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1 暴力事件
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「むしゃくしゃして、やりましたの。後悔はしておりませんわ。」
そう、むしゃくしゃして、やった。後悔はしていない。
今日、王宮で、婚約者である第2王子に往復ビンタを食らわせ、更に足蹴にした。
私はカトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。
父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で顔面蒼白になっている。
「カ、カトリーヌ、もう一度、言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。
では、もう一度、言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけました。むしゃくしゃして、やりましたの。後悔はしておりませんわ」
「……お前が、暴力を振るわれた?」
お父様、現実を直視してくださいませ。
「いいえ、私がハロルド様に暴力を振るいました」
「な、何か、よほどの理由があるのだよな?」
「むしゃくしゃしていただけですわ」
「…………(白眼)」
本当は理由がある。
先週、私がずっと好きだったフチノーベ公爵家の長男レイモンド様が、とうとう結婚式を挙げてしまった。
私は自暴自棄になっていた。そこへ、ハロルド様が追い打ちをかけた。
薄々、私のレイモンド様への気持ちを知っていたらしいハロルド様が、私をバカにしてケンカを売ってきたのだ。
「いつもいつもレイモンドの姿ばかり目で追って、バカだろ! レイモンドはお前なんか相手にしていないのに、惨めだな! あいつが結婚して、これでもう、お前の入る隙は1ミリもないぞ! いい加減あきらめるんだな!」
私は怒りと悲しみと惨めさで、頭の中が真っ白になってしまった。
ハロルド様に全力で往復ビンタを浴びせ、更に思い切り足で蹴りつけた。ハロルド様の従者と私の侍女が止めなければ、ずっと蹴り続けたと思う。ハロルド様自身はなぜか抵抗しなかった。
「お父様、私を修道院へ行かせてください。私を勘当して修道院へ送ったとなれば、ナルセー公爵家にはお咎めはないでしょう」
お父様は少し考えてから、おっしゃった。
「カトリーヌ、分かった。お前を勘当して修道院に入れたことにする。表向きそういうことにしておくから、お前は逃げろ。お前も良く知っている私の古くからの友人マチーダ侯爵が、今は領地に引っ込んで田舎暮らしをしている。そこへ行きなさい。今から早馬を出して、侯爵に手紙を出す。お前は明日の早朝、日の出前に馬車でマチーダ領へ向かいなさい。急いで支度を!」
「お父様……」
「田舎で身分を隠して数年過ごしなさい。ほとぼりが冷めた頃、地方の下位貴族のところへでも、ひっそり嫁げば良い。お前は元々、王子妃になりたいなどとは思っていなかったのだろう?」
「お父様、ありがとうございます。こんな暴力娘をかばってくださって」
「レイモンド殿の結婚でお前の心が荒んでいるところへ、大方あの口の悪いハロルド殿下が何か余計なことを言ったのだろう?」
お父様も私のレイモンド様への気持ち、お気づきでしたの? 隠していたつもりなのに、私、そんなに分かり易かったのかしら? それではハロルド様に勘付かれるはずですわね。
翌朝の日の出前、私は侍女2人を伴って、ひっそりと馬車で王都を去った。
********
ナルセー公爵は王宮で国王に目通りを願った。
「ナルセー公爵、どうした? どうせ午後の会議で会うのに、わざわざ目通りなどと」
「はい、昨日の我が娘カトリーヌの不始末について、お詫びに上がりました。ハロルド殿下への不敬、誠に申し訳なく存じます。つきましては、カトリーヌは昨日のうちに当家を勘当とし、修道院へ送りました。もう、ナルセー公爵家とは関係のない人間にございます。何卒、この処分をもってご容赦ください」
国王は驚愕の表情を浮かべた。
「な、何?! ナルセー公爵、そなた何を申しておる! カトリーヌを勘当した? 修道院へ送った? カトリーヌはハロルドの婚約者ではないか!? どういうことだ?」
ナルセー公爵は国王の反応に戸惑いながら、答えた。
「陛下、ハロルド殿下からお聞きではございませんか? 昨日、カトリーヌがハロルド殿下に大変な不敬を働いてしまった件を」
「何の話だ? ハロルドとは昨夜夕食を共にしたが、私は何も聞いてはおらんぞ」
「えっ……??」
お互い訳がわからず、固まる国王とナルセー公爵……
国王は従者に命じた。
「おい! ハロルドをここへ! 今すぐにだ!」
「父上、お呼びでしょうか」
部屋に入って来たハロルド王子は、宰相ナルセー公爵の姿を認めると怪訝な顔をした。
「昨日、カトリーヌがお前に大変な不敬を働いたと。それ故、カトリーヌを勘当して修道院へ送ったと、ナルセー公爵が申すのだ。私はお前から何も聞いておらんぞ。訳がわからん」
