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6 太陽の下の幸せ

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「カトリーヌ!」
 背後から、ハロルド様の声がした。

 ハロルド様だ……助かった……
 私は振り返ると、ハロルド様に抱きついた。
「どうした、カトリーヌ? 大丈夫か?」
「ハロルド様……」
 私はハロルド様にしがみついたまま動けなくなった。
「カトリーヌ?」
「部屋に戻りたい。バルコニーは怖い」
「……わかった」
 ハロルド様は私を横抱きにして、寝台まで運んでくれた。

 いっしょに横になり、私を抱きすくめて口付けをするハロルド様。
「もう休め。ずっと俺が抱いててやるから」
「はい」
「一人で苦しむな」
「……」
「やっぱり俺には話せないか?」
「……」
「カトリーヌ、頼むから、おかしな事だけは考えるな」
「はい……」





 翌朝、従者がハロルド様を迎えに来たようで、ハロルド様は私のことを侍女に任せると行ってしまった。さすがに何日も仕事を放っておけないわよね。

  ところがそれから1時間ほど経って主治医の診察予定時間になると、主治医は何故かハロルド様と共に私の元へやって来た。えっ? どうしてハロルド様がいっしょに?
 主治医は私に向かって、
「殿下に、妃殿下のご懐妊をお伝えしました。差し出がましいとは思いましたが、王家の主治医としてこれ以上黙ってはおられません。ご夫婦できちんと話し合われてください」
 と言った。
「はい……」
 私は仕方なく頷く。
 すると、主治医は今度はハロルド様の方を向いて、
「殿下、先程も申し上げましたが、妃殿下はご懐妊によって心身のバランスが崩れて不安定になっておられます。普段の妃殿下と違われるのは、その所為でございます。妊娠中の女性に時折見られる症状です。その点をくれぐれも考慮なさってお話しください。私は席を外しますので」
 と言って、部屋を出て行った。


 ハロルド様は、困惑した表情で私に話しかける。
「どうして俺に言わなかった? 何をそんなに苦しんでいる? 俺の子を妊娠したことが辛いのか? そんなに嫌なのか?」
 ハロルド様は誤解している……ダメだ、涙がこぼれる。
「だって、ハロルド様は私がお嫌いだから、喜んでくださらないと思って……この子が不憫で……」
 私は声を詰まらせながら言った。
 ハロルド様は、驚いた顔をして私を見つめた。
「カトリーヌ、どうして俺がお前を嫌いだと思う? こんなに愛してるのに何故だ? 結婚してからは、ちゃんと言葉でも態度でも伝えてるつもりだったのに……伝わってなかったのか?」
「愛してる? では喜んでくださるのですか? この子と私を追い出したりしませんか?」
「何を言ってるんだ? どうして俺がカトリーヌと子供を追い出すんだ? お前は、ずっとそんな事を心配して泣いていたのか? 俺の愛情が信じられなくて、そんなに苦しんでたのか?」
 ハロルド様……切なそうな、お顔……

 ハロルド様は、そっと私を抱きしめた。いかにも大切そうに……
「だったら、伝わるまでずっと言う。俺はカトリーヌを愛してる。子供の頃からずっと好きだ。お前がレイモンドを好きなのは知ってた。それで、嫉妬してお前に酷いことを言って怒らせて、結婚前にあんな騒ぎになってしまったけど、ビンタされても足蹴にされても、俺はカトリーヌが好きなんだ。あの時、お前が姿を消してしまって、俺はなりふり構わず必死でお前を探した。愛してるから、お前と結婚したかったから、必死に探したんだ。カトリーヌ……俺を信じろ」
「私と子供を追い出さない?」
「……お前、今、俺の話を聞いてたか? 当たり前だろ!」
「良かった……産まれる前から父親のいない子にしたくないの」
「カトリーヌも子供も俺が守る。安心しろ」
「良かった……」
「カトリーヌ、愛してる」
「本当だったんですね。その言葉」
「信じろ」
「はい」

