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第19章 神魔未踏のメガラニカ
第473話:戦艦、女官、ドカンポカン!
しおりを挟む閃光のようなスポットライトが落ちてくる。
辺りは真っ暗闇――微かな機械の振動音のみが響いていた。
瞼を閉ざしていてもわかる強烈な明度だが、ツバサが瞳を開くことはない。座り心地のいい玉座のようなチェアに我が身を預けたままだ。
柔らかい背もたれへ寄りかかり、背筋を反らすようにして胸を張る。
大地母神に相応しい超爆乳を支えるため胸の下で腕を組むと、チェアに沈みそうな超安産型の巨尻の据わりがいい位置を探る。
その後、鍛えた筋肉と母なる皮下脂肪で張り詰めた太ももを組み直す。
格好は真紅のロングジャケットに黒のパンツ。
正装な戦闘服ともいうべき衣装に身を包み、足下まで届く黒髪を流して豪勢なチェアに座る姿は、さながら女指揮官か女艦長といった有り様だ。
ハトホル太母国 国王(女王) ツバサ・ハトホル。
肩書きならばそれら以上である。
「……誰が女王で女指揮官で女艦長だ」
寝言みたいな囁き声でお約束の台詞を決めると、少しずつ呼吸を浅くする。日頃の疲れもあってか、このままうたた寝に落ちてしまいそうだ。
カラン、コロン――そこへ下駄の音が響く。
実際にはガラン、ゴロン、だろうか?
床材にありがちなリノリウムよりも遙かに堅牢かつ硬質な床を叩くのは、金属製の下駄だ。硬度も重量も鉄下駄の比ではない。
下駄を履く主は、ゆっくりこちらに近付いてくる。
スポットライトに近付いて照らされるその顔は、大柄な体格に合わせてすっかり大人びたものの、まだ少年の若々しさを帯びていた。
長くも短くもない銀髪は逆立ち、視線を読ませないサングラスを掛ける。
鋼鉄のように強張らせた表情は以前と比べて逞しくなり、全身のほとんどを機械化したサイボーグの肉体も強度と性能を上げていた。
昔は学ランみたいなコートを羽織った蛮カラサイボーグ。
今では妻の内助の功もあって、艦長と呼ばれるに相応しいスーツやロングコートを羽織るようになった……のだが、愛用の下駄は譲れないらしい。
ハトホル太母国 長男 ダイン・ダイダボット。
ついに11人にまで増えていたツバサの子供たち。その長兄にして長男であり、ミロとは別の意味で全幅の信頼を寄せている息子だ。
ツバサとミロが不在の時――または二人に不測の事態があった際。
ハトホル太母国の全権はダインに委ねられる。
任せることができる実力と資質を備えた唯一の人材なのだ。ゆえにツバサはダインを「彼こそがハトホルの長子」と恥じらうことなく喧伝していた。
ダインもこれに臆することなく応えてくれる。
その頼れる長男が、どういうわけか曇った表情を浮かべていた。
「アニキ……正直に言うてくれ」
近頃、ダインは平気でツバサを「母ちゃん」と呼ぶ。
幾度となく一緒に死線を乗り越えたことで、本当の家族になったのだから遠慮がなくなって当然。などと当の本人は嘯いていた。
しかし、昔ながらに「アニキ」と呼び直すこともある。
ツバサが男であることを思い出したかのように「アニキ」呼びしてくる時は大抵の場合、深刻な話を切り出す時だと相場が決まっていた。
だがツバサには思い当たる節がない。
またぞろ巨大ロボか機動兵器とかの関連で何かやらかしたか? 多重次元を貫いてすべての根源さえも穿つ列車砲を造った時のように……。
(※第399話~第401話参照)
あれ以来、ツバサもそれとなく長男の動向を窺うようになった。やんちゃな息子を陰ながら見守る母親の気分である。
少なくとも物騒なマシンを造っていた様子はない。
「なんぞわしに隠しちゅうことはないか?」
やらかし案件の告白ではなく、何らかの隠蔽を疑っていた。
長男からの疑いの眼差しに、内なる神々の乳母がちょっと傷付いた。愛する息子に嫌疑を掛けられることに母性本能が嘆きを覚えるようだ。
それを理性と男心で封じたツバサは淡々と問い返す。
「母親が長男に嘘をついたことがあったか?」
「うんにゃ、覚えちゅう限りじゃない……やけんど、恥ずかしさから誤魔化したりはぐらかしたことはようけあったじゃろ」
ギクリ、身震いしたツバサは乳や尻の肉を震わせる。
女体化したこと絡みでからかわれるのが嫌なので、そういう類の話題から話を逸らしたことはあった。残念ながら否定できない。
ダインは照準を合わせるように眼光をギラつかせる。
「アニキ……またデカくなったじゃろ?」
「デッ……デカくなってない! バストもヒップもサイズは据え置きだ!」
長男からの問いにツバサは音速で即答した。
恥ずかしさを覆い隠すべく反論の弾幕を張り巡らす。
「た、確かにハトホルミルクが堪りすぎてまたブラがキツくなったかなー? って焦る時もあるけど、あくまで許容範囲でまだMカップに収まるし! ショーツも尻や太ももに食い込みそうだけどまだ誤差の範囲だし!」
おっぱいもお尻も――デカくなってない!
