8 / 10
8 同好の士、現る
しおりを挟む「サイラス様。はい、あ~ん」
甘ったるい声を出すヴィクトリア。
「あ~ん」
嬉しそうに応えるサイラスの口の中にピーマンを突っ込む。
「(モグモグ)美味しいよ。ヴィー」
「うふふふふ。もっと召し上がれ。ほれ、あ~ん」
「あ~ん」
ピーマンばかりを突っ込まれるサイラス……
ここは王立貴族学園の学園食堂である。
ヴィクトリアは、最近、ほぼ毎日、サイラスと一緒にここで昼食を取っている。
サイラスがどんなに鼻につくイケメンであっても、ヴィクトリアが彼と結婚する事は既に決定事項なのだ。公爵家と結んだ婚約を「タイプじゃない」からと反故に出来る訳はないのである。
サイラスを婿に迎え、バルサン伯爵家を盛り立てて行く事は、ヴィクトリアの貴族としての務めである。ならば腹を括るしかない。いずれ夫となるサイラスに歩み寄り、まずは表面上だけでも仲良くしてみよう、とヴィクトリアは決意した。
婚約後2ヶ月間も自分に塩対応だったヴィクトリアの態度が急に軟化し、サイラスは当初面食らった様子だった。が、適応力の高い彼は直ぐにヴィクトリアに合わせて、仲睦まじい婚約者どうしを【演じて】くれるようになった。
そう。ヴィクトリアも演じているが、サイラスも演じている。彼は、ヴィクトリアの態度が軟化した理由を、ついに彼女が格好良い自分に惚れたからだ、などど勘違いする阿呆ではない。ヴィクトリアが本当は自分を好いていない事など充分分かった上で、ヴィクトリアの相手役として演じてくれているのだ。14歳にしてはなかなか大人である。頭空っぽ系自惚れイケメンとは違う。
話をしていても、サイラスの頭の良さや洞察力の鋭さ、問題解決能力の高さに驚くことが多い。やはり彼を婿に迎えることは、バルサン伯爵家にとっては正解なのだと思う。悔しいが父の判断は間違っていない。
家の益になるのなら、生涯を通じて演じ切ればいい、とヴィクトリアは割り切ることにした。
⦅そう、人生は舞台。私は女優。しかも主演女優よ! おーほっほっほ!⦆
「急に笑い出して、どうしたの? ヴィー」
あれ? 声に出てた?
「いえ、ちょっとした思い出し笑いですわ」
「思い出し笑いで高笑いする人を初めて見たよ」
「サイラス様の初めてになれて光栄ですわ」
わざと意味ありげに微笑むヴィクトリア。
だが、そんな事でドギマギするサイラスではない。
彼は、自分が1番色っぽく見える角度に口角を上げて微笑み、こう言った。
「私をこれ以上翻弄しないでくれ、美しいヴィー。私のお姫様」
はいっ! 頂きました! 「お姫様」!
ここは学園食堂なので、当然ながら周囲にはたくさんの生徒がいる。彼ら彼女らは、イチャイチャするヴィクトリアとサイラスを生温かい目で見守っていた。
が、突然、空気を読まない女子生徒が二人のテーブルに乱入してきたのだ。
彼女はヴィクトリアを睨み付け、こう叫んだ。
「ヴィクトリア様! サイラス様を解放してください!」
恋愛小説フリークのヴィクトリアにとっては馴染みのある台詞だが、実際に現実世界で耳にするのは初めてである。きっと、この女子生徒も恋愛小説が好きなのだろう。
「貴女、私と話が合いそうね。お友達になりましょう」
「は? な、何、言ってるの?」
その女子生徒は、ブラウンの髪に緑色の瞳というこの国ではありふれた色の持ち主だったが、庇護欲をそそる可愛らしい顔立ちをしていた。制服の胸元に付いている学年章は青。という事は同じ2年生のはずだが、何故かヴィクトリアは彼女に見覚えが無い。もしかして、転入生? そう言えば隣のクラスに可愛い女子が転入してきたと、男子達が噂していたっけ。あー、なるほどね。
ヴィクトリアは全てを理解した。可愛らしい容姿の彼女は自らが【転入生】となったことで、きっと恋愛小説のヒロインになってしまったのだ。気持ちの上で。分かる、分かる。そういう風に小説の世界に入り込んじゃうこと、あるよね~。本気で【ドアマットヒロイン】を目指していたヴィクトリアには、よく分かる。
「うふふ。『○○様を解放してください』って、それ、悪役令嬢モノに登場するピンク髪ヒロインの台詞でしょう? この後の展開はどういうパターンが好み? 貴女の好みに合わせてあげるわ。ねぇねぇ、どうする? どうしたい?」
嬉しそうに尋ねるヴィクトリア。
「?!?!?!」
目を白黒させる乱入女子。
何をそんなに驚いているのだろうか?
23
お気に入りに追加
174
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
最悪なお見合いと、執念の再会
当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。
しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。
それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。
相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。
最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。
【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない
千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。
公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。
そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。
その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。
「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」
と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。
だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる
田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。
お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。
「あの、どちら様でしょうか?」
「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」
「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」
溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。
ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる