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1 間違った婚約
しおりを挟むえぇ~っ!?
俺は驚愕の余り、心の中で叫び声を上げた。その驚きを顔には出していない――はずである。
どうも~。俺はブロンディ公爵家の長男ルイゾン。20歳。子供の頃の愛称は「ルイルイ」だったぜ。
今現在、俺はベルモン伯爵家を訪れている。
1ヶ月ほど前の夜会で一目惚れした、ベルモン家の長女オリーヴ嬢に会う為だ。
実を言うと、既に俺の父親であるブロンディ公爵家当主から、オリーヴ嬢の父親であるベルモン伯爵家当主に宛てて、書面にて正式な婚約の申し込みが為されている。そして、この国の四大公爵家の一つである名門ブロンディ公爵家からの縁組の申し入れを、伯爵家が断れるはずもなく、オリーヴ嬢の父親からは数日前に「承諾」の書状が送られてきた。つまり、俺とオリーヴ嬢の婚約は既に成立しているのだ。
だが、これは政略結婚ではない。オリーヴ嬢に一目惚れした俺の、たっての希望で結ばれた婚約なのだから、ここはやはり俺自身が彼女に直接「愛」を伝えたいと思い、意気込んで、今日ベルモン伯爵家を訪れた次第である。
ところが――
うひょー!! まさかの人違い!? ウソだろー!?
どうやら俺は「婚約」という人生の大変重要な事柄において、致命的なミスを犯したようだ。
俺が自分の父親に頭を下げ頼み込んで、縁を結んでもらったオリーヴ嬢は――俺が夜会で一目惚れした令嬢ではなかった。全くの別人だったのである。
華やかな美人に惚れて婚約を申し込んだはずなのに、今、俺の目の前にいるオリーヴ嬢は、あの時の美人とは似ても似つかぬ、非常に地味な令嬢だった。
そして、俺が一目惚れした美人は、と言うと……オリーヴ嬢の隣でにこやかに微笑んでいた。
「こちらはオリーヴの妹のコラリーにございます」
と、言って、彼女たちの父親が美人のことを紹介してくれた。
妹……オリーヴ嬢の妹……か。
「コラリー・ベルモンでございます」
美しい声でコラリー嬢が挨拶をする。燃えるような赤い髪にパッチリとした金色の瞳――俺が一目惚れしたのは、確かにこの令嬢だ。
「あ、はい」
呆然としたまま、何とか声を出す俺。
「ルイゾン様は本当に女性を見る目がおありですわ。姉はとても優しくて思い遣りのある女性ですの。私の自慢の姉ですのよ。ルイゾン様、姉をどうかよろしくお願い致します」
「は、はい」
一目惚れした女性から「姉をよろしく」と頼まれてしまった……つ、ツライぞ。
彼女たちの父親ベルモン伯爵は満面の笑みを浮かべ、俺に言った。
「いや~、オリーヴは一見、地味で目立たない娘ですので、まさか夜会で見初められるなどとは思ってもおりませんでした。それも名門ブロンディ公爵家の御長男に望まれるなど、今でも夢のようですぞ」
「い、いえ。地味だなど……オリーヴ嬢はとても美しい女性です」
気付かれてはいけない!
まさか、妹と姉を間違えて婚約を申し入れたなどと、決して気付かれてはいけない!
俺は必死だった。
「夜会の会場で一目見て、私の ”運命の女性” だと確信したのです。今まで、これ程までに心惹かれた女性は他にはおりません。オリーヴ嬢は素晴らしい女性です」
ちなみに俺の対外的な一人称は勿論「私」である。公爵家の長男だからな。当然だ。ただし、心の中と、気の置けない男友達しかいない場では「俺」である。
「おお。それ程までにオリーヴを想ってくださるとは……」
ベルモン伯爵は感激の面持ちだ。
そして、夫の隣で、伯爵夫人は喜びの余りか目にうっすらと涙すら浮かべている。
「オリーヴは見た目が地味な所為でなかなか見合いも上手くいかなかったのです。まさかルイゾン様のような優秀かつ容姿端麗な御令息に見初めて頂けるなんて感激ですわ。オリーヴは本当に真面目で良い子なのです。小さい頃から妹思いで、使用人にも優しくて。そうそう、学園時代の成績も上位で、マナーやダンスもとても――」
家族の言葉から、オリーヴ嬢がこの家で大層愛されていることがうかがえる。彼女が「真面目で優しい」令嬢だと言うのは本当のことなのだろう。
「お、お母様、恥ずかしいですわ」
自分を褒めちぎる母親を、オリーヴ嬢が制止しようとする。
「あら。だって、ルイゾン様に貴女の良い所をたくさん知って頂かなくては――」
高揚している夫人に、伯爵が声を掛ける。
「少し落ち着きなさい。嬉しいのは私も同じだが、あんまりお前がはしゃぐから、ルイゾン殿が戸惑っておられる」
「ま、まぁ、私としたことが。ルイゾン様、申し訳ございません」
慌てて俺に謝る夫人。
「い、いえ。お気になさらず」
俺が戸惑っているのは、夫人のはしゃぎっぷりにではなく、人違いで婚約を申し込み既にそれが成立してしまっている、このニッチモサッチモな状況に対してだ。
どうしよう……どうしたらいいんだ?
正直に「すみません! 人違いでした! 一目惚れしたのはオリーヴ嬢ではなく、妹のコラリー嬢なんです」と、打ち明ける? いやいやいやいや、ムリだろー?!
オリーヴ嬢本人の気持ちはよく分からないが、彼女の両親も妹もこの婚約を心から喜んでいる。この状況で「人違いでした」なんて言えるか?! 言えるのか?! 言えるヤツがいたらここに連れて来いよ!! あー、もう、誰にキレてるんだ?! 俺だよ!! 俺自身にキレてるんだよ!!
「あの……ルイゾン様」
それまで言葉少なだったオリーヴ嬢が、遠慮がちに俺に話しかける。
「はい?」
「本当に私でよろしいのでしょうか? ルイゾン様は名門ブロンディ公爵家を継がれる優秀な御令息で、おまけにその……とても美しい容姿をしていらして社交界でも大変な人気がおありですし、私のようなパッとしない女では釣り合いが取れないと思うのですが……」
オリーヴ嬢はそう言って、不安そうな目で俺を見つめた。
華やかな色彩を持つ妹とは全く違う、黒髪に黒い瞳のオリーヴ嬢。真っ黒な上に量の多い髪は如何にも重苦しく垢抜けない印象だし、黒い瞳は陰陰滅滅という雰囲気を醸し出している。本当に地味で冴えない女性だ……。
「実は人違いでした!」と、言うなら今だ! 今しかない!!
「私は貴女がいいんだ。もっと自信を持って欲しいな。貴女は私が選んだ ”唯一” なのだから――」
俺のバカー!!
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