ハロルド王子の顔色が変わった。
「カトリーヌを修道院へ!? 本当か?! ナルセー公爵!」
「はい、ハロルド殿下。この度はカトリーヌが大変な不始末を起こし、誠に申し訳ございませんでした。どうか、当家のこの処分をもって、ご容赦ください。修道院へ行かせましたからには、もちろん婚約も解消となりますので、もう一切ハロルド殿下にご迷惑をおかけすることもございません。ご安心ください」
「な、何てことを! 何てことをしたんだ!? どこの修道院だ? 今すぐカトリーヌを迎えに行く! 婚約解消などしない! 俺はカトリーヌと結婚する!」
「はっ? しかしハロルド殿下。娘は殿下にとんでもない不敬を働いたのですぞ」
「カトリーヌは何もしていない! 父上、本当です! カトリーヌは何もしておりません。俺がカトリーヌに手をあげたんです。きっとそれでカトリーヌはショックを受けて、俺との結婚がイヤになったに違いありません」
国王は目を剥いた。
「ハロルド! お前は女性に手をあげたと申すのか?」
「はい、申し訳ありません。昨日、カトリーヌと些細な事でケンカになってしまい、つい手をあげてしまいました。きっとカトリーヌはそれで傷ついてしまったのです。俺のことが怖くなったのでしょう。自分の方が不敬を働いたことにして、俺との婚約を解消しようと考えたのだと思います」
「なんと……カトリーヌがそこまで怯えるとは、お前は何をしたのだ?」
ハロルド王子は一瞬躊躇したが、口を開いた。
「全力で往復ビンタをした上、思い切り足で蹴りつけました……」
国王は怒りでワナワナ震え始めた。
「なんということを! か弱い女性にそのような暴力を振るうなど言語道断! 王子たる者常に紳士たれと、あれほど教育してきたというのに! カトリーヌが怖がって逃げ出すのも当たり前だ! お前はしばらく謹慎していろ!」
「父上! お叱りは後でいくらでも受けます。今はカトリーヌを連れ戻したいのです!」
「う……む、そうだな。まずはカトリーヌを修道院から連れ戻して、謝罪するのが先だな。わかった。とにかくカトリーヌにきちんと謝れ! まずはそれからだ!」
「はいっ!」
国王はナルセー公爵の方に向き直った。
「ナルセー公爵、すまぬ。カトリーヌには辛い思いをさせてしまった。全てはハロルドの責任だ」
「は、はぁ……」
思わぬ展開に、ナルセー公爵は困惑していた。ハロルド王子がどうしてそんな、自らにとって不利な嘘をつくのかわからない。
カトリーヌが王子に暴力を振るったことは間違いない。娘が語った事が真実だ。それくらいわかる。今、王子が話した暴力の内容こそ、まさにカトリーヌが及んだ所業なのだ。
そう、むしゃくしゃして、やった。後悔はしていない。
今日、王宮で、婚約者である第2王子に往復ビンタを食らわせ、更に足蹴にした。
私はカトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。
父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で顔面蒼白になっている。
「カ、カトリーヌ、もう一度、言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。
では、もう一度、言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけました。むしゃくしゃして、やりましたの。後悔はしておりませんわ」
「……お前が、暴力を振るわれた?」
お父様、現実を直視してくださいませ。
「いいえ、私がハロルド様に暴力を振るいました」
「な、何か、よほどの理由があるのだよな?」
「むしゃくしゃしていただけですわ」
「…………(白眼)」
本当は理由がある。
先週、私がずっと好きだったフチノーベ公爵家の長男レイモンド様が、とうとう結婚式を挙げてしまった。
私は自暴自棄になっていた。そこへ、ハロルド様が追い打ちをかけた。
薄々、私のレイモンド様への気持ちを知っていたらしいハロルド様が、私をバカにしてケンカを売ってきたのだ。
「いつもいつもレイモンドの姿ばかり目で追って、バカだろ! レイモンドはお前なんか相手にしていないのに、惨めだな! あいつが結婚して、これでもう、お前の入る隙は1ミリもないぞ! いい加減あきらめるんだな!」
私は怒りと悲しみと惨めさで、頭の中が真っ白になってしまった。
ハロルド様に全力で往復ビンタを浴びせ、更に思い切り足で蹴りつけた。ハロルド様の従者と私の侍女が止めなければ、ずっと蹴り続けたと思う。ハロルド様自身はなぜか抵抗しなかった。
「お父様、私を修道院へ行かせてください。私を勘当して修道院へ送ったとなれば、ナルセー公爵家にはお咎めはないでしょう」
お父様は少し考えてから、おっしゃった。
「カトリーヌ、分かった。お前を勘当して修道院に入れたことにする。表向きそういうことにしておくから、お前は逃げろ。お前も良く知っている私の古くからの友人マチーダ侯爵が、今は領地に引っ込んで田舎暮らしをしている。そこへ行きなさい。今から早馬を出して、侯爵に手紙を出す。お前は明日の早朝、日の出前に馬車でマチーダ領へ向かいなさい。急いで支度を!」
