三流調剤師、エルフを拾う

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第二部 三流調剤師と大罪

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 昨日も思ったがいったいいつから待っているのだろう。
 急いで着替えを済ませて顔を洗うと、扉を開ける。
 私が起きた気配に気づいていたのか、ラグナルは特に驚いた素振りもなかった。

「おはよう」

 思ったより、普通に挨拶ができた。

「ああ、今日は早いな」

 そっちこそ。

「もっとゆっくりで大丈夫だよ。もしくはギルドで待ち合わせるとか」

 あそこなら、万が一にも入れちがうこともないし、何より人目につかない。

「ギルドまで距離があるだろう。人通りが少ない場所も」

 過保護か!
 ラグナルの返答に少しばかり呆れた。
 もちろんホルトンに犯罪がないわけじゃないが、街兵もいるし、罪を犯したものは、それが卑劣なものであるほど住民たちから厳しい制裁を受ける。雑多な街だからそこ、それなりに自浄作用が機能しているのだ。

「もう二年もここで暮らしてるんだから、ちゃんと心得てるよ」

 「まだ二年だ」と不服そうなラグナルに、「荷物の確認をしてくるからもう少し待っていて」と言い置いて、室内に戻る。
 薬剤、包帯、金平石、干した果物と焼き締めたパン、皮袋に水を入れて、懐剣は懐に。膝丈のローブを羽織り準備完了だ。
 外に出て鍵を閉める。
 差し出される大きな手。固辞しても無駄なことはもうわかっている。
 しかし手を重ねるのに、妙に緊張感する。
 おずおずと手を繋ぐと、ラグナルに伴われて歩き出した。
 ちらりと横顔を窺う。ラグナルはいつも通りだ。
 自分だけが意識しているようでなんだか悔しい。
 いつもの飯屋で朝食を食べ、ギルドへ向かう。
 両開きの扉を開けると、二階に続く階段の前でキーランとリュンヌが立ち話をしていた。
 ――中に入りたくない。

「二人とも早いな」

 思わず立ち止まるも、キーランに手をあげて挨拶されては無視できるわけもない。

「キーラン」

 立ち話相手の正体は知っているのだろうか?
 リュンヌを気にしながら名を呼べば、キーランは分かっているというように首肯した。

「魔女にお勧めの朝食を尋ねられてな。俺はピーレンの肉詰めとサラ米を推したのだが、二人の意見はどうだ?」

 コールの森で狒々神に対峙したときからずっと、キーランの肝の座り具合には驚かされっぱなしだ。
 付き合いの長いウォーレスも、彼が慌てふためくところを見たことがないという。

「知らん。ホルトンに長くいるわけじゃない」

 ラグナルが知っている朝食といえば、今朝も食べたくず肉と野菜を挟んだパンだけだ。
 安くて早くて美味い。三拍子揃っているものの、魔女に勧めるには気が引ける。
 私は無難にキーランに賛同することにした。

「キーランのお勧めに同意です。ピーレンは今が旬で肉厚で歯ごたえが堪らないですし、行儀が悪いですが、サラ米と混ぜて食べると肉汁が染みて美味しいかと」

 説明するうちにリュンヌが目に見えて上機嫌になる。

「美味しそう! それにするわ!」

 両手を胸の前で握りしめて期待に目を輝かせるリュンヌ。
 ――本当に、普通の少女にしか見えない。
 出会ったのがコールの森でさえなければ、声を掛けることもなく、道ですれ違う程度で済んだのかも。

「今日は遺跡に潜るのですってね。遺跡は印術がいっぱいでしょう? 昔は今とは比べものにならないぐらい盛んだったし。でもイーリスがいれば安心ね」

 そうでもない。
 キーランは理想的なリーダーだ。決して無理をしない。たとえ目の前に宝があろうとも危険を感じたら引き返す、そんな判断ができる人だ。
 それでも、予期せぬ罠にかかってしまうことも、あるにはあるが。
 今のところ役に立つより、足を引っ張っている感が強い。
 遺跡の探索は嫌いではないが、何もできない自分が歯がゆくて、落ち込むことも多かった。

「だと良いんですが]

 曖昧な返事にリュンヌは気づかない。
 それよりもピーレンの肉詰めとサラ米の朝食が気になって仕方ないらしい。「じゃあ、がんばってね」と言うと扉に向かう。
 ――いつまでホルトンにいるのかな。
 早く諦めて旅に戻って欲しい。
 けど、ラグナルの印を解呪する機会は今しかないだろうとも思う。
 リュンヌはラグナルを指して墓荒らしのダークエルフと言った。
 遺跡探索もある意味墓荒らしに他ならないのだが、彼女が機嫌を損ねた様子は全くない。
 ラグナルが荒らしたという墓は、魔女・・にとって思い入れのある人物の墓なのではないだろうか。そうだとしたら魔女・・が悲しみ怒るのもわかる。
 ――だとしてもラグナルが子供時分の話だし。
 もう充分罰は受けたはずだ。
 弾むような足取りで、リュンヌは扉を開いて外へ出る。
 キィと蝶番が軋む音。
 ――もし……もしも、ラートーンの支配が解けたら、ラグナルの印を解呪できるだろうか?
 ふと湧いた考えにゾッとする。
 私は服の上から臍を押さえつけた。
 これの解呪を望むだなんて以ての外だ。
 まだ揺れが収まらぬうちに、外側から扉が開く。ルツとノアが強張った顔で入ってきた。
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