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第20章 ハンティングエンジェル オンステージ!
第497話:アステカ兄やんと極道じいちゃん?
しおりを挟むドラコの咆哮が三つ首の龍の顎を借りて放出される。
滅びをもたらす真紅の疾風は渦巻き、黒い稲妻の姿を借りた爆裂をまとい、破滅的なエネルギーの奔流となって南海の空を駆け抜けた。
狙うは300m級の巨体を有する、2体の大きな深きものども。
――父なるダゴンと母なるヒュドラ。
深きものの祖と言われる神格存在なのではないかと目される巨大な半魚人たちを捉えた赤きドラゴンブレスは、瞬く間に彼らの肉体を蒸発させた。
大量の海水も巻き添えとなり、爆発的な蒸気まで吹き荒れていた。
塵さえ焼き尽くす破壊力を叩き出している。
ドラコは一瞬で“気”を増大させ、莫大な闘気を練り上げた。
それを波動砲よろしくすべてを滅ぼす爆裂激流にして吐き出したのはわかるが、これだけのパワーを用立てた手段は独特だった。過大能力によるものには間違いないのだが、エネルギーの無限増殖炉となる系統ではない。
この系統の過大能力の持ち主はツバサを含め数人。
ツバサは大自然、ミサキは龍脈、穂村組のゲンジロウは焦熱、穂村組のレイジは極寒……それぞれ属性エネルギーの根源となれるものは異なる。
イケヤの光はまたちょっと性質が違う。
彼は「光の根源になる」のではなく、「自らが光になる」能力。
漫画好きな仲間からは有名な作品に登場する能力に肖って「ピカ○カの実」と呼ばれていた。当人もそれを参考にしている節があった。
ドラコの過大能力も一見すると無限増殖炉の系統かと思わせる。
だが、本質的にはまったくの別物だ。
まだ予測の域を出ないが――ドラコの能力は恐らく強化系。
しかも些細な強化ではない。
レミィの過大能力は知覚領域を絶対零度の氷雪で支配するもの。
マルカの過大能力は自身と同等LVの化身を複数用意できるもの。
そしてドラコの過大能力は、自身の脅威度を敵味方問わず認知させた分だけ自分に強化を上乗せできるもの。しかも、その強化には素晴らしい拍車が付く。
通常の何倍もの強化という恩恵を得られるらしい。
それを純粋な攻撃エネルギーに変換しているのだ。
レミィやマルカの過大能力もチート級だが、ドラコの過大能力はシンプルなのに底知れない潜在能力を秘めている気がしてならない。
彼女こそハンティングエンジェルスの主砲。
戦闘における主戦力を任されたメインアタッカーなのだろう。
ナナは先ほどから鳥型戦艦の操作を一任されていた。彼女はあの艦を建造した工作者であり、仲間たちをサポートする後衛に徹していた。
推測の域を出ないが、恐らくナナの過大能力は工作系なのだろう。
だから無理をして戦闘には参加せず、飛行戦艦の操艦に重きを置いていた。
――VRMMORPG時代。
ドラコとレミィが前衛として立ち回り、マルカが中衛として前衛が処理しきれない部分を埋め、ナナが後衛として前にいる三人の補佐として動く。
異世界転移しても4人の役割分担は変わらないようだ。
『よっしゃあ、いっちょ熱い曲でもぶちかましとこうかあッ!』
――燃えろ! 三千世界!!
気持ち良く吠えたことでテンションが上がったドラコは、ハンティングエンジェルスの持ち曲でもアッパーかつ攻撃的なロック調な曲を歌い出した。
レミィたちも付き合うように声を揃えていく。
攻撃の手を抜かず、深きものどもを駆逐し、艦体の操作も忘れない。
――歌いながら戦っているのだ。
戦闘中に歌うアニメキャラがいたと蘊蓄好きの友人に聞いたことはあるが、まさか実演してくれるアイドルを目の当たりにする日が来るとは……。
ドラコの歌声は大音声で南海に轟き渡る。
物理的な攻撃力さえありそうな音質に深きものどもは震え上がる。
すると、ドラコの“気”が天井知らずで爆増していった。これを艦内のエネルギー配管を通して外の三つ首ドラゴンヘッドに回していく。
解き放たれるは、疾風をまとう爆裂の威力を持った滅びの奔流だ。
それはレミィの冷気が凍らせて、マルカの化身が蹴散らした深きものどもにトドメを刺すばかりではなく、続々とやって来る増援すらも吹き飛ばした。
無尽蔵に湧いてくる深きものどもの大軍勢。
それを前にしてハンティングエンジェルスは一歩も退かない。むしろ押し退けて押し返して、全滅させかねない反撃でやり返していた。
アイドルをやらせておくのが惜しくなるくらい、徹底的と評したくなる苛烈な戦いっぷりだ。もはや殲滅戦の様相を呈している。
恐らく、彼女たちは幾度となく経験してきたのだろう。
『この半魚人どもはこれくらい痛い目に遭わせないとわからない!』
手加減無用の攻撃がそれを物語っていた。
傍観していたイケヤは賞賛の声を跳ね上げる。
「ハッハー☆ もうあの子たちでいいんじゃないかなー☆」
「そう言いたくなるのもわかります」
隣に並んでいるエンオウも同意するように頷いた。
素肌へ直接ギンギラギンの金ピカスーツを着た二枚目半のホストと、2mの体格にボア付きのフライトジャケットを羽織った大柄な武道家。
エンテイ帝国 輝公子 イケヤ・セイヤソイヤ。
水聖国家オクトアード 客将 エンオウ・ヤマミネ。
ツバサの指示で予備戦力として出撃を要請された2人は、飛行母艦ハトホルフリートの甲板でしばらく待機していた。
鳥型戦艦の出方次第では臨機応変に対処する。
艦橋同士のやり取りはフミカの通信を介して2人に伝えており、鳥型戦艦に乗っているのがハンティングエンジェルスで、尚且つ協力を求めてきたことはイケヤもエンオウも確認できていた。
イケヤは手元のスマホサイズな小型スクリーンで再確認する。
「……ってことはだよ。あの鳥さん戦艦のカワイコちゃんたちとは仲良くなるから、あっちへの心配はもうないよね☆ ボクたちは先に出張ってた少年少女を手伝って、あの半魚人軍団を倒せばOKってことになるのかな?」
「はい、それでいいと思います」
エンオウも詳細はわからず概要しか掴めていないよう顔をしているが、イケヤが簡単にまとめたこれからの行動指針に相槌を打った。
『あ、ちょっと待ってほしいッス!』
これにフミカは通信越しにストップを掛ける。
そして、お願いするかのように追加注文を頼んでいた。
『できればお二方にはあのマッスルな筋肉砲塔を片付けてもらいたいッス! 先行した6人やハンティングエンジェルスの皆さんも深きものども諸共やってけてみるみたいッスけど、なるべくメインで撃破してくださいッス!』
イケヤは人差し指と親指で○を作り、エンオウは太い首を頷かせる。
「全然OK☆ 承りましたー☆ あのマッスルバズーカ……ヤバめなの?」
「半魚人たちより危険視するべき代物なんですか?」
それぞれに疑問を投げ掛けるとフミカは神妙な面持ちになった。
『あいつら――ショゴスです』
ショゴス? とイケヤは鸚鵡返しに首を90度傾けるが、エンオウは思い当たる節があるのか「ああ」と声を上げてから続けた。
「クトゥルフ神話に登場するスライムの元祖みたいな怪物でしたっけ? 不定形だけどどんな形にもなれる肉の塊で……」
エンオウの説明の途中だが、フミカはビシリと指差した。
『まさにそれッス! あいつら放置しておくとガチでヤバいッス!』
かつて高度な文明を築いた――古のもの。
海百合に翼を生やしたような外見をした独立種族である。
一時期クトゥルフと覇権争いをしたほどの力を持つ彼らが、“全ての生命の源”ウボ=サスラの細胞から生み出したとされる生命体。
