻って来ず、様子を見に派遣された者たちが今しがた戻ってきたばかり。救援隊を組織するためベレトの冒険者が集まっていた……ということだった。
「絡繰兵がいた場所に大穴が開いていたらしいのよ……。深すぎて底も見えないほどのね」
アビーは背後に控えるベレトの人員を見やる。
「でも安心して。ベレトが総力を挙げて救援に向かうから……」
「どうして他のギルドにも声をかけないんですか!」
私はアビーの言葉を遮った。
冒険者は危険の伴う仕事だ。ロフォカレのような大手でも他ギルドと連携し、持ちつ持たれつやっている。しかも今回はラグナルも巻き込まれているのだ。せめてロフォカレには一報あってしかるべきではないのか。
「それは……その……」
アビーが視線を彷徨わせる。
「大方、ベレトが攻略した遺跡として実績を作りたかったのでしょう」
静かな声が背後から聞こえた。
振り返ると、眼鏡を光らせた執事然とした佇まいの男が立っている。
「ゼイヴィア!? どうしてここに……」
というか、いつからいたの?
「私の情報網を甘くみてもらっては困ります」
ゼイヴィアはくいと眼鏡を押し上げた。
「ロフォカレからも救援チームを差し向けます。うちのギルド員が巻き込まれているのですから当然です。嫌とはいいませんね。アビー?」
丁寧かつ静かな物言いが帰って迫力を増している。
アビーはため息とともに「……もちろん」と口にする。
「イーリス、キーランたちに使いをやりました。半刻後に東門に集合です。アビー、遺跡の案内人を一人用意してください」
私とアビーは揃って頷いた。
ベレトに来る前に、できる限りの用意はしてきた。あとは一度ロフォカレに戻れば揃う。
私はゼイヴィアとともにロフォカレに行き、それから一人……と一匹で東門へと急いだ。
「ここだ、イーリスさん!」
ウォーレスが手を上げて合図をする。東門にはすでに皆が揃っていた。見慣れない弓を背負った若い男性はベレトの人間だろう。
「ごめん、遅くなった」
私は膝に両手をつき、呼吸を整える。ベレトを出てから走り通しで息が苦しい。
「イーリス、大丈夫ですか? ラグナルはきっと無事ですよ」
ルツが私の背中を撫でながら言う。
「そーそー。あれは殺しても死なないタイプ」
ノアの軽口が今は妙にありがたかった。
「焦りは禁物だ。今はラグナルを信じて動くぞ」
そう言うとキーランは馬にまたがる。それから私に手を差し出し、馬上へとひっぱりあげた。
ベレトの案内人は名をレオといった。
まだ冒険者になったばかり。遺跡にはサポート役で何度か潜ったことがあるそうだ。真面目なたちなのか、常に平身低頭だった。
「言い訳になってしまうのですが……。あの遺跡で今まで床が抜けるだなんてことはなかったんです。これまでも遺跡内での戦闘は幾度もありましたけど、遺跡自体はビクともしませんでした」
馬を走らせながら、ぽつぽつと遺跡について説明する。
「ラグナルがやりすぎたんじゃないの……」
そう呟いたノアの声に毒はない。茶化した発言ではなく、真実そう考え心配している声音だった。
実は私もちょっとその可能性を考えた。
ちなみに、今朝、出立前に家にきたラグナルとは「絶対に魔力を三割温存する」という約束の元、黒魔法の使用を許可している。
「もしくは例の遺跡の影響がでたか、だな」
ウォーレスが言う例の遺跡とは、言わずもがなリュンヌによって崩壊させられた遺跡のことである。
しかしあれはホルトンの南側に広がっていた。今回の遺跡とは離れすぎている……とは思うものの、その可能性を完全に否定はできなかった。何せ狒々神を作り出す程の技術をもった古代文明である。地下にとんでもない規模の建造物を造っていても不思議ではない。
目的の遺跡は草原を駆けた先にある岩山の中にあるという。
これまで発見されていなかったのはそこが何もない岩山だと思われていたから。さらに窪地に作られていたため、見過ごされてきたそうだ。ベレトのチームが岩山に逃げ込んだ魔獣を追い偶然見つけたのだとか。
ホルトンを出てすぐ、ぽつぽつと降り出した雨は、岩山に差し掛かった頃には本降りに変わっていた。
早く早くと焦る気持ちとは裏腹に、月明かりは消え、速度を落とさざるを得なかった――
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