王太子殿下の小夜曲

緑谷めい

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14 まさかの階段落ち

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 担任は、引き裂かれた教科書を見て顔色を変えた。
「これは……今までの”物を隠す”という行為より、更に悪意を感じますね」
 バルド様のお顔も険しい。
「フローラが俺の婚約者と知ってこんな事をするヤツがいるとはな。フローラ、何か心当たりはあるか?」
「うちのクラスの生徒でないことは確かだと思うのです。入学以来クラスは持ち上がりで、もう4年間同じ顔触れです。今までクラスメイトとトラブルになったこともありませんし、今さら私に嫌がらせをする生徒がいるとは思えません」
 担任が頷きながら言う。
「私もうちのクラスの生徒がやったとは思えませんね。クラスの生徒はそれこそ入学以来、殿下のクラインさんへの”盲愛”ぶりを知っています。クラインさんへ嫌がらせなどして殿下を怒らせたら何をされるかわからないと考えるはずです。それに事が起きるのは、必ず移動教室の後です。まず間違いなく他クラスの生徒の仕業でしょう」

 私はリリヤが犯人だと確信していた。最後の「出会いイベント」を潰した時、リリヤは憎悪の目で私を睨みつけていた。きっと彼女だわ。だが、証拠もないのに個人名を出すわけにはいかない。
 担任が続ける。
「とにかく、相手がエスカレートしてきているのが心配です。他クラスの教師とも情報を共有していますから、怪しい行動をとる生徒はあぶり出されてくるはずですが、クラインさん、くれぐれも気を付けてください」
「はい」

 バルド様と私は担任と話をした後、二人で廊下を歩いていた。
「学園側の悠長な調査を待ってはいられない。王家の影を使う」
 バルド様がすごいことを言い出した。
「学園内の嫌がらせ程度で、王家の影を使うなんていけませんわ」
「お前は俺の婚約者だ。国内外に正式に発表された婚約者なんだぞ。王太子の婚約者を害そうとするヤツを、王家の力を使って捕まえるのは当然だろ? これ以上エスカレートして、お前の身に何かあってからじゃ遅いんだぞ!」
 そんな大事おおごとにしていいのかなー? 多分間違いなくリリヤの嫌がらせだと思うんだよねー。
 リリヤのことは嫌いだけど、”王家への反逆者”扱いになるのはさすがに気の毒だわ。彼女はただ自分の邪魔をする私を個人的に憎んでいるだけで、王家に逆らうつもりなどないはずだ。
 どうしよう……。マーガレット様に相談してみようかな? 困った時のマーガレット様頼みである。



 その翌々日。私は放課後、マーガレット様と西庭で待ち合わせをしていた。
 授業が終わり、急いで西庭に行こうとしていた私は、4年生の棟の階段前でリリヤに出くわした。偶然ではないわね。おそらく私を待ち伏せていたのだわ。
「リリヤさん、私に何か御用かしら?」
 リリヤは私を睨みつけると、一言こう言った。
「貴女、本当に邪魔!」
 そして次の瞬間、私は階段の上から突き落とされた。
 ひぇ~!! まさかの階段落ち!? 身体が宙に浮いている!! リリヤめ~! 想像以上の悪党だわ。この恨み、晴らさでお・く・べ・き・か~! と、思ったところで意識が途絶えた。


 気がつくと、そこは我が家だった。
 私は自分の部屋の寝台に横たわっている。お父様、お母様、弟のフランツ、そしてバルド様にマーガレット様まで、私を取り囲んでいる。皆に囲まれて……あれ? もしかして、これって私のご臨終シーンなのかしら? とりあえず幽体離脱はしていないみたいだけれど、なんて思いながら、皆の顔をぼぅ~っと見上げると――
「フローラ! 気が付いたのか!?」
 バルド様が私の手を握りしめる。目が真っ赤だわ。泣いていらしたの?
「バルド様、あの、私、学園で階段から落ちて……」
「リリヤに突き落とされたんだろ? 分かってる。王家の影がその場でリリヤを取り押さえた」
 えぇっ! もう影が学園に入り込んでたんですか? 仕事、ハヤ!