少々自爆した発言も飛び出したが、ツバサは言い訳も力説する。
「ちゃんと服飾師師弟コンビのホクトさんとハルカにも了解得てるし! まだ俺はMカップで下着類や服のサイズを上げることないって!」
ツバサはこれまでの落ち着きをかなぐり捨てて、眼を剥くと肩を怒らせて大口でがなり立て、女性として発育してない旨を主張した。
これにダインは「おんや?」と不思議そうに首を傾げる。
「何を言うゆうがじゃ? 誰も乳や尻の話なんぞしとらんぜよ」
バチリ、と火花を散らして機械の指先が鳴る。
次の瞬間、暗闇に無数の赤い電光が一斉に灯った。
『RED ALERT!』『危険領域到達!』『OVER FLOW!』『OVER DRIVE!』『いっぱいいっぱいです!』『許容量限界突破!』『エンジン臨界超過!』『もう無理です!』『勘弁してください!』『強すぎます!』
真っ赤に染まるのは、警告を知らせる電子表示の数々。
どぎつい赤色灯が回転して暗闇を陰気に照らす。
非日常な風景が焦燥感をザワつかせる。
『エンジンフル稼働させても追いつきません!』
『レッドゾーン2000%超過! 動力炉溶融寸前です!』
中空に文字を浮かべるモニタースクリーンがいくつも展開されていく。
飛行母艦――ハトホルフリート。
ハトホル一家の旗艦ともういうべき戦艦の艦橋。
その艦長席に座るツバサの傍らに立ったダインは、艦橋を埋め尽くす勢いで次から次と現れる警告の文字を指差しながら叱責をぶつけてくる。
家族だからこそ遠慮なくだ。
「パワーがデカくなったら教えちょうよ!?」
飛行母艦が保たん! とダインは泣きそうな声で怒鳴ってきた。
「エネルギーもパワーも以前のアニキと比較にならん! 神々の乳母のエネルギーを使うとる動力炉が受け止めきれんようになっちょうぜよ!」
長男の必死な訴えにツバサは唖然とする。
「……あ、そっち?」
両手で前より大きくなった乳房を庇うように支えるツバサは、想像していたのとは違う追求に、目をパチクリさせて情けない愛想笑いを浮かべた。
一方、ダインはガチ切れ待ったなしである。
基本的に気のいい大らかな性格の長男が、彼なりに尊敬する母親へここまでの怒りを露わにするのは珍しい。本気で怒っているのだろう。
自身の手掛けた機械に惜しみない愛情を注ぐ漢。
そんな彼にしてみれば、手塩に掛けて建造してきた飛行母艦がツバサの不首尾で壊れそうになっているのが我慢ならないに違いない。
ズン! とダインはいつにない迫力でツバサに躙り寄ってくる。
「なんでそんな強うなったか……聞かせてもらうぜよ?」
まさか長男に気圧される日が来るとは思わず、ツバサは半笑いのまま涙目になって艦長席からずり落ちそうになった。
「……は、はい」
すんませんした! と母の威厳を忘れて謝罪する。
負うた子に背負われるとはこのような気持ちなのか……とオカン系女神の感傷がしみじみ湧いてくるが、いつものように男心が騒ぎ出す。
「誰が負うた子に背負われる母親だ!?」
「逆ギレで誤魔化せる思うな! さ、デカうなった理由を白状せぇ!」
「ひ、ひぃっ!?」
またダインに叱られたツバサは小さく悲鳴を上げて逃げ腰になる。思わず涙目になると頭を抱えて女の子みたいに縮こまってしまう。
内なる神々の乳母が長男に怒られて萎縮してしまったようだ。
「は、はいぃ! ごめんなさぁい!」
小娘みたいに泣きそうな裏声で謝り倒すしかない。
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五神同盟会議は先日のこと――無事閉会を迎えられた。
いくつかの議題は特にこじれることなく採決され、会議の大半は最大の懸念であった南方大陸と外なる神への対策について話し合われることとなった。
破壊神戦争が終結してもう半月は経とうとしている。
ロンドの予言めいた遺言では『一年……いや半年で南方が落ちる』と確約するような言い方をしているが、猶予期間を短めに区切り直していた。
一年放置すればアウト、半年でギリギリセーフ。
証拠も確証もない雲を掴むような証言だ。
それでも延世の神として、真なる世界が続くことを祝ってくれたロンドの言葉を信じることにした。ここら辺の論証には置き土産の存在が働いた。
聖賢師ノラシンハの孫――チャナ。
黄金の起源龍――エルドラント。
彼女たちの誕生や復活にロンドが関わっていたことが判明し、「本当に破壊神でもなく創造神でもなく延世の神になったんだな」と納得されたのだ。
彼の遺言を信じれば、タイムリミットは約半年。
急いで現地に赴きたいのは山々だが、先の戦争を終えたばかりで誰もが心身共に落ち着いていなかった。人によっては疲れも取れていない。
何より、やっと戦後処理も終えたばかり。
そこで――三ヶ月を目処とした。
三ヶ月後、五神同盟の先遣隊を南方大陸へ派遣する。
今回は威力偵察などという様子見はしない
最初から最高戦力を選抜し、南方大陸から真なる世界を蝕もうとする蕃神を叩くつもりだった。先遣隊というより遠征である。
三ヶ月はそのための準備期間だ。
まずは先の大戦争での疲れをしっかり癒して、各陣営の主力を万全に整える。まだLV999に到達していない者の育成や、新たな仲間探しなどで戦力を拡充も進めていく。各国の防衛に関しても再検討しなければならなかった。
南方大陸へ遠征中、別勢力に襲われないとも限らない。
外なる神とは別の蕃神……それこそ祭司長が「忠告したはずだぞ?」と無視された事への腹いせに攻め込んでくるかも知れない。
突然ドラクルンが攻めてくる可能性も捨てきれなかった。
あちらの状況がわからない以上、ツバサたちが南方大陸での案件に佳境を迎えた頃に「手が空いたから宣戦布告!」とか仕掛けてくることも十分にあり得る。何が起こるかわからないから、あらゆる事態を想定しておくべきだ。
手付かずの北東大陸から新勢力がやってくるかも知れない。
世に不安の種は尽きまじ――というやつだ。
(※正しい出典は「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」という短歌。天下の大泥棒、石川五右衛門の辞世の句とされている。海辺の浜からすべての砂がなくなっても自分のように泥棒をするものは後を立たない、という意味)
多種多様な危険性に備えるためにも、戦争の時よりも強固な防衛力を用意しておかなければならない。やり過ぎて困るともないから尚更だ。
そして、南方大陸への“脚”も必要となる。
横綱ドンカイが南海を乗り越えて南方大陸へ辿り着くまで約四日。
移動速度に秀でた職能でこそないが、LV999の彼でも全速力の飛行系技能で飛んで四日は掛かるのだから、相当な距離があるのは間違いない。
現地まで運んでくれる乗り物は必須となるだろう。
伝手のない南方大陸での足掛かり、現場での“足場”にして“前線基地”としても使えれば言うことなしだった。
そこで白羽の矢が立ったのが飛行母艦ハトホルフリートだ。
ククルカン陣営やイシュタル陣営でも専用の飛行艦を建設中であり、稼働できる艦ならばチューンナップした天梯の方舟“クロムレック”もある。六艦ある偵察艦メンヒルⅠからⅦは母艦とするには些か心許ないが……。
(※偵察艦メンヒルは現実で言えば駆逐艦レベルの艦)
――艦隊を組んでの遠征もアリなのでは?
