男と女の初夜

緑谷めい

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5 結婚披露パーティー

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 その後は結婚式の準備で忙しく、フェリクスとは何度か食事を共にしただけで、ゆっくり話をする機会はなかった。
 それでもクリスティーヌは、王都郊外の離宮に居るというフェリクスの母に挨拶をしたいと、一度フェリクスに申し出た。だが、彼は許可を出さなかった。
 クリスティーヌの申し出を聞いたフェリクスは、ものすごく怖い顔をして、
「挨拶など不要だ。アレは私の母親ではない。貴女がアレのことを気にする必要はない」
 と、言ったのだ。
 隣国から来たクリスティーヌには詳しい事情はわからないが、実の母親のことを「アレ」と呼ぶフェリクスが可哀想で、胸が痛んだ。



 準備に追われているうちに、あっという間に日は経ち、迎えた結婚式当日。
 コヅクーエ王国から持参したウェディングドレスを身に纏ったクリスティーヌを見て、フェリクスは固まってしまった。黙ったまま、呆然と突っ立っている国王フェリクス――横にいた宰相に(周りに分からぬように)脇腹を小突かれ、ハッと我に返った彼は、ようやく「き、綺麗だ」と、花嫁クリスティーヌに声を掛けた。
 クリスティーヌは美しい笑みをたたえ、フェリクスに返した。
「ありがとうございます。陛下もとても素敵でいらっしゃいますわ」
 ちょっと怖いけど……


 厳かな式を終え、華やかな結婚披露パーティーが始まった。
 クリスティーヌは、この国にとって敵国であった敗戦国から嫁いで来た花嫁である。それ故、先程の式の間も、クリスティーヌに向けられたのは好意的な視線ばかりではなかった。
 たくさんの招待客が集う披露パーティでは、もっと多くの厳しい視線に晒されるだろう――クリスティーヌは覚悟していた。
 もしかしたら面と向かってイヤな事を言われるかも知れない。
 その時は、少しくらい言い返しても良いかしら?
 いやいや、やはり大人しくしておいた方が身の為よね?
 さすがに直接的なイヤガラセまではされないと思うけど……

 いろいろと考えていたクリスティーヌだったが、いざパーティが始まると、フェリクスが片時も離れずクリスティーヌの隣にいてくれた。これ見よがしに度々、クリスティーヌの腰を抱き寄せるフェリクス。彼は周囲に睨みを利かせてくれているのだ。
 それでも悪意を持ってクリスティーヌに近付く者が現れた。
 少し酒に酔っている様子の貴族の男が、クリスティーヌに向かって暴言を吐いたのである。

「ふん! アンタが敗戦国の御姫様か。その美貌でうちの陛下を誑し込むつもりか? それともそのイヤらしい身体を使って骨抜きにするつもりか? アンタはただの人質だ! 自分の立場を弁え――――ぐぇっ!」
 その男は全てを言い終える前に膝から崩れ落ちた。
 フェリクスが、男の腹に思い切り拳を叩き込んだのだ。
 その瞬間、クリスティーヌは大陸中に広まっている噂の源の一端を見た気がして⦅ 陛下! そういうトコー!⦆と、心の中で突っ込んだのだった。
 無礼者の始末など、近衛騎士に任せれば良いのだ。国王が自らの拳で殴る必要などないはずである。
 けれど、フェリクスはクリスティーヌを守ろうとしてくれた。
 そのことを”嬉しい”と感じる自分がいるのも本当だ。

「すまない。貴女の目の前で乱暴なことを……」
 フェリクスは無礼な男をした後、やや青褪めた顔でクリスティーヌにそう詫びた。自身の振る舞いがマズかったことは分かっているらしい。
「陛下。暴力はいけませんわ」
「……すまない」
 クリスティーヌの言葉に項垂れるフェリクス。

「あの程度の相手なら、私が口喧嘩でコテンパンに負かして見せましたのに」
「え?」
「私は口喧嘩なら強いのです。今まで18年間で22勝1敗ですわ。陛下にだって負けませんわよ」
 クリスティーヌはすまし顔でそう言った。
「貴女という女性ひとは……ククク」
 笑い出すフェリクス。
「うふふふ」
「アハハハ」
 二人は顔を見合わせて笑った。

「陛下、ありがとうございました。先程はああ申し上げましたが、助けて下さって嬉しゅうございました」

 フェリクスは思った。
 この女性ひとのどこが「傲慢で我が儘」なのだ?
 少し気が強いだけの、実に可愛らしい女性ではないか――

「貴女のことは必ず私が守る。安心してくれ」
「はい、陛下」




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 そして迎えた初夜。


 キクナー王国は原則として一夫一妻制の国である。
 直系の男性王族のみ、5年以上正妃に子が出来ぬ場合に限って側妃を娶ることが認められているが、他国のような”後宮”はない。側妃を娶った場合は離宮に住まわすのが習わしである。
 勿論、正妃は夫と共に王宮で暮らす。


「一夫一妻制サイコー!」
 そう言いながら、一人、寝台の上でゴロゴロ回転するクリスティーヌ。
 母国コヅクーエ王国はそうではなかったので、クリスティーヌの父には側妃が3人もいた。クリスティーヌは、それがとてもイヤだったのだ。

 クリスティーヌは夫婦の寝室に居る。
 湯浴みを済ませ、侍女たちに丁寧に肌の手入れをされたクリスティーヌは、フェリクスの訪れを待っていた。寝台の上で転がりながら……
 別にふざけている訳ではない。
 これから初夜を迎えるのだ。
 クリスティーヌなりに緊張をほぐしているのである。

「大丈夫。きっと優しくして下さるわ」
 自分に言い聞かせる。
 ”粗暴”というのは、あくまで非のある、または敵対する相手に容赦がないという事であろう。
 今日の披露パーティーでの一件を間近に見て、クリスティーヌは噂の真相をそう理解していた。

 確かに、国王が自ら人を殴るなんて驚いたけれど――
「決して、むやみに乱暴な方ではないはずだわ」
 多分……。



 



 

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