――それがショゴスだ。
見た目は絶えず流動して形が定まらない肉塊。
状況に応じて手足や目鼻耳などの器官を作り出し、主人である古のものの命ずるままに働く従者だった。ショゴスは古のものにとっての労働力。奴隷であり、乗機であり、重機であり、家畜であり……そして食料でもあったらしい。
ショゴスの知能は低く、命令通りに働く動物に過ぎなかった。
だが、「どんな形状にも変形させられる万能細胞」の発展性は凄まじく、目覚ましい勢いで進化する可能性を秘めていた。
長きに渡る奴隷生活の果てに“脳”という器官を作り出したショゴスは思考による自我を得ると、古のものに隷属する立場に疑問を持つようになった。
我思う故に我あり――自立を促された意識は改革を求める。
やがて古のものが種として衰退をした頃に叛乱を起こした。
古のものは最初こそ鎮圧に成功するものの次第に圧倒されていき、ついにはショゴスによって滅亡寸前にまで追い込まれてしまった。
それでもショゴスの大半を地の底に封じることに成功したので、相討ちと見ていいだろう。以後、古のものは僅かな生き残りが僻地で細々と暮らすようになり、ショゴスも封印を免れた極少数が各地に散っていったという。
「……そんな話をモミジに聞きました」
エンオウの許嫁であるモミジは自他共に認める魔女。
フミカやプトラほどのクトゥルフ神話愛好家かどうかは知らないが、一流オカルティストとしてショゴスの来歴くらいは知っているはず。
エンオウはどこかで彼女から伝え聞いたのだろう。
まさしくソイツッス! とフミカは我が意を得たように繰り返す。
『ほとんどのショゴスは塩漬け封印されたことになってるッスけど、封印されなかったり他の種族がショゴスの細胞を持ち出して自家培養したりと、不穏な噂が後を絶たないッス! 特に厄介なのが深きものども!』
連中はショゴスを兵器として育ているという噂があるらしい。
事実インスマスでは、深きものどもの暗躍を知るザドック老人がショゴスの脅威について何度となく言及しているほどだ。
「兵器ねぇ~☆ だとしても生身でレーザーとかミサイルは……」
やり過ぎじゃない? とイケヤは南海を見下ろした。
まだ凍っていない海面からはともかく、レミィが凍てつかせた氷河のような氷をも突き破って、雄々しい筋肉製の砲塔が競り上がってくる。
口々に吐き出すのは、レーザー光線に生体ミサイル。
その一発一発が飛行船艦の防御スクリーンを揺るがす威力を持っていた。
『そうなんスよ! 現状でやり過ぎなんです!』
フミカが事の重大さを焦りながら捲し立てる。
『あれがショゴスだとしたら、現時点でウチらの兵器に追いつけ追い越せの威力を叩き出せる兵器に仕上がってるッス! このまま野放しにしたら……』
「そのうち地球破壊爆弾とか作れちゃいそうだね☆」
「まだ進化の途上だとしたら……今後は考えたくありません」
イケヤとエンオウの返事にフミカは念を押す。
『そーゆーことッス! なので優先的な排除をお願いしたいッス!』
それはもう――根絶やしにする勢いでだ。
イケヤは「りょーかい☆」とウィンク付きの軽い調子で敬礼するのに対し、エンオウは「承知」と口数少ない返事で請け負った。
太い指をボキボキ鳴らしてエンオウは戦闘準備を始める。
ふーむ、と唸るイケヤも首を左右に倒してペキパキ鳴らしていた。
「ところでエンオウくん☆ パーッとド派手な攻撃で目眩まししながら攪乱させつつ致命攻撃を入れていくのと、ドカーンと一発まとめて吹っ飛ばす大技……」
どっちが得意? とイケヤはエンオウに尋ねた。
エンオウは軽く視線を上に向け、少し考えてから答えを出す。
「それは……後者ですね」
小細工の聞いた小技もできる器用さを併せ持つエンオウだが、どちらかと言えばデカい図体に見合ったパワフルな技が得意なのは持ち味だ。
しかも一撃必殺ならぬ一撃虐殺を成し遂げる。
深きものども程度ならば赤子の手をひねるようなものだろう。
「オーライ☆ ボクは前者が得意だから話が早いね☆」
イケヤは立てた人差し指と中指を振ると飛行系技能で甲板から飛び立ち、中天の太陽を目指すようにグングン上昇していく。
燦々と輝く日輪を背負ったところで自身も光り輝いた。
誰もが瞼を降ろす目映い閃光。当然、注目を一身に浴びることとなる。
瞬きする瞼がない深きものどもは殊更に鬱陶しそうだった。
「はぁーい☆ 半魚人のみなさーんちゅーもく☆」
イケヤは両手を広げるように突き上げ、全身で“Y”の字を描いた。
どことなく太陽を「万歳!」と讃えるようなポーズだ。
君たちの敵はここにいますよー☆ とイケヤが大胆アピールをすれば、深きものどもも無視できない。しかし、相手は二隻の飛行戦艦よりも上空におり、水棲生物である彼らの間合いからは距離が離れすぎていた。
仲間を投げても、口から高圧水撃を吐いても届きはしない。
こうなると筋肉の砲塔に頼らざるを得なかった。
射程距離がありそうなレーザー光線の集中砲火をイケヤに浴びせる。
防御力満点の飛行戦艦を傾かせるレーザー砲が一点に集中、その破壊力は何十倍にも増幅されるはずだ。神族や魔族でもあっという間に消し炭である。
その光線をイケヤは吸収した。
過大能力──『光って輝いて煌めいてしまう男前☆』
イケヤ自身が光そのものになれる能力。
先に述べた無限増殖炉系の過大能力ほどではないが、光であればどんな種類のものでも取り込み、自身の光に増幅できる応用性を持ち合わせている。
生体レーザー光線であろうと例外ではない。
「エネルギー提供どうもー☆ おかげさまでチャージは十分でーす☆」
身の内に取り込んだレーザーの光によって、イケヤの発する輝きは更に光束を増していった。光源であるイケヤから発散される光度は既に何億カンデラに達しているのか、南海を照らす照度も目が潰れんばかりの強烈さだった。
(※ルーメン=光源から放射される光の量。カンデラ=光源から出ている光の強さ。ルクス=照らされた場所に注がれた光を表す数値)
そんなイケヤから光の泡が生じる。
夜空に浮かぶ満天の星空のように煌めいていた。
ひとつひとつの大きさはピンポン球からソフトボール大までと様々、無数の光球はそれぞれが恒星にも匹敵する熱量を蓄えているようだ。
「んじゃお返ししましょーか☆」
サンシャインダート! の掛け声とともにイケヤは光球を解き放つ。
切り裂くような白い軌跡を残して光速で飛び交う光球の群れは、中空に幾何学的な模様を描いて南海へと降り注いでいった。
そして、筋肉製の砲塔を四方八方から攻め立てる。
照準を合わせる眼球、砲塔を支える太い筋、エネルギーを溜める臓器。
筋肉製の砲塔にとって重要な部分に直撃すると、光球の熱で肉を焼き焦がしながら貫通し、速度と威力を落とすことなく宙にまた幾何学模様を描いて舞い戻ってくると、何度でも砲塔の重要器官を狙い澄ますように命中していく。
果てることのない追撃を敢行していた。
「その光球たちはエネルギー切れになるまで君たちを狙うよー☆」
悪しからず☆ とイケヤは悪夢めいた補足を加えた。
これには深きものどもを動揺させるが、それよりも繰り返し肉を焼かれる筋肉製の砲塔たちをみっともないくらい狼狽させていた。
砲塔は筋肉を焼き穿つ痛みに戦慄いていた。
《テッ……テケリ=リィィッ!?》
奇妙な鳴き声も悲鳴じみたものとなっている。
この独特な鳴き声こそがフミカ曰く「ショゴスの証拠ッス!」らしいので、この筋肉砲塔たちは深きものどもが培養したショゴスの可能性が高い。
だとすると――この程度ではくたばるまい。
外なる神の細胞から生まれた彼らには人知を超えた不死性がある。
