きみの瞳に恋をしている

みつお真

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山吹・言霊

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あの航空機事故から、3年の歳月が流れた7月。
ひとりの女性が、私の元を訪れて来た。
遺族会を通して、埼玉からこの地までやってきたその女性は、歳は私と同じくらいだろうか。ふくよかな体つきで、額からは大量の汗が流れていた。
早々に店を閉めて、女性を居間へと案内する。
彼女は仏壇に手を合わせると、にこやかに笑いながら話し始めた。

「本当にお忙しいのに、申し訳ありません」

「いえ、こちらこそわざわざ」

「長いんですか? こちらは」

「え?」

「あ、あの、立派な店構えだなあと思いまして」

「あ、いや、それほどでもないですよ、古めかしいだけです」

「そんなことはないですよ、老舗ですね」

「いやあ、お客も減る一方ですから」

私は笑ってみせた。
彼女も笑っていたが、お互いにつくり笑顔は得意ではないように感じた。
彼女は、仏壇に目をやると黙って汗を拭い始めた。
私は立ち上がって。

「あ、今、冷たいものでもお持ちします」

と、彼女に言った。

「いえ、あの、お構いなく」

遠慮する彼女の言葉を背に、私は麦茶と和菓子を差し出しながら話す。

「暑いでしょう。こっちは」

「はい。でも関東に比べたら過ごしやすそうですね」

彼女は一気に麦茶を飲み干すと、恥ずかしそうに俯いて、黙り込んでしまった。
そして僅かの沈黙の後、私の方から本題を切り出した。

「あの、今日は私にー」

「あ、あの、実は」

彼女はハンドバッグから、真っ白なハンカチーフに包まれた小箱を取り出した。

「こちらなんですけどね、お心当たりがないかと思いまして」

彼女は、そっと小箱を開けて私に差し出した。
中には、淡いピンク色の真綿が敷かれてあって、その上にブレスレットが置かれていた。
ピンクゴールドのチェーン。キラキラ光るダイヤモンド。
私は我が目を疑った。
妻に贈ったブレスレットが、私の目の前で輝きを放っている。
目頭が熱くなるのを感じながら、私は興奮気味に。

「あ、あの、どこでこれを」

「ああ、良かった!」

彼女は嗚咽を漏らし、ハンカチで顔を覆った。
私はブレスレットを手に取った。
声が聞こえる。
妻の声が、私の心の中で聞こえた。

「あたしの大切なお守りが出来ちゃった」

娘の声もした。

「いいなぁ」

私は、何度も何度も瞼を擦った。
とまらなかった。
熱い想いがとまらなかった。

「本当はもっと早くにお伺いしたかったんですけど、あたしもちょっとバタバタしてまして、本当にごめんなさい」

「いえ、そんな」

「申し訳なくて、こんなにも長い時間かかってしまって、本当にごめんなさい」

「いえ、逆にお礼を言わせてください。さ、顔を上げてください、お願いですから」

私は察した。
彼女も同じ境遇なのだということを。

「あたしの母も、同じ飛行機に乗っていたんです」

「お母様が、ですか?」

「はい、その母の左手に、このブレスレットが握りしめられていました」

「左手に?」

「はい」

女性は話し続けた。

「あたしの母は、窓際の席でしたから、もしかしたらその隣の方のものではないかと思いまして、座席番号を調べてもらったんです」

「ええ」

「そしたら、こちらの奥様の名前が」

「そうでしたか」

「でも不思議でした。母は左翼側の窓際でしたから、左手に見た事もないブレスレットを握りしめているなんて」

「ええ」

「だけどあたしの母はすごく人懐こい性格で、そこでわかったんです。奥様の隣の、通路側のお嬢さんと席を代わったんだなあって。そんな母ですから、ほんとに子供が大好きで」

「だから左手に」

「ええ。だけど何故母が、奥様のブレスレットをー」

私には分かっていた。
直感だった。
女性には、こう語りかけた。

「妻にとって、このブレスレットはお守りだったんです。気丈で優しい妻でしたから、隣のお母様と最後まで手を握り合っていたんでしょう。このお守りを強く握りしめながら、諦めなかったんだと思います。妻も娘も、お母様もきっとー」

「ありがとうございます」

「私の方こそ、ありがとうございます」

風に泣く風鈴が、優しく揺れはじめていた。
妻と娘と、久方振りに逢えた気がした。
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