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5 夜会
しおりを挟むセレナとルーベンは、結婚後初めて夫婦で夜会に出席することになった。ルーベンはセレナに新しいドレスと宝飾品を贈った。夜会当日、それらを身に纏ったセレナを眩しそうに見つめながら、ルーベンは言った。
「セレナ、綺麗だ。よく似合ってる」
「ありがとうございます。ルーベン様」
落ち着いた笑みを見せるセレナは、実際、大層美しかった。馬車に乗る主夫妻を見送る使用人達から、思わず感嘆の溜息が漏れたほどだ。
会場に入ったセレナは注目の的だった。ルーベンが囁く。
「皆が君を見てる……何だか、隠してしまいたくなるな」
「ルーベン様ったら。私はアルファーロ侯爵夫人として社交の為に来ておりますのよ。隠されたら何も出来ませんわ」
セレナがくすりと笑ってそう言うと、ルーベンは苦笑いをした。
「ああ、そうだね。よろしく、奥様」
セレナは、この国の国王エドガルドの側妃だったのだ。貴族社会において群を抜く知名度があり、顔も広い。セレナは信用に値する貴族を慎重に選んだ上でルーベンに紹介した。ルーベンは2年前、両親を突然の事故で亡くし、若くして侯爵になっている。経験の浅いルーベンの足元をすくおうとするような人物を遠ざけ、信頼できる貴族と親交を深めることが重要だと、セレナは考えていた。
ダンスの時間が始まると、セレナはルーベンの手を取った。美しく軽やかに舞うセレナに、周囲の目は釘付けだ。ルーベンはセレナの腰を抱いたまま、耳元で囁く。
「やはり君を隠してしまいたいよ」
ファーストダンスを踊り終えると、次々と男性がセレナのもとにやって来てダンスを申し込んだ。セレナは「あら、どうしましょう?」と、ルーベンを見上げ判断を任せる。
ルーベンは数人の男性に、やけにハッキリと拒否を示した。セレナはルーベンが許した相手と踊ったが、逆に夫があれ程きっぱり拒否した男性達は、一体彼と何があったのだろうと気になった。
何曲か踊った後、ルーベンに促され、セレナは彼と二人でテラスに出た。セレナはルーベンに問うてみた。
「ルーベン様。ダンスを許可されなかった殿方と、以前何かございましたの?」
「何故、そう思う?」
ルーベンはセレナの目を見ずに言った。
「数人に対して随分とキッパリお断りになったので、何か明確な理由があるのだと感じました」
少しの沈黙の後、ルーベンは答えた。
「後宮がなくなる際に、君の嫁ぎ先だけ、なかなか決まらなかっただろう? あの時に私と揉めた連中だ」
「えっ?!」
思いもかけない返答に、セレナは驚いた。
「あの方たちと……」
セレナは先程の男性達の顔を思い浮かべた。彼らと揉めた末にルーベンは自分を押し付けられたのか……。それにしても、ルーベンに押し付けたはずのセレナにわざわざダンスを申し込むとは、一体どういうことなのだろう? もしかして、ルーベンに対する遠回しな嫌がらせなのだろうか? よく分からない。
「あの、ルーベン様」
「ん?」
「本当にありがとうございました。行き場の決まらない私を引き受けて下さって」
「え? い、いや、君に礼を言われるのはオカシイ気がするが……」
ルーベンは戸惑った表情でセレナを見た。
「いいえ。ルーベン様にはいくらお礼を申し上げても足りないくらいですわ。本当にありがとうございました。これからもアルファーロ侯爵家のお役に立てるよう励みますので、末永くよろしくお願い致します」
頭を下げるセレナに、ルーベンは驚く。
「セ、セレナ。そんなに畏まらなくていいよ。私の方こそ、これからもよろしく頼む」
「はい、ルーベン様」
そう言って、はにかむセレナ。ルーベンは、そんなセレナを強く抱きしめた。よかった。今現在は少なくとも夫に疎まれてはいないようだ。セレナはルーベンの腕の中で少しだけホッとした。
会場に戻ると、ルーベンが、
「セレナ。喉が渇いただろう? 飲み物を取って来るよ。少しだけ待ってて」
と言って、セレナから離れた。
すると直ぐに、一人の女性がセレナに近寄って来た。セレナが一人になるタイミングを待っていたとしか思えない。
「こんばんは。セレナ様」
「こんばんは。バネッサ様」
バネッサはルーベンの元婚約者だ。現在は別の侯爵家の夫人となっていて、既に子供もいる。セレナは勿論その事を知っている。ただ、バネッサとは以前から社交界での顔見知りではあるが特に親しい間柄ではなく、彼女とルーベンの婚約が5年前に突然解消された経緯までは知らない。
「セレナ様。一つだけご忠告申し上げますわ」
バネッサは真剣な表情で、セレナを見つめた。
「クラーラさんにお気を付けください」
「え?」
唐突にクラーラの名を出されて、セレナは戸惑った。
「あの、どういうことでございましょう?」
「私がルーベン様との婚約を解消したのは、クラーラさんが原因なのでございます」
「まぁ……」
「ルーベン様はクラーラさんのことを妹扱いなさってますけれど、彼女はルーベン様を男性として慕っているのです。ルーベン様と婚約中だった5年前、私はアルファーロ侯爵家を訪れた際に、危うくクラーラさんに階段の上から突き落とされそうになりました。彼女の不穏な気配に気付いて既の所で避けることが出来ましたが、恐ろしくなって此方から婚約解消を申し入れたのです」
セレナはゾッとした。バネッサの様子はとても嘘をついているようには見えない。
「しかもその時、ルーベン様はクラーラさんに突き落とされそうになったと言う私の話を信じて下さらなかったのです」
「そんな……」
「ルーベン様は、『クラーラはそんな事はしていないと言っている』とおっしゃいました。婚約者である私よりもクラーラさんを信じるルーベン様に、あの時は心底失望致しました」
セレナは絶句した。バネッサはセレナの手を握りしめる。
「セレナ様。いつ何時もクラーラさんと二人きりにならぬよう、用心なさって下さい。彼女はルーベン様に執着しています。くれぐれも、くれぐれもお気を付けて」
バネッサは本気でセレナの身を案じてくれている。セレナは彼女の言葉を信じた。
「バネッサ様。教えて下さってありがとうございます。充分、気を付けるように致しますわ」
セレナがそう言うと、バネッサは少しだけ表情を緩め、そして足早に立ち去った。
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