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三流調剤師とギルド・ロフォカレ
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なんでもオーガスタスの言うことには、領主様は現在所用で王都に滞在しており、使いを出して沙汰を待つとなるとどんなに急いでも七日はかかってしまうらしい。
「もちろん城代をおかれているが、私はどうにもあいつは好かんのだよ」
オーガスタスはその人物を思い出しているのか、眉を顰めて言い放つ。
いや、好かんのだよと言われましても……
私としては一刻も早くラグナルを引き取ってほしいのだよ。
「しかし、知らせんわけにはいかんだろうねえ」
ほとほと不本意そうにオーガスタスはゼイヴィアを見た。
「当然でしょう」
ゼイヴィアの返事はそっけない。
「一番足の遅い者を城代に。一番足の速い者を王都の御領主の元へ向かわせます」
ツンデレなのか、それともゼイヴィアもその城代とやらが嫌いなのかどっちだろう?
領主様の居城まで、馬で半日の距離だが何日かけるつもりなのか気になるところだ。
「うん、それでよろしく。さて、これからだが……」
オーガスタスはラグナルと私を見て微笑んだ。その笑みはただ優しいだけのそれに見えない。
「ただ待っているだけというわけにはいかんだろうね。少しでも情報を集めておかないと。申し訳ないがお嬢さんにも協力してもらいたい。ラグナルに出会った場所まで案内できるかい? 付近を調べてみなければねえ」
出来る。と言いたくなかった。
余計なことをせず領主様の沙汰を待っていたらいいんじゃないのと思わずにおれない。
「誰をつけますか?」
ちょっと待って。私、まだ出来るって言ってないんだけど!?
「キーラン達を呼んできてくれ。確か下に居たはずだよ」
「かしこまりました」
私の意思を無視してさくさく話を進めると、ゼイヴィアは部屋を出て行った。
唖然としてゼイヴィアが去った扉とオーガスタスを交互に見つめる。
「なに、大丈夫だよ。うちのギルドでも腕利きの者達をつけるから。彼らがいればコールの森の魔獣など恐れるに足りないさ。」
懇願の眼差しはあっさりいなされた。
ほどなくしてゼイヴィアに伴われて四人の人物が部屋の中に入ってきた。
「右から順にキーラン、ウォーレス、ノア、ルツです」
ゼイヴィアのおざなり過ぎる紹介を受け、四人は好き好きに会釈する。
リーダーらしきキーランは背の高いがっしりとした体格の男性だった。茶色い髪を一つに結んで左肩に垂らしている。ベルトに吊るされているのは大ぶりの直剣で、見るからに剣士然としていた。
ウォーレスはキーランよりはやや小柄だが、それでも立派な体躯をしている。短く整えられた髪は金で、目は青。こちらは湾曲した剣を履いている。無表情かつ機敏な動きでさっと頭を下げただけのキーランと違って、笑顔付きで挨拶してくれる。
ノアは、一番年若い。ローブに長いスタッフ。典型的な魔術師スタイルの少年だ。きょろきょろとよく動く大きな目が印象的だった。
ルツは落ち着いた雰囲気の女性だ。ノアとよく似た色合いの赤い髪に茶色の瞳。深い緑のローブを羽織り、手にはスタッフよりもずっと短い杖……
――印術師だ。
彼女の手にある杖を見て、私は顔が強張るのを感じた。
ルツが手にしていたのはワンドだった。魔術師の持ち物ではあるがワンドを使う者の多くは印術を得意とする。
二人は揃って、軽く頭を下げたあと、ノアはなぜか私を見て目を細め、ルツはラグナルに怪訝な眼差しを向けていた。