ヒデヨシを筆頭とする工作者勢からそんな意見も上がっており、各代表も戦力の数が増えてきたので良いのでは? と検討の余地があった。
艦隊を組む際、旗艦となるのがハトホルフリートである。
破壊神との戦争でも序盤に最悪にして絶死をもたらす終焉の拠点を砲撃で吹き飛ばしたり、恐ろしい巨人を操る終焉者ロキと激闘を繰り広げたりと、八面六臂の活躍振りを見せてくれたハトホルフリート。
そのため、艦体は中破以上大破未満の損傷を被っていた。
南方大陸でも出番が期待されているなら、いっそのこと改修も兼ねたオーバーホールをしよう……というのが製作者ダインの意見である。
ツバサたちはその改修作業に付き合っていた。
「兄貴も知っての通り、こん艦はみんなの力を借りて動いちょる」
ガン、とダインの下駄が鉄橋を踏み鳴らす。
ここはハトホル太母国拠点――その上空に浮かぶ浮遊島。
移動要塞ハトホルベースと名付けられた空に浮くこの島には、守護妖精族が常駐している。彼らが護ってきた天梯の方舟やメンヒル型偵察艦などの飛空艦艇が空の港に停泊しており、ハトホルフリートも例外ではない。
もう一隻、万能工作艦アメノイワフネという特殊艦も停泊中である。
浮遊島には要塞の名に恥じない様々な施設が揃っていた。
そのひとつが飛空艦艇のための船渠。
建造、整備、改修……何でもござれの大型船渠が完備されている。
飛行母艦はそこで艦体を一から組み立て直す勢いでオーバーホールされている真っ最中だった。真っ赤に焼け付いた動力炉も剥き出しにされている。
作業に勤しむのはダイン謹製の整備用ロボットたち。
人型タイプから機能重視タイプまで総じてコミカルなデザインが多く、人間みたいに元気な声を掛け合いながら仕事に励んでいた。
ハトホルフリートの艦橋から出てきた二人。
艦体の改修作業が一望できる、船渠の天井に架けられた金網の鉄橋。
そこで作業工程を見守りながらダインは話を続けた。
「艦の艦体制御にゃダインの巨大ロボを自身のように操作する能力、レーダー感知や探索に情報システムにゃフミカの能力、防御スクリーンや結界による防衛システムにゃマリナちゃんの能力、いざって時の出力ブーストにゃあミロちゃんの何でもできる過大能力……そういったもんの力を借りちょる」
それぞれの過大能力や技能を龍宝石に宿して運用していた。
龍宝石は宿した力を貯蓄し増幅する。例えその力を使い切ってもわずかに力を残しておけば、時間経過で回復するのでまた使える。
例えるならば無償の自家発電能力を備えた蓄電池だ。
火、雷、風、水 気体……そして“気”。
あらゆる“力”を増大させる究極の増幅器である。
「……そして、ハトホルフリートのメインエンジンを動かす動力炉には、大自然の無限エネルギー増殖炉となれる神々の乳母の能力が宿っている……と」
ガン、と下駄を鳴らしてダインがこちらに振り返る。
「そうじゃ。今まででも兄貴が怒りで天元突破して1000%の力を発揮しようと耐えられる設計しとったちゅうんに……ッ!」
――素で2000%を超えるたぁどういう了見じゃ!?
「テンション次第では1万%を越えかねん……どうなっとるんじゃ一体!?」
母親を問い詰める長男のテンションもMAXだった。
大型船渠に鳴り響くダインの怒号。
間近で浴びると音圧だけで鋼板でもぶち破りそうな威力だ。ツバサの長い黒髪が後ろへと棚引き、両手で顔を庇うほどの風圧に押し負けてしまう。
……確実にダインも強くなっている。
そのことに師匠として鍛えてきたツバサの男心は嬉しく思うものの、我が子として愛してきた母性本能である神々の乳母は悲しんでいた。
息子に叱られるなんて母親失格! みたいな心境らしい。
「いや、それは本当に悪かったよ……ゴメンな」
ツバサも影響を受けて気落ちして、肩や眉尻を一緒に落としてしまう。笑顔を浮かべる愛想もなく、素直に反省の色を浮かべた。
バツが悪そうに黒髪を手櫛で整えながら弁明する。
「隠していたつもりはないし、わかる人には一目瞭然だったから話さなかったんだが……あんまり大っぴらにしたくなかったっていうのが本音でな」
「LV999突破――所謂レベルキャップの解放じゃな」
艦橋からこの鉄橋までの道すがら、謝罪の弁を繰り返すとともに釈明させてもらったので、物わかりのいいダインはすぐ理解してくれた。
「……誰にも言うなよ?」
声を潜めたツバサは人差し指を唇に押し当てる。
「わあった、誰にも言わんきに……フン!」
まだ憤懣やるかたない様子のダインだが、蒸気のような鼻息を噴き出すと言いたいことを飲み込んでくれたらしい。不承不承ながら頷いてくれた。
ダインは機械化した腕を組んで整備中の艦を見下ろす。
「兄貴んパワーがデカくなった分、動力炉の出力も一気に底上げできれば艦の全出力が鰻登りんなる……じゃが、そん上昇率が桁違いじゃて動力炉から全システムまで一から組み直しじゃ。外装やら兵装の調整も見直さにゃならん」
はあ、とダインは残った怒気を吐き出すようにため息をついた。
オーバーホールどころの話ではないという。
改修を兼ねた解体整備のはずが一気に仕事量が増えたらしい。
――飛行母艦を一から造り直す。
ツバサのせいでそれほどの難度になってしまったようだ。
ダインは増えた仕事や手間に怒っているのではない。暇さえあれば拠点の増築や物作りに勤しむ彼にすれば、艦のパワーアップイベントのようなもの。
本来ならば喜んで取り組んだはずである。
だが、今回ばかりは腹に据えかねているようだ。
ツバサがレベルキャップ解放を内緒にしたため、艦へのエネルギー供給に異常を引き起こさせて艦体を壊しかけたことが原因だった。
自ら「快心の出来!」と誇れる、真心込めて建造した愛機。
それを壊されかけたことに怒っているのだ。
漫画かアニメで似たようなキャラがいたのを思い出す。
確か――主人公の使う刀を鍛える刀鍛冶。
