上 下
35 / 38
【第四章】 『北の魔王』ザラ

しおりを挟む
「っ! そうだ、こうしてはいられない。はやく戦場へ戻って魔王を倒したことを両軍に宣言し、この戦争を終わらせなければ!」

 アンドローズが突然思い出したように言った時、

「その必要は、ない……」

 床に横たわっていたザラがゆっくり上体を起こして、かぶりを振った。

「あたしがここから思念を送って、魔王軍に降伏を命じたから……。戦闘はもうとっくに終わってるわ……」
『っ!?』

 三人の英雄は、少女を睨んで素早く身構える。

「ザラヴァンドール! まだ生きていたのかっ!」
「しかし、もはや虫の息。わたしがいま止めを刺しますっ!」

 ウィレアが弓に矢をつがえると、旺介が慌てて彼女の前に出て、両腕を広げた。

「だめだっ!」
「っ! なぜです!?」
「北の魔王ザラヴァンドールは、このオレが倒した。いまあそこにいるのは、もう魔王じゃない。キミたちと何も変わらない、ただのひとりの女の子だよ」
「……」

 聡明なエルフは、ふたたび少女へと視線を戻し、彼女のつぶらな金の瞳をよくよく覗き込んだ。

 そして――、

「……なるほど、わかりました」

 得心がいったように、ひとつうなずいた。

「旺介さまが倒したのは、彼女を魔王たらしめていた闇そのもの、ということですね。……ただ、いまここで改心したからといって、これまで彼女が犯した罪が消え去るわけではありません」

 厳しい口調で言うエルフを見つめて、ザラが皮肉っぽい笑みを浮かべる。

「言われなくても、わかってるわ。あたしがこれまで犯してきた罪は、一生かかっても償いきれるものじゃない……。こんなことで罪滅ぼしになるなんて思わないけど、自分の始末は、自分でつけるわ」

 言うが早いか、少女は右手に細いナイフを生み出し、それを迷わず自分の喉に押し当てた。

「ザラッ! だめだっ!」
「さよなら……」

 必死に叫ぶ旺介を見つめて悲しげに微笑んだ少女が、鋭利な刃でおのれの喉をひと思いに斬り裂こうとした、その時――。

 キィインッ! と甲高い音がして、エルフの放った矢が少女のナイフを弾き飛ばした。

「っ!? な、なにを……?」

 驚く少女を見つめて、ウィレアは冷たく目を細める。

「ここであなたを殺すのはやめました。あなたが死を望むなら、それを与えることは罰とはなりませんから」
「そうだな」

 アンドローズも立ち上がって、少女に厳しい視線を向ける。

「さっさと死んで楽になろうなど、そんな甘えた考えはこのわたしが許さん。お前の為すべきことは、逃げずにおのれの罪と向き合い、到底償いきれぬ罪を一生かけて僅かずつでも償っていくことだ」
「ま、そーいうことね」

 イリアナは、わりと呑気にうなずいた。

「それに、この国のアホタレ魔族どもをまとめられるのは、あんたくらいしかいないから、あんたにここで死なれたらあたしらも正直困るのよ。あんたが心を入れ替えて真面目に女王やるつもりがあるんなら、それが一番ってわけ」
「あたしに、このままヴァンドールを任せる、と……?」

 ザラは、不安げな表情で視線を泳がせた。

「でも、四天王を失ったいま、あたしひとりでこの国をまとめるなんて、とても……」
「まっ、キビしいでしょうね。だから――」

 イリアナは、ふいに腰に両手を当て、ニヤリと笑った。

「あたしがこの国に残って、宰相っていうの? あんたの右腕になって支えてやるわよ」
『っ!?』

 この場にいた全員が一斉に驚きの表情で魔女を見つめる。

「あたしはあんたには敵わないけど、四天王よりは強いし、頭もキレる。適任でしょ?」
「イリアナ……たしかに、キミがここに残ってくれたら安心だけど……でも、キミだけにそんな重い仕事を押しつけるわけには……」

 旺介が心配そうに言うと、魔女は笑顔でひらひらと手を振った。

「いーのいーの。もともと魔王を倒したらこの国乗っ取るつもりだったし。ここで馬鹿どもをコキ使いながら贅沢三昧の暮らしを送るのも悪くないよ」

 能天気を装うイリアナを見つめて、アンドローズがふっと微笑む。

「……そうか。お前が本当にそれでいいと言うなら、わたしに異存はない」

 ウィレアもうなずいた。

「そうですね。ヴァンドールの無法者どもを束ねるのは、イリアナさんくらいの人がちょうどいいのかもしれませんね」
「なんか引っ掛かる言い方だけど、まあいいわ。……それで、どうするザラ? あたしを雇ってみる?」

