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三流調剤師と初恋
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キーランは私の身元が分からないと言ったけれど、察しのいい彼のこと、ラグナルの背中の印を見てノアが風呂場を飛び出していったことや、その後の私の態度から、ある程度、見当がついていそうだ。
里を出て二年。イーの一族だと疑われたことは一度たりてなかったのに、バレるときはあっという間らしい……
ノアと落ち合う時間まで、通りにある店をのんびりと見て回った。服や装身具に始まり、日用品、香辛料、武具までありとあらゆる品が揃っている。
無骨なホルトンの街に慣れた身には少々眩しい店が多い。見た目もそうだが値段も。
私は男物のシャツを手に取り、値段を確かめずにそっと元に戻した。聞かずとも分かる。この手触り……絶対に高い。
今日のラグナルの服は、私の予備である。オーガスタスが出資してくれた服は、ピチピチのヘソ出し状態になってしまったのだ。
「キーラン。もう少し財布に優しい店、知りませんか?」
幾度かこの街にきたことがあるというキーランに案内され、南寄りの場所にある、比較的リーズナブルな店で、サイズ違いの服を買う。大きめのシャツとズボンと――かなり大きめの服だ。もうこれでいけると思いたい。出会った時に着ていたシャツやズボンの大きさから推測するに、最終的にキーラン並みの身長になると思われるから、若干つんつるてんになるけど……
ノアとの約束の時間が迫った頃、キーランがふらりと一軒の武具屋に立ち寄った。両刃の短剣を一本購入すると、ラグナルに投げて渡す。
ラグナルは怪訝な顔をしながら、右手で剣を受け取った。
「やろう。常に身につけておくといい」
そう言われて、こくりと頷くと腰の帯に短剣を差す。
短剣一本でさっき買った服をゆうに越す値段だった。さすがはギルド・ロフォカレの……虚しくなるからやめよう。
ノアと別れてから、ラグナルは妙に静かだ。
何か言いたげな視線を感じるものの、振り向くとさっと顔をそらされてしまう。照れているふうでもない。
そんなラグナルの態度はノアと合流して城へ戻ってからも続いた。
私がラグナルの方を向いているときは、一切こっちを見ない。なのに、ノアから龍涎石を売ったお金を受け取り、お礼を述べているときや、夕食を食べながらルツと街の様子を話しているときなど、私がラグナル以外を向いていると、じっと見つめてくるのだ。一体何が言いたいのか、とても気になる。気になるけど、聞いて答えてくれるとも思えないので、気づかぬふりを続けていた。
それよりも今、一番気掛かりなのは、今晩の部屋割りである。
夕食前にマーレイの帰りは明日の夕方になると告げられている。
マーレイが留守でもラグナルはノアと、私はルツと同室で眠るのだろうか?
ラグナルがノアとの同室を素直に受け入れるとは思えないのだが……。というか今日のラグナルは私との同室も嫌がりそう。
そうなると、とても困る。なぜなら解呪が進まないから。
ノアやルツにもバレてしまったのだから、いっそラグナルにも事情を話して彼が起きている間に解呪するべきだろうか。
でも私が彼の探していた里を出たイーの人間で、彼の解呪をしたと知ったら、さらに事態がややこしくなりそうな気もするのだ。彼が報酬の高い依頼を選って受けていた理由如何によっては……
ああ、兄の襟首を掴んで問いただしたい。里を訪れたであろうラグナルとどんな会話を交わしたのだろう。
「イーリス、大丈夫ですか? 随分疲れているようですが」
思わずため息を吐くと、ルツが服を脱ぎながら、尋ねた。
夕食を終え、私はルツと入浴タイムを迎えていた。城での楽しみはなんと言っても風呂である。
「ヘリフォトの街があんまり華やかで、ちょっと」
私はそう言ってごまかすと入浴着の前身頃を手早く合わせ、帯でとめた。
疲労の大元を辿ればノアである。彼にバレて、そこから芋づる式にバレたり、バレかけたりしているのだ。
『心配ならルツに相談してみるといい。場合によっては他言せぬよう印を刻んでくれるかもしれんぞ』
ふと、キーランの言葉が頭に浮かんだ。
ルツならノアに銀の契約印を刻んでくれるかもしれない。でもルツに全てを任せられるほど彼女を信用できるかと問われれば否だ。彼女はモーシェに連なる人間だ。印術を扱うものにとって、イーの一族ほど目障りな存在はいないはずである。
――わたしに印術が使えれば。
思わず浮かんだ考えに、ぞくりとした。
底の見えない暗い沼が、足元にぽっかりと口を開けているような錯覚に陥る。
『あんな碌でもない力、失って良かったんだよ』
滅多に本音を見せることのなかった兄が、ぽつりとこぼしたのはいつだったか。冷たい目をして、普段は飲まない酒を煽るらしくない姿に、ぎゅっと臓腑を掴まれた気がした。それまで私にとって兄は人外の力を持つ憎たらしいほど優秀で性格のねじ曲がった鬼畜野郎だった。けど、あのとき初めて、ああ兄は私が思うほど強くないのかもしれないと感じたのだ。
『まあ、お前程度なら、力を取り戻したところで大したことはできまいがね』
……弱っていようとも、余計な一言を付け足すのは忘れなかったけれど。
再び出そうになったため息を飲み込み、私はルツの後に続いて浴室に足を踏み入れた。
その体が、前方からどんっと押される。
思わぬ衝撃に、踏ん張ることもできず、私は後ろに倒れ強かに尻を打ち付けた。
見上げれば、ルツの白い手が、私が立っていた場所に向かって突き出されている。ルツに押されたのだということはすぐに理解できた。でもその彼女を後ろから羽交い締めにする男たちの存在が理解できない。
ここ、女風呂だよね?