主人公が強敵と激しい戦いを繰り広げ、刀を折ったり無くしたり刃毀れさせたりする度、我を忘れて激怒に駆られるような人物だったと思う。
自らが手掛けた作品を愛して已まない。
心境的にダインの怒りもそれに近いのだろう。
今回ばかりはツバサに非があるので、全面的に誤りを認めて真摯に謝罪するしかない。いつもお説教をしているのに立場が逆転してしまった。
「もう新造艦を建造するか、魔改造レベルの大規模改修前提ぜよ」
恨み節みたいな愚痴が止まらない。
ダインにしては珍しいが、これも彼のあるべき一面なので受け止める。思い返してみれば、ツバサが我が家を壊した時も陰でメチャクチャ怒られた。
使い込むことで製作した物が痛むのは仕方のないこと。
しかし無意味に壊されてはいい顔をしない。工作者として正当に怒る。
当たり前と言えば当たり前だった。
「だから本気でゴメンて……あんまり苛めてくれるなよ」
いつになくショボンとする肩身の狭いツバサを横目にすると、さすがに言い過ぎたかと反省してくれたのか、ダインの声から怒気が脱けた。
「しっかしレベルキャップ解放か……まだ高みん目指せるとはなぁ」
思いも寄らんかったわ、とダインは天を仰いで感心する。
「くどいようだけど吹聴してくれるなよ? 特にまだLV999になってない子供たちや、LV999になって間もない連中にはな」
箝口令を敷くようにツバサは再び人差し指を唇に立てた。
「やけに念が入ってるのぉ……なんでじゃ?」
こちらに振り向いたダインは怪訝そうに訊いてくる。
前提として自分の考えも話してくれた。
「LV999んより先があるちゅうんなら、情報共有してみんなまとめて強うなった方がえいんじゃなかか? そないひた隠しにせんでも……」
「LV999に到達するのと超越するのとでは話が違う」
ダインの意見を遮るようにツバサは断言した。
これまで長男に叱られっぱなしの母親だったが、ここで主導権を取り戻すようにオカンの威厳たっぷりなお説教モードへ切り替えていく。
「LV999まではVRMMORPGから引き継いできたステータスのおかげで、どんなアンポンタンだろうと知ることはできる。しかし、LV999の領域まで辿り着けるほど己を高められるのはほんの一握りだ」
既にLV999となった先達の指導を受ければ、時間は掛かるがその領域に手が届くかも知れない。人によっては何年何十年と掛かるが……。
「だが、レベルキャップ解放は次元が異なる」
――状態確認の枠と強さの位階。
これらはプレイヤーの強さへの向上心を焚きつける祝福であると同時に、基礎能力のバロメーターを数値によって惑わせる呪縛でもあるのだ。
「この呪縛……というより卵の殻かな」
例えるなら、とツバサは胸の前で手を合わせる。掌に収まる程度の卵をイメージして、やんわり包むようなジェスチャーで表してみた。
卵の内に眠る未知の可能性を抱くように――。
「今まで俺たちはVRMMORPGの運営から与えられた、祝福であり呪縛である卵の中にいた……この殻は外から叩かれて破れるものじゃない。まず殻があることに気付いて、自ら打ち破ろうとする決意に目覚めなきゃいけないんだ」
「自覚せえ――ちゅうことじゃろうか?」
それでいい、とツバサはダインの解釈を認めてやる。
「どんなに言葉で説いたところで、自覚しない者にこの卵の殻は感じられない。ステータスやレベルの楽さにどっぷり浸かっているなら尚のことだ。卵の中の羊水が気持ちよすぎて出てこようとすら思わないだろう」
「生温い温泉みたいなもんじゃな」
上手い比喩表現だと思う。あれも一度浸かると出ようと思わなくなる。ツバサ的にはぬるま湯というのは地獄みたいなものだと考えていた。
ハマったが最後――抜け出せない。
「教えたところで意味がない。もし口頭で伝えて意識することができる者がいたならば、そいつは見込みがある……反面、LV999になるどころじゃない苦難まで予感してしまい、悪い意味で障害となりかねん」
それはやる気を減退させり、成長の鈍化を誘いかねなかった。
「プレッシャーが成績に影響するみたいなもんさ」
「しかもダイレクトに効きそうぜよ」
肩をすくめてお手上げのポーズを見せるツバサに、ダインも感心するように頷きを繰り返した。どうやら納得してくれたようだ。
「レベルキャップの解放は強制できるものじゃない。自分の意志で突破したい、成長したい……この殻を破らなければ! という決心が欠かせないんだ」
――だから公言せずに沈黙を守れ。
ツバサは三度、立てた人差し指を女神の唇に押し当てた。
サイボーグの腕を組んだまま「うぅむ……」と難しそうな声で唸るダインは、頭を振り回して悩んだ挙げ句、一番気になることを尋ねてくる。
「……わしはいいんか?」
恐る恐るといった感じでダインは自分を指差す。
戦艦のメンテナンスという形で、偶発的にツバサがレベルキャップ解放に達していたことを把握した。それがズルのようだと危惧したらしい。
愚直な捉え方をする息子にツバサは呆れながらも微笑んだ。
いいんだ、とツバサは即答する。
「ダインは工作者の観点から、ツバサが状態確認の枠や強さの位階から解き放たれたことを知った。自力で読み解いたのとなんら変わらない」
実際、ツバサがレベル上限の枠を越えた事実を知る者はいる。
まずミロは気付いているし、剣豪セイメイや横綱ドンカイに軍師レオナルドも口には出さないがツバサの力が増大したことを察していた。
歴戦の猛者ほど肌で感じている。
また内在異性具現化者は全員勘付いていた。
明言こそしないが、暗に含めるような視線で訴えかけられている。
『ツバサさん……いえ先生、それどうやったんですか!?』
唯一ミサキ君だけがストレートにぶっ込んできた。よほど羨ましくて憧れてくれたのか、真正直に問い掛けてくるところに可愛げがあった。
心を鬼にして「自力で頑張れ!」と答えるのがどれほど辛かったか……ッ!