限りなく不死身に近いはずだ。
多少削いだり焼いたりしたところで、他の肉を盛り上げて傷を埋め合わせてしまうだろう。身を焦がす激痛に上げる悲鳴こそ派手だけど、全身を激しく蠢動させることでショゴスたちは耐えているようだった。
効いてないぞ! と主張したいのかレーザー砲で反撃してくる。
「はーい☆ ゴチになりまーす☆」
何条ものレーザー光線をイケヤは嬉々として取り込んだ。
お返しとばかりにまた光球を作り出してばら撒くイケヤだが、先ほど彼が宣言した通り、これは目眩ましを兼ねた威嚇に過ぎない。
深きものどもやショゴスの注意を引きつける。
攻撃ではあるものの力の入れ方はジャブ程度。どちらかといえばパフォーマンス色が強く、この追加攻撃を繰り返す光球で連中を仕留めるつもりはない。
本命はエンオウに任せているのだ。
「メインディッシュの完成までもう少しお待ちくださいねー☆」
軽口を叩くイケヤより――遙かに高高度の上空。
そこでエンオウが準備を進めていた。
イケヤが目立ちながら飛び立つと同時に、エンオウは隠密系技能をいくつも使ってステルス状態となり、更に上空まで飛び上がっていた。
太陽の輝きに身を潜めつつ、イケヤの煌めきに隠れていたのだ。
おかげで深きものどももショゴスも気付いていない。
エンオウは鍛えた太い両腕を頭上に突き上げ、その先に太陽と見間違えるほどの大きな“気”の玉を練り上げていた。
無論、ただ“気”を凝らして球体にしただけではない。
破壊力を注ぎ込んだ殲滅仕様の気功波である。
既に大きさはガスタンクを越え、直径100mくらいはありそうだ。
艦橋から眺めていたバンダユウが声を上げる。
「おおっ、元○玉じゃねーか懐かしいなおい。完成度も高ぇし」
「エンオウがやるとまんま○気玉みたいなもんですよ」
昔のアニメキャラの必殺技を思い出すバンダユウに合わせて、ツバサもエンオウが持つ過大能力の効果が似ていることに思い至った。
エンオウの過大能力――【九天に満ちる遍く気は我が竅へ集え】。
森羅万象の“気”を我が物とする能力。
人間には身体の正中線に添って、頭頂部から股下までに七つの“気”の集積回路がある。臍のすぐ下にある脾臓の丹田は有名だろう。
中国系ならば竅といい、インド系ならばチャクラと呼ぶ。
気功を扱う者はこのチャクラを回して自らの内なる“気”を養うのだが、エンオウの実家である山峰一族は仙道に基づいた天狗の家系であり、従来の気功では満足しようとしない野心家でもあった。
より強大な“気”を得るために――更なる集積回路を回す。
自然界の気を取り込む外気功という術がある。
これを山峰一族なりにアレンジして莫大な“気”を養おうと試みた。
大地を八番目――天空を九番目。
それぞれを己がチャクラに見立て、森羅万象の“気”を我が物とする。
これを神族の境地にまで引き上げたのが、エンオウの過大能力である。現実世界でも同じことはできていたから単純にパワーアップ版とも言えた。
無限増殖炉系の過大能力とは一味違う。
しかし自然界の“気”をいくらでも取り込めて自由にできる点では、無尽蔵に近いエネルギーを使い放題なので相通ずるものがあった。
――世界から“気”を集める。
あの有名な格闘キャラの必殺技である元○玉も原理はほぼ同じなので、ツバサは「まんま○気玉みたいなもん」と例えたのだ。
太陽みたいな“気”の玉もこの過大能力で拵えられたもの。
エンオウは“気”を凝らして気功波の玉を練り上げていくが、そろそろ街のひとつやふたつは収まりそうな直径に達しつつあった。しかも単に大爆発を引き起こす爆弾みたいな“気”が練られているわけではない。
滅多なことでは崩れない剛体性。
ありったけの“気”を限界を忘れるかのように練り固め、執拗と言いたくなるほど密度と硬度を上げていた。重量も同サイズの鉛より重いはずだ。
そして、気功波の玉は妙に毛羽立っている。
細かいところまで観察すると、鋸の刃みたいに細かい突起で覆われており、それが球体の表面を縦横無尽に高速で動き回っていた。
「…………こんなものかな」
超特大の玉となった気功波をエンオウは放り投げる。
「噛み千切れ――羅喉星」
堅物なエンオウだが技名は付けていたらしい。
毛羽立った気功波の玉は凍りついた南海に落下するも、大爆発を起こすことはなかった。そのままゴロゴロと転がっていき、深きものどもやショゴスの筋肉砲塔を手当たり次第に押し潰していく。凍っていても生身でもお構いなしだ。
ただ押し潰しているだけではない。
表面の鋸状突起が高速回転し、触れるものを見境なく擂り潰していた。大きさと重量も相俟って、一度でも鋸の刃に噛まれたら逃げられない。
不死身の再生能力を持つであろうショゴスさえもだ。
ミンチになるまで引き裂かれれば、さすがに復活できないらしい。
羅喉星と名付けられた“気”の大玉は回り続けている。
凍りついた海ごと深きものどもやショゴスを削り殺し、海中に入っても沈むことなく遊泳し、一匹でも多くの筋肉砲塔を破壊していった。
その威容は例えるなら――球形のシールドマシン。
(※シールドマシン=トンネルを掘るための大型掘削機。固い地盤であろうとも特大カッターの回転により削りながら掘り進む)
どうやらエンオウがコントロールできるらしい。
山峰一族として、これくらい出来て当たり前といいたいところだ。
《テケリ=リィィィッ! テケリ=……ッ!?》
羅喉星が突き進む度、ショゴスの悲鳴が立ち上る。
悲痛な叫びが木霊するとエンオウは浮かない顔で眉を顰めた。
「……悪いな」
口を突いて出たのは、謝罪と受け取られてもおかしくない一言。
エンオウは武道家として完成しつつある。
それは幼少期から縁のある後輩としてシゴキにシゴいてきた先輩のツバサも認めるどころだが、精神面にある種の短所を抱えていた。
この男――優しすぎるのだ。
女子供に手を上げられない優しさから、アシュラ八部衆に名を連ねられない過去もそうだが、どんな悪党や外道でも幾許かの憐憫を掛けてしまう。
早い話、甘ちゃんなのだ。
こればかりはツバサでも矯正できなかった。生まれついた性分である。
それでも口が酸っぱくなるまで言い聞かせてきた。
ツバサが艦橋越しであろうと鋭い眼光を「ギン!」と飛ばせば、それが届いたのか小さく肩を震わせたエンオウは口元を引き締めていた。
先輩の威光を感じて気構えを改めたらしい。
「別次元の侵略者とはいえ……往生際に泣くだけ感情がある者たちを虐殺するのは気が進まないが……見逃すわけにもいかないしな」
――情けは切り捨てさせてもらう。
羅喉星はこれまで以上に加速して蕃神の眷族を蹂躙していく。
イケヤとエンオウの青年組の活躍により、新たに現れたショゴスの脅威は対策できそうだ。艦橋のツバサはほんの少し胸を撫で下ろした。
~~~~~~~~~~~~
「……その胸を撫で下ろせないんだが」
ツバサは押し上げられた超爆乳をジト眼で見下ろす。
艦橋中央に立ったツバサは、メインスクリーンを始めとした複数のスクリーンに映し出される戦況を具にチェックしていた。
六人の若武者も青年コンビも奮戦してくれている。
誰もが獅子奮迅といった戦い振りだ。
なので特別指示することもないのだが、どこかに穴があって万が一の危機が訪れないとも限らない。だからこうして不測の事態に備え、自分たちがいつでも動けるように待機していた。
戦況のチェックを欠かさないのも慎重派なツバサゆえだ。
青年組は放任しても大丈夫だろう。どちらもいい大人だし判断力もあり、ちょっとやそっとではへこたれない打たれ強さを持っている。
