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数年前、世界で疫病が大流行した。
疫病にかかった人は熱が出て皮膚がボロボロになり、人に差はあれど数時間で死に至る。

そして、蘇るのだ。
知性も持たず、ただひたすらに己の食欲を満たす為だけに闊歩するようになる。
食欲の対象が『人間』ただそれだけだった。
蘇った者は食欲を満たす為に人間を襲った。
噛まれた者は同じ様に熱が出て皮膚がボロボロになり、数時間で死に至り、そしてその怪物達と同じ様に蘇った。


その感染スピードは速く、食い止められるものではなかった。
発生源の近隣諸国は瞬く間に所謂ゾンビで溢れかえった。


そして発生源の場所から遥か北の場所、リンデール王国は元々閉鎖された国であった。
出入りは厳しく、周りは大きな壁に囲まれていたお陰で疫病の噂を聞いていたのもあり、その国だけはゾンビから防衛を成功させていたのだ。
門の少し前には他の大陸に繋がる一本の橋がある。
そこを封鎖して感染者と思われる者、完全なるゾンビはそこで全て切り捨ててリンデール王国は未だに平和であった。


元々閉鎖的な国だった為、食料なども自国で賄える事もあり他の国が滅亡しても困る事は特になかった。


それ故の悪習なのだろう、辺境伯は常にゾンビ達と戦い国境を越えぬ様に戦っていたが王都に近い中央はその喧騒を知らぬとでも言う様に今までと変わらない生活を人々は送っていた。
特に貴族だ。
豪勢なご飯に、煌びやかな夜会。
外の事が伝わっても自分達には関係がないとそこは変わらず、ずっと続いていた。


そんな中央に近い貴族の中でも異色を放つ令嬢が1人いた。
侯爵令嬢でありながら闘いに身を投じ、剣と銃、そして武闘を日々鍛え上げているユール・グレイシア嬢。
周りの貴族は中央には危険などないのに婚約者も作らず、剣や銃を嗜む野蛮な令嬢だと噂されている。
見目は綺麗なブロンドの髪に出るとこは出て引き締まるところは引き締まっていて最高のプロポーションに、金色の澄んだ瞳に誰もが振り返る様な美貌。
なのに、釣書は1枚もユール家には届かない。
全て変わり者令嬢だの野蛮な令嬢だのと噂されているからなのである。



「はぁ、お前は今年18になるというのに釣書が1枚も届かないとは…」

お父様が溜息を零しながら頭を抱える。
隣でお母様がまぁまぁとお父様を慰めている。

「あら、私は結婚するつもりはありませんわよ?周りの男共は弱過ぎて話になりませんもの」

グレイシアは少し微笑みながら言い切った。
顔と言葉が合っていない。
そう、グレイシアは中央の貴族と結婚などするつもりは毛頭ない。
父がユール家を心配しているのはわかっている。なにせ、一人娘だ。
だが、グレイシアはゾンビの恐ろしさを知っているがそこらの男共は知らない。知るつもりもないのがわかっているから結婚なんてするつもりはなかった。



「また、そんな事を言って…」

「私は私の背中を預けられる殿方としか添い遂げたくはありませんわ。こんな時代ですもの。何があってもおかしくはありません、そこで安心させてくれる殿方はこの中央には居りませんわ」


頬に手を当てながら困った様に笑うグレイシア。

「それに、私たちユール家に着いて来れる方などいるかしら?」

そこでグッと父は口を噤む。
グレイシアだけでなく、父のハーマンと母のレインも同様に厳しい訓練と実践に赴いている。
それを中央の貴族に強制させたとしても逃げられるだろうことは想像に容易い。


「誰か良い人はいないものかな…」

ポソリと父の切実な願いが口から出た。


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