道参人夜話

曽我部浩人

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第六夜   疱瘡婆

終章 素敵なオジさん

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 美里は持っていた見舞いの花束を落としてしまった。

 ベッドにはいつものように律子りつこがいる──でも、今日は横になっていない。

「はい美里みさと、久し振り! 久し振り? 久し振りでいいんだっけ?」

 律子はベッドの上にあぐらをかいて腕を組み、難しそうな顔で首を捻った。

「いや、なんかすっごい長く寝てたような気はするんだけどさ。起きてみたらテレビつけてもカレンダー見ても春休みになってんじゃん? アタシそんなに寝てた? なんだっけ、そんな昔話なかった?」

 驚きのあまり声も出ない美里だが、律子の様子はつぶさに観察した。
 長い期間、寝たきりだったので身体が痩せ細っていたはずだ。

 なのに、今の律子にそんな様子は見受けられない。

 顔色は以前のような血色を取り戻しており、両手も軽々と動かして雑誌や新聞の日付を確認している。今にもベッドから飛び出しそうな元気の良さだ。

 ──何より劇的な変化・・・・・がもうひとつあった。

「っていうかアタシ何で入院してんの? 最後の記憶が文化祭の準備でストップしてるんだけど……こういうのってなんて言うんだっけ? タイムストリップ?」

「……それ、タイムスリップじゃない?」
「そうそうそれそれ! さっすがアタシの親友! ナイスツッコミ~♪」

 律子に親友と言われた途端、美里は泣き出しそうになってしまった。

「で、でも私……律子のこと……ア、アバター女って……」
「ん? ああ、言われちゃったねそんなことー。一寝入りしたらすっかり忘れてたわ。ナハハハハハ♪」

「…………え?」

「いーじゃん、罵り合いなんてアタシらの仲じゃいつものことでしょ。アタシだってあん時、美里のことを『貞子さだこ出来損できそこない』って言ったんだからさ」

 確か、律子にそう言われた。だから勢いでアバター女と言い返したのだ。
 考えてみれば友達なんだから口喧嘩なんてよくあることだった。

「律子、私ね………」

「そんなことよりさー、リツコさん何があったかさっぱりなんですけど? 美里もアタシの親友ならそこらへんの説明を……うわっ、なにこのボサボサヘア!? 我ながらメチャクチャウザいんですけど!?」

 入院中に伸びた髪を律子は掻きむしっていた。

 だが、彼女はまだ気付いていない。何より驚くべき変化を──。

「ねえ、律子……もしかして気付いてないの?」
 美里は手鏡を出すと、律子に見せた。

「気付くって何のことよ? え? なにこの鏡? 自分のつらを見てみろっての? 別にいつも通りで……あらやだ、こちらにおわす美少女はどこのどなたさまかしら……ってアタシかよおいっ!?」

 驚くのも無理はない──頬のあざが跡形もなく消えているのだ。

「なんでどーして!? アタシのダーティなチャームポイントはどこに旅立っちゃったのよー!? アザさんカムバーック!?」

 驚いているのか感動しているのか残念なのか、律子は消えたあざを探していた。
 美里はこんな奇跡を起こせる人物に心当たりがあった。

 ──もしかして……信乃しの先生?

 あの背が高くて、胸が大きくて、まるで女神様のような男装の麗人。
 オジさんが連れてきてくれた、不思議な力を使えるあの人なら……。

 ふと美里は、律子の枕の元にある封筒に気付いた。

「律子……どうしたの、それ?」

「ああ、これ? さっき目を覚ましかけて寝ぼけ眼でいたらさ、枕元に変な人たちがいたんだよ。お見舞いの誰かだったのかな? ふたり連れだったんだけどさ、その片割れが置いてった」

「それ……どんな人たちだった?」

「えーとね……片方は背が高くって物凄いナイスバディだけど男物の服着たオネーさん。もう片方は悲惨ひさんなくらいチビで目付きが悪くて渋い声で話すお坊さん」

 もう間違いようがない。
 そんなアンバランスなコンビ、この世に二組といないはずだ。

 あの二人がまたお見舞いに来て、きっと律子を治してくれたのだ。

 感謝の気持ちでいっぱいの胸の鼓動を抑えていると、律子がおもむろに封筒を手にとって渡してきた。

「そうそう、そのちっこいお坊さんが『これを貴方の一番のお友達に渡してやってくだせえ』とか言ってたからさ、美里に渡しておくよ。一番の友達っつったら他にいないしね」

「え…………あ、うん、ありがと」
 一番の友達と言われたことに素直に喜びながら封筒を受け取る。

 厚みのある封筒には現金三十万円と手紙が入っていた。
 この三十万円にも心当たりがある。

 幽谷響やまびこに依頼料として支払った──なけなしの三十万円だ。

 幼い頃からコツコツ貯めてきた美里の貯金、その全額である。
 同封されていた手紙にはこう書いてあった。

『こいつはいただけやせん、お友達を大切にしてくだせえ~オジさんより』

 思わず涙がこぼれそうになった。
 あの人は……幽谷響は凄いだけのオジさんじゃなかったのだ。

「ねえねえ美里さーん、そろそろ何があったのはリツコさんに説明してよー。なんで寝て覚めたら半年近くも時間を無駄にしてた……うわっぷ!? なしていきなりの抱擁!? どういうルート展開ですかこれ!?」

 美里は感激のあまり、律子に抱き着いていた。



「うん、何があったか教えてあげる──まずは素敵なオジさんについて!」


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