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set list.6―POP REMIXER!
note.31 キングは歌わない。
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「告白を成功させる曲?」
「は、はい!」
キングはせっかくのリクエストに二つ返事が出来なかった。
不可思議な注文だが、この青年にもキングの演奏は好意的に受け取られていたのだろう。しかしフレディアのように、音楽や歌が呪術だと思っているのだろうか。
「よォ、だったらその娘ここに連れてきなよ!」
「そうだよ、そうしなよお兄さん! 絶対うまくいくよ!」
甘酸っぱい展開がどう決着するか見届けたいお節介か、はたまた物好きか、周りの客が青年を囃し立て始めた。
「ちょ、ちょっと待ちなよ! どうするかは自分で決めるんだって! 俺の歌はそんな――」
キングは慌てて制止に入った。だが。
「わかりました、彼女を連れてきます!」
若者は決意に満ち満ちた瞳で走り出してしまった。
拍手と口笛で送り出した客は、バザールの夜に生まれた新鮮な話題を早くも消費し始める。なんだなんだ、と馬車で歓談していた旅人も退屈そうに店番をしていた商人も、俄かに沸いた人だかりの方へ興味を向け、ライブ客として輪を広げることとなった。
「大丈夫かな……キング、どうする?」
「どうするもこうするも、俺は歌うことしか出来ねえよ……何だか勘違いされてるみたいだなあ」
「だねー、変なことにならなきゃいいけど」
リッチーまでもが心配そうに青年を目で追う。
キングは頭をガリガリ掻いて、盛大にため息を吐いた。
「あ……幸せを運ぶ精霊が翼を失ったわ」
「え?」
キングが頭を上げると、目が合ったのはフレディアである。
「ため息を吐くと、幸せを運ぶ精霊が翼を失うのよ。ため息は不幸を呼ぶわけじゃないけど、幸せを逃がすの。だからなるべく吐かない方がいいのよ。お母様が言ってたわ」
「はあ……」
キング、きょとん。
それを見止めたフレディアはカカッと赤面する。
「――っ、何よ! 変なことは言ってないわよ、私!」
「変じゃあ……うん、無いけど初めて聞いたわ。それ、面白いな。貰っていいか?」
「も、貰うって、なによ?」
「それで歌を書きたい。いいか?」
「……す、好きにすればっ!」
我ながら素直ではないと思う。母親との思い出が、よく分らない男に株分けされてそれは好い、と言ってくれたのに。
フレディアが見ている限り、この男はずっと汗を流していた。座っているにもかかわらず、とんでもなく大きな声を出し、騒音を掻き鳴らし、常時笑い声や喝采の中心であった。
(一生懸命、っていうのかしら。こんな人、城の中にはいなかったわ。いたら品が無いって怒られてそうだけど、でも……ちょっと面白いかも。変な人)
「彼女のために……恋のオンガクを」
先程の若者が息を切らして頬を紅潮させて、同じ年頃の女性を連れて帰ってくるなり、その場は糖蜜を静かに流し込んだように濃密な甘さが漂った。
また客が騒ぎ出す前に頷いたキングがギターを掻き鳴らす。
エフェクターはろくに使わず、ほぼギブソンのセミアコースティックギター生音の演奏。長年愛されているセミアコの音は、マイクを通さない声にも馴染む。
珍しくキングは声を張り上げるような歌い方はしなかった。とつとつと、隣にいる誰かに物語を聞かせるように。
(気持ちがいい……人の声がこんなにも心地いいなんて、思いもしなかった。他人なんて煩わしいだけだったのに、キングのこんな声ならずっと聴いていられそう……あの二人は幸せそうに寄り添って……他のお客さんもうっとりと――想い出す誰かがいるのね……私も……)
キングの歌に聞き入る彼らを横目に、これが自分のために歌われたのだったら――と思う。こんなやさしい声で、夢に辿り着くまで隣で聞かせてくれた声を、フレディアは一人だけ知っていた。その人はもういないのだけど。
最終的に笑顔で手を繋いで帰って行った。そこにいたみんなで祝福がてら盛大に見送り、キングにはそれこそ祭りの後、といったどっとした疲労と同時に、地の果てまでも自分の声が響かせられるような強い昂揚感が残っていた。
見る顔見る顔が明るい。同じ火の基に集まって照らされて、とにかくその時間と場所を楽しんでいることが伺えた。
(これ……俺の歌がやったんだよな? 東京の街角で歌っても弾いても何処に行っても誰にも届けられなかったのに……俺のステージは、ここにあったんだ! ここが異世界――!)
自分の喉の匂いを感じながら、キングは充足感の息を吐いた。
(……――ん?)
