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setlist10―レックレス・ビギナーズ
note.66 「……ブッコロコロッス――!!!!!!」
しおりを挟む「お前が萩原旭鳴、だよね? 私は懺悔の天使、ゴレアン・ヴィース。 無傷で生け捕りにしろって無茶苦茶な命令が出てるの。面倒だからおとなしく私についてきてくれるかな?」
ゴレアン・ヴィースのいた家の正体に、キングには今更ながら気付いた。
(家の中から香る匂い、それにあのボロイ壁……ミグさんに連れてきてもらった定食屋だったのか。三階建てに見えるけど、半地下って感じ? ゴレアンってのが出てきたのは勝手口っぽいな。けどなんでこの家から天使が?)
「お父さん、こいつ、危険。アブナイ」
キングが固まっていると、マックスは天使との間に素早く入った。キングを背にして臨戦態勢をとる。
「待て、マックス! 目的がイマイチわかんねえんだけど、俺を生け捕りにしてどうするつもりだ!? 天使の仲間? のエール・ヴィースなら、ここにはいねえぞ?」
コツコツ、と響くブーツの踵はイデオの物と同じらしい。天使族の制服なのだろうか。金と朱で彩られた上着やパンツの模様も一緒だ。
「エール・ヴィースの回収には別動隊が向かっているから安心していいよ。まあお前らが行き着く先は別なんだけど」
レンガを叩くブーツが、マックスの一歩前で止まった。
互いに射程範囲をとうに超えているはずだ。鼻の先で火花が散る。
「この感じ――ホムンクルスか……? かなり以前、完全に封印したと思ったけど?」
マックスは首を傾げ、べっこう飴色の双眸を見上げる。
「ボク、ホムンクルス? ちがう、マックス」
「名前は聞いてないんだよねえ。それに、ホムンクルスはみんな同じでしょ? なあんで一体だけ脱走してるかなあ」
天使はその名にふさわしくなく、顔を汚く歪めて舌打ちをした。
マックスの頭越しにキングを見遣る。
「ねえ、コイツどこで拾ったの? もしかして対私達天使族用に準備してた? こざかしいね、ムカつく」
「天使も、みんないっしょ。同じ顔、同じ母親」
「は? お前らホムンクルスと私達天使族が同類なわけがねえだろ、頭の中まで土塊か? 私たちは母上が与えて下さった命と命をもって生まれてきた。ホムンクルスには唯一の命を持たない、だろ」
トラッシュトークのようなやりとりが二人の間で交わされている。しかしキングにはその内容は理解できなかった。
(たぶんだけど、マックスはアイツから気を引いてくれてるんだ。アブナイとも言ってた。俺は逃げろってことか……?)
キングは転がった定食屋とは反対側の壁沿いに、じりじりと逃げ道を探す。
リッチーの言葉ではないが、こういう時に大切な仲間を盾にして己だけ安全地帯に身を隠すことを余儀なくされる時ほどの無力感は無い。命の危険を感じながら、残していく存在に心が切り裂かれる。
(だとしてもだ、俺は足手まとい……! 早くどこかへ隠れないと――)
ふと過った考えに、キングは動きを止めた。
(あそこでドンパチやったら、あの子達はどうなる――?)
あの子た達とは、定食屋の二階に存在を隠されたキメラだ。
おそらく、キングと言葉を交わした少年以外にも複数のキメラが目の前の建物に、存在を隠され続けている。
(どうする……? マックスに伝えるか? けど天使があの子達を人質にしてこちらの不利になったら……? マックスもあの子達の身も危なくなるし、その時、俺は――)
やはり逃げなければ。それしか選択肢はない。
頭ではそう分かっているのに、脚は動かない。マックスとゴレアン・ヴィースの動向が、定食屋の中が気になって目が離せない。
(待てよ、あのゴレアンとかいう天使が出てきたのって定食屋の中……まさか――!?)