 身体を動かそうとすると、全身に激痛が走った。
「痛っ!」
「フローラ! 動くな!」
「バルド様、私、怪我をしているのですか?」
「ああ、全身打撲と右足首の骨折だ。心配するな。治るからな」
「全身打撲に骨折ですか……」
 あら、ホント。右足が固定されてるわ。これは当分、寝たきり? あちゃー。
「フローラ、可哀想に。でも命に別条がなくて本当に良かった」
 バルド様が私の髪を優しく撫でる。

 お父様が徐に口を開く。
「後遺症が残ったりしないように最高の医療を受けさせたいと、バルド殿下が王宮医師に治療を命じてくださったのだ。お前が完全に治るまで、王宮医師の一人がずっと我が家に滞在して治療にあたることになったんだよ」
 え~っ? 何という贅沢! 
「バルド様、ありがとうございます」
「いや、フローラを守れなかったのは俺だからな。リリヤは尋問で、俺に近付く為にフローラが邪魔だったと言っているらしい。俺のせいでフローラが狙われたんだ。本当にすまない」
 
 マーガレット様が美しいお顔を顰めておっしゃる。
「まさかリリヤがこんな事をするとは思わなかったわ。待ち合わせていたのに、なかなかフローラが来ないから、心配になって学園の中を探していたの。そうしたら、貴女が階段から落ちたって4年生の棟が大騒ぎになっていて、本当に驚いたのよ」
「そうだったのですか……私も、まさかリリヤがここまでするなんて思ってもいませんでしたわ」
 バルド様がおっしゃる。
「他の嫌がらせの件も全てリリヤが認めた。だが、階段から突き落とすという行為は、それまでの嫌がらせとは性質が違う。殺人未遂だからな! それも王太子である俺の婚約者に対してだ。王家への反逆とみなされても文句は言えないはずだ」
「リリヤはどうなるのでしょう? あの、実は私も彼女を煽ってしまった自覚があるので、あまり重い処罰はちょっと……」
「何、言ってるんだ、フローラ! お前、殺されるところだったんだぞ!」
 バルド様は怒っている。

「姉さん、彼女を煽ったっていうのは、どういうこと?」
 ここでまさかの弟フランツからの突っ込み?!
「リリヤがバルド様にちょっかいを出そうとしてることに気付いたから、その……そうさせないように思い切り彼女の行動の邪魔をして、ついでにバカにするような態度もとってしまって……」
 最後の方は声が小さくなる私。
 するとマーガレット様が、
「フローラ、それは当然のことでしょう? 自分の婚約者にちょっかいを出そうとする女を、そのままにする方がおかしいわ。殿下、そうでございましょう? フローラは、あの女に殿下を取られたくなくて邪魔をしただけです。殿下への愛故の行動ですのよ!」
 と、力強くおっしゃった。マーガレット様、私の両親と弟がおりますのよ。身内の前で「殿下を取られたくなくて」とか言われるのは、非常に恥ずかしいものがありますわ。
 
 バルド様はお顔を真っ赤にして私を見つめていらっしゃる。
「フローラは、俺を取られたくなくてリリヤの邪魔をしたのか? 俺のことを他の女に取られたくなくて……フローラ!」
 感極まった様子のバルド様が私に抱きつく。
「痛っ! 痛い!」
「あっ! フローラ、すまない」
 慌てるバルド様。うーん、痛いー! 全身が痛いよー! これはとにかく怪我を早く治すことが何よりも優先ですわね。

 あれ? そういえば、さっきからお母様が一言も言葉を発していらっしゃらないわ? 
「お母様?」
 私が声をかけると、お母様は、
「フローラ。貴女が階段から突き落とされたと学園から連絡が来た時、心臓が止まるかと思ったのよ。命に別条がなくて本当に良かった……」
 と、涙声でおっしゃった。
 心配かけてごめんなさい。
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