なんだか、視線を感じる。
キングは一般的な日本人だ。この世界の特殊な能力を持った異世界人とは違う。イデオのように訓練された戦闘能力もない。
だが、照り焼きにされるような視線をちりちりと感じ取っていた。
というか、デジャヴか?
「お、またフレディアか」
「呼び捨てにするなんて不敬よ。それに、またって失礼な」
その出処は、またしても不機嫌そうな少女。
「もう眠いだろ。先に寝てていいぞ」
「昼に沢山寝てしまったから眠くはないわ。……その、私も」
「ん、なに? 便所?」
だがフレディアは、もごもごとしりすぼみに言葉を消してしまった。
キングが聞き直すが、なかなか次の言葉が聞けない。
(私もオンガクをリクエストしたい、って言ったらどんな顔されるのかしら……)
長く一緒に騒いでいると、どこの誰とも知らずとも勝手に気が知れた気分になるものだ。野次馬がフレディアを取り囲んだ。
「お嬢さん俺達が来る前よりオンガク聞いてたもんなあ。お目当てがあるんだろ?」
「ばか、お目当てはー……」
「ああ! お嬢さんはキングの追っかけか!」
野次馬のオヤジ達が小指を立てて笑うと、フレディアの顔が爆発した。
「なっ、な、ななな何を……違うわよっ! 変なこと言わないでっ!」
生娘の反応に更にオヤジ達はガハハと声を上げた。
「違うっていってるのにぃ~っ!」
酔払い上機嫌オヤジの前では王女の威厳も形無しである。
「次やる曲も今んとこ決めてねえし、リクエストあるなら聞くぜ。フレディア、どんな曲がいい?」
「へぁっ!? だ、から……その、私お金持って来てなくて……」
「金はいいよ。サクラの駄賃ってことにしとくから」
「そう、なの……? えっと、じゃあ」
「元気が出る曲がいいか? それとも、前向きな気持ちになれそうなハッピーな感じのとか」
キングのここまでの選曲は実は、リクエスト以外フレディアのために歌っていたようなものだった。なるべく明るい曲調でパワー溢れる歌詞を意図的に続けていた。
ようやくである。キングとしては気が逸るというものだ。彼女の口から直接希望が飛び出るのを待っていた。
「そういうのじゃなくて、もっと――」
「もっと?」
しかし、彼女の願いを聞き届けたキングは、思わず閉口した。
「悲しくて、しんどくて、苦しい……でも、きれいなオンガクがいいわ」
ピックを強く握りしめすぎて、キングの手のひらは爪の形にへこむ。
どれか一曲でもフレディアのその寂しそうな心に届く歌があれば――そう思っていた。
だが、それは傲慢だったのだ。
「私ね、生まれてからずっとお母様がいちばん大好きな人だった。優しくて、たまに厳しくするけど、そこには私への愛があって、信頼があって……お母様が見守ってくれるなら、私は何者にだってなれたの。でも――」
育んできた愛と、心と、『私』ごと、お母様は亡くなった。
「今は穴だらけのカサカサの岩みたい。何も無くなっちゃった……」
フレディアの声は掠れ、小さくなり、次第に嗚咽に変わっていった。
小さな少女が肩を震わせている……。頼りなく細い体が夜風に晒されて、二つの三編みが攫われそうだ。
フレディアをからかっては笑っていた酔払い、白けた顔をしている。他の客も沈黙し、俯いて他所を見ているふりをしたり、その場を黙って後にする者もいた。隣で神妙な顔をしていたカレンすら、フレディアの肩を抱くことはしなかった。
(そう、なるわよね……私の悲しみの本当の深さを知ったなら、誰も手を伸ばせない。手を伸ばしても触れられないくらいに、私の心はもう深く深くへ沈みきっているのだから)
小さな胸には到底抱えきれない。他人に受け渡すことも謀れる。かといって、なにも感じていない風を王女とはいえただの少女に装えるはずがないのだ。
(これほどまでに空っぽなのに、心臓は動くし、血肉と臓物で体は重い。どうしようもなく生きている……どうして私は生きているの?)
