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二日目

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「こ、殺されるって……誰に?」

 アキが困惑した顔でいうと、老女は長い白髪を振り乱しながら、怒鳴った。

「息子夫婦さッ!!」
「むすこ……? どうして、息子さんがおばあちゃんを殺すの?」
「あんたッ! あたしの言うことば信じとらんやろォッ!」

 老女は、口惜しげな顔で喚いた。 
 
「ほんとのことやけんねェッ! あの子ら、今夜のうちにもあたしを殺すつもりなんやけんッ!」
「ちょっと落ち着いて、おばあちゃん。どうして、そう思うの? ちゃんと説明してくれなきゃ、わかんないよ」
「…………」

 しばらく、車内の若者たちの顔を疑わしそうに見つめていた老女は、やがて、ひとつ息を吐いて、語りだした。

「昨日の夜……あの子ら、おとうさんば連れて、出かけたとよ。佐々木サンとこで集まりがあるって言うて。あたしも誘われたけど、腰が痛かったから断ったと。もう夜も九時を過ぎとったから、こんな遅くからかい? って聞いたら、あの子ら、ニヤニヤ笑うだけで、何も答えんかった……」

 俯きがちに話すうちに、老女の痩せ細った身体は小刻みに震えだした。 

「そんで今朝、あの子らが二人だけで帰ってきたとさ……。おとうさんは? って聞いたら、まだ佐々木サンとこで寝とるって。たくさん酒ば飲んだからって。こんなこと今まで一度もなかったけんね、あたし不安になって、佐々木サンとこ電話しよ思ったら、あの子ら笑いながら、電話はいま壊れとって使えんって……。あたし、すぐわかった。あの子ら、夜のうちに、おとうさんば殺したんだって……」
「ちょ、ちょっと待って。いまの話で、どうして旦那さんが息子さんたちに殺されたって思うの?」

 アキがもっともな質問をすると、老女は後悔のにじむ暗い声で言った。


「おとうさん、これまでも何度か、あたしに言っとったとよ。最近、タツヤたちが恐いって。あいつら、人が変わってしまったような気がするって。もしかしたら、俺はあいつらに殺されるかもしれんって……」

 老女の「人が変わってしまった」という言葉に、レンとリクは素早く反応し、表情を硬くした。

「あたしも、同じように感じとったからね……。近頃のあの子らは、いつもニヤニヤ笑っとるだけで、何を考えとるのかわからん。毎晩、どこかへ出かけて朝になるまで帰ってこんし、昼間はほとんど寝とって仕事もせんし……」
「でも、それだけで、旦那さんが殺されたって考えるのは……」
「それだけじゃなかとッ!」老女は、残り少なくなった歯をむき出した。「近頃、この町であたしらみたいな年寄りが、何人も死んどるとよ。海で溺れた、とか、イモを喉に詰まらせた、とか、理由は色々やけど、先月だけでも、二十人。みんな、それまでピンピンしとったとに……。他にも、急に親戚のうちに行ったとか、福岡の病院に入院したとかで、島で姿を見んくなった人も、たくさんおる……」
「そんな人たちも、実際はみんな家族に殺されたんだと?」

 アキの問いに、老女はうなずいた。

「そうさ。頭のおかしくなった島の若い連中が、あたしら年寄りを皆殺しにしようとしとるとよ……」
「……」

 アキは、お手上げだ、と言いたげな目で男性陣の顔を見回したあと、老女に優しく話しかけた。

「ねえ、おばあちゃん。ほんとにそう思うなら、わたしたちなんかじゃなくって、ちゃんと警察に相談したほうがいいんじゃない?」
「ダメッ!」老女はぶんぶんと首を振った。「島の駐在も、もう連中の仲間やけんね。そんなことしたら、自分から殺してって言ってるようなもんさ」
「…………」

 アキが面倒臭そうに、ウェーブした髪を片手でくしゃくしゃすると、それを見た、老女は怒りに顔を歪めた。

「あんたら……あたしの話を信じてないとやろ? あたしのこと、頭のおかくなった年寄りだと思っとるとやろ?」
「いや……」

 少なくとも、レンとリクは老女の話を真剣に聞いていたものの、さすがにこの島の住人が次々に自分の家族を殺している、という話をそのまま信じることはできなかった。

 若者たちが、さてどうしたものかと顔を見合わせていると、ふいに、コン、コン、とクルマの窓ガラスが控えめに叩かれた。
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