ツバサがシゴいてきたエンオウなど折り紙付きの頑丈さだ。
百万回殺しても殺しきれない丈夫さを保証できる。
しかし、六人の若武者は他人様から預かった大切なお子様たち。遠征という任務に駆り出したとはいえ、あまり無理無茶無謀なことはさせたくない。
ツバサは引率者みたいな責任感を抱えていた。
もしも怪我でもさせたら内なる神々の乳母まで卒倒しかねない。
――お母さんは心配性なのだ。
「誰が心配性のお母さんだッ!?」
「でもセンセイ、みんなの心配するお母さんみたいですよ?」
ツバサの決め台詞にも慣れたのか、マリナは大してビビらずに言い返してきた。上目遣いな表情を見てやりたいが、あいにく乳房に遮られていた。
マリナはツバサの前に立っている。
正確にはツバサの胸の下におり、両手を上げて神々の乳母の超爆乳を持ち上げるように支えているのだ。当人的にはお手伝いのつもりらしい。
フン! と鼻息も荒くマリナは意気込む。
「センセイの重すぎるメガトン級おっぱい支えてあげます!」
「重すぎるもメガトン級も大きなお世話だ」
「今日は忙しくてハトホルミルクの搾乳もまだだから一際重く……」
「シャラップ、いらんこと言うんじゃないの」
ツッコミを入れるツバサだが、マリナの好きにさせておいた。
子供でなければセクハラ案件である。
実際のところ、重い乳房を支えられると少し楽になるのは事実。なのでスキンシップめいた子供の戯れだと大目に見ていた。
「心配するのは当たり前だろ。自分家の子だって余所の子だって……」
お母さんとはそういうものだ、と自爆しそうになったツバサは口を噤む。眉根を寄せて顰めっ面になったまま話を続ける。
「ミサキ君にしろカズトラにしろヨイチ君にしろレンちゃんにしろアンズちゃんにしろランマル……はちょっと雑に扱ってもいいか。余所様の家の子に何かあったら大変だ。況してや本物の戦争に駆り出しているんだからな」
――保護者は子供の身を案ずるもの。
特に六人の若武者はみんな他陣営からの預かり物なので尚更である。カズトラに関しては保護者であるアハウが同行しているとしてもだ。
「子供たちを大切にしろと囁くんだよ……俺の中の母性本能がな」
「センセイ、やっぱりお母さ……ぷぎゅる」
まだお母さん呼ばわりしようとするマリナの頬を両手で押し潰してやる。そのままグニグニとパン生地でもこね回すように撫でてやった。
「しっかし……全然減らないね半魚人軍団」
喫緊の問題を切り出してきたのは意外にもミロだった。
口にした話題こそ真面目だが、その行動は褒められたものではない。
「おまえはそろそろ尻ドラムやめろよ!?」
「えー? せっかく調子出てきたのに? みんなのウケもいいのに?」
叱りつけるツバサだがミロは不服そうだった。
ツバサの後ろに回ったミロはちょっと前屈みになると、ツバサの超安産型な巨尻を両手でペシペシ叩いて拍子を取っていた。
先刻からドラコたちが熱唱する“燃えろ三千世界!”。
いつドラム演奏の技能を習得したのか、その曲調を完全に耳コピすると彼女たちの楽曲に合わせてツバサを巨尻を叩いているのだ。
尻肉を叩いているだけなのに音階はバッチリなのが腹が立つ。
叩かれれば弾むツバサの巨尻。
地母神になったことで子を宿すために広がった骨盤。
そこに鍛え上げた大臀筋がまといつき、女神化により増量した女性的な皮下脂肪でたっぷり覆われたため、しっかり身が詰まっているのは間違いない。
叩けばいい音で鳴るのかも知れない。
しかし、打楽器にされるとは夢にも思わなかった。
アホの子なミロに影響されたマリナまで、テンポに合わせて超爆乳をポヨポヨと弾ませている。肉感的なオノマトペはドムンドムンだが……。
おかげでバンダユウに「眼福!」と拝まれてしまった。
「確かにウケはいいけども……ッ!」
何故かハンティングエンジェルスまで大喜びしていた。
通信チャンネルを繋げたモニターは開いたままなので、お互いの艦橋の様子が手に取るようにわかる。そのため彼女たちが歌ったり楽器を持ち出して演奏している場面も、ツバサたちはスクリーン越しに見ることができた。
アイドルの生配信ライブを観覧している気分だ。
マリナにおっぱいをオモチャにされているところや、ツバサの巨尻を使った渾身の尻ドラムを演奏するミロの様子もあちらに筒抜けである。
これが非常にウケた。いやもう呆れるくらいに……。
『ツバミロ……てぇてぇ♡』
『ツバマリ……てぇてぇ♡』
『ツバミロマリ……てぇてぇ♡』
『もう面倒だから……全部まとめててぇてぇ!』
「アンタら“てぇてぇ”って言いたいだけだろ!?」
我慢できずツバサは声を荒らげてしまった。
ドラコもレミィもマルカもナナも、歌や演奏の合間を見付けては「てぇてぇ♡」とVRアイドル業界でよく用いられるスラングを口遊んでいた。
尊いをおもいっきり訛らせて――てぇてぇ。
主に女性のVRアイドル同士が仲良くしている場面を見て、視聴者がコメントしたことでネットスラング化したようだが、言い出しっぺはもっと昔からあちこちで言ってたらしい。それがVR界隈でまた広まったとのこと。
ツバサと娘たちの触れ合いも“てぇてぇ”らしい。
「そういやVRMMORPG時代、配信コメントにもあったなぁ……」
「…………てぇてぇ♡」
「燻し銀な声で無理やり可愛く呟かないでください、バンダユウさん」
ここで言っとかなきゃ損だろ、とバンダユウは極太煙管をプロペラみたいに回しながらカラカラ笑っていた。煙管で一服してから話を戻す。
「てぇてぇもいいが、ミロちゃんの懸念だ」
半魚人どもがちっとも減らねえ、とバンダユウは再確認する。
「蕃神の眷族ってのはメチャクチャ数が多いと相場が決まってるようだが、この数はちと異常だぜ。なんぞ裏があるんじゃねえかと勘繰りたくなる」
「繁殖力がおかしい、とは聞いてましたけどね」
「おかしいっていうか狂ってるレベルッスね」
ツバサが賛同すると制御盤を操作するフミカも参加してくる。
深きものどもの生命力については彼女から聞いたのだ。
外的要因でない限り死なない不老不死の肉体を持ち、人間と同じように年中無休の繁殖期で繁殖率も高く、ある程度の高等生物ならば種を選ばず混血児を作り、その子が同族になるどころか子々孫々まで深きものに変異する。
改めて特徴を並べてみたが反則みたいな生命力だ。
少なくとも、地球や真なる世界の生物学では理解不能である。
「あのふざけた生命力さえあれば、あの巨体も数もまあ不思議ではないんじゃないかな……とか納得しちゃいそうなんスけどね」
それでもバンダユウは不審を訴えた。
「しかし、水平線の彼方まで埋め尽くすってのは穏やかじゃないな」
数を増やすカラクリがあるのではないか? と疑っているらしい。蕃神の眷族ならば常識はずれな方法で増殖してても有り得ない話ではない。
訝しむバンダユウとフミカが議論へ入る直前。
「――塒を見付けたいな」
おもむろにアハウが鋭い声で口を挟んできた。
「アハウさん、塒って……?」
先ほどバンダユウと一緒に小さい声で「てぇてぇ……」と呟いていたのは見逃すとして、ツバサはもっと切り込んだ説明をアハウに求めた。
「そのままさ――深きものどもの塒、あるいは巣だよ」
彼らも生物には違いない、と前置きしたアハウは語り始める。
「これだけの数の同族を産めよ増やせよで揃えたことといい、ショゴスという生体兵器を飼い慣らすことといい、魚や蛙に酷似した外見や生態といい……どこかに大きな営巣でも作っていて、そこを拠点としているに違いない」
もしくは――植民地というべきか?