目に掛けた長男も彼らと同じ感性を磨いてくれたこと。
何よりこれを喜ばしく思っている。
「どんな手段や方法であれ、俺のレベルキャップ解放に気付いたのは事実。そして、おまえはそれを別に屁とも思っていない」
LV999で満足するタマじゃあるまい? とツバサは睨めつける。
母たる獅子が我が子を千尋の谷に突き落として、這い上がってきた子供のみを育てるような迫力で長男に申しつけていく。
「並みの奴なら知った時点で挫折してるさ……おまえは大丈夫」
――ちゃっちゃと追いついてくれよ?
既に到達した高みから誘うようにツバサは微笑みかけた。ダインはこちらの気持ちに応えるべく、歯を剥いた勝ち気な笑顔で返してくる。
「……ハッ、買い被りすぎじゃ母ちゃん」
「誰が母ちゃんだ」
呼び方が“母ちゃん”に戻ったところで、ツバサは笑いながらダインの頭を軽く小突いてやった。ガイン! と金属を叩くみたいな手応えがある。
そこへ鉄橋を踏む小さな足音が近付いてきた。
「あ、ツバサさんとダインも終わったー? こっちも終わったよー」
「ダイちゃん、バサママ、お疲れッス」
「センセイ、ダインさん、お待たせしましたー!」
口々に自由な声を上げながら娘たちがこちらにやってくる。
ハトホル太母国 長女 ミロ・カエサルトゥス。
ハトホル太母国 次女 フミカ・ライブラトート。
ハトホル太母国 五女 マリナ・マルガリーテ。
ミロはブルードレスにロングカーディガンを羽織った姫騎士姿。
フミカは露出度の高いアラビアンな踊り子風衣装。
マリナは王女様を彷彿とさせるドレスに、大きな王冠型の帽子を被る。
移動要塞でもある浮遊島はハトホル太母国内にあるので安全だが、今日は真剣に取り組む必要があるため、戦闘服を兼ねた正装に着替えさせていた。
彼女たちも飛行母艦のオーバーホールに参加していたのだ。
ツバサやダインは艦橋で作業していたが、ミロとマリナはフミカと一緒に機関室でシステム調整などを行っていた。
前述の通り、飛行母艦は複数の神族の“力”で成り立っている。
製作者であるダインは操縦や火器管制、ツバサは有り余るパワーで動力源とメインエンジン、フミカは情報管制やレーダー系統、マリナは防御スクリーンを始めとした艦体の防衛能力、ミロの能力は主にブースト補助だ。
ツバサ、ミロ、マリナ、ダイン、フミカ。
飛行母艦ハトホルフリートの全機能は、ハトホル一家の初期メンバーであるこの五人の能力が集結したものだった。
それをネジの一本に至るまで分解して整備し、再び組み立て直す。
神族となった天才工作者ダインならば朝飯前だ。
それでもツバサたちの能力を宿した龍宝石の調整となれば話が違う。
能力を読み込んで機械的に動作させるシステムの連携を再確認したりメンテナンスするためには、その能力を宿した者の協力が必要不可欠だった。何故なら上記五人のメンバーは乗艦するだけで能力の供給が行われるからだ。
別に飛行母艦にエネルギーを吸われわるけではない。
ツバサたちが艦に乗れば自動的に検知され、余剰的にあふれる能力の余波が艦の各部にある龍宝石へ貯蓄されるだけである。
急ぎの時は一気に力を注ぎ込み、強制的に賦活させることも可能。
つまり、飛行母艦の基礎となるツバサたちの能力と、艦の性能は密接にリンクしているため、オーバーホールともなれば調整が欠かせないわけだ。
「……んで、動力炉がイカレかけたわけじゃがな」
レベルキャップ開放のせいで爆上がりしたツバサのパワーを動力炉で受け止めきれず、あわや暴発しかけたことをまだダインは根に持っていた。
組んだ腕の指先が苛立たしげに揺れている。
「もう許して……あんまりお母さんをイジメないで……」
鬼の形相でこちらを見つめる長男に合わせる顔がない母親は、両手で顔を覆おうと啜り泣く振りをしてそっぽを向いた。反省はしているのだ。
「ちょっとちょっとダイン、なにツバサさん泣かせてんのよー?」
「泣かせちょらん、猛省してもろただけじゃ」
ミロはダインがツバサを泣かせたと勘違いをして、人差し指を向けたままツカツカと詰め寄るが、長男は何処吹く風で明後日の方を向いた。
「あれ? いつもと逆じゃあ……? センセイ、大丈夫ですか?」
マリナはツバサを慰めるべく抱きついてきた。
そのまま超爆乳の下に収まり、王冠帽子を取ってその小振りな頭でツバサの重すぎる乳房を支えてくれる。最近、この体勢が楽だから困りものだ。
「ま、なんにせよ……パワーアップはいいことじゃ」
ふぅ、とダインは溜め息をつく。
そこには気持ちを切り替えるポジティブさが息衝いていた。
フミィ、とダインは恋女房へ相談するべく振り返る。
「当初の計画から変更じゃ。微に入り細を穿つオーバーホールがてら、艦全体の改修作業も執り行う。システム面でもすべて大幅な見直しにゃならん」
付き合っとうせ、とダインはフミカに頼んだ。
分解整備のみと聞いていたフミカは一瞬「へ?」と驚いた顔をするものの、ダインの指示に間違いはないと信じて、すぐに指でOKサインを返した。
「構わないッスけど……改修て具体的に何をするんスか?」
「艦の性能をすべてぶち上げる」
前からやってみたかったことじゃ、とダインは内なる計画を明かす。
「今まではダイン、フミカ、ツバサ、ミロちゃん、マリナちゃん、この五人の過大能力で取り回してきたが……この際じゃ、ハトホル一家全員の過大能力を組み込んで、戦艦としての攻撃力や防衛力をより一層高めるぜよ」
具体例といくつか挙げるとすれば――。
横綱ドンカイの過大能力――【大洋と大海を攪拌せし轟腕】。
大海と繋がる豪腕はあらゆる流れを操れる。
