三流調剤師、エルフを拾う

小声奏

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三流調剤師とパトロン候補

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相性が悪いことを例えて水と油というけれど、ラグナルとノアはまるで火と油だ。二人を近づけておくと、大惨事を引き起こしかねない。ルツのいない時はとくに。
 怒り心頭のラグナルをなんとか宥めて、オーガスタスの執務室についた時には、もうへとへとだった。

「随分、にぎやかだったね」

 騒ぎが聞こえていたらしいオーガスタスが困ったように笑う。
 貴方のとこのギルド員でしょうが。笑ってないで、なんとかしてくださいよ……
 目で訴えてみるも、軽い苦笑で流される。

「さて、今日来てもらったのは、まずはこれをお渡ししたかったからなんだよ」

 オーガスタスがそう言うと、副ギルド長のゼイヴィアが進み出た。その手には厚みのある布袋。その袋を目の前に差し出されて固まった。
 中身は間違いなくお金だ。これをどうしろと?
 意味がわからず袋を見つめたまま立ち尽くす私に、オーガスタスが笑いかける。

「昨日の討伐の報酬だよ。ウォーレスやルツから話を聞いてね。君も受け取るべきだと判断した。狒々神の角があれば、それの倍にはなったんだがねえ」

 オーガスタスは惜しそうに言うが、角があればゼイヴィア達の到着を待たずして、全滅してただろう。

「あとは、領主からの討伐報酬が引き出せれば、もう少し色を付けられるから少し待っていてくれるかな」

 オーガスタスの声音はふんだくる気満々だ。

「これから物入りになる。受け取ってくれるね」

 私はおずおずと袋に手を伸ばした。貰えるものならもちろん貰いたい。
 しかし、躊躇する気持ちもある。昨日、森の深くまでキーランたちを導いてしまい危険に晒したという自覚があるからだ。
 まさか彼らもオーガスタスも、あんなに深くまで入り込むとは思っていなかっただろうに。
 それでもラグナルの食費や、これから必要になるかもしれない被服費を考えると頭が痛いわけで……。ありがたく報酬を受け取けとることにした。

「私の見立てでは今日、明日中に城代から召喚状が届くだろう。城へ赴いてもらわなければならない。その際にはロフォカレからも誰か同行させるつもりだが……」

 オーガスタスは言葉を切って、ラグナルに視線を向ける。

「なんだよ召喚状って、俺はどこにも行かないからな」
「うん、今日の君はそう言うだろうと思ったよ」

 階下の騒動が聞こえていた時点で推察していたのか、ラグナルの変化にもオーガスタスは特に驚きを示さなかった。

「私としてもラグナルの意思を尊重したい。しかし正式な召喚状が来てしまえば、こちらとしては無視することは出来なくてね。もちろんダークエルフであるラグナルには従う義務はないよ。君はイービル山脈に帰ればいいだけの話だからね。しかしホルトンに住むお嬢さんは召喚に応じないという訳にはいかないだろう」

 オーガスタスの言葉にラグナルが気色ばむ。

「きたないぞ。イーリス姉ちゃんを盾に俺を脅す気かよ」
「いやいや、そんな気はないよ。私としてはラグナルは故郷に帰るのが一番だと思っているんだが。――帰る気はないのかい?」

 私もそれが一番だと思う。
 昨日までのラグナルには無理でも、今日のラグナルなら帰れそうだし。帰る気があれば……

「イービル山脈なんて知らない。知ってても帰らない。俺はイーリス姉ちゃんと約束したんだ、早く大きくなって稼いでやるって!」

 オーガスタスが微かに眉を顰めて私を見た。分かってます。ダークエルフの習性について忠告したのになにやってんだ、と言いたいのは。

「ふむ、ではどうするね?」

 問われて、結局、ラグナルは私とロフォカレのメンバーと共に応じることを承諾した。
 召喚状が来たら、使いを出すので支度を済ませておくようにとお達しを受けて、話は終わった。
 領主の城を訪れるまで、長くてもあと二日。それまでにラグナルはどう変化しているだろう。出会ってからの3日間で、ほとんど何も喋らない静かな感情の薄い子どもから、甘えん坊に、そして少し生意気な少年へと変わった。これからの二日間の間に記憶の欠片でも戻れば、彼は一緒に城を訪れることもないのかもしれない。
 出来れば、ラグナルの為に、別れの時までに背中の印を全て解除してしまいたいと思う。けれど解除したあとの彼が、どう思い、どう動くか全く読めないのが問題だ。
 私を慕ってくれている今のうちに、新たに約束を交わしてしまえばとも思うが、今の状態で交わす約束が果たして有効かどうか分からないし……
 悶々としながら部屋を辞す寸前、オーガスタスは私を呼び止めた。

「お嬢さん。彼らにとっての口約束は、人間にしてみれば契約印を交わすようなものだよ」


 財布は重くなったが、同時に足取りも重くなった。
 オーガスタスの言葉を頭の中で反芻する。契約印を交わすのと同義なら、破棄できないこともない。その方法は至極簡単だ。双方が破棄に合意すればいい。
 ――合意、してくれるだろうか?
 今朝からのラグナルの様子を思い出してみるが……難しそうだ。
 もう少し解呪が進んだら、ラグナルの様子を見て申し出てみようかな。それとも思いきって切り出してみようかな。そんなことを考えながら階段を下りてロビーに着くと、そこにはまだノアがいた。
 隣には背の高い筋肉隆々の男性の姿。キーランだ。

「もう話、終わったの?」

 ノアが私たちに気づいて声をあげると、途端にラグナルからぴりぴりとした気配が漂いだす。
 早くここを出たいところだが、キーランの具合が気になる。
 私はラグナルの様子に気を配りつつ、キーランの前で立ち止まると、彼を見上げ……。どうやって確かめよう?
 まだ耳は聞こえないだろうし、筆談するにも何も持っていない。どうしたものかと思っているとキーランが微かに笑みを浮かべた。

「昨日は世話になったな。今、ノアから聞いたが、ラグナルが元に戻りかけていると言うのは本当か?」

 ノアから聞いた?

「キーラン、もう耳が?」

 昔、顔のすぐ横で術が暴発し、一時的に耳が聞こえなくなった人に会ったことがある。その人は確か聴力が戻るのに二十日近くかかっていたはずだ。

「灰熊獣の目玉から点耳薬を作る調剤師がいてな。もう元通りだ。心配をかけたようだ。すまない」

 そんな薬があるとは。作り方を知らないどころか、存在すら知らなかった。三流とはいえ調剤師を名乗っているのに不勉強で恥ずかしい。そもそも灰熊獣の目玉なんて高級素材を扱うこと自体夢のまた夢なんだけど……

「いえ、その、思いつきの発案で、キーランには負担を強いてしまって、こちらこそ申し訳ありません」

 今思い出しても、キーランばっかり割りを食う作戦だった。
 くっとキーランが声をあげて笑う。

「確かに、あれほど惜しみ無く使われたのは初めてだ」

 これには、はははと乾いた笑いをこぼすしかなかった。
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