別次元から訪れて真なる世界へ入植するつもりなのかも知れない。
フミカも【魔導書】で情報の裏打ちをしていく。
「確かに……深きものどもは海底に都市を築いて優雅に暮らしているみたいッスからね。よく話に上るのが海底都市イハ=ントレイ。それに偉大なるクトゥルフが眠るという都市ルルイエにも侍っているそうですし……」
他にも海のあちこちに海底都市を建築しているかも知れない。
ここで腕を組んだバンダユウが首を傾げる。
「あれ? 話に聞いてたインスマスとやらは違うのかい?」
これを質問と受け取ったフミカは、先に挙げた二つの都市とインスマスと呼ばれる街の違いについて詳らかにしていく。
「インスマスはアメリカのマサチューセッツ州エセックス群、マニューゼット川の河口にある寂れた港町なんスけど、野心家だったマーシュ船長が黄金と漁獲高に目が眩んで深きものどもに街ごと身売りしたスよね」
結果、インスマスは深きものどもに支配される。
「こうした海辺の街や村は深きものどもにとって地上侵略のための前線拠点、あるいは戦争における橋頭堡みたいに扱われてるらしいッス」
(※橋頭堡=本来は文字通り、橋を渡った先の対岸を守る砦を指す。そこから地形的に不利な場所へ足掛かりとして建設する前進拠点の意味となった)
「拠点ではあるけど本拠地ではねぇってわけか」
そいつぁ大きな違いだ、とバンダユウも得心したらしい。
「俺の言った塒は後者――本拠地の方です」
アハウは逸れかけた話の線を諭すように戻していく。
「人間も住んでいる部屋や家を見れば、そこに暮らす人物の人柄がわかると言われていますが、これは他の生物にも当て嵌まるものです」
巣を観察できれば、その生物への理解が深まる。
生態は元より食性や繁殖方法、活動サイクルなどもわかるという。
「俺は生物行動学などは本分じゃありませんが、そちら方面の友人からそんな風に聞きかじったことがあります」
「その人の本棚を見れば性格がわかる――ってやつッスね」
読書家なフミカは似たような例で納得していた。
ちょっと違う気もするのだが、アハウは否定せずに頷いていた。
「ああ、まさにそれだ。深きものも見てくれこそ半魚人だが、人類どころか神族や魔族に勝るとも劣らない知能を持っているようだからね。塒なのか巣なのか都市なのか知らないが、そこを調べれば得られる情報もあろうかと……」
「あの、その深きものの棲み処なんですが――」
不意に声を上げた偵察員は恐縮そうに挙手をした。
「――さっき見付けておきました」
「「「「「「仕事が早い!?」」」」」」
ショウイの報告を受けた艦橋にいる者たちは声を揃えて驚いた。
源層礁の庭園 統括所長補佐 ショウイ・オウカ。
南方大陸への遠征に参加してくれた一人である。
仕事に集中するあまり寡黙だったので存在感こそなかったが、最初から艦橋にいたのだ。こうしている今も両手と両眼は働いていた。
艦橋の中央――そこは飛行母艦の操船を司る。
大型艦らしく艦体を動かすための機材が立ち並んでいるのだ。
長男ダインは操舵輪を握り締め、その傍らには火器管制を始めとした兵器を扱うための制御盤が揃っている。次女フミカはダインの隣に席を設けてもらい、艦にまつわる情報処理を一手に引き受ける制御盤を操作していた。
二人の仕事場には、他にもいくつか制御盤の机が並んでいる。
それは防御スクリーンを調整する機器や、艦内のシステム管理(放送、空調、照明、防犯カメラなど標準的なもの)、あるいは索敵を始めとする周辺地域を調べるためのレーダーシステムの制御盤などだった。
普段ならダインとフミカで操船は事足りる。
何らかの理由で彼らが忙殺されるほど手が足りない場合、手持ち無沙汰の乗組員がいる際は、こちらでお手伝いができるのだ。
その制御盤のひとつ、索敵関係のものをショウイは借りていた。
中肉中背――体型的には標準な日本人だ。
艱難辛苦を乗り越えた肉体は、一流の兵士として鍛え上げられている。
のっぺりした顔に丸眼鏡を掛け、やや迫り出した出っ歯が特徴的だ。セイメイからは「モブじゃん!」と酷いことを言われていたが、少なくとも一度見たら忘れない個性的な面相をしていると思う。
幾多の戦場を潜り抜けたためか精悍に研ぎ澄まされていた。
旧日本軍を連想させる軍服。これは彼の趣味である。
一兵卒に配給されそうな飾らないシンプルな軍服だが、その上から立派なコートを羽織っていた。こちらは奥さんからのプレゼントだという。
彼のあだ名は――“情報屋”。
その名に違わず、あらゆる情報を収集することを趣味としていた。
軍師レオナルドの詮索癖とは趣が異なる。
博覧強記なフミカとは似通うところがあった。彼女が博物学的な知識を好むのに対して、ショウイは現在進行形の情報を好むのだ。
文化的な流行、組織の動静、地政学的な変動。国々の衰勢……
絶えず姿を変える生きた情報を集め、わかりやすく編纂して満足し、必要とあらば友人や仲間にわかりやす教えてくれる。
そういう情報収集が好きらしい。
だから“情報屋”が通り名になってしまったのだ。
この趣味はVRMMORPGでも遺憾なく発揮された。
すべての未知を自らの手で解き明かす。それがVRMMORPGの醍醐味だったので、彼のような情報の専門家を頼りにする者は少なくなかった。
かく言うツバサたちも彼の力を借りたものだ。
ショウイはVRMMORPG時代からの友人である。いつも“情報屋”で通していたので、ハンドルネームを覚えないなんて凡ミスをやらかしていた。
現在、ショウイは源層礁の庭園に籍を置いている。
還らずの都や天帝の方舟など、真なる世界にまつわる重要な遺跡。
源層礁の庭園もそのひとつに数えられていた。
蕃神の侵略を逃れて地下深くに潜んでいた源層礁の庭園だが、先の破壊神戦争によって炙り出され、表舞台に戻ってくることとなった。
源層礁の庭園とは――古より続く研究機関。
真なる世界が辿ってきた生命進化の歴史を探究する施設だった。
古株の研究者は「象牙の塔」と自嘲しているという。
あるいは自尊心にしているのか……。
生命とその進化の追求に生涯を捧げた研究者の集まりらしい。
異世界転移したショウイはひょんなことから源層礁の庭園に拾われており、そこに身を寄せていたという。彼の過大能力は庭園の研究者たちに重宝されやすいものであり、彼の人柄も手伝って重用されたそうだ。
なにせ庭園の長老に見込まれ、その孫娘にも見初められたほどである。
長老の跡を継いだ孫娘との結婚を許されるくらいだ。
破壊神戦争後、源層礁の庭園は「また戦争に巻き込まれたら嫌だ」という保身と防衛を兼ねた理由から五神同盟への加入を求めてきた。
研究できればOK――これが庭園の総意とのことだ。
自由に研究させてくれれば五神同盟への協力は惜しまないし、組織のトップに立ちたいとか同盟を支配したいなんて欲求とも無縁らしい。
本当に揃いも揃って研究に命を捧げていた。
長老の孫娘であり庭園の長となったサイヴの誠実な交渉と、ツバサたちと旧知の仲であるショウイの保証もあり、五神同盟入りはあっさり承認された。
――扱いとしては組織のひとつ。
穂村組、日之出工務店、水聖国家――これらと同じだ。
今回の遠征には五神同盟の全陣営から人材が派遣されている。
エンテイ帝国から派遣されたのがイケヤであるように、五神同盟入りした源層礁の庭園から派遣されたのがショウイなのだ。
源層礁の庭園でも南方大陸の異変を察知しており、ショウイも独自に調査を勧めていたので、今回の遠征には自ら同行を申し出てくれていた。
――深きものどもの巣を発見。
この報せに色めき立ったツバサたちはショウイに駆け寄った。ミロとマリナも遊びをやめて、アハウやバンダユウも興味深げに近付いてきた。
側にいたダインとフミカも首を伸ばして覗き込む。
