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金曜日の夜
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「美咲さんって、僕は綺麗だなって思いますよ。てか、20代だと思ってたし、びっくりですよ」
SNSで知り合った彼女は、僕より6歳年上で、それ以上の事は何も判らなかった。
だけど、メッセをやり取りしていくうちに、なんとなく似た者同士な気がした。
恋愛相談や仕事の悩みを打ち明けた事もあって、初対面だというのに昔からの知り合いみたいな感覚は何故だか居心地が悪い。
だけどアルコールが進むにつれて、互いにうち解けていくのが楽しくもあった。
それでも暗黙のルールだけは守り通している。
『詮索をしない』
美咲さんもそうしてくれているように思う。
話の内容がどうであれ、所詮ネットの世界は嘘っぱちなんだし、僕だって実年齢を若く誤魔化している。年収や職業だってそう。着飾っているしそれを剥ぎ取られるのは恐かった。
美咲さんはとても魅力的で、淡い桜色のチークと長いまつげ、それにプリンみたいな唇はとても可愛らしかった。
僕は彼女と別れてしまった事。
女心はわからないという事。
ひとりで生きてなんて行けないという事を、アルコールの力を借りて話ししてしまった。
美咲さんが年上だからなのか、自分が甘えているみたいで情けなかったけど、すうっと心の霧は薄れていった。
美咲さんは『恋愛の先にはね、我慢と諦めが待っているかもね』と笑っていた。
その眼差しが淋しそうにグラスを見つめている。
僕は言った。
「美咲さん、もう一杯飲まれますか?」
彼女の細くて長い指先が、空のグラスに絡まっている。そこに指輪は見当たらなかった。
「終電まで大丈夫ですか?」
僕は美咲さんに聞いてみた。
思いのほか、アルコールが身体に回っている。
出来る事ならこのまま朝まで語り合いたかったけど、その先にあるであろう「偶発的な何か」の責任は今の僕には負えない。
それは、美咲さんを淋しさを紛らわすだけの存在だと認めてしまう事になりそうだから。
『卑怯者』の三文字が頭を過る。
僕の感情を見透かしているのか、美咲さんは微笑みながら言った。
「あと15分くらいかな。もう一杯飲んだら出なきゃね」
その表情は魅力的だった。
人としての美しさがあった。
この人はこれまで、どんな恋愛や経験をして来たのだろう?
詮索はルール違反だとわかっていても、美咲さんを知りたくなっている自分がいる。
僕から発した言葉に美咲さんは笑っていた。
「ええーっ」
素直に出た台詞は、まるで母親に甘える子供みたいに思えて僕は恥ずかしくなった。
23時。
店を出ると霙が降っていた。
僕は美咲さんと一緒に駅まで歩いていた。
近道の四季の小道を歩きながら好きな季節の話をして、街路樹にパラパラと弾ける霙を素通りした時に美咲さんが寒いと呟いた。
僕は美咲さんの手を握った。
「美咲さんって、なんか頼りないですよね。ぎゅっとしただけで折れてしまいそう」
月明かりみたいな街灯の下、僕は美咲さんを力一杯に抱き締めた。
お互いの体温と鼓動が伝わる。
僕は美咲さんの頬を撫でてその瞳を見つめた。
吸い込まれていく。
引き寄せられてしまう。
知りたくなる。
これは単なる色情なのだろうか? 抑え切れないつまらない欲望なのだろうか?
美咲さんの唇に僕の唇が軽く触れた瞬間、彼女は顔を背けてしまった。
僕はにっこりと笑った。
そして、何事もなかったかのように再び歩き始めた。
アスファルトに落下していく霙が、音を立てながら弾け飛んでいく。
僕の今の心境みたいだ。
SNSで知り合った彼女は、僕より6歳年上で、それ以上の事は何も判らなかった。
だけど、メッセをやり取りしていくうちに、なんとなく似た者同士な気がした。
恋愛相談や仕事の悩みを打ち明けた事もあって、初対面だというのに昔からの知り合いみたいな感覚は何故だか居心地が悪い。
だけどアルコールが進むにつれて、互いにうち解けていくのが楽しくもあった。
それでも暗黙のルールだけは守り通している。
『詮索をしない』
美咲さんもそうしてくれているように思う。
話の内容がどうであれ、所詮ネットの世界は嘘っぱちなんだし、僕だって実年齢を若く誤魔化している。年収や職業だってそう。着飾っているしそれを剥ぎ取られるのは恐かった。
美咲さんはとても魅力的で、淡い桜色のチークと長いまつげ、それにプリンみたいな唇はとても可愛らしかった。
僕は彼女と別れてしまった事。
女心はわからないという事。
ひとりで生きてなんて行けないという事を、アルコールの力を借りて話ししてしまった。
美咲さんが年上だからなのか、自分が甘えているみたいで情けなかったけど、すうっと心の霧は薄れていった。
美咲さんは『恋愛の先にはね、我慢と諦めが待っているかもね』と笑っていた。
その眼差しが淋しそうにグラスを見つめている。
僕は言った。
「美咲さん、もう一杯飲まれますか?」
彼女の細くて長い指先が、空のグラスに絡まっている。そこに指輪は見当たらなかった。
「終電まで大丈夫ですか?」
僕は美咲さんに聞いてみた。
思いのほか、アルコールが身体に回っている。
出来る事ならこのまま朝まで語り合いたかったけど、その先にあるであろう「偶発的な何か」の責任は今の僕には負えない。
それは、美咲さんを淋しさを紛らわすだけの存在だと認めてしまう事になりそうだから。
『卑怯者』の三文字が頭を過る。
僕の感情を見透かしているのか、美咲さんは微笑みながら言った。
「あと15分くらいかな。もう一杯飲んだら出なきゃね」
その表情は魅力的だった。
人としての美しさがあった。
この人はこれまで、どんな恋愛や経験をして来たのだろう?
詮索はルール違反だとわかっていても、美咲さんを知りたくなっている自分がいる。
僕から発した言葉に美咲さんは笑っていた。
「ええーっ」
素直に出た台詞は、まるで母親に甘える子供みたいに思えて僕は恥ずかしくなった。
23時。
店を出ると霙が降っていた。
僕は美咲さんと一緒に駅まで歩いていた。
近道の四季の小道を歩きながら好きな季節の話をして、街路樹にパラパラと弾ける霙を素通りした時に美咲さんが寒いと呟いた。
僕は美咲さんの手を握った。
「美咲さんって、なんか頼りないですよね。ぎゅっとしただけで折れてしまいそう」
月明かりみたいな街灯の下、僕は美咲さんを力一杯に抱き締めた。
お互いの体温と鼓動が伝わる。
僕は美咲さんの頬を撫でてその瞳を見つめた。
吸い込まれていく。
引き寄せられてしまう。
知りたくなる。
これは単なる色情なのだろうか? 抑え切れないつまらない欲望なのだろうか?
美咲さんの唇に僕の唇が軽く触れた瞬間、彼女は顔を背けてしまった。
僕はにっこりと笑った。
そして、何事もなかったかのように再び歩き始めた。
アスファルトに落下していく霙が、音を立てながら弾け飛んでいく。
僕の今の心境みたいだ。
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