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set list.9―花の名前

note.54 「男性はみんなそういうのよ! そういう店に入る時は!」

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 セレブの行き交う中でもその衣装が一際ひときわ高貴であるとわかる。結い上げた艶やかな髪と、見れるほどの細工の髪飾り。夜の街には似合わない清楚せいそたたずまい。その主は未だ成長途上の少女。

「お、フレディアじゃん! ひさしぶりー!」
「友達みたいに言わないで!」

 あまりにも軽いキングの呼び止め方に、思わず王女はツッコむ。

「というか、貴男――キング、今どこに入ろうとしてたのよ!? 女性連れて!? 不潔よっ、不潔だわっ!!」
「え? らーめん食いに来ただけだが?」
「男性はみんなそういうのよ! そういう店に入る時は!」

 出会い頭、物凄い剣幕けんまくでギャンギャンえられる。思春期の女の子のレーダーはこういったことにはいやに敏感なのだ。その彼女が王女だとしても。

「ちょっと待て旭鳴あさひな。何で俺が女だ……いや、それもあるけど、この少女が……?」

 ガルガルとみ付くフレディアと、この状況下で未だらーめんを求めるキングの間、白いマントが遮る。
 そも、フレディアがこのような大きな街中やバザールでもマーキュリー王女と身バレしないのは引籠ひきこもり故に人相が広く伝わってないためである。その程度の周知度であるならイデオも当然、フレディアの背格好も知らない。

「おう、コイツがフレディア。フレディじゃないからな!」
「そのネタはもういい。で、何故なぜこんなところ王女がいる?」

 イデオがいぶかし気に見遣る。フレディアは苛立ったフリをしながらそっぽを向いた。

大方おおかたまた脱走したんだろ、な?」
「う、うるさいわね……脱走なんて犯罪者みたいな言い方やめてよ」
「脱走じゃなきゃなんだよ。ジギーヴィッドさんに怒られんじゃねえの」
「は!? 何でジギーヴィッドのこと……!?」

 途端に驚きと緊張に、薄紅色の頬からさあっと血の気が引いた。

「俺達は騎士団長のジギーヴィッド
さんのご厚意で、同じ宿泊所に滞在することになったんですよ」

 キングが茶化すニヤニヤ顔を止めないので、イデオが手短に経緯を説明する。
 すると少しだけ少女の細い肩から力が抜けた。

「そ、そうだったの。……あの」

 それでも緊張した面持ちでキング達を見上げる。その顔はバザールで初めて会った時と変わらぬ、居場所のないただの女の子だ。

「別に告げ口なんかしねえよ」
「あ……そう?」
「はい、しません」

 ニヤニヤ笑いを止めて、柔らかく口端を上げる。キングと同様に、イデオもふわりと微笑ほほえんだ。

「でも、キングもリッチーも……バザールでは裏切ったじゃないの」

 悲し気にぽつり。うつむいてしまったのは、キング達の目をまともに見たらどんな感情が噴きだすかフレディア自身わからなかったからだ。こんな往来で王女が一般市民に向かって泣き喚いてののしることは、絶対に許されない。誰も己を王女だと知らなかったとしても。

「裏切ったわけじゃねえよ。あの時はアレがいちばんお前のための選択だと思ったんだよ」
「っ、そうは言っても、私は家には帰りたくなかった……!」

 しかし理性とは裏腹に、フレディアの声は大きくなってしまう。目尻に、透明なやりきれなさがにじんだ。

「……旭鳴、場所を変えよう。ここでは目立つ」

 夜の繁華街には似合わない幼気いたいけな女の子の声で、いつの間にか衆目を集めていたようだ。それもそうだ、その女の子を成人男性二人が責めているような図なのだから。しかもキャバクラの前で。

「チッ、仕方ねえなあ」
「それに、そろそろ宿泊所に戻らないとリッチーにも小言を言われるぞ。騎士団の食事を作る約束だからな」
「ああー、そんなこともあったな。ていうか俺、味噌みそ汁くらいしか作れないんだけど……」
「この世界に味噌なんかあるか役立たず。もういい皿でも洗っておけ」
「うわ、酷っ!」

 偶にめちゃくちゃ俺の悪口言うよね何で? とキングがイデオを詰っている様子を見て、途端にフレディアは輪からはじき出されたような気持ちに襲われた。

 孤独――誰かとつながってたと思ってたのに、勘違いだったのか。もっともっと、自分が強くその手を握っていれば……しかしその精一杯を振りほどかれてしまったら、今度こそい上がれないどこかの底へ落ちてしまう――。

「まあどうせジギーウィッドさんとこにも脱走のことは耳に入ってんだろうし、フレディアも一緒に飯食うか?」
「え?」
「飯だよ。夕飯まだだろ?」

(ああ……貴男という人は――――そうだったわね)

 バザール近くの川に落ちた時、キングは手を差し伸べたのだ。落っことした張本人だったが。そしてキングの手をしっかりと握ったのはフレディア。この後キングも盛大に川に落ちたのだが。

(もう、どっちでもいいわ)

 今度は夕飯のメニューでめ始めた二人に、フレディアはやっと明るい表情を見せた。

「私、ポアンドッチャの煮込みがいいわ! 柔らかくしたやつ!」
「ぽわん……? また変な食べ物出てきたな!?」

 しかし宿泊所までの道のりの長さに、この後フレディアは音を上げることになる。



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 リッチーが出発してから数分後のこと――マックスだけが留守を預かる部屋のドアが、数回のノックで訪問者を知らせた。

 マックスは留守番をしていろ、と言いつけられた。
 だが、留守番とは何だろうか?