この能力を応用して防御スクリーンに豪速の流れを生じさせることで、攻撃を受け流すように弾いたりもできるし、気流の流れを操作することでより高速飛行を可能とするかも知れない。
剣豪セイメイの過大能力――【遍く万物を斬り絶つ一太刀】。
断ち斬ったものを塵になるまで滅ぼす太刀筋。
この能力の効果をレーザー砲などの火器に組み込めば、命中すればどんな防御力の高い艦載機や敵艦であろうと撃墜また撃沈できるだろう。
筋肉娘トモエの過大能力――【加速を超えた加速の果て】。
限界を超えて果てしなく加速を続ける能力。
これはもう言わずもがな、艦のスピードアップに貢献してくれる。
聖賢師ノラシンハの固有能力――【三世を見渡す神眼】。
(※彼の能力は過大能力に非ず、似て非なる覚醒能力)
過去、現在、未来、即ち三世を自由自在に見通せる遠隔視能力。
千里眼でもあるこの能力は、艦の周辺状況を把握するレーダーシステムの向上に役立つはずだ。敵の弾道予測などの精度も高まるだろう。
「……とまあ、こんな具合じゃな」
勿論、他の家族の過大能力も搭載する予定だという。
フミカはダインの計画を一言一句漏らさず【魔導書】に記録すると、読み込んでから内助の功としての感想を述べる。
「プラン自体は問題ないし、家族も協力してくれるとは思うんスけど……これ性能面で問題ありじゃないッスか? 激しい戦闘に突入した場合、その時に艦にいない家族の性能は目減りで下がっちゃうって試算されるんスけど……」
龍宝石に宿したエネルギーは使えば消費する。
わずかでも残っていれば時間経過に応じて回復するが、高速再生というわけにはいかない。ただし、力の持ち主が乗艦していれば話が別だ。
先ほど述べた通り、当人が力を注ぐように龍宝石へ補充すればいい。
家族の過大能力を搭載させるのはいい案だが、それに依存していると非常時に困るのではないか? と明晰なフミカは案じているのだ。
心配無用じゃ、とダインは力強い声で答える。
「そこを賄える算段がついたんじゃ……のう、母ちゃん?」
ダインは意地悪な笑顔をツバサに見せつける。
なるほど――ツバサの“力”で補うつもりらしい。
レベルキャップ開放により従来の何乗倍にも上昇した神々の乳母の力。それは無限大のパワーを生み出す、大自然由来のエネルギー増殖炉だ。
今までと同じつもりで飛行母艦に供給したらエラいことになった。
なのでダインは動力炉の規格を上げつつ、それでも駄々余りするエネルギーを他へ回すことで折り合いを付けようとしているのだ。あれだけ莫大なパワーがあれば、家族の力を借りて多機能になった分も補填できるはずだ。
最悪、ツバサが艦長として乗るだけで十全な能力を発揮するだろう。
ダインのみならず――彼の建造した機動兵器も強くなる。
ピンチはチャンスなんて言葉もあるが、暴発しかけたツバサの“力”に腹を立てるばかりではなく、ちゃんと活用方法を見出してくれた。
尽きることのない創意工夫からは、逞しい向上心を汲み取れる。
「……誰が母ちゃんだよ」
長男の更なる成長に期待するツバサは決め台詞を柔らかく返した。
乳房の下にいるマリナのほっぺを愛でる。鉄橋の下を覗けば、大型船渠に横たわって整備ロボたちの手で修理されていく飛行母艦。
その様子を見下ろしたツバサは「やれやれ」と言いたげに呟いた。
「しかし……そろそろ宇宙戦艦にでもなりそうな勢いだな」
「……え?」
意表を突かれた声を漏らしたのはダインだった。
「「「…………え?」」」
オウム返しで同じ声を上げたのはツバサ、ミロ、マリナ。フミカのみ「……あ」と気まずい声だが、素知らぬ顔で空を見つめると口笛を吹いていた。
すぐさまツバサは準備を始める。
まずマリナを胸の下から優しく追い出す。
次にダインへと近寄り、おもいっきりしなだれかかった。
超爆乳をサービスといわんばかりに押し付けると、普段なら絶対に出すこともない甘ったるい猫撫で声で長男に絡んでいく。
「ダインくぅ~ん? どういうことかなぁ~? お母さんに話してみ?」
「ちょう待っちょ……乳が腿が! 柔らかいとこ全部当たっちょるがな!?」
当ててんだよ、とツバサはニヒルに笑いながら続ける。
「まさか疾うの昔に宇宙戦艦レベルになってて、それを母親に報告してない……なんて凡ミスやらかしてないよな? さっきのは俺のポカだけど、今度のこれはいつからほったからしの話なんだ? 報連相はどこ行ったよおい?」
「か、堪忍じゃ母ちゃん……いやさアニキぃぃぃーッ!?」
都合の悪い時だけアニキ呼びとは恐れ入る。
このメカ息子、未だに妻として娶った次女フミカ以外への女性に対する免疫というものがない。だから、女の色香で迫ると折檻になるのだ。
幸か不幸か、神々の乳母のおかげで息子も愛でられる。
ダインに女が寄りつくと悋気から即席メンヘラになりかねないフミカも、ツバサのこれは母からのスキンシップと判定するのでノーカウント。
おかげでお仕置きのバリエーションが増えた。
「ほら言え、吐け、いつからハトホルフリートは宇宙戦艦だったんだよ?」
乳房の谷間に顔をうずめたダインは白状する。
「ううっ、ほ……穂村組と小競り合いする前くらいから……」
「もう随分と前じゃねえか!?」
その後も乳房でサンドイッチしてやったり、ムチムチの太ももを両足に絡めさせたりと、色気の拷問でダインから根掘り葉掘り聞き出していく。
その結果――判明した事実に驚愕する。
「宇宙空間を航行できるどころか……多重次元も渡り歩けるだと!?」
既に宇宙戦艦のラインを棒高跳びレベルで飛び越えていた。
ミロの過大能力――【真なる世界に覇を唱える大君】。