里を出て二年。イーの一族だと疑われたことは一度たりてなかったのに、バレるときはあっという間らしい……
ノアと落ち合う時間まで、通りにある店をのんびりと見て回った。服や装身具に始まり、日用品、香辛料、武具までありとあらゆる品が揃っている。
無骨なホルトンの街に慣れた身には少々眩しい店が多い。見た目もそうだが値段も。
私は男物のシャツを手に取り、値段を確かめずにそっと元に戻した。聞かずとも分かる。この手触り……絶対に高い。
今日のラグナルの服は、私の予備である。オーガスタスが出資してくれた服は、ピチピチのヘソ出し状態になってしまったのだ。
「キーラン。もう少し財布に優しい店、知りませんか?」
幾度かこの街にきたことがあるというキーランに案内され、南寄りの場所にある、比較的リーズナブルな店で、サイズ違いの服を買う。大きめのシャツとズボンと――かなり大きめの服だ。もうこれでいけると思いたい。出会った時に着ていたシャツやズボンの大きさから推測するに、最終的にキーラン並みの身長になると思われるから、若干つんつるてんになるけど……
ノアとの約束の時間が迫った頃、キーランがふらりと一軒の武具屋に立ち寄った。両刃の短剣を一本購入すると、ラグナルに投げて渡す。
ラグナルは怪訝な顔をしながら、右手で剣を受け取った。
「やろう。常に身につけておくといい」
そう言われて、こくりと頷くと腰の帯に短剣を差す。
短剣一本でさっき買った服をゆうに越す値段だった。さすがはギルド・ロフォカレの……虚しくなるからやめよう。
ノアと別れてから、ラグナルは妙に静かだ。
何か言いたげな視線を感じるものの、振り向くとさっと顔をそらされてしまう。照れているふうでもない。
そんなラグナルの態度はノアと合流して城へ戻ってからも続いた。
私がラグナルの方を向いているときは、一切こっちを見ない。なのに、ノアから龍涎石を売ったお金を受け取り、お礼を述べているときや、夕食を食べながらルツと街の様子を話しているときなど、私がラグナル以外を向いていると、じっと見つめてくるのだ。一体何が言いたいのか、とても気になる。気になるけど、聞いて答えてくれるとも思えないので、気づかぬふりを続けていた。
それよりも今、一番気掛かりなのは、今晩の部屋割りである。
夕食前にマーレイの帰りは明日の夕方になると告げられている。
マーレイが留守でもラグナルはノアと、私はルツと同室で眠るのだろうか?
ラグナルがノアとの同室を素直に受け入れるとは思えないのだが……。というか今日のラグナルは私との同室も嫌がりそう。
そうなると、とても困る。なぜなら解呪が進まないから。
ノアやルツにもバレてしまったのだから、いっそラグナルにも事情を話して彼が起きている間に解呪するべきだろうか。
でも私が彼の探していた里を出たイーの人間で、彼の解呪をしたと知ったら、さらに事態がややこしくなりそうな気もするのだ。彼が報酬の高い依頼を選って受けていた理由如何によっては……
ああ、兄の襟首を掴んで問いただしたい。里を訪れたであろうラグナルとどんな会話を交わしたのだろう。
「イーリス、大丈夫ですか? 随分疲れているようですが」
思わずため息を吐くと、ルツが服を脱ぎながら、尋ねた。
夕食を終え、私はルツと入浴タイムを迎えていた。城での楽しみはなんと言っても風呂である。
「ヘリフォトの街があんまり華やかで、ちょっと」
私はそう言ってごまかすと入浴着の前身頃を手早く合わせ、帯でとめた。
疲労の大元を辿ればノアである。彼にバレて、そこから芋づる式にバレたり、バレかけたりしているのだ。
『心配ならルツに相談してみるといい。場合によっては他言せぬよう印を刻んでくれるかもしれんぞ』
ふと、キーランの言葉が頭に浮かんだ。
ルツならノアに銀の契約印を刻んでくれるかもしれない。でもルツに全てを任せられるほど彼女を信用できるかと問われれば否だ。彼女はモーシェに連なる人間だ。印術を扱うものにとって、イーの一族ほど目障りな存在はいないはずである。
――わたしに印術が使えれば。
思わず浮かんだ考えに、ぞくりとした。
底の見えない暗い沼が、足元にぽっかりと口を開けているような錯覚に陥る。
『あんな碌でもない力、失って良かったんだよ』
滅多に本音を見せることのなかった兄が、ぽつりとこぼしたのはいつだったか。冷たい目をして、普段は飲まない酒を煽るらしくない姿に、ぎゅっと臓腑を掴まれた気がした。それまで私にとって兄は人外の力を持つ憎たらしいほど優秀で性格のねじ曲がった鬼畜野郎だった。けど、あのとき初めて、ああ兄は私が思うほど強くないのかもしれないと感じたのだ。
『まあ、お前程度なら、力を取り戻したところで大したことはできまいがね』
……弱っていようとも、余計な一言を付け足すのは忘れなかったけれど。
再び出そうになったため息を飲み込み、私はルツの後に続いて浴室に足を踏み入れた。
その体が、前方からどんっと押される。
思わぬ衝撃に、踏ん張ることもできず、私は後ろに倒れ強かに尻を打ち付けた。
見上げれば、ルツの白い手が、私が立っていた場所に向かって突き出されている。ルツに押されたのだということはすぐに理解できた。でもその彼女を後ろから羽交い締めにする男たちの存在が理解できない。
ここ、女風呂だよね?
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