「まずは……こちらを御覧ください」
ショウイの周囲には無数の小型スクリーンが展開されていた。
大きさはまちまちだが、パソコンのモニターに“窓”をたくさん開いているような状態だ。ひとつひとつのスクリーンには空に大地に海にと様々な景色が映っており、その情景から得られる情報が羅列されていた。
ショウイはスクリーンのひとつを手でタップしてサイズを拡大する。
スクリーンに映し出されたのは海底の映像。
恐らく南海のどこか、画面に映るそれは海溝のように見えた。
海底を割り裂く――昏く深い海溝だ。
海溝そのものは深淵の如く底知れない闇なのだが、その周囲は海底よりやや盛り上がっているため峻険な丘陵のようだった。
鉱物含有率の高そうなゴツゴツした岩肌が尖っており、そこに適度なマリンスノーが覆い被さっている。これだけなら幻想的な風景だろう。
何千何万何億もの深きものどもが群れていなければだが……。
海溝と見間違えるほど、海底に裂けた大きな亀裂。
「亀裂の全長はおよそ1㎞ほど、幅は最も開いているところで300mといったところでしょう。遠目からは裂け目のように観測されます」
その裂け目から深きものどもが湧き出していた。
湧いているとしか表現できない。
歪な泡とともに過剰に密集した魚群よろしく這い出してくるのだ。
人間大から100m級まで選り取り見取りだ。更なる増援なのか、200m級から300m級の大型サイズまで現れようとしていた。
「これ……もしかして次元の裂け目ですか?」
身を乗り出したツバサは問う。
超爆乳が当たりそうになるもショウイは首を曲げて紳士的に回避。ほんのり乳房が触れた頬を照れさせて調査結果を報告してくれる。
さすが妻帯者は心構えが違う。
「い、いえ……いわゆる蕃神たちが侵略のための侵入経路とする“門”ではないようです。よく見てください、真なる世界の海水が流れ出ていく様子もないし、裂け目から別次元の大気とされる瘴気も吹き込んできていません」
深きものどもやショゴスが群を成している。
彼らの大群が移動することで激しい海流を引き起こしているようだが、裂け目には次元や空間を越えた水や大気の行き来は確認できない。
次元の裂け目とは――蕃神が開くもの。
別次元の侵略者である彼らは次元や空間を壁に見立て、そこをこじ開けることで真なる世界への侵略を果たす。その開かれた侵入経路を“門”と呼び、あるいは大きな亀裂に似ているところから次元の裂け目とも呼ばれていた。
次元の裂け目ならばもっと激しい流動が起きているはず。
それが見当たらない以上、これは単なる海溝らしい。
ショウイは新たに数枚の小型スクリーンをクローズアップする。
「ただ……近くに次元の裂け目はあるようです」
そこに映し出されたのは海溝の下にあるものの内部映像だった。
硬質感のある素材で作られた回廊。蟻の巣のように複雑に絡み合う回廊はいくつもの部屋を結んでおり、そこには名状しがたい機材や兵器が並んでいる。
中にはショゴスが培養されている大型水槽があった。
眠る深きものを収めた大型シリンダーが立ち並ぶ部屋もあった。
そして、悍ましい乱交によって繁殖に勤しむ部屋も……。
繁殖部屋のスクリーンだけはショウイの配慮により18歳未満には見えない魔法の閲覧制限フィルターが掛けられていた。感謝である。
吐き気を催す光景も多々あるが、ツバサたちは息を呑んだ。
「こりゃあ……見てくれは最悪じゃが要塞か?」
工作者であるダインは一目で看破する。長男の発言を受けたショウイは頷くと、「フハッ!」と独特な鼻息を漏らして別のスクリーンを指差した。
彼もまた情報屋の血が騒いでいるのだ。
「ええ、正解です。裂け目の下はかなり近代的な地下要塞化されています。外見こそ左右非対称で、人間の視点からは異常としか思えない非ユークリッド幾何学的なデザインを駆使した建造物で構成されていますが……」
「データを見れば壁ん中から駆動音……先進的な機械仕掛けじゃな」
「一見すると石造りの神殿にも思えるんですが……ひょっとすると変形したり移動できたりするSFチックな基地ではないかと危ぶみたくなりますね」
ダインとショウイは採取したデータから類推する。
男の子たちの夢を邪魔するようで悪いが、二人の合間に超爆乳を割り込ませるように再び身を乗り出したツバサは、気の早い結論を口に出してみた。
「つまり、これが深きものどもの根城か」
ツバサの一言にショウイはスクリーンを切り替えた
縦線横線の起伏で3Dモデリング的に表現し、深きものどもの地下要塞を立体的に表したものだ。全景を捉えているが細部がぼやけていた。
そして――途轍もなく大きい。
ひとつの都市と形容しても差し支えない規模がある。
「拠点のひとつには違いないみたいです。調査中の箇所も多いため断言はできませんが、先ほどから我々を襲撃している深きものどもやショゴスを擁するだけの広大な空間を確認できました。拠点としては途方もない大きさだと思います」
ここです、とショウイは地下施設の最下層を指差した。
そこは“UNKNOWN”と記されている。
「ここまでまだ辿り着いていないのですが、派遣した調査員の五感では時空間異常を検知できました。恐らく、この施設の最下部に別次元へ行き来できる“門”があります。そこを深きものどもが出入りしているのではないかと……」
半魚人な見た目だが、彼らとて蕃神の眷族である。
真なる世界の生まれではない以上、別次元から忍び込んできたはずだ。そのための出入り口が要塞の底へ隠されているに違いない。
ツバサの横から覗いていたバンダユウが紫煙を漂わせる。
「そんだけわかりゃあ十分よ、ショウイくん」
ショウイの働きを労うように言った。
「十中八九――この海溝が深きものどもの塒に違いねぇ」
バンダユウは実態を持たない小型スクリーンを指弾する。
「次元の裂け目が底にあるなら尚のことだ。奴らにしてみりゃ大切な抜け道。その上に建てた基地も海溝も……ひょっとすると偽装じゃねえのか?」
「自分らの“門”を悟られぬためにか? 有り得るぜよ」
ダインも同意する。言われてみれば不自然だ。
海底はゴツゴツこそしているが、隆起はそれほど目立たない。
唯一、深きものどもを吐き出す海溝だけが海底から迫り上がっているのだ。まるで治りかけの裂傷が腫れ上がったような案配だった。
老組長の勘は恐ろしいほど的中する。
バンダユウは“勝負師の勘”という固有技能を持っているため、ミロの未来視みたいな直感&直観に匹敵する勘働きをすることがあった。
念のためではないが、ミロの勘働きにもお伺いを立てたいところだ。
「ミロ、おまえの直感&直観は……おいコラ!」
また尻ドラム始めようとすんな! とツバサはアホの子を鷲掴みにした。あろうことかマリナと一緒になって叩こうとする寸前だった。
マリナは未遂なのでデコピン一発で許してやる。
前科のあるミロは頭蓋骨を砕くアイアンクローをお見舞いしてやった。
「アダダッ! だって“てぇてぇ”って言われたくて……ッ!」
「敵の拠点に王手を掛けられるかの局面だぞ!?」
空気読め! とツバサは握力を徐々に強めながら叱りつけた。
「それで? ミロの勘はどうなんだ?」
「あーうん、多分大体あってると思う……イデデデデッ! ホント本当ッ! そこが半魚人どもの大切な基地! だからアイツら必死こいてんだって!」
大軍での総攻撃はそのせい! とミロは言い切った。
勘働きとは思えない断言っぷりである。
しかし、奇妙なくらい納得させらる説得力もあった。
「なるほど……南海に近寄らせないことを大義名分のように掲げ、この海は我々の縄張りだと主張するように大軍を嗾けながらもその実、侵入経路である次元の裂け目を守るための誤魔化し……あるいは陽動か」
無論、彼らもツバサたちを倒すつもりでいるのだろう。