「お父様……」
「田舎で身分を隠して数年過ごしなさい。ほとぼりが冷めた頃、地方の下位貴族のところへでも、ひっそり嫁げば良い。お前は元々、王子妃になりたいなどとは思っていなかったのだろう?」
「お父様、ありがとうございます。こんな暴力娘をかばってくださって」
「レイモンド殿の結婚でお前の心が荒んでいるところへ、大方あの口の悪いハロルド殿下が何か余計なことを言ったのだろう?」
お父様も私のレイモンド様への気持ち、お気づきでしたの? 隠していたつもりなのに、私、そんなに分かり易かったのかしら? それではハロルド様に勘付かれるはずですわね。
翌朝の日の出前、私は侍女2人を伴って、ひっそりと馬車で王都を去った。
********
ナルセー公爵は王宮で国王に目通りを願った。
「ナルセー公爵、どうした? どうせ午後の会議で会うのに、わざわざ目通りなどと」
「はい、昨日の我が娘カトリーヌの不始末について、お詫びに上がりました。ハロルド殿下への不敬、誠に申し訳なく存じます。つきましては、カトリーヌは昨日のうちに当家を勘当とし、修道院へ送りました。もう、ナルセー公爵家とは関係のない人間にございます。何卒、この処分をもってご容赦ください」
国王は驚愕の表情を浮かべた。
「な、何?! ナルセー公爵、そなた何を申しておる! カトリーヌを勘当した? 修道院へ送った? カトリーヌはハロルドの婚約者ではないか!? どういうことだ?」
ナルセー公爵は国王の反応に戸惑いながら、答えた。
「陛下、ハロルド殿下からお聞きではございませんか? 昨日、カトリーヌがハロルド殿下に大変な不敬を働いてしまった件を」
「何の話だ? ハロルドとは昨夜夕食を共にしたが、私は何も聞いてはおらんぞ」
「えっ……??」
お互い訳がわからず、固まる国王とナルセー公爵……
国王は従者に命じた。
「おい! ハロルドをここへ! 今すぐにだ!」
「父上、お呼びでしょうか」
部屋に入って来たハロルド王子は、宰相ナルセー公爵の姿を認めると怪訝な顔をした。
「昨日、カトリーヌがお前に大変な不敬を働いたと。それ故、カトリーヌを勘当して修道院へ送ったと、ナルセー公爵が申すのだ。私はお前から何も聞いておらんぞ。訳がわからん」
ハロルド王子の顔色が変わった。
「カトリーヌを修道院へ!? 本当か?! ナルセー公爵!」
「はい、ハロルド殿下。この度はカトリーヌが大変な不始末を起こし、誠に申し訳ございませんでした。どうか、当家のこの処分をもって、ご容赦ください。修道院へ行かせましたからには、もちろん婚約も解消となりますので、もう一切ハロルド殿下にご迷惑をおかけすることもございません。ご安心ください」
「な、何てことを! 何てことをしたんだ!? どこの修道院だ? 今すぐカトリーヌを迎えに行く! 婚約解消などしない! 俺はカトリーヌと結婚する!」
「はっ? しかしハロルド殿下。娘は殿下にとんでもない不敬を働いたのですぞ」
「カトリーヌは何もしていない! 父上、本当です! カトリーヌは何もしておりません。俺がカトリーヌに手をあげたんです。きっとそれでカトリーヌはショックを受けて、俺との結婚がイヤになったに違いありません」
国王は目を剥いた。
「ハロルド! お前は女性に手をあげたと申すのか?」
「はい、申し訳ありません。昨日、カトリーヌと些細な事でケンカになってしまい、つい手をあげてしまいました。きっとカトリーヌはそれで傷ついてしまったのです。俺のことが怖くなったのでしょう。自分の方が不敬を働いたことにして、俺との婚約を解消しようと考えたのだと思います」
「なんと……カトリーヌがそこまで怯えるとは、お前は何をしたのだ?」
ハロルド王子は一瞬躊躇したが、口を開いた。
「全力で往復ビンタをした上、思い切り足で蹴りつけました……」
国王は怒りでワナワナ震え始めた。
「なんということを! か弱い女性にそのような暴力を振るうなど言語道断! 王子たる者常に紳士たれと、あれほど教育してきたというのに! カトリーヌが怖がって逃げ出すのも当たり前だ! お前はしばらく謹慎していろ!」
「父上! お叱りは後でいくらでも受けます。今はカトリーヌを連れ戻したいのです!」
「う……む、そうだな。まずはカトリーヌを修道院から連れ戻して、謝罪するのが先だな。わかった。とにかくカトリーヌにきちんと謝れ! まずはそれからだ!」
「はいっ!」
国王はナルセー公爵の方に向き直った。
「ナルセー公爵、すまぬ。カトリーヌには辛い思いをさせてしまった。全てはハロルドの責任だ」
「は、はぁ……」
思わぬ展開に、ナルセー公爵は困惑していた。ハロルド王子がどうしてそんな、自らにとって不利な嘘をつくのかわからない。
カトリーヌが王子に暴力を振るったことは間違いない。娘が語った事が真実だ。それくらいわかる。今、王子が話した暴力の内容こそ、まさにカトリーヌが及んだ所業なのだ。
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