 本当だったんだ。
 結婚してからは、もしかして愛されてるのかも? と思うこともあった。でも、どうしても信じきれなかった。
 それはきっと、私自身がちゃんとハロルド様を愛していないから。
 レイモンド様を引きずっているのではない。昔から一度も、ハロルド様とまともに向き合ったことがないのだ。私はいつだってレイモンド様を見ていて、ハロルド様を見なかった。ハロルド様も、そんな私に対して意固地だったし意地悪だった。
 でも、結婚してからのハロルド様は違った。
「愛してる」と何度も言葉で伝えてくれて、いつも私のことを気遣ってくれて、本当に優しく私を抱いた。ハロルド様は私を大切にしてくれたのに、私は相変わらずハロルド様を見ようとしていなかった。

「ハロルド様、ごめんなさい。私、これからはちゃんとハロルド様を見ます。ハロルド様の言葉を信じます」
 ハロルド様は苦笑いをした。
「はは、今更か……でも嬉しい。俺をちゃんと見て好きになってほしい。ゆっくりでいいから。時間がかかってもいいから俺のことを愛してほしい。レイモンドのことは忘れてくれ」
「ハロルド様……」
「カトリーヌ、愛してる。もう何も心配するな」
 ハロルド様は、そのまま、長いこと私を抱きしめていてくれた。


「なぁ、カトリーヌ。俺、ずっとカトリーヌだけが好きなんだ。最初からずっとお前だけが好きだ」
「最初って、婚約をした、ハロルド様が11歳で私が10歳の時からですか? そんなに前からずっと私のことを?」
「いや、初めて王宮でいっしょに遊んだ、俺が5歳でお前が4歳の時からだ。あの時から、ずっとお前だけが好きだ。他の女によそ見したことは一度もない」
「……すごいですね」
「どうだ、引いただろ? 俺の愛は深くて重いぞ!」
「ちょっとだけ引きました」
「やっとお前を手に入れたんだ。お前は俺のものだ。逃げるなよ!」
「……」
「おいっ! 黙るな!」
「えっと……たぶん、ずっとお側におります?」
「『たぶん』とか言うな! あと何で疑問形だ!?」








 ********************








 ――3年後――


 息子のジオルドは、少し前に2歳になった。
 笑えるくらいハロルド様にそっくりだ。王家の遺伝子って強力ですわね。全てがハロルド様に似ていて、私の遺伝子がこれっぽっちも見当たりませんわ。私が産んだはずですのに。

 今日はお天気が良くて、親子3人で王宮の大庭園を散策している。
「本当に良いお天気ですわね」
「そうだな」
「愛してますわ」
「そう……えっ?!」
「ハロルド様を愛していますわ」
 ハロルド様の顔がパァ~っと明るくなった。
「俺もカトリーヌを愛してる!!」
「ふふ、知っていますわ」
 ハロルド様は私を思い切り抱きしめた。

 それを見ていたジオルドが、私とハロルド様の間に一生懸命割り込んで入って来る。
「おっ、ジオルド! サンドウィッチしてほしいのか?」
「うん! サンド! サンド!」
「よし! じゃあサンドウィッチしてやるぞ~! それ! 父上と母上に挟まれてジオルド・サンドウィッチ~!」
 ハロルド様はジオルドを抱き上げて私との間に挟むと、私ごとギューっと抱きしめる。
 キャッキャと声を上げて喜ぶジオルド。



 ジオルドが産まれるまで、ハロルド様がこんなに子煩悩な父親になるとは思ってもみなかった。
 なぜなら、自他共に認める子供嫌いでいらしたから。
 いつだったか、その事を指摘すると、
「今でも子供は嫌いだ。ジオルドだけ可愛い。俺とカトリーヌの子供だからな。他所よそのガキは嫌いだ」
 とのことだった。
 だとしても、先日のハロルド様の態度はいくら何でも大人げなかった。
 ジオルドのおもちゃを取り上げて泣かせた、まだ6歳の王太子殿下のお子様の胸ぐらを掴んで持ち上げ、本気で凄むなんて! 王太子殿下ご夫妻も唖然とされていたわ。
 あれ以来、6歳のまだ小さな王子様は、ハロルド様の姿を見ると泣きながら逃げ出すようになってしまった。お可哀想に……




「ちぃーうえ! タカイ、タカイ!」
「おっ! じゃあ次は、高い高いだぞー! それーっ!!」
 笑顔でジオルドを抱え上げるハロルド様。
 大喜びするジオルド。

 本当に良いお天気ですわね。
 お陽様の眩しいこと。











 
 終わり

 ※ 本編終了。後日談へ続きます。
 
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