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set list.8―サンセットビーチをもう一度

note.47 ミュージシャンに英雄なんて肩書きは不要だ。

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 人は共通項があると、それを確かめたくなる。
 何を知っていて、何が己と違うのか。考え方や嗜好しこう、経験など。確認作業といっても差し支えない。
 それをすると何が起きるのか?
 自分の輪郭が一層濃くなる。その感覚を味わいたいだけだ。

「でさ! この国の王女だって言ってたんだけど、名前が完全にアレでさ……」

 横で歩くキングの止まらない旅の話を聞き流しながら、そんなことをイデオは考えていた。

出穂いでおさん、聞いてる? こういう話はさ、出穂さんしかわからねえからよ、もう俺ムズムズしてて」
「着いた、ここだ」

 フクメの一家の宿である宴会会場から移動し、二人はらーめんがあるという店まで来ていた。わざわざ暗くなってきた丘を中心街まで下り、店の人をこれまたわざわざらーめんのために準備に戻させていた。金は払うから食わせろ、というのは、このめでたい時に限っては強盗に近い文句だったが。

「ここキャバだって聞いたけど」
「そうだ、この店で合ってる」
「合ってるって、マジで言ってんの……?」

 イデオが立ち止まったのは、ひと際大きな店構えで、派手な看板の装飾。キングがアーリェクで最初に入った建物であった。きれいなオネエサンをお金を払ってあてがってもらえる店、現代日本でいうところのキャバレークラブで相違ない。
 イデオによると、チェーン店のように同じフードメニューを出すが、現地では夕飯を食べに行くと言ってきれいなオネエサン目当てに金を落していく紳士が多いという。指名制のあるスナックと呼ぶべきか。

「で、何ていったっけそれ?」
「『ポナイマハッヨロ』」
「何度聞いても一度も覚えられねえ名前だわ……どういう経緯でらーめんがあるって知ったの? キャッチ?」
「らーめんの匂いは排気口でわかるだろう。ここのは魚介系出汁で、麺はおそらく小麦ではないが、それっぽい食感のきしめんみたいなやつが入ってる」
「らーめんのためだけにとんでもねえ勇者じゃん……。出穂さんもらーめん好きなの?」
「たまに食いたくはなるな」

 キングよりもイデオの方が日本を離れて長い。あの美味さを思い出したら強行に出るのもやむを得ないのかもしれない。

 真面目なイデオがここまで言うのだから、きっと本当に存在するのだろう。
 キングは大人しく二度目の入店を果たした。

 キングが初めて入った時と同じく、無人の受付には分厚いカタログが。だが、今回は花より団子。らーめんにだけ用があるのだ。奥の部屋へずかずかと入っていく。

「あれ? お客さん、昨日も来ましたね? フクメちゃんの具合はいかがでしたかァー?」

 ニマニマと下世話な笑みを浮かべる支配人、だと思しき例の魚人は、今は麺を湯切っている。どんな世界観だ。(イデオに変な目でにらまれてキングは慌てた)構わず二人はちょっとしたキッチンが見えるバーカウンターに尻を落ち着ける。
 
「そうだ、ちょうどいい。報告したいことがある」
「報告?」

 にんにくやショウガなどの入れ物はカウンターに用意されていない。トッピング類は、と辺りを見回していたキングにイデオが「落ち着きがない」と小言を送る。

「狙いは少し話したと思うが、ピアスの位置を特定する機能は切ってきた。なのでキーロイからはこちらの居場所は割れにくくなった。だが、他の天使が動いてることも分かった」
「他の天使? 友達が探してるとか?」
「キーロイの手下と思っていい。俺を狙ってきてる。【めん】で奇襲を受けた」
「うぇっ!? 大丈夫だったのか!?」
「武力でポータルを追い払われた形だ。またいずれ【負の面】には行かねばならないだろうから、機を見て行くとする」
「そっか……」