それにしては南海を空も海も埋め尽くす物量で派兵してくるのは、バンダユウではないが些かおかしいと感じていたところだ。
数にものを言わせた人海戦術を装った煙幕と考えればいい。
自分たちの営巣でもある基地から注意を逸らし、その下に隠されている蕃神たちのための“門”を死守したいのが彼らなりの作戦のようだ。
ツバサたちは南海へ初めて訪れた珍客。
MVの件はあるものの、こちらとしては南海は通過点に過ぎない。
本来の目的は南方大陸である。
もしかすると深きものどもも南方大陸へ何者をも近付けたくないのかも知れないので、防衛のためにツバサたちを迎え撃っているのかも知れない。
だとしても――この戦力投入は度が過ぎる。
死に物狂いになる理由があるとすれば、瀑布の結界により何人も近寄れない南方大陸を守るより、自分たちの拠点と“門”の防衛に戦力を回すはずだ。
さもなくば無視すること、やり過ごしてしまえばいい。
様子見ということで見逃せばいいのだ。
いずれ真なる世界を本格的に侵略するために営々と蓄えたであろう戦力を、行きずりの戦艦に惜しみなくぶつけることはない。戦術としては下策だ。
逆に「余程のことがあるのでは?」と疑いたくなる。
もしもこれが彼らの平常運転ならば、それはそれで大事だが……。
もっとも、これらはすべて憶測の域を出ていない。
五神同盟が深きものどもの真意を知らぬように、深きものどもも五神同盟の意図を読み取れていない。また別の事情なりがあるのかも知れない。
仔細を説き明かすためには更なる情報が必要だ。
「それにしても……ショウイさんの過大能力スゴいッスね」
フミカはショウイの能力を手放しで褒めた。
「認めたくはないッスけど、ウチの駄目姉ちゃんの過大能力が情報収集系では最強かと思い込んでたけど……系統が似てても異なる能力もあるスね」
いやいや、とショウイは照れ臭そうに頭を掻いた。
「俺の過大能力は偵察くらいしか取り柄がないから……」
妻帯者でも年頃の娘に煽てられた気分も良くなるのだろう。相好を崩して表情をにやけさせていた。褒められ慣れていないのもありそうだ。
ご謙遜を、とツバサも褒めそやしている。
「今回の遠征ではその偵察が重要なんです……助かってますよ」
「いやいやいやいやいやいやいやいや……ッ!」
へこへこ頭を下げながら高速で手を振り、恥ずかしさを紛らわそうとするショウイだが、その顔は真っ赤に燃えながらも有頂天に喜んでいた。
実際、情報戦では深きものどもを出し抜く功績を挙げている。
過大能力――【焦点を絞りて徹底調査せし不思議調査団】。
小動物の姿をした従者を喚び出す能力だ。
系統的には服飾師ハルカの人形たちを召喚する過大能力に近いが、あちらは汎用性があるのに対して、こちらは偵察任務に能力値を全振りしていた。
まず小動物はどんな姿にも可変させられる。
空ならば目に見えない羽虫や小鳥、陸ならばネズミのような小動物から蚤みたいな小さい虫、海や川ならば小魚に微生物、地中ならば土竜に地虫……。
あらゆる自然環境へ馴染むように適応できる。
溶岩地帯では火蜥蜴となり、深海の水圧にも耐えられる極地仕様も完備。
およそ忍び込めない場所はないと自負していた。
おまけに数も揃えられる。
ショウイが展開させている大小無数のスクリーン。
この数だけ従者は用意されていた。
小動物型の従者たちは隠密や隠蔽などのステルス効果を備えており、過大能力が由来なので技能より性能が高い。LV999でも感知能力に長けてなければ、大抵の場合はタダの小動物と見過ごしてしまうだろう。
そして、今回のように敵地へと潜入する。
従者たちは小動物の振りをして、何食わぬ顔で情報収集に努める。
不審に思われることさえないだろう。
彼らは分析、走査、解析、感知、検知といった得た情報を精査する技能に優れており、敵地の内情をひたすら調べ上げる。
主人であるショウイの意向を酌み取るように活動し、自己の判断で動ける知能も有しているため指示もいらない。
一体一体が潜入捜査のスペシャリストなのだ。
基地の大きさ、建築物の構造、抱える兵力、兵站ルート、物資の貯蔵……。
丸裸にする勢いでの調査を行うという。
調査対象に知的生命体がいれば、その心的状況への観察も欠かさない。
個々人の会話から独り言まで網羅し、幹部からの指示、他施設との連絡、兵隊の士気、基地内の雰囲気、立案された計画や作戦の内容……。
敵陣の色恋沙汰まで調べてくるそうだ。
集められた膨大な情報は、どんなに遠く離れていてもショウイの元に届けられ、その情報は彼の手によって編纂されていく。
敵陣営に覚られることなく、すべてを明らかにする偵察能力。
要する時間も調査対象の規模によって変わるものの短ければ数分、どんなに長くても半日もあれば調査を完了させる手際の良さだ。
現在地が南海の入り口だと判明したのは、ショウイの報告あればこそ。
深きものどもの海底基地を見つけたのはあくまでもついでで、彼は目的地である南方大陸の様子や、その道中にある島々の偵察任務に当たっていた。
いやいやいや! とショウイは照れ隠しの手振りを止めない。
「情報収集能力ならダントツでフミカちゃんのお姉さんのアキさんの勝ちですよ。情報処理能力ならフミカちゃんのがずっと優れてるし……」
「ショウイさんは偵察調査能力がナンバーワンかな」
ツバサは的確な評価を下してみた。
フミカの姉である情報官アキの過大能力は「次元も空間も超えてネットワークを広げてあらゆる情報を集められる」という能力だ。
チート級なのは事実だが、裏を返せば情報しか集められない。
記号化、電子化、言語化、暗号化、数値化……。
どうしてもデータ化されたものに限定されてしまう。
土地や建物の測量、大気成分の解析、その場にいる種族や生命体の判別や個体数なども調べられないことはないが、すべてデータに直さなければならない。
データ化できない情報は吸い上げられないのだ。
このためデータ化しにくいあやふやな情報を苦手としていた。
最たるものは――会話のニュアンス。
調べたい敵陣に流れている空気とか、幹部同士の腹の探り合いとか、組織内における派閥争いとか、上層部が暗黙の了解とする醜聞とか……。
ショウイの過大能力はこういったものも調査対象だ。
データ化が難しい個々の関係性、バイオリズムで変わる気分やテンション。
血の通った生きている情報もショウイなら取り扱える。
現地に出向いた従者は五感はおろか第六感まで研ぎ澄ませて、感じたものを具に報告してくれる。それでこそ得られる秘密もあるのだ。
情報屋の二つ名に恥じない過大能力といっても過言ではない。
「と、とにかく……もう少し時間をください!」
照れ隠しをやめたショウイは、収集した情報の編纂に取り組んだ。
情報屋のプライドが中途半端を許さない。
対象の調査をコンプリートで仕上げたいようだった。
「深きものどもの言語、古代ルルイエ語でしたか? それもフミカちゃんと協力して解読中です。海底基地の全容を把握するためにも偵察員を増員して調べているんですが……どうも彼らは何かを焦っているみたいなんですよね」
「焦っている……深きものどものが?」
ショウイだからこそ入手できた深きものの裏事情。
そこを深掘りすると、情報屋は現状わかる範囲で答えてくれる。
「まだ古代ルルイエ語は解読中なんですが、喋り方というか口調に含まれる感情の動きに『納期が間に合わない』や『締め切りが過ぎてる』みたいなニュアンスがあるようなので……とても焦っている様子が窺えます」
「インスマンスだと人間を供物に捧げていたみたいッスけどね」
「生け贄の届け先は言うまでもなくクトゥルフか……」
フミカの合いの手が入ったので、深きものどもの焦りを「クトゥルフへの貢ぎ物が足らない」的に捉えたツバサだったが、そんな単純な理由だろうか?
