三流調剤師、エルフを拾う

小声奏

文字の大きさ
上 下
13 / 122
三流調剤師とギルド・ロフォカレ

13

しおりを挟む
バレたら確実に面倒なことになる。
 ――ルツとノアには気をつけよう。
 特にルツはラグナルの印にも気づいている節がある。先ほど見せた術の構築のスピードも素晴らしかった。彼女が優秀な印術師なのは間違いない。どこから足が付くか分からないと思うとヒヤヒヤものだった。

「あーあ、欲しかったなあ血……じゃなくて髪」

 放っておいたら血どころか骨まで持っていきそうな呟きを零すノア。
 ラグナルがすっかり怯えてしまっている。私の後ろでノアから見えないように体を隠そうと必死だ。

「あー! 思い出した!」

 そのノアが突然大きな声をあげたものだから、ラグナルはビクリと震えて、後ろから私の腰に手を回し張り付いてしまった。
 ノアのテンションが高めなのはいつものことなのか、驚いたのは私とラグナルだけのようだ。他の皆は「またか」と言いたげな雰囲気を漂わせている。

「ダークエルフと言えば、僕、土の施療院にいる間に変な噂聞いたんだよね」

 施療院は様々な治療を必要とする人の為に作られた施設だ。いくつか種類があり土の施療院は呪いの緩和を目的としている。
 遺跡の探索や魔獣の討伐時に呪いを受けた冒険者や兵が主な患者と言えるだろう。ノアのような。
 しかしあくまで緩和が目的なので、施療院での完全な解呪は難しい。
 見た所、不自由を抱えている感じは受けないので、ノアが受けたのはごく軽い呪いだったのだろう。遺跡に張り巡らされた先人の罠は、長い年月を経るうちに劣化してしまい、本来の効き目を発揮しないことがままある。
 もちろん中には全く衰えていない、且つえげつない呪いもあって、そんな呪いの餌食になった人の一部がイーの一族の客となる。術印と呪いは構成がよく似ているのだ。
 ノアは「ねえねえ、聞きたい?」ともったいぶって「早く言え」とウォーレスに小突かれていた。

「なーんかねえ、いるらしいよ? その子以外にも人界に出て来てるダークエルフが」

 ようやく話しだしたノアは何がおかしいのか、ニヤニヤと口元を緩める。

「そいつダークエルフなのに黒魔法じゃなくて剣を使うらしくてさあ。それも結構な腕でー、あちこちの討伐ギルドに顔を出しては高額報賞の単発依頼を受けてんだって」

 それ、本当にダークエルフ? ちょっと耳が長い日焼けした人間じゃないの?
 そう思ったのは私だけではないはずだ。
 ダークエルフが人界に出てくること自体めずらしいのに、大好きな黒魔法じゃなく剣を使い、その上大嫌いな人間のギルドから仕事を受ける。そんなことがあり得るだろうか?

「お前、それはガセではないのか?」

 ウォーレスの声は呆れを隠そうともしていない。

「まあまあ、待ちなって。この話まだまだ続きがあってさあ。あちこちって言ったでしょ? これが興味深くてさ、最初に話が上がったのがムーダーラ、次がラトム、んでからケーラ、ゼランときて、最後の目撃談がロサラムなんだよねー。どういうことだと思うー?」

 ロサラム、それはこのホルトンの東隣の領にある街の名だ。ノアが治療を受けていた土の施療院のある場所でもある。
 なにより今の話で興味深いのは……

「だんだん近づいてる?」

 ムーダーラは最北東の国にある街の名前で、ラトムは私が出身を偽った国クティニャにある街の名だ。ケーラはその西隣りの国の街。ゼランはまたその西隣の国にある。
 呟きを拾ったノアが「調剤師のお姉さん、せいかーい」と私を指差す。

「大陸を東から西へ移動してんだよね。そいつ」

 なんとも言えない悪寒のようなものが背筋を這い上った。
 ――一体なんのために?