 気の置けない友人同士のように、「ザラ」と気さくに呼びかけられた少女は、イリアナを真直ぐ見つめたまま、ぽっと頬を染めた。

「あ、あなたが、そういうなら……」

 ザラがぎこちなく言うと、魔女はグッと親指を立ててみせた。

「決まりねっ! じゃあ、あれこれ準備して一週間くらいで戻ってくるから、それまでにこの城にあたし専用の階と、あたし専用の召使い百人用意しときなさい。でもゴブリンとかオークみたいな馬鹿じゃダメよ? ちゃんと使えるヤツねっ」
「おい、いまの発言はオーク差別……」

 ぼそりと呟く女騎士を無視して、ザラは微笑んでうなずく。

「……うん、わかった」
「よしっ!」

 イリアナは満足そうに笑うと、仲間たちの方へ振り返った。

「んーじゃ、そろそろいこっかっ! ラミネアからも褒美もらわなきゃいけないしっ!」
「……そうだな」

 アンドローズが眠ったままのマークス王子を抱きかかえ、全員で部屋を出ていこうとした、その時。

「ま、まって!」

 ザラが、旺介を見つめて、叫んだ。

「ん?」

 少年が振り向くと、少女はすぐに視線を逸らして、ぎこちなく言う。

「そ、その……あたし、頑張るから……この国をきっと、誰もが幸せに暮らせる、あ、愛のあふれる国にしてみせるから……。そしたら……そしたら、その……いつの日かまた、あたしに会いにきてくれる……?」
「……」

 しばし無言でいた少年は、やがて、ひとつうなずいた。

「うん。いつかきっと、また君に会いに来るよ」
「ほんと……?」
「うん、約束する」

 それだけ言うと、旺介は少女に背を向け、仲間達とともにヴァンドール城を後にした。

 一行が連合軍に割れんばかりの大歓声で迎えられると、旺介はひとり曇天を見上げて、震える息を吐いた。

「やっと、終わった……。これで、帰れるんだよな?」
「ん? どうした旺介?」

 アンドローズが不思議そうな顔でこちらを見ていることに気づくと、少年は曖昧に笑って首を振った。

「ううん、なんでもない」
 
 それから、ふたりは、早くも祝宴の場が用意されつつある大きな天幕へと並んでのんびり歩いていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

異世界漂流者ハーレム奇譚 ─望んでるわけでもなく目指してるわけでもないのに増えていくのは仕様です─

虹音 雪娜
ファンタジー
 単身赴任中の派遣SE、遊佐尚斗は、ある日目が覚めると森の中に。  直感と感覚で現実世界での人生が終わり異世界に転生したことを知ると、元々異世界ものと呼ばれるジャンルが好きだった尚斗は、それで知り得たことを元に異世界もの定番のチートがあること、若返りしていることが分かり、今度こそ悔いの無いようこの異世界で第二の人生を歩むことを決意。  転生した世界には、尚斗の他にも既に転生、転移、召喚されている人がおり、この世界では総じて『漂流者』と呼ばれていた。  流れ着いたばかりの尚斗は運良くこの世界の人達に受け入れられて、異世界もので憧れていた冒険者としてやっていくことを決める。  そこで3人の獣人の姫達─シータ、マール、アーネと出会い、冒険者パーティーを組む事になったが、何故か事を起こす度周りに異性が増えていき…。  本人の意志とは無関係で勝手にハーレムメンバーとして増えていく異性達(現在31.5人)とあれやこれやありながら冒険者として異世界を過ごしていく日常(稀にエッチとシリアス含む)を綴るお話です。 ※横書きベースで書いているので、縦読みにするとおかしな部分もあるかと思いますがご容赦を。 ※纏めて書いたものを話数分割しているので、違和感を覚える部分もあるかと思いますがご容赦を(一話4000〜6000文字程度)。 ※基本的にのんびりまったり進行です(会話率6割程度)。 ※小説家になろう様に同タイトルで投稿しています。

異世界転生漫遊記

しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は 体を壊し亡くなってしまった。 それを哀れんだ神の手によって 主人公は異世界に転生することに 前世の失敗を繰り返さないように 今度は自由に楽しく生きていこうと 決める 主人公が転生した世界は 魔物が闊歩する世界! それを知った主人公は幼い頃から 努力し続け、剣と魔法を習得する! 初めての作品です! よろしくお願いします! 感想よろしくお願いします!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

処理中です...