他にも焦る理由がある可能性も捨てきれない。
なんにせよ、まだ情報が足らないので判断するのは難しい。
「でもさ、半魚人たちの巣が見付かったんなら……」
一気に攻め落としちゃった方がよくない? とミロは立てた親指で首を掻き切ると真下に向けた。ゴー・トゥー・ヘルのジェスチャーである。
こういう物騒なところはツバサの悪影響だ。
なるべくミロや妹の前では紳士に振る舞っていたつもりだが、戦闘狂な根っこは隠せなかったらしい。どこかしらで覚えてしまったのだろう。
ツバサも反省している。躾をやり直すつもりだ。
それはさておき――深きものどもの拠点は確かに判明していた。
ショウイの調査によれば現在地より南南西へ約50㎞の海底。そこにスクリーンに映し出された、海溝に偽装した海底基地が建設されている。
「その要塞へ飛行母艦の主砲をドカーンとぶち込めばいいんじゃない?」
「そうじゃな。こん艦の主砲なら射程内ぜよ」
ミロの短絡的な作戦にダインもノリノリだった。
火器管制コンソールに手を伸ばす長男にツバサは制止を掛けた。
「待て、そうしたいのは山々なんだが……」
「もう一時間! せめて三十分ください! 絶対にお役立ち情報満載を約束しますから……俺に深きものどものすべてを調べさせてください!」
ショウイは情報屋の矜持から半泣きで訴えてきた。
その熱意はツバサも買いたいし、根掘り葉掘りの調査も歓迎である。
何故ならば――。
「ショウイ君には徹底的に調べてもらうべきだな」
ツバサの気持ちを代弁してくれたのはアハウだった。
今日は名将・関羽を意識しているのか、顎から垂れ下がる長い髭が美髯公のようである。その顎髭を撫でながら理由を教えてくれた。
「あの海底基地が深きものどもの重要拠点であることに間違いはなさそうだが、あの連中の繁殖力だ。豊富な人材を頼みに海底のあちこちに第二第三第四……といった具合に拠点を建てまくってないとも限らない」
「細かく調べれば出張所みたいた拠点の位置とかも割り出せそうッスね」
そういうことだ、とアハウはフミカの理解に頷いた。
鉤爪の目立つ人差し指を立てて注目を誘う。
「他の拠点ばかりじゃない。蕃神や他種族とも密に連絡を取り合っているかも知れないし、もしかすると例の“祭司長”……クトゥルフに関する情報が得られないとも限らない。だから中途半端は良くないな」
調査するとなれば徹底的――満足と納得が行くまでやるべきだ。
アハウの提案にショウイは首を縦に振っていた。
それはもう何度となく、残像が浮かぶほどのスピードでだ。
「調査が済んでからキツい一発をお見舞いしてやればいいさ……俺の数いる恩師の一人に、こんな座右の銘を掲げる人がいた」
『――トドメの拳骨は掛け値なしのものをくれてやれ』
一瞬、ハンティングエンジェルスの演奏に乱れが生じていた。
この迷言にツバサはジト眼になってしまう。
「アハウさんの恩師……ってことは学者さんですよね?」
学徒らしからぬ暴言ではなかろうか?
「民俗学のイロハを文字通り叩き込んでくれた恩師なのだが……色々とパワフルを極めた人で、困ったら尋常じゃない腕力に訴える人だったからね」
思い出すアハウも苦笑でやり過ごすしかないようだ。
「そんなわけで、敵の拠点を叩くならば調査後だ……いいかな?」
「う~ん、そっか……そうだよね」
言いたいことは全部アハウが丁寧に話してくれたおかげで、ツバサから口を挟む余地はなかった。ミロもキョトンとしているが納得したらしい。
「それはそうと――ここらで一発かましておきたいな」
今度はバンダユウが得意気に言い出した。敵の本拠地を見つけたことで悪巧みでも思い付いたのか、ヤクザな顔であくどいことを企んでいる。
訝しげに振り向くと問い掛ける前に喋り出す。
「ミロちゃんの言う通り、せっかく敵のアジトを見つけたんだ。ちょっとカマ掛ける振りして騙くらかしてやろうぜ」
「カマ掛けて騙くらかす……って何をする気ですか?」
手妻師に任せな、とバンダユウは嬉々として策を弄していく。
「そろそろ生臭い半魚人の相手も飽きただろ? だからさ、この艦の主砲をアイツらの根城を掠めるように撃つのよ。そん時はとにかく半魚人どもがウザいからぶっ放したって態を誇張するのさ。そうすると……どうなると思う?」
そういう真似をされた立場でツバサは思案してみる。
「……連中は疑心暗鬼に陥りますね、多分」
多数の人手を割いてでも隠したい海底基地が発見された。
主砲による威嚇をそう捉えざるを得ないはずだ。
掠めた主砲が基地を狙ったものかも知れないし、偶然近くを通り過ぎただけかも知れない。どちらか判然としない以上、迂闊な真似はできなくなる。
この策を実行した後――深きものの出方は2パターンだ。
「基地に戻って防備を固めて籠城するか、これまで以上に躍起になって俺たちを攻め立ててくるか……取るべき道は二つに一つですね」
「前者なら計画通り、後者ならアイドルちゃんズを連れて一時撤退だな」
作戦を立案する以上、この返答も想定済みだろう。
「いくら潰してもキリがない半魚人……無限残機でこっちがバテちまう」
疲れる前に仕切り直すべきだとバンダユウは具申してきた。
「敵の根城がわかったんだ。殺ると決めたら一網打尽で叩き潰しゃいい。その時まで連中をモタつかせるためのハッタリだよ。まだ基地の場所がわからないよー? って騙された振りをしておきゃあいいのさ。その方が好都合だろ?」
バンダユウの笑みは掌で獲物を弄ぶ詐欺師のそれだ。
「――化かされた振りをして化かすのが騙くらかしの駆け引きよ」
またしてもハンティングエンジェルスの演奏が乱れる。
いや、音楽として成立していない。
それもそのはず。四人のうち二人が歌唱と演奏をやめており、瞳をまん丸に見開いてスクリーン越しにこちらを見つめているのだから。
こちらに目を奪われているのは、ドラコとマルカの二人だった。
ドラコはアハウを見つめたまま呆けた声を漏らす。
『その座右の銘ってお父ちゃんの……まさか、アステカ兄やん?』
一方、マルカも目を皿のようにしてバンダユウに見入る。
『その言い方……もしかしておじいちゃん!?』
アイドルたちに愛称で呼ばれた獣王神と老組長は、互いに目配せするように視線を合わせた後、自分たちを呼んでくれた少女と向き合う。
「やっぱり……辰子ちゃんか!? 見間違いじゃなかった……ッ!」
「おまえ……丸香なのか!? 気のせいじゃなかったんだな!」
唖然とする二人はアイドルの本名らしき名前を叫んだ。
思い掛けない急展開に艦橋の誰もが呆気に取られているが、ツバサだけはさっきのアハウとバンダユウの反応が腑に落ちた。
ドラコとマルカに彼らが目を奪われていた理由。
それは即ち――こういうことだ。
「あらま、オッチャンたちアイドルとお知り合いなの?」
ミロは瞳をパチクリさせて尋ねた。
「「――お知り合いもなにも!」」
興奮冷めやらぬアハウとバンダユウは口々に主張する。
「彼女は俺が民俗学の指導を受けた“地上最強の民俗学者”と名高い学会の異端児、逆神三郎教授の一人娘……お嬢さんなんだよ!」
「ありゃあ不肖な倅が生ませた一粒種、俺の才を受け継いだ孫よ!」
「…………世間は狭いなぁ」
ツバサは在り来たりな感想を呟くのがやっとだった。
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