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set list.9―花の名前

note.52 「職……職を探さねば……」

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 宿泊所をユースホステルと例えたイデオは、ある意味では正しかったし、思い違いもあったと一目見てすぐにわかった。どちらかというと、林間学校のロッジの方が近い環境のようだ。

 築年数はなかなか長そうで、きれいにはしてあるが、スーベランダン中心部との文化度の差は激しい。
 それでも人が人として暮らすにはこのくらいで十分だろう。中心部が豪奢ごうしゃ過ぎたのだ。

「ここが今空いている部屋です。小さな部屋が二つだけですが、二段ベッドが各部屋にあります。どうでしょう、問題無ければ……」

 一通りの設備を隊長であるジギーヴィッドが案内してくれた。

 台所兼食堂は一階にあり騎士団と共同、風呂便所共同、水は先程の井戸から調達。ほか備品、調度品は備え付けられているもので事足りる。唯一食糧だけが問題だったが、王都から運び込まれてくる騎士団向けの食材を使ってキング達が大量調理してくれれば、という提案だ。

「問題無いですっ! ねっ、キング」

 リッチーはもう完全に乗り気である。なにせ食事の心配がほぼ無くなったのだから、これは渡りに船。あとは、宿泊した日数分を人数でかけたお金を、毎日宿泊所へやって来る役人に渡すだけでいい。

出穂いでおさんはどう思う?」

 インド一人旅を経験したキングからすると、同じく滞在する人物の人柄はとてつもなく重要だった。現地人でも、旅行者でも、不届者はいるのだ。こういった件でキングは替え用のギター弦をケースごと盗まれた。被害は大したものではなかったが、結果論だ。

「そうだな、俺もリッチーに賛成だ」
「そうなの?」
「今は選択肢が少ないからな。これからいろいろとやらなくてはならないことも多い。決定できることは早めに固めておいた方がいい」

 それもそうか。イデオが言うなら納得できる。
 キングは今回の大道芸大会のために、曲を書き下ろしたいと考えていた。時間は惜しい。




「なんかいいよなこういうの! 出穂いでおさんは林間学校どこ行ったの? 俺は黒部だった!」

 早朝から移動づくめで一行は疲労していたこともあり、休憩兼作戦会議として割り当てられた二部屋のうちの一つに集まった。
 スーベランダンでの当分の動きの確認をするのだ。

「キング、本番まで日が無いんだから遊んでる場合じゃないよ。下りてきて!」

 部屋はジギーヴィッドが小さいと言ったのが謙遜ではないとすぐ分かった。二段ベッドと、ちょっとしたデスクがあるだけで満杯。一つしかない窓から爽やかな日差しが差し込む。実にシンプルな造りだ。

 その二段ベッドの二階で、キングがデカい図体ずうたいではしゃいでいた。

「はいはい。リッチーはプロデューサー通り越してもうオカンだな」
「僕だって年上の大人にこんなこと言いたかないよ」

 再度確認である。
 キングは二十五歳、リッチーは十五歳。一回り以上の差がある。

「お父さん、ボク、何する?」

 とりあえず部屋に下りるが二階は俺の、という主張のために上着だけ置いていく。
 マックスは大人しくリッチーに付き従い、彼の隣で体育座りしていた。それだけ見ればただの男の子に見える。実際にはとんでもない戦闘力を備えたホムンクルス、そしてベース見習いである。しかしベースはまだ手元に無い。

「マックスの楽器がねェしなあー。大会では俺のギター弾いてもらおうと思ってる」
「ぎたー?」
「そう、リッチーと協力して弾いてくれ」

 キングの構想ではこうだ。
 マックスは楽器経験とステージ経験のために、まずはキングがいつも弾いているギブソンのセミアコを担当してもらう。イデオはいつも通り、ドラムだ。音楽経験者であり唯一無二のドラマーであるイデオがテンポキープしてくれれば、マックスも弾きやすいだろう。

「俺はボーカルとタンバリンやるから、ヨロシク」

 そう言ってキングはギターケースの底の方から、小さめのタンバリンを取り出した。
 しゃらしゃらとステキな音を奏でる円盤が物珍しいのか、リッチーとマックスはタンバリンをきらきらした瞳で見つめる。

「お前はそれでいいのか?」
「なにが」
「お前はギターは弾かなくていいのか、って」

 イデオもマックスの横で胡坐あぐらをかいていた。二段ベッドの下で四人車座になる形だ。

「マックスは将来的にベースを弾いてもらうけど、初ステージは早い方がいいだろ。あと、マックスは歌がちょっとなあ……」

 キングが言いたいことはもっともで、リッチーはアーリェクでマックスとキングが宿で音程のレッスンをしてみたらてんでダメだったことを思い出して同意した。まるで歌心というものが無いみたいであった。