嫌な想像が思考を支配する。
次の瞬間、視界が暗くなった――否、翼を広げたゴレアン・ヴィースがキングの頭上に来ていたのだ。
「地球人ってのは小動物以下らしいな? 人間族しか暮らしていないから、平和に脳ミソ腐葉土なっちゃってんだろ」
「うわァッ!?」
一度の羽搏きでキングの身体が吹っ飛んだ。
白き翼は両翼広げるとちょっとした個人用ジェットくらいの幅になる。それが薄汚れたレンガの上を、砂ぼこり撒き散らしながらいっしょくたに転がっていたキングを更に追撃する。
「お父さん……!」
「鬱陶しいッ! ホムンクルスめ!」
一瞬の隙を突かれて通してしまったのだろう。マックスは表情こそ変わらないものの、その悲痛な感情はキングにも伝わった。
(俺が早く決断しなかったからだ……ッ! クソ、この修羅場どうすりゃいいんだ!?)
ゴレアン・ヴィースは力強い羽搏きで、キングをマックスと引き離そうとしているようだ。安全にキングだけを運び出すつもりなのだ。
雷撃が距離を詰めようとするマックスを阻む。
ホムンクルスの腕から放出されるエネルギー弾は、ゴレアン・ヴィースに届く前に雷撃によって悉く墜とされた。
優位を決するための激しい攻防が謂われなき下層の道を削っていく。檄音とともに。
地面に張り付こうとするキングの決死の爪さえ軽々と剥がしてしまった。
「いってぇ……ッ」
ギタリストにとって手指は言わずもがな商売道具。うっすらと、数週間後のステージの参加の危うさを考える。
指の先から滲んで作られた赤い水玉が、スーベランダンの風の彼方へ飛んでいく。
耳のすぐそばで笑う豪風。その音の高低のすさまじさからくらくらと三半規管のはたらきを定かでなくしていく。
自らの血の雫を頬に受けながら、遠のく意識の中でぽつりとキングは思った。
(俺がこの手を離せば……あの子達も、マックスも巻き込まれなくて済む、のかな……?)
だが、結論から言うとキングは汚いレンガから手を放す必要はなかった。
「ちょっとぉー碧い髪の天使さん? うちの前でオイタが過ぎるよ!?」
通り一帯の家鳴りが聞こえるような風をぶった切る黒い尻尾が見えた。
「ミ、ミグさん……!?」
ミグはびくともしなかった。
長い黒髪が強い流れに乗って龍のようにうねっている。
「ミグさん……え、マジ? なにしてんの?」
「えっへへーだましちゃってごめんねえ、キング君。あとでちゃんと謝るしぃ? 助太刀するから、許してねっ?」
「は、はあ……」
状況が、わからない。
しかしミグが風をそれこそ壁のように防いでくれているおかげで、キングは足に力が入るようになった。
「ああ? なんなんだお前は? それに……天使族がわかるとは、何者かな? ことと次第によっちゃあ……」
「ミグは――お前ら天使族に滅ぼされ……今は住むところすら難儀してる、ただの黒龍の末裔だよぉ~っ? フン、ここで出会ったが百年目ぇー、一矢報いてやるんだからっ!!」
ミグのギャルっぽい仕草でビシィッと指を差して宣戦布告されたゴレアン・ヴィース。
だが、あまりピンと来ていない様子だ。
「コクリュウ……コクリュウ……? あ、もしかして、いっぱいいた龍族のうちのどれかかな? ごめんね、いっぱいいるトカゲも結局全部掃除しちゃったし、ゴミはゴミじゃん? どれかわからないんだ、今となってはね」
「……ブッコロコロッス――!!!!!!」
ミグの背中がはち切れた。袖も、靴も。白い太腿を露わに彩っていたホットパンツも。かわいらいかった面影をすべて脱ぎ去って行く。
「ミ、ミグ、さん……?」
見る間に変態を遂げたミグ・ニル――黒龍の血脈を引く者は、憎悪の眼を血走らせ、無垢な白を両に広げた天使に突進していった。
ズシーンッ、と地鳴るその光景にキングは見覚えがあった。
幼い頃に地域の子供会で見に行った怪獣映画だ。片田舎の小さな映画館は子供たちのために都会で流行った演目をたびたび遅れて放映していたのだ。
「ど、どうなってんの……? あれ?」
ミグの背中は、その時に見た悲しき怪獣と似て黒光りしていた。但しミグの両肩にはこれまた大きな蝙蝠のような翼があって、どっしりとした足と尻尾は天使の雷撃を跳ね返している。
「お父さん、大丈夫?」
「マックス! 俺は平気だ。爪剥がれちったけど、いて……っ」
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