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2 愛人 サラ

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 平民であるサラが、侯爵家の令息だったジェルマンと出会った場所は、彼女が特待生として入学した王立貴族学園の生徒会室だった。
 成績優秀なサラは1年生ながら生徒会の書記に選ばれ、生徒会長である王太子の側近ジェルマンと知り合った。ジェルマンは王太子の同級生で、サラより2学年上の3年生だった。側近のジェルマンは王太子の生徒会長としての仕事の補佐もしていた。その為、サラはほぼ毎日、必然的にジェルマンと顔を合わせるようになり、次第に彼と親しくなっていったのである。
 生徒会メンバーの中には、平民のサラをあからさまに見下す貴族令息が複数いた。何度も侮辱され、悔しい思いをしたが、そんな時サラを庇ってくれたのはいつもジェルマンだった――いつしかサラはジェルマンに恋をしていた。親の決めた婚約者のいる彼に夢中になってしまったのである。

「ジェルマン様に婚約者がいらっしゃるのは知っています。けれど、私はジェルマン様が大好きなんです。私と交際してください」
 出会ってから2年後、思い切ってジェルマンに思いを告げたサラ。ジェルマンは戸惑っている様子だ。
「サラ。私も君の事を好ましく思っている。だが私と婚約者のアネットは、彼女の貴族女子学院卒業後、すぐに結婚する予定なんだ。彼女は私の2つ年下だから、3年後だ。君と交際など出来ないよ」
 ジェルマンの婚約者アネットは、サラやジェルマンの通う王立貴族学園ではなく、王立貴族女子学院に在籍していると聞いている。何でもアネットの父親である伯爵がかなりの堅物らしく、年頃の娘に男を近付けないよう、わざわざ女子校に入れたのだそうだ。

「ジェルマン様がアネット様と結婚なさるまでの間だけでかまいません。どうか、平民の私に少しばかりの夢を見させては頂けませんか?」
 自分でも強引だと思う。こんな風に女から迫るなんて、随分とはしたない事をしている自覚はある。けれどサラは必死だった。心からジェルマンを愛しているのだ。期間限定でもいい。少しの間でもいいから、彼の恋人になりたい。
 サラの勢いに気圧されたのか、やや口籠りながらジェルマンが返事をする。
「……じゃあ、私がアネットと結婚するまでの間だけなら……。けれど、君との関係を誰にも知られたくない。【秘密の恋人】になってしまうけど、それでもいいかい?」
「かまいません。私も誰にも話しません。ジェルマン様と付き合えるなら、二人の関係を隠し通してみせます。私はもともと結婚願望など持っていませんし、学園卒業後は王宮の文官として働きたいと思ってるんです。ジェルマン様に決してご迷惑はお掛けしませんから」
「……まぁ、そこまで言うなら……」
 ジェルマンは最後まで思案顔ではあったが、それでも頷いてくれた。サラが自身の熱量で押し切った感は拭えない。それでもサラは浮かれた。とうとう2年越しの恋が実ったのだ。大好きなジェルマンの恋人になれたのである。









 そして3年後。
「サラ。再来月には私はアネットと式を挙げる。君との付き合いは今日でお終いだ」
 辛そうな表情をしたジェルマンから、そう告げられた。わかっていた事だ。覚悟をしていたつもりだった。けれど……サラはジェルマンの別れの言葉に、胸が抉られるような苦しさを覚えた。
 
 サラは、いつものように平民の格好をした上に念入りな変装をしたジェルマンと、街に出かけていた。この3年間、ジェルマンはサラとの関係を誰にも知られぬよう、サラと会う時はいつも平民を装っているのだ。

「……別れません」
「サラ? 何を言ってる?」
「……ジェルマン様。私は、貴方と別れません」
「サラ。約束が違う。3年前に言ったはずだ。君との交際は、アネットを妻に迎えるまでの期間限定だと。君は今年、学園を卒業して王宮の文官になったのだし、これからは仕事に打ち込めばいいじゃないか。君はもともと結婚願望など無いと言っていただろう?」
 学園での成績がトップクラスだったサラは、卒業後かねてよりの希望通り王宮の文官になっていた。ちなみにジェルマンは2年前に学園を卒業し、王太子の側近として王宮で働いている。つまり、サラとジェルマンは共に王宮が職場なのだ。

「結婚して欲しいなどとは言いません。ジェルマン様と今まで通りお付き合いを続けたいだけです」
「サラ。それでは君は私の【愛人】になってしまうよ」
「……かまいません。ジェルマン様と別れたくないんです」
「サラ……それ程までに私を想ってくれるのか……」
 サラとジェルマンは既に身体の関係を持っている。サラを抱くジェルマンは、いつだって情熱的だ。ジェルマンも本心では自分を手放したくないはずだとサラは確信していた。
「アネット様に知られなければ良いだけではありませんか」
 ジェルマンの耳に甘く囁く。
 サラに未練のあるジェルマンは、結局サラを突き放すことは出来ず、二人の関係はそのままずるずると続くこととなったのである。


 その後しばらくして、ジェルマンとアネットは盛大な結婚式を挙げ、二人は正式に夫婦となった。よって、ジェルマンの恋人だったサラは彼の【愛人】という立場になってしまった。望んだのはサラ自身だ。だが、自分がいざジェルマンの【愛人】になると、悔しさがこみ上げてくる。その悔しさがジェルマンに対するものなのか、アネットに対するものなのか、サラ自身に対するものなのか、この国の身分制度に対するものなのかさえ分からない――もしかしたら、その全てに対する悔しさなのかも知れない――と、サラは思った。
 サラは、常用していた避妊薬の服用を秘かに止めた。




 ジェルマンがアネットを妻に迎えて半年ほどが経ったある日。
 サラは、自分に会いに来たジェルマンに笑顔でこう告げた。
「ジェルマン様。私、お腹に子が出来たんです」







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