「ルス、バン……」

 リッチーに言われたことを、ロストテクノロジーであるホムンクルスの頭脳が瞬時に整理する。

「来客対応、含まれない……よし」

 リッチーはこの部屋に騎士団の何者かがやって来ることを予想していなかった。なのでマックスの導き出した答えは、無視。この場合一応正解である。

「おい! いるのは分かってるんだ! 開けないなら勝手に入るぞ!」

 しかし相手はそれをよしとしなかった。宣言通り、乱暴な音を立ててドアは開け放たれた。ドカドカと数人の男達が土の付着した騎馬用ブーツで床板を踏みつける。

「チッ、さっき俺に生意気にも言い返してきた女はいねえのか!?」
「子供だけみたいですね。サレイさん、いかがします?」

 無遠慮に入室してきたのは、施設の井戸周辺でイデオに剣先を突き付けたサレイと、ほか三名の隊士。いずれも先程の訓練で見た顔だ。

「メリヤール隊長が帰って来る前に、コイツ追い出すなんてできるんですか?」
「……フン、マーキュリー王直属の騎士団がめられてるんだ! 当たり前だろう! おい、そこの子供ッ!」

 マックスは固まっていた。リッチーに言われた以外の予期せぬ事態に、何をどうしようか、処理が走る。そして、ロストテクノロジーであるホムンクルスの頭脳が瞬時に出した答えは。

「……」
「無視するなァ!」

 部屋の侵入については何も指示されていない。だからマックスは何もしない。

「サレイさん、あんまり子供相手に恐い顔すると泣かれちゃいますよ。もともと恐い顔なんだし」
「うるさいっ、一流剣士を輩出するサレイ家男児は代々皆武骨な男前なんだ!」

 ホムンクルスは元より戦闘に特化した人造物である。たったの四人の侵入者の診断など、既に終わっていた。この侵入者達が束になってかかってきても、マックスは難なく蹴散らせる。敵ではない。

「コラ、子供! 他の奴らはどこに行った!?」
「……」
「何とか言え!」

 侮られていると思ったサレイは、怒気を含んだ太い腕でマックスの胸倉をつかんだ。

「サ、サレイさんさすがに子供相手にそれは……」
「時間も無い事だ、このまま外に放り出してやる」
「まあ……それが手っ取り早いかもしれませんが……」

 明らかに気乗りしなさそうな隊士達は、おびえて一言も発せなくなっているような子供を自分達が直接相手にしなくて良いと分かると、部屋を物色しながら奥まで入って来た。
 しかし廊下に気が弱そうな一名だけ残された。ギターケースやらアンプをどかどか置いて、四人分の旅の支度もまとめられているとなると、二段ベッドとデスクの間くらいしか人の立つ場所はないからだ。

「あの、俺はどうしたらいいですか……?」
「シタニは誰か来ないか見張っておけ!」
「はっ、はいぃ!」

 特に何かされたわけでもない。とは常人は判断できる範疇はんちゅうにないだろうが、マックスはサレイに胸倉を掴まれたまま、中途半端な姿勢でひざ立ちを強要されていた。これでもまだマックスが動かないのは、リッチーに自分が攻撃された場合について指示が無かったからだ。だらりと垂れた腕や、相手をにらむでもない無垢むくな視線はまったく抵抗の色が見えない。

「サ、サレイ殿……」
「む、誰か来たのかシタニ?」
「い、いえ……あの、その子変じゃないですか? 泣きも喚きもしない、暴れもしない……」
「ああっ!?」

 確かにシタニ隊士の言う通りだ。
 子供のクセに訳も分からず叫んだり、母親を呼んだりしない。それどころか、この部屋に自分達が来てから、この子供の声を聞いてないし、能動的な動きすら見ていない。

 部屋に入った隊士二名は、話し合いながらマックスとサレイを横目に荷物を検めていた。カバンを開け、リッチーの発破玉や何の変哲もない水筒、タオルケットなんかを取り出しては首を捻る。どう見積もってもせいぜい長距離を行く旅人の持ち物だった。

 ふと、見慣れない黒くて平たくて長い荷物に目が留まった。

「ん? これは何だ?」
「さあ……芸人だと聞いたが、一応中を確かめておこう」

 一人が手を伸ばす。

 サレイはおっかなびっくりマックスの瞳をのぞいた。サレイにとっての懸念点といえば、胸倉を引っつかんだ勢いで首を絞め殺していないか、ということだ。

(静かすぎて不気味な子供だな……人形なわけないよな?)

 結論から言うと、それは杞憂きゆうに終わった。
 暗闇の中灯された蝋燭ろうそくのように、煌々こうこうと光る瞳――瞳孔が、絞られる。

「……――お父さんのギター、触るな――排除、スル!」

 サレイが気付いた時には、空をつかんでいた。
 マックスの姿はまたしても、ない。
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