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1 侯爵家令嬢 マドレーヌ・ボルテール
しおりを挟む「やっぱり、お母様は私よりもお兄様のことが大事なのだわ」
マドレーヌは頬を膨らませ、兄ディオンにそう言った。
「そんな事はないと思うぞ。母上は俺のこともマドレーヌのことも等しく愛してくださっているはずだ」
少し困った表情で妹を宥めるディオン。二人は共に現在12歳の双子の兄妹である。
彼らは歴史あるボルテール侯爵家当主夫妻の子供だ。父ジェルマンは5年前に祖父から爵位を譲られ、侯爵となった。ジェルマンは学生時代からずっと、この国の国王(学生時代は王太子であった)の側近を務めており、側近の中でも特に国王からの信頼が厚い重臣である。母アネットは伯爵家の出身で、17歳の時に2つ年上のジェルマンに嫁いで来た。親同士の決めた政略結婚ではあるが、小さな頃からの婚約者だった父と母は、仲の良い幼馴染だったらしく、結婚から13年が経った現在も仲睦まじい夫婦である。
父ジェルマンは、跡取りとなる息子ディオンに厳しく、娘マドレーヌには少々甘い。対して母アネットは、娘よりも息子に少々甘く、また期待を寄せている――別に珍しくもない。よくある話だ。家庭の中で、兄妹のどちらかが特別に優遇されている訳でも、虐げられている訳でもない。マドレーヌもディオンも両親及び屋敷の者達にしっかりと守られ、生まれて此の方、上位貴族に相応しい何不自由ない生活を送っている。
それでもマドレーヌは不満だった。母は自分よりも兄に優しい……ように感じる。
「お母様はいつも『ディオンが』『ディオンは』って、お兄様のことばっかり!」
そんな風に言い募る妹にディオンは溜息を吐く。
「お前は父上に甘やかされてるじゃないか。父上は俺にはとても厳しいぞ。この上、母上の愛情を独り占めしたいのか? 欲張り過ぎだろ」
「うっ……」
言葉に詰まるマドレーヌ。父が自分に甘いのは本当だ。言い返せない。
「これ以上、つまらない事を言うなよ。俺もお前も恵まれた家庭に育ってるんだ。父上と母上は政略結婚にもかかわらず、仲睦まじく、俺たちを大切に育ててくださっている。父親も母親も愛人を作って屋敷に寄り付かず、使用人に育てられている気の毒な貴族令息や令嬢がいることくらい、お前だって知っているだろう? 俺たちは幸せな家庭に生まれたんだ。そろそろ自覚しろよ。俺もお前ももう12歳なんだぞ」
「……」
「ほら、母上とのお茶の時間だ。一緒に行こう」
「は~い」
マドレーヌは少しむくれたまま、自分の手を引く兄に従った。
「ディオンは本当に賢いのねぇ。家庭教師の先生が感心していらしたわ『ディオン様は来年、貴族学園に入学されたら、間違いなく学年トップの成績を収められるでしょう』ですって」
母が嬉しそうに言う。兄ディオンを見つめながら目を細める母の姿に、マドレーヌは苛立つ。
「お母様! 私だって頑張っています!」
つい、兄に対抗心を燃やしてしまう。母の視線がマドレーヌに移る。
「ええ、もちろん。マドレーヌも良く努力しているわ。偉いわね。二人とも私の自慢の子供よ」
そう言うと、すぐに母の視線は兄に戻ってしまった。
⦅ やっぱりお母様は私よりもお兄様の方が大事なのだわ。私の事も褒めてくれるけれど、でも、お母様が見ているのはいつもお兄様だもの!⦆
マドレーヌもディオンも、13歳になる来年には、ここ王都にある王立貴族学園に入学する予定だ。学園は5年制で、13歳から17歳までの王族・貴族・そしてごく少数の優秀な平民(特待生)が学ぶ。王都に住んでいるマドレーヌやディオンは屋敷から通うが、地方貴族は寄宿舎生活を送ることになる。
「学園に入学してからも、ボルテール侯爵家の嫡男として恥ずかしくないよう、勉学に励みます」
兄ディオンの発言は、いつも優等生のイイ子ちゃんの台詞だ。母はそんな兄に、にこにこと笑顔を向ける。
「頼もしいわね。こんなに立派な跡取り息子がいて、本当に嬉しいわ」
母の言葉は本心だろう。ディオンは、妹のマドレーヌの目から見ても優秀で有能だ。勉学も出来るが身体能力も高く剣の腕も立つ。おまけに父ジェルマンにそっくりな男らしい精悍な容姿をしている。冷静な性格だが人当たりも良く友人も多い。将来はきっと、周囲から尊敬される侯爵になるだろう。
対してマドレーヌは、母アネットによく似た容姿をしている。「美人」というよりも周囲の者の庇護欲をそそる、少し儚い雰囲気を持つ可愛らしいタイプだ。勉学は兄ほど出来る訳ではないが、それなりに優秀だし、マナーやダンスだってきちんと習得している。友人関係でトラブルを起こしたこともない。
⦅ そりゃあ、お兄様ほどしっかりしてはいないかも知れないけれど、私だって何処に出ても恥ずかしくない侯爵令嬢のはずだわ!⦆
そう思いながら、じっと母アネットを見る。が、相変わらず母の視線は、兄ディオンに向けられていた……
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