「噂ではさあ人探しをしてるみたいなんだよねえ」

 ノア以外の皆の視線が一斉に私の背後に隠れるラグナルに向けられた。
 人間嫌いのダークエルフがわざわざ人界に出て来て探すって、それもうラグナルしかいなくない?

「しかもさ、こっからが一番面白い話なんだけど」

 ノアのニヤニヤ笑いが酷くなる。唇をふるふると震わせて吹き出しそうになるのを耐えているようだった。

「そいつが出没した街のやつらが好き勝手に二つ名を付けたらしくてさあ。これが傑作なの。まず「新月の貴公子」でしょ? それから「宵闇の冴えた月」に「闇夜に舞う月の精」「輝ける黒き星」極め付けが「漆黒に煌めく月光」だよ?」

 そ、それは、なんとも痛々しい二つ名のオンパレードだ。

「くっそだっせぇ~!!」

 ノアはついにお腹をかかえてギャハハハと笑い声をあげだした。
 確かにダサい。しかし笑いたくとも笑えない。だってそのダークエルフが探しているかもしれないラグナルがすぐ後ろにいるのだ。しかも最後の目撃談が東隣の領のロサラムである。すでにこの街に来ていない保証がどこにある。
 ラグナルの口から、二つ名を笑ったことをそのダークエルフに知られたら……
 ふと周囲を見回せば、皆同じことを思ったようだ。
 ルツは口を手で押さえ、ウォーレスは額に手を当てて俯き肩を震わせており、キーランは虚空を睨んで笑いをこらえている。ゼイヴィアはいつの間にか壁に向き直っていて、オーガスタスは机に突っ伏していた。

「ねえ、どうよ。調剤師のお姉さん。「漆黒に煌めく月光」だよ? 黒いのか光ってんのかどっちなんだよっての。すっげえ痛いでしょ?」
「そ、そんなことは……」

 こっちに話を振らないでほしい。
 こちとら失言でえらい目にあったばかりである。これ以上下手な発言をして自分の首を絞めるのは御免である。

「えー、本当にぃ? こんな二つ名、付けられたのが自分だったらちょっと外を歩けないよねえ?」

 曖昧に濁したのに、ノアには通じなかった。いや、通じてるのにあえて気づかないふりをしているのかもしれない。
 こんなことならゼイヴィアのように回れ右をしておけば良かった!
 私は腰に回されたままのラグナルの小さな腕を意識しながら恐々口を開く。

「え、えーと、例えば「漆黒に煌めく月光(笑)」とかにして積極的に笑いを取りに行くスタイルにすればなんとか……」

 ならないか。

「(笑)って」

 ぶっとノアが吹き出す。

「「漆黒に煌めく月光(笑)」ってひっでぇ。ああ、もうお姉さんひでえ。最高!」

 ノアは目に涙を浮かべてさらに笑い続ける。
 私は大急ぎで袋から焼き菓子を取り出すと、振り返ってラグナルの口に押し当てた。

「今の話、本人にはしないで。お願い」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

ずっと色黒だと思っていた幼なじみの彼女はダークエルフだと告白された! でもそれがなにか問題あるのかと思っていたら……

ぱぴっぷ
恋愛
幼なじみのエリザとずっと親友以上恋人未満だったシュウ。 そんなある日、シュウの自宅で2人きりになった時にお互いの想いを告白して、晴れて恋人同士になったシュウとエリザ。 だが、ずっと色黒だな~と思っていたエリザはなんと、実はダークエルフだった! エリザはずっとその事を気にしていたみたいだが…… えっ? ダークエルフだから何?と思っていたシュウだが、付き合い始めてからだんだんとその理由に気づき始め…… どんどん暴走するエリザに、タジタジながらもエリザを受け止めるシュウ。 そんな2人のちょっぴりHな甘々イチャラブコメディ! ※1話1500~2000文字でサクサク読めるようにしています。 ※小説家になろうでも投稿しています

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...