ルツはラグナルの体に刻まれた印に気づいたのかもしれない。しかしノアが私をじろじろと見る理由がわからなかった。どうにも居心地の悪い視線に耐えていると、ノアがにんまりと唇の端を釣り上げる。
「やっぱり。この人「討伐ギルドの活躍を支えているのは俺たち調剤師だ!」ってモーカムでくだ巻いてた人だ」
――わ、わあ。聞かれてたー。
モーカムはロフォカレの隣にある酒場の名前である。
ノアが言っているのは先日の調剤師仲間との飲み会のことだろう。
盛り上がるロフォカレのギルドメンバーを傍目に、酒場の隅っこで「調剤師がいるから傷を治せてお前らが活躍できるんだっつーの」と愚痴愚痴言い合う負け犬の遠吠え大会と化していた。
「ねえねえ。そうでしょ? 君たち調剤師がいなきゃ僕ら討伐組は何も出来ない赤子同然なんだよねー?」
遠い目をして現実逃避を試みるもののノアの容赦ない追撃が続く。
「ち、違います。支えてるのは~って言ったのは北町の調剤師で、赤子同然って言ったのは東町のやつです」
私はあっさり仲間を売った。薄情と言うなかれ。名前を挙げなかっただけましだと思ってほしい。
そもそも私は「一律に討伐ギルド向けの薬の値段あげようよ。まじで。あいつら稼いでんだから、ふんだくっても罰は当たらないって」と談合めいたことしか言っていない。あとはうんうん頷きながらグラスを傾けていた……はずだ。
「ふうん、それで僕たち討伐ギルドを支えてくれてる偉い偉~い調剤師さんが何の用なのお?」
まだ言うか。
「ノア、やめさない」
ノアを止めに入ったのはルツだった。
「えー」
「ノア」
「はーい」
まだまだ弄り足りないと言った様子のノアは、再度名前を呼ばれて口を閉じる。
「弟が失礼いたしました」
「い、いえ、こちらこそお酒が入っていたとはいえ失礼を……」
諌めてくれたうえ、頭を下げられてしまっては、いたたまれない。弟さんが言ってたのは事実ですし……
どうやら姉弟だったらしい二人からそっと視線を逸らす。と、肩を震わせて笑いを嚙み殺しているオーガスタスと目があった。
「いやいや、お嬢さん、気にしなくていいよ。貴女方が作る薬が私達を支えている。うん、間違ってない。真理だよねえ。気になるなら、勝手に貴女の身辺を嗅ぎ回った私の非礼と相殺といこう」
そう言っていただけると有難いです……
「もちろん城代をおかれているが、私はどうにもあいつは好かんのだよ」
オーガスタスはその人物を思い出しているのか、眉を顰めて言い放つ。
いや、好かんのだよと言われましても……
私としては一刻も早くラグナルを引き取ってほしいのだよ。
「しかし、知らせんわけにはいかんだろうねえ」
ほとほと不本意そうにオーガスタスはゼイヴィアを見た。
「当然でしょう」
ゼイヴィアの返事はそっけない。
「一番足の遅い者を城代に。一番足の速い者を王都の御領主の元へ向かわせます」
ツンデレなのか、それともゼイヴィアもその城代とやらが嫌いなのかどっちだろう?
領主様の居城まで、馬で半日の距離だが何日かけるつもりなのか気になるところだ。
「うん、それでよろしく。さて、これからだが……」
オーガスタスはラグナルと私を見て微笑んだ。その笑みはただ優しいだけのそれに見えない。
「ただ待っているだけというわけにはいかんだろうね。少しでも情報を集めておかないと。申し訳ないがお嬢さんにも協力してもらいたい。ラグナルに出会った場所まで案内できるかい? 付近を調べてみなければねえ」
出来る。と言いたくなかった。
余計なことをせず領主様の沙汰を待っていたらいいんじゃないのと思わずにおれない。
「誰をつけますか?」
ちょっと待って。私、まだ出来るって言ってないんだけど!?
