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7 プロポーズ
しおりを挟む「ジェンマ。マリウス殿下とリリアは近いうちに別れるだろう。問題はその後だ」
「はい」
ここまで聞けば父の言いたい事は分かる。
「十中八九、王家はお前に復縁を求めて来るだろう。陛下が今回のマリウス殿下とリリアの関係悪化をわざわざ私に話されたのはその布石に違いない。遠回しにジェンマとの復縁の可能性を示唆しているのだ」
ですよねー。王太子妃に相応しい令嬢なんて、その辺にゴロゴロ転がってるわけではない。やはり私と復縁させるのが手っ取り早いし失敗がない、と考えるのは当然と言えば当然だ。随分と身勝手な話ではあるけれど。
「でもそれは、マリウス様ではなく陛下が望まれているだけでしょう?」
「今はそうかもしれん。だが、はっきりリリアと別れたなら、どうだろう? マリウス殿下自身がお前とやり直したいと望む可能性も高いと思うがな。お前と殿下はもともと仲睦まじい婚約者だったのだから」
「それは……」
わからない。マリウス様の心は一度完全に私から離れたのだ。それなのに私とやり直したいと思うだろうか?
「でも、どちらにせよ私はマリウス様と復縁するつもりはありません。私達はもう終わったのです」
「そうか……」
父は何やら思案顔になった。
「……もしかして、お父様は私とマリウス様との復縁を望んでいらっしゃるのですか?」
「……うーむ。望んでいるし、望んでいない」
「えっ?」
どういう意味かしら?
「我が国の宰相としての私は、この国の将来の為に是非ジェンマに王太子妃になってほしいのだ。苦労も多いだろうが、ジェンマならあの頼りない王太子殿下をしっかり支えることができるだろう。そしていずれ、きっと立派な王妃になる。だが一人の父親としての私は、お前自身の幸せの為にコルトー侯爵と結婚してほしい。彼は有能で信頼できる男だ。ジェンマを安心して任せられる。彼と結婚すればお前は女性としてきっと幸せになれると思う」
なるほど。父の言葉は本音だろう。
「だからジェンマが決めれば良い。私はジェンマの選択を祝福する」
ありがとうございます、お父様。
****************
今日はダリオ様に夕食に招かれ、コルトー侯爵家にお邪魔している。
ガッチャーン!
「も、申し訳ありません!」
お皿を落とした使用人が謝罪する。
まただ……。
毎回私が訪れる度にこの屋敷の使用人達は落ち着きがないけれど、今日は特に酷い。さっきから何枚お皿が割れているのかしら? あっ、つまづいて転んだわ。あっちでは花瓶を倒して……あらららら。
本当にどうしちゃったの? 大丈夫?
「すみません。うちの使用人が粗相ばかりして」
ダリオ様が首を竦める。
「いえ、私は構いませんが……それにしても今日はいつもにも増して、皆ソワソワしているようですわね。何かございましたの?」
「えっ? い、いえ特に何も……」
「そうでございますか?」
何となくダリオ様も挙動不審だわ。
食事中、珍しくゴリちゃんが静かなのも気になった。
「ゴリちゃん、今日はあまりお喋りしないのね?」
「えっ? う、うーん、そんなことないよ。ハハハ」
誤魔化した? 8歳児が誤魔化し笑いをしましたわ! 一体どうしたのかしら? 今日は皆、少し変ですわ。
食後の紅茶を飲み終えると、ダリオ様が徐に口を開いた。
「あの……庭に出てみませんか」
「はい」
急にどうしたのかしら? 夜の庭は真っ暗なはずですのに。
「ゴリちゃんも一緒に行きましょう」
私が誘うと、何故かゴリちゃんは焦った表情になった。
「え、えーと。僕はもう眠いから自分の部屋に戻るよ。父上と二人でどうぞ」
えっ? ゴリちゃんに断られた!? ショックですわ!
少し落ち込みながらダリオ様と庭に出た。
「まぁ……!」
予想と違う庭の光景に、私は目を瞠った。
真っ暗なはずの庭に、いくつもの篝火がたかれている。
庭の花々が幻想的に浮かび上がる……なんて美しいの!
「……綺麗」
思わず呟くと、背後からダリオ様が私の肩をそっと抱き、
「気に入ってもらえたでしょうか?」
と声をかけた。
「ええ、とても。とても綺麗ですわ」
私は満面の笑みでダリオ様を振り返った。
すると私と向かい合ったダリオ様が、急に地面に片膝をつき私に右手を差し出した。
えっ? これはもしや!?
「ジェンマ嬢、愛しています。どうか私の妻になってください」
私は、ダリオ様が差し出している手にそっと自分の手を重ねた。
「はい。謹んでお受けします。私もダリオ様を愛していますわ。末永くよろしくお願い致します」
「ありがとう」
ダリオ様は立ち上がると私を抱きしめた。
と、次の瞬間、庭の繁みの奥から急に大きな歓声と盛大な拍手が沸き起こった。そしてドヤドヤとたくさんの人が姿を現す。この屋敷の使用人達だわ!?
「やったー!!」「バンザーイ!」「キャー!」「ワァーオ!」「ポゥッ!」「う、嬉しい!」「よっしゃー!」「旦那様ー!!」「悲願達成だ!」「ついに、この屋敷に奥様が!」「嫁、捕ったどー!」「庭師のテオでーす!」
使用人達が口々に叫び、大騒ぎしている。
「奥様ー! 篝火、皆で用意したんです! やっぱりムードが大事ですよね!」「旦那様ー! おめでとうございます!」「奥様! おめでとうございます!」「おめでとうございます!」「おめでとうございまーす!」「ひゃっほー!」
興奮してワイワイ騒いでいる使用人達にあっけに取られていると、どこからかゴリちゃんが現れた。
「母上ー!」
私に飛び付いてきたゴリちゃん。
「ホントにホントに母上になってくれるんだよね?」
「ええ、そうよ。ゴリちゃん、よろしくね」
ダリオ様が腰を屈めて私とゴリちゃんを二人一緒に抱きしめる。
「ジェンマ嬢、ありがとう。本当に……嬉しい」
ダリオ様の声が少し震えている。
「ダリオ様、これからは『ジェンマ』とお呼びください」
「ジェンマ……」
「ダリオ様」
「ジェンマ、きっと幸せにするからね」
「はい。三人で幸せになりましょう」
「母上! 大好きー!」
私達はそのまま三人で長いこと抱き合っていた。
使用人達に口笛を吹かれたり冷やかされたりしながら。
後日知ったが、コルトー侯爵家の執事はその夜、一晩中涙を流していたらしい……
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