 正直なところ、イデオにもう【負の面】には行ってほしくない。
 頭から血を流してあお睫毛まつげを伏せたまま動かなくなっているイデオを一度見てしまってから、心臓が凍り付いた温度を忘れられない。
 自分達を安心して旅が出来るように図ってくれて、この世界の面倒なところは見せないようにしてくれているイデオの計らいには、感謝はしている。
 しかし最も避けたいのはイデオという稀有けうなドラマーを失うことだ。

 とはいえ、命を賭してまでしないでほしい、ただ音楽を楽しんでいればいいじゃないか、などと甘いことは本人には口が裂けても言えない。厄介を進んで背負っているのは結局、イデオにしか出来ないからなのだ。

「やっぱまたあっち、行かねえとダメなのか?」

 出てきた声音が、己の想像よりも沈んでいて、キングはびっくりする。

「確認したいことがまだ終わってない。というか増えてしまったんだ。一応経過だけ話すと……旭鳴、お前は魔物に襲われる可能性はゼロだ」
「は? えっと、それは良い事? っていうかどういう事?」

 イデオは声を低くする。キングは耳を近づけた。

「ノーアウィーン世界の生命体をID管理している節があることが判明した。リッチーやこの町の住人も、ナンバーが振られている」
「出穂さんも?」
「もちろん、俺はエール・ヴィースのナンバーが振られている。ただし天使族は特別らしい。それは今する話じゃないから置いておく」
「はあ……で、俺が魔物に襲われないこととどんな関係あんの?」
「魔物はそのIDを欲しがってるようだ。何故かはまだわからない……魔物がどこから湧いてくるのかも、まだわかってない。しかし生命力に強くかれるのは、IDを持っている存在に引き付けられているということだと思う」
「つまり、俺にはそのIDが振られてないから、魔物に襲われないってこと?」
「そういうことだ。モルツワーバの野外ライブ前に、魔物がいるような山の中で単身寝こけてても襲われないことから気付いたんだ。何かあるのではと」
「へー、あったまいいなあ出穂さんは」
「データベースの考え方だ。きっとほかにも掘り起こせば何か、この世界の重要な事がわかるはずだ……」

 キングはデカデカと太字フォントで頭の中にあるその言葉を、読み上げてしまいたかった。

 それって、音楽活動より重要?

(出穂さんはこの世界でいろいろあったし、キーロイとの因縁とか、天使族のなんちゃらとか、マジでしがらみが多い処にいる。本人もそれを解決したくて頑張ってるんだろうけど……でも、音楽の前にそれはどれだけの意味を持つんだ? 歌って弾いて、叩いて合わせて、楽しいってだけじゃダメなんかな?)

「この町の英雄のために、閉めてる店開けたんですからね! 味わってくださいよォー!」

 そこへようやく待ちわびたらーめんが手元にやって来た。
 支配人の魚人は柄の細いフォークに似たカトラリーをキングとイデオに渡した。二人はカウンター越しに受け取る。

 その店で出された異世界のらーめん、『ポナイマハッヨロ』はイデオの情報通り、魚介系の出汁とこってりしつつもさっぱりと飲める味わいのスープが絶妙にうまい。そして薄く延ばされた麺は羽衣のようにひらひらと太めに切り出され、少し縮れていることでスープと絡み合う。具材はホウレンソウのようだがニラのように癖のある味の葉物、動物の肉を濃い味付けで煮た物、そして海藻類。上からパラパラと一味のような辛みのあるトッピングが少々。

 ミュージシャンに英雄なんて肩書きは不要だ。キングは目の前を不明瞭にする湯気執拗しつように息を吹きかけた。

 キングはあまり食に頓着が無い。なので今までも比較的美味しいと思わなかった異世界の食事だったが、構わずパクパク摂ってきた。貧乏暮らしが板についているので、満足に食べられるだけでお手軽に幸福感が得られるタイプだ。
 だが、らーめんとなったら話は変わる。まあまあ数を食べてきてるので、そのジャンルだけでいえば舌は肥えているはずである。それでも、これはうまい! とうなるほどの味であった。らーめんではなく、『ポナイマハッヨロ』ではあるが。

「やっぱらーめんは腹が喜ぶなあ。五臓六腑ごぞうろっぷに染みわたるぜ……てか、本当にらーめんじゃん!」
「口に入れながら喋るな」

 スープをずずずいっと飲み、ついついライスがほしいと思ってしまう。

「こういった店はそれなりの大きさの町に行けば大体ある。ローカライズされてる場合もあるが、安定して食える物だ」
「マジ? 次の町も楽しみになってきた!」
「昼は開いてないのが勿体もったいないがな」

 さっき何かに憤っていたような気もしたが、腹がくちくなるとほわっと忘れ去ってしまう。キングはすっかり満足してしまった。
 その様子を見て、イデオが堪え切れない微笑ましさを顔ににじませた。

「そんなにうまかったか?」
「うまかったあーっ!」
「そうか」

 イデオからすれば、一回りも下の若者が美味い物を腹いっぱいに食べて、幸せそうに愛好を崩しているのは、見ていて愉快だ。
 今では殆ど年齢不詳に近い容姿をしているが、実際の中身はアラフォーのオッサン。初めからここもおごる気で来ていたことだし、転生前の中堅サラリーマンの習性は抜けない。

「俺がいない間もリッチーと王都を目指していたんだったな。無事でよかった。今更言うのも難だが」
「助けてもらったりでなんとか、な。そうそう、マックスは強いだろ? 安心して旅できるし、マックスといっしょに行こうと思ってて。ベース見習いということで」
「ベース? ……弾けるのか?」
「これからこれから! 練習すればいいんだってそういうのは。何とかなる」
「俺は弦楽器さっぱりだから、お前が言うなら任せる」
「おう。でさ、そしたらスリーピースバンド結成できるじゃん!?」
「バンドか……あんまり決まったメンツで長くやったことはないから、実感がわかないな……どういうふうにやってくつもりだ?」

 アラフォーの胃袋にはなかなかこたえたらーめんスープも、この体になってからはかんまく楽勝になったものだ。それだけは少しだけ得したと思えるイデオである。キングと同じく、どんぶりは空っぽになった。

「まずは楽器を手に入れねえとな。あとアンプも要るし……エフェクターもほしいよな。いろいろ一揃いか」
「確かにベースはこの世界には無いが」
「それでさ、技術研究所っつーとこで作ってもらえないかなって思ってんだけど」
「……お前な、王都の技術研究所を便利屋かなんかだと思ってるのか?」
「何でも作ってくれたりするんじゃねえのけ? リッチーの親父さんも仕事道具作ってもらってたし」

 イデオは盛大なため息をついた。それから支配人に水を所望する。

「お、幸せを運ぶ精霊が翼を失ったな」
「なんだそれは……。あのなあ、あそこはマーキュリー王国のほぼ直下組織だ。国の利益のために動いてる、公的な研究所なんだ。お前みたいなよく分かんねえへらへらした声がデカいだけの男が突然来ても、追い返されるのが関の山」
「今悪口言われた!?」

 手渡された水の入ったグラスで口を少し潤す。それを見てキングは酒を注文し、ならばとイデオもそれに乗る。

「技術研究所で話を聞いてもらうには、まずは紹介状が必要だ」
「しょうかいじょう」
「ああ、今のところ可能性があるのはリッチー周りの関係だろうな」
「でもまたモルツワーバまで戻るのもなあ。せっかくここまで来たし……」

 おまかせでお願いした酒は、アーリェクの地酒が振舞われた。シュワシュワと気泡の昇っていくタンブラーは海のような青色をしていた。香りはほのかに甘く、舌に乗せるとまろやかにその味が広がっていく。

「そうなると面倒だが、公的な人物とつながる必要があるな。何かで恩を売るとか……魔物討伐で名を上げるとか?」
「魔物討伐なら出穂さんとマックスが出来なくもないけど……あんまり危険そうなのはちょっと――――だーあァッ!!!!」

 突然上がった大声に、イデオが飲んだばかりのアルコールでむせた。

「っ、うるっせえ! 何だ急に」
「いたわ!!!!! 知り合いの公的な人物!!!!!」
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