「キーラン達を呼んできてくれ。確か下に居たはずだよ」
「かしこまりました」
私の意思を無視してさくさく話を進めると、ゼイヴィアは部屋を出て行った。
唖然としてゼイヴィアが去った扉とオーガスタスを交互に見つめる。
「なに、大丈夫だよ。うちのギルドでも腕利きの者達をつけるから。彼らがいればコールの森の魔獣など恐れるに足りないさ。」
懇願の眼差しはあっさりいなされた。
ほどなくしてゼイヴィアに伴われて四人の人物が部屋の中に入ってきた。
「右から順にキーラン、ウォーレス、ノア、ルツです」
ゼイヴィアのおざなり過ぎる紹介を受け、四人は好き好きに会釈する。
リーダーらしきキーランは背の高いがっしりとした体格の男性だった。茶色い髪を一つに結んで左肩に垂らしている。ベルトに吊るされているのは大ぶりの直剣で、見るからに剣士然としていた。
ウォーレスはキーランよりはやや小柄だが、それでも立派な体躯をしている。短く整えられた髪は金で、目は青。こちらは湾曲した剣を履いている。無表情かつ機敏な動きでさっと頭を下げただけのキーランと違って、笑顔付きで挨拶してくれる。
ノアは、一番年若い。ローブに長いスタッフ。典型的な魔術師スタイルの少年だ。きょろきょろとよく動く大きな目が印象的だった。
ルツは落ち着いた雰囲気の女性だ。ノアとよく似た色合いの赤い髪に茶色の瞳。深い緑のローブを羽織り、手にはスタッフよりもずっと短い杖……
――印術師だ。
彼女の手にある杖を見て、私は顔が強張るのを感じた。
ルツが手にしていたのはワンドだった。魔術師の持ち物ではあるがワンドを使う者の多くは印術を得意とする。
二人は揃って、軽く頭を下げたあと、ノアはなぜか私を見て目を細め、ルツはラグナルに怪訝な眼差しを向けていた。
ルツはラグナルの体に刻まれた印に気づいたのかもしれない。しかしノアが私をじろじろと見る理由がわからなかった。どうにも居心地の悪い視線に耐えていると、ノアがにんまりと唇の端を釣り上げる。
「やっぱり。この人「討伐ギルドの活躍を支えているのは俺たち調剤師だ!」ってモーカムでくだ巻いてた人だ」
――わ、わあ。聞かれてたー。
モーカムはロフォカレの隣にある酒場の名前である。
ノアが言っているのは先日の調剤師仲間との飲み会のことだろう。
盛り上がるロフォカレのギルドメンバーを傍目に、酒場の隅っこで「調剤師がいるから傷を治せてお前らが活躍できるんだっつーの」と愚痴愚痴言い合う負け犬の遠吠え大会と化していた。
「ねえねえ。そうでしょ? 君たち調剤師がいなきゃ僕ら討伐組は何も出来ない赤子同然なんだよねー?」
遠い目をして現実逃避を試みるもののノアの容赦ない追撃が続く。
「ち、違います。支えてるのは~って言ったのは北町の調剤師で、赤子同然って言ったのは東町のやつです」
私はあっさり仲間を売った。薄情と言うなかれ。名前を挙げなかっただけましだと思ってほしい。
そもそも私は「一律に討伐ギルド向けの薬の値段あげようよ。まじで。あいつら稼いでんだから、ふんだくっても罰は当たらないって」と談合めいたことしか言っていない。あとはうんうん頷きながらグラスを傾けていた……はずだ。
「ふうん、それで僕たち討伐ギルドを支えてくれてる偉い偉~い調剤師さんが何の用なのお?」
まだ言うか。
「ノア、やめさない」
ノアを止めに入ったのはルツだった。
「えー」
「ノア」
「はーい」
まだまだ弄り足りないと言った様子のノアは、再度名前を呼ばれて口を閉じる。
「弟が失礼いたしました」
「い、いえ、こちらこそお酒が入っていたとはいえ失礼を……」
諌めてくれたうえ、頭を下げられてしまっては、いたたまれない。弟さんが言ってたのは事実ですし……
どうやら姉弟だったらしい二人からそっと視線を逸らす。と、肩を震わせて笑いを嚙み殺しているオーガスタスと目があった。
「いやいや、お嬢さん、気にしなくていいよ。貴女方が作る薬が私達を支えている。うん、間違ってない。真理だよねえ。気になるなら、勝手に貴女の身辺を嗅ぎ回った私の非礼と相殺といこう」
そう言っていただけると有難いです……
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