彼女の号令するままに世界を創り直す万能の力だ。
万能過ぎるがゆえに龍宝石に宿すと、そこに力の方向性を決めるミロの意思が介在しないため莫大なエネルギーにしかならない。
だからこれまで飛行母艦では各能力の増幅に充てていた。
しかし、ミロが次元の壁を開いたり閉じたりする場面を目にしたダインは「この状況を記録して再現させられないか?」と思い立ち試験を開始。
フミカに協力を頼んだらあっさり成功。
最初は空間転移機能くらいのつもりでいたが、試験を重ねる内に神々の乳母の力を宿した動力炉とともに運用すれば次元の壁も突破できると判明。
結果、多重次元を自由に航行できる戦艦の爆誕である。
「スゲー! 宇宙戦艦どころか次元戦艦じゃん!」
「これで何処でも行けますね!」
ミロとマリナのお子様組は天真爛漫に驚いていた。
「早い話、蕃神のいる別次元へ攻め込むことも可能ッス」
フミカに説明されるまでもない。無数にある次元を乗り越えられる艦の性能は、そのまま対蕃神を想定した戦闘能力を意味している。
まさか飛行母艦をそこまでバージョンアップさせていたとは……。
「……でかしたッ!! と褒めてやりたいが」
「あ! え? やっぱウチも報連相不足で巻き添えッスか!?」
ツバサは近くにいたフミカも抱き寄せて夫婦まとめて頭を小脇に抱えると、二の腕の筋肉で首を締め上げる体罰で躾けていく。
ついでに超爆乳の圧力で顔をへちゃむくれにするおまけつきだ。
「蕃神への対抗策や切り札を造ってくれたことには感謝する。感謝しても仕切れないし、これからの戦いを助けてくれるものだからな……だがしかし! どういうものが出来上がったのかを知らせてくれ! 緊急事態でいきなり秘密兵器みたいに教えられても戸惑ったら迅速な対応ができないだろうが!」
ツバサは報連相の大切さをお説教した。
「ご、ごもっともじゃ! 面目ねぇぜよ! け、頸動脈がががががッ!?」
「これからは報告書とか徹底するッスからご勘弁ッスーッ!?」
すると、ダインがパグ犬みたいに潰れた顔で言い返してくる。
「じゃ、じゃけんど……最強級の波動砲ぶっ放せる時点で気付いちょうよ!?」
「お母さんはそこまでロボとかメカに詳しくないの!」
波動砲と波動拳の区別も怪しい。
さすがにそこまで酷くはないが、波動砲に種類があると言われてもチンプンカンプンである。大和型の戦艦が数隻あるのは知っているが……。
「――誰がお母さんだ!?」
もう何度も自分で言っておきながら自爆の決め台詞を叫ぶ。
今度は反対側のフミカまで訴えてくる。
「みりりりり……だ、誰が見ても一目瞭然な、宇宙戦艦っぽいフォルムや航空機にあるまじき飛行速度なんで、てっきりわかってもらってるものかと……」
これにはツバサも反論しづらい。
言われなくとも随所に「これ単なる空飛ぶ戦艦じゃないよね?」という点がハトホルフリートには多々あったので、気付かない方がおかしいのは確かだ。
それでも――ツバサは報告を待っていた。
長男や次女からの「こんな改造しました!」という報告をだ。
「なんとなくスゴいなー、カッコイイなー、と少年心に感じるところはあったけれど、そこまでロボオタクじゃないから詳しくはわからなかったんだよ……お母さんにもわかるレベルで報告しろ!」
誰がお母さんだ!? と今日は決め台詞も大盤振る舞いだった。
三分後――お仕置きとお説教も終わり解放する。
ダインもフミカも片頬ずつ乳房に押し潰された跡が付いており、それが恥ずかしいのか気まずそうに揉みほぐしていた。
言い足りないツバサは最後に申し付ける。
「……これからも蕃神と戦うことを考えれば、移動拠点となる艦のグレードアップは歓迎することだが……せめて一言! 何をしたのか教えといてくれ」
「「……はぁ~い」」
ダインもフミカも反省の色が濃い表情で返事をする。
これに懲りて報連相の大切さが身に沁みてくれればいいのだが、長男も次女もできる子なのに妙なところでポカをする悪癖があった。
自身ができる才能を持つゆえに、心のどこかで他人にも「これくらい言わないでもわかるだろ」と解釈を任せてしまうところがある。
フミカは説明好きなのでまだマシだが、ダインはこの傾向が強い。
いわゆる天才肌の職人にありがちな説明不足なのだ。
この手の才能持ちが弟子を取ると「見て覚えろ、師の技を盗め」の方式でスパルタ教育をするため、生え抜きの少数精鋭しか残らなくなる。
それが良いのか悪いのかは個人の裁量に寄るだろう。
才能に恵まれると、こうした配慮に欠ける面も浮かび上がってくる。まだ年若いうちに是正してやらねば……とツバサは母親視点で気に掛ける。
誰がオカンだ! とまた自爆しかけた時のこと。
「――失礼いたします」
ツバサたちの背後に音もなく気配が現れる。
足音を鳴らさずに歩くのが難しい船渠の天井に掛かる金網の鉄橋。その中央に立つツバサたちの近くまで彼女は忍び寄っていた。
オーソドックスなメイド服に身を包んだ、長身爆乳美女である。
ハトホル太母国 メイド長 クロコ・バックマウンド。
長めの銀髪をポニーテールに束ね、1年365日鉄面皮の澄まし顔。その仕事ぶりは有能なれど、エロスへの執着が強すぎる変態駄メイドだ。
彼女は過大能力により小規模の空間転移ができる。
こうして音もなく背後まで近付いたり、ツバサほどの達人にすら気配を読ませることなく接近するのも容易い。悪用されたら面倒臭いだろう。
まあ、クロコは悪戯めいたセクハラくらいにしか使わないが……。
「それ立派に悪用じゃね?」
「まさかアホのセクハラ魔神なミロに言われるとは思わなかった」