「てことで、出穂さんはマックスリードしてあげて。俺は歌とMCに専念するから。マックスはギター特訓な!」
「そういうことなら……」

 イデオはこくりとうなずいた。
 メインボーカルはいた方がいい。音楽を知らぬこの世界では、ストレートな言葉の訴求力は必要だ。キングの歌はステージを貫くだろう。

「それから出穂さんはコーラスもヨロシク」
「は?」

 それは聞いてない。

「コーラスなんかやったことねえぞ」
「大丈夫大丈夫! 日本の義務教育にゃ音楽がある!」
「そういう問題か?」

 力いっぱい肯定されるが、イデオには不安しかなかった。
 イデオは葛生出穂かつき いでおだった頃、ドラマーではあったが、流れ者であった。呼ばれれば演奏はするが、固定したメンバーでやったことはほぼない。バンドメンバーの経験は片手で数えるほどでそもそも助っ人であるし、歌はやったことがない。

「カラオケ行ったことある?」
「まあ……会社の付き合いで」
「なら大丈夫!」
「だから何が!?」

 キングいわく、カラオケで音が取れれば、勝手に調に合わせられてることになるらしい。それが日本国の音楽教育の賜物たまものなのだという。歌を業にしないイデオからすれば眉唾だが。

「じゃあパートも決まったし、早速練習……」
「――の、前に! これからの金銭事情を左右する、出稼ぎについて会議します!」

 キングが喜色満面、ギターを取り出したところでリッチーのストップが入る。
 そうなのだ。お金の工面が急務なのだ。

「金かあ~……」

 お金の話になると途端にナーバスになる。キングは両手を突いて床に崩れ落ちた。

 しかし過去の干渉にやられている時間ではない。
 構わずリッチーは話を続けた。

「直近必要になる経費は、毎日の宿代、大道芸大会の出場料。食費はご厚意でなんとかなるにしても、その日暮らしは絶対に避けたい。マックスのベースを作ってもらうお金も貯めなきゃいけないし、イヤな想像だけど誰かが怪我けがした時なんかの保険にも貯金はほしいしね。大道芸大会に登録する件は僕が町役場で聞いてくるよ。その間に、みんなは当分の働き口を見つけてきて。今日中だからね!」
「異世界に来ても世知辛ェー……」

 転移前と変わらぬ感覚に、しくしく胃が痛いキングである。

 だがそうも言ってられない。
 特別待遇してもらっていたアーリェクは別として、これからも旅費はどうしても必要だ。街に滞在している間に稼げるだけ稼いで、路銀や生活必需品、備蓄なんかを集められるだけ集めなければ、この旅はいつだって終焉しゅうえんを迎える。

「あ、でもマックスはいいよ。マックスはまだ世の中のこと全然知らない赤ちゃんだし」
「ずりぃっ、マックスだけ!?」

 意義を唱える父(仮)。

「みんなが街に出ている間にギターの練習と、お留守番、お願いしていいかな?」
「うん、わかったリッチー」
「お、俺の父親の威厳は……」
「お金稼いでからにしてください」

 ぴしゃりとリッチーに言われて、キングは再び両手を床に突いた。

「あと、イデオは討伐の依頼は禁止で」
「は? いちばん効率がいいだろうが」
「ケガして欠場になんかなったらみんなが困るでしょ」
「そんなヘマはしない」
「保証は?」
「……ない、けど……」
「じゃあ決まりね」

 イデオの行動に条件を付けること自体珍しいリッチーだが、今回ばかりは管理が必要だ。このマネジメント力。完全にリッチーが天下を取った瞬間であった。

 ちなみに再度確認であるが。
 イデオは享年三十七歳、リッチーは十五歳。一回り以上の差がある。



 そんなこんなで夕暮れに職探しに繰り出した。
 路頭に迷うはキングとイデオ。いずれも成人男性、ミュージシャンの成れの果て二名である。

「くっ、既視感がありすぎる……デジャヴかよ!」

 キングが泣き言を言っているが、イデオはそれよりもショックがデカい。このり所の無さ、葛生出穂の人生には存在しなかったものだ。瞳の底が空虚である。

「職……職を探さねば……」

 もっぱらの課題は音楽よりも、金銭面と、プロデューサーから見捨てられないことにありそうだ。

「この街で俺等みたいな根無し草雇ってくれるところあるのかなあ」

 二人は黄昏たそがれのリゾートをとぼとぼ歩き始めた。
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