そこへ――やわらかなセミアコの音が、フレディアの濡れた頬を吹き抜けていった。
まるで、星々のきらめきがギターの音に映ったかのようだ。
キングは歌わない。
指先に集中する横顔は、そのままギターと一体化して違う何かに変貌してしましそうな危うい不思議な魅力があった。
その姿に魅せられて、フレディアは先程とは異なる色の涙を流す。
この曲は、キングの曲でも、ポップスでもロックでもない。
エレンの歌第三番――――通称、シューベルトの『アヴェ・マリア』である。
「は、はい!」
キングはせっかくのリクエストに二つ返事が出来なかった。
不可思議な注文だが、この青年にもキングの演奏は好意的に受け取られていたのだろう。しかしフレディアのように、音楽や歌が呪術だと思っているのだろうか。
「よォ、だったらその娘ここに連れてきなよ!」
「そうだよ、そうしなよお兄さん! 絶対うまくいくよ!」
甘酸っぱい展開がどう決着するか見届けたいお節介か、はたまた物好きか、周りの客が青年を囃し立て始めた。
「ちょ、ちょっと待ちなよ! どうするかは自分で決めるんだって! 俺の歌はそんな――」
キングは慌てて制止に入った。だが。
「わかりました、彼女を連れてきます!」
若者は決意に満ち満ちた瞳で走り出してしまった。
拍手と口笛で送り出した客は、バザールの夜に生まれた新鮮な話題を早くも消費し始める。なんだなんだ、と馬車で歓談していた旅人も退屈そうに店番をしていた商人も、俄かに沸いた人だかりの方へ興味を向け、ライブ客として輪を広げることとなった。
「大丈夫かな……キング、どうする?」
「どうするもこうするも、俺は歌うことしか出来ねえよ……何だか勘違いされてるみたいだなあ」
「だねー、変なことにならなきゃいいけど」
リッチーまでもが心配そうに青年を目で追う。
キングは頭をガリガリ掻いて、盛大にため息を吐いた。
「あ……幸せを運ぶ精霊が翼を失ったわ」
「え?」
キングが頭を上げると、目が合ったのはフレディアである。
「ため息を吐くと、幸せを運ぶ精霊が翼を失うのよ。ため息は不幸を呼ぶわけじゃないけど、幸せを逃がすの。だからなるべく吐かない方がいいのよ。お母様が言ってたわ」
「はあ……」
キング、きょとん。
それを見止めたフレディアはカカッと赤面する。
「――っ、何よ! 変なことは言ってないわよ、私!」
「変じゃあ……うん、無いけど初めて聞いたわ。それ、面白いな。貰っていいか?」
「も、貰うって、なによ?」
「それで歌を書きたい。いいか?」
「……す、好きにすればっ!」
我ながら素直ではないと思う。母親との思い出が、よく分らない男に株分けされてそれは好い、と言ってくれたのに。
フレディアが見ている限り、この男はずっと汗を流していた。座っているにもかかわらず、とんでもなく大きな声を出し、騒音を掻き鳴らし、常時笑い声や喝采の中心であった。
(一生懸命、っていうのかしら。こんな人、城の中にはいなかったわ。いたら品が無いって怒られてそうだけど、でも……ちょっと面白いかも。変な人)
「彼女のために……恋のオンガクを」
先程の若者が息を切らして頬を紅潮させて、同じ年頃の女性を連れて帰ってくるなり、その場は糖蜜を静かに流し込んだように濃密な甘さが漂った。
また客が騒ぎ出す前に頷いたキングがギターを掻き鳴らす。
エフェクターはろくに使わず、ほぼギブソンのセミアコースティックギター生音の演奏。長年愛されているセミアコの音は、マイクを通さない声にも馴染む。
珍しくキングは声を張り上げるような歌い方はしなかった。とつとつと、隣にいる誰かに物語を聞かせるように。
(気持ちがいい……人の声がこんなにも心地いいなんて、思いもしなかった。他人なんて煩わしいだけだったのに、キングのこんな声ならずっと聴いていられそう……あの二人は幸せそうに寄り添って……他のお客さんもうっとりと――想い出す誰かがいるのね……私も……)
キングの歌に聞き入る彼らを横目に、これが自分のために歌われたのだったら――と思う。こんなやさしい声で、夢に辿り着くまで隣で聞かせてくれた声を、フレディアは一人だけ知っていた。その人はもういないのだけど。
最終的に笑顔で手を繋いで帰って行った。そこにいたみんなで祝福がてら盛大に見送り、キングにはそれこそ祭りの後、といったどっとした疲労と同時に、地の果てまでも自分の声が響かせられるような強い昂揚感が残っていた。
見る顔見る顔が明るい。同じ火の基に集まって照らされて、とにかくその時間と場所を楽しんでいることが伺えた。
(これ……俺の歌がやったんだよな? 東京の街角で歌っても弾いても何処に行っても誰にも届けられなかったのに……俺のステージは、ここにあったんだ! ここが異世界――!)
自分の喉の匂いを感じながら、キングは充足感の息を吐いた。
(……――ん?)
なんだか、視線を感じる。
キングは一般的な日本人だ。この世界の特殊な能力を持った異世界人とは違う。イデオのように訓練された戦闘能力もない。
だが、照り焼きにされるような視線をちりちりと感じ取っていた。
というか、デジャヴか?
「お、またフレディアか」
「呼び捨てにするなんて不敬よ。それに、またって失礼な」
その出処は、またしても不機嫌そうな少女。
「もう眠いだろ。先に寝てていいぞ」
「昼に沢山寝てしまったから眠くはないわ。……その、私も」
「ん、なに? 便所?」
だがフレディアは、もごもごとしりすぼみに言葉を消してしまった。
キングが聞き直すが、なかなか次の言葉が聞けない。
(私もオンガクをリクエストしたい、って言ったらどんな顔されるのかしら……)
長く一緒に騒いでいると、どこの誰とも知らずとも勝手に気が知れた気分になるものだ。野次馬がフレディアを取り囲んだ。
「お嬢さん俺達が来る前よりオンガク聞いてたもんなあ。お目当てがあるんだろ?」
「ばか、お目当てはー……」
「ああ! お嬢さんはキングの追っかけか!」
野次馬のオヤジ達が小指を立てて笑うと、フレディアの顔が爆発した。
「なっ、な、ななな何を……違うわよっ! 変なこと言わないでっ!」
生娘の反応に更にオヤジ達はガハハと声を上げた。
「違うっていってるのにぃ~っ!」
酔払い上機嫌オヤジの前では王女の威厳も形無しである。
「次やる曲も今んとこ決めてねえし、リクエストあるなら聞くぜ。フレディア、どんな曲がいい?」
「へぁっ!? だ、から……その、私お金持って来てなくて……」
「金はいいよ。サクラの駄賃ってことにしとくから」
「そう、なの……? えっと、じゃあ」
「元気が出る曲がいいか? それとも、前向きな気持ちになれそうなハッピーな感じのとか」
キングのここまでの選曲は実は、リクエスト以外フレディアのために歌っていたようなものだった。なるべく明るい曲調でパワー溢れる歌詞を意図的に続けていた。
ようやくである。キングとしては気が逸るというものだ。彼女の口から直接希望が飛び出るのを待っていた。
「そういうのじゃなくて、もっと――」
「もっと?」
しかし、彼女の願いを聞き届けたキングは、思わず閉口した。
「悲しくて、しんどくて、苦しい……でも、きれいなオンガクがいいわ」
ピックを強く握りしめすぎて、キングの手のひらは爪の形にへこむ。
どれか一曲でもフレディアのその寂しそうな心に届く歌があれば――そう思っていた。
だが、それは傲慢だったのだ。
「私ね、生まれてからずっとお母様がいちばん大好きな人だった。優しくて、たまに厳しくするけど、そこには私への愛があって、信頼があって……お母様が見守ってくれるなら、私は何者にだってなれたの。でも――」
育んできた愛と、心と、『私』ごと、お母様は亡くなった。
「今は穴だらけのカサカサの岩みたい。何も無くなっちゃった……」
フレディアの声は掠れ、小さくなり、次第に嗚咽に変わっていった。
小さな少女が肩を震わせている……。頼りなく細い体が夜風に晒されて、二つの三編みが攫われそうだ。
フレディアをからかっては笑っていた酔払い、白けた顔をしている。他の客も沈黙し、俯いて他所を見ているふりをしたり、その場を黙って後にする者もいた。隣で神妙な顔をしていたカレンすら、フレディアの肩を抱くことはしなかった。
(そう、なるわよね……私の悲しみの本当の深さを知ったなら、誰も手を伸ばせない。手を伸ばしても触れられないくらいに、私の心はもう深く深くへ沈みきっているのだから)
小さな胸には到底抱えきれない。他人に受け渡すことも謀れる。かといって、なにも感じていない風を王女とはいえただの少女に装えるはずがないのだ。
(これほどまでに空っぽなのに、心臓は動くし、血肉と臓物で体は重い。どうしようもなく生きている……どうして私は生きているの?)
そこへ――やわらかなセミアコの音が、フレディアの濡れた頬を吹き抜けていった。
まるで、星々のきらめきがギターの音に映ったかのようだ。
キングは歌わない。
指先に集中する横顔は、そのままギターと一体化して違う何かに変貌してしましそうな危うい不思議な魅力があった。
その姿に魅せられて、フレディアは先程とは異なる色の涙を流す。
この曲は、キングの曲でも、ポップスでもロックでもない。
エレンの歌第三番――――通称、シューベルトの『アヴェ・マリア』である。
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