ツバサの独白を読んだミロは指摘してくるが、当の本人が後ろからツバサに抱きついておっぱいを鷲掴みにしているのだから世話がない。
子供の戯れと割り切れるようになったツバサも慣れたものだ。
「それで……どうしたクロコ、何かあったのか?」
「はい、ご報告させていただきます」
ミロに抱きつかれたままクロコへ振り返ると、前で手を合わせたクロコはピンと伸びた姿勢から折り目正しいお辞儀をする。
所作だけなら瀟洒な一流メイドなのが惜しい。
「仰せつかっていたメイド人形部隊の再編が完了いたしました」
主人の気持ちなど露知らず、鉄面皮メイドはそう告げた。
「是非ともツバサ様たちにご確認していただこうかと思いまして……」
~~~~~~~~~~~~
――メイド人形部隊。
クロコが製作したメイド姿をした人形たちの総称だ。
神族としては他者に忠誠を誓うペナルティが発生する御先神。職業クラスで修めるのはメイド。そして、SもMもイケるオールラウンドな変態。
そんなクロコ本来の職能は錬金術師である。
戦闘では火器をメインに戦うので兵士系の技能も習得しているはずだ。
彼女は錬金術系技能を駆使して従者作成ができる。
ホムンクルスという人造生命体を創造する技能や、賢者の石や生命の霊水を用いて疑似生命を宿らせた自動人形を製作する技能。こうしたものを複合させることで、自身と瓜二つのメイド人形を完成させていた。
創造主であるクロコはメイド人形部隊を手足の如く扱える。
戦闘ではメイド人形部隊の名に恥じぬよう、陰に日向に隊列を組んで重火器を構え、敵を迎え撃つメイド服を着た軍隊として戦ってくれる。
日常生活においてはメイドらしく従事する。
掃除、洗濯、炊事、庭仕事、警備……家事なら何でもござれだ。
長男ダインのテクノロジーや次女フミカの【魔導書】の協力もあって、人工知能の仕上がりも上々。高性能な思考回路を備えている。
だが、メイド人形部隊には致命的な欠点があった。
全員――クロコそっくりなのだ。
多岐に渡る仕事をサポートさせるために用意した分身なので、彼女の外見に寄せたとは聞いていたが、どのメイド人形も双子のように酷似していた。
昔の漫画であった見分けの付かない六つ子のようだ。
100体近くいるから六つ子どころではない。
幼女型、少女型、成年型、熟女型……とバリエーションはある。
それでも全員クロコなのに変わりはない。
おまけにすべてのメイド人形はクロコの意識とリンクしていた。場合によってはメイド人形をクロコの意志で遠隔操作することもできる。
――情報の伝播と共有。
これらが早いのはいいことだが、逆に言えばすべてのメイド人形がクロコにとっての“眼”であり“耳”として働くわけだ。
即ち、家事全般を任されるため我が家の至る所に配置されたメイド人形により、ツバサたち家族の行動はクロコに筒抜けという事実が導き出される。
プライバシーなどないも同然。
何より――大勢のクロコに囲まれて生活している。
この事実に気付いたツバサは、それまでモブキャラ程度の認識でいたメイド人形たちを意識するようになってしまった。
だからツバサはクロコに注文を付けたのである。
『メイド長の仕事が忙しいのはわかるから、何体かはクロコ直属ということでお目こぼしをしてもいい。だが、他のメイド人形は何とかしろ』
『おや、圧倒的多数の私に見守られる生活はお気に召しませんでしたか?』
承知の上みたいな台詞でクロコはほくそ笑んだ。
普段が無表情だから、こんな時の笑顔は悪い意味で破壊力が高い。
コイツ絶対に確信犯だ――わかって放置したに違いない。
『……どうして今まで無視できたのかわかんねぇよ』
頭痛を覚える頭を押さえてツバサは毒突くと、クロコは「えっへん!」と得意げに胸を反らして爆乳を張った。ちなみに無表情である。
『メイド人形には気配を消して活動するよう申し付けておりましたので』
『それが原因かこの野郎』
こめかみに怒りの青筋を立てたツバサは冷静にツッコんだ。
生命体としての存在感が希薄な自動人形にそんな真似されたら、毎日何事かに追われているツバサが見落とすのも致し方ないことだった。
しかし、いきなりの全撤去は現実的ではない。
ツバサたちの拠点である我が家はデカい。
敷地面積もそうだが、建物としての規模もちょっとした城クラスだ。家族の私的空間とは別に、乙将オリベを始めとした妖人衆や、超機械生命体のスプリガン族の出入りを許可している国家運営を司る執務室などもある。
会議室、客間、離れ、別棟、各種倉庫……。
エリア毎に区分しなければならない巨大建造物となっていた。
これらすべてを管理する人員が足らない。
いくら神族になったオカン系男子とはいえ、ツバサの身体はひとつだ。これほど大きな建物の掃除や整理整頓を一人で熟すのは難しい。
メイド長のクロコに手伝わせたとしてもだ。
そこでメイド人形部隊の出番である。
広大とも言える我が家の各所に配備された彼女たちに、各エリアの掃除や家事を任せていた。それとなく建物内の警備システムも兼任させている。
もはや我が家を切り盛りするのに必要不可欠。
いつの間にかメイド人形部隊は重要性の高い労働力となっていた。
貢献度なら間違いなく酔っ払いより上である。
なので「クロコに囲まれた生活は精神的に来るものがあるから、メイド人形をどうにかリファインしてもらえないか?」とツバサは率直に命令した。
早い話、外見と意識の共有をどうにかしろと言い付けたのだ。
御先神であるクロコに遠回しな意見は無用。
主人への従属が御先神にとっての大前提なので、ストレートな物言いで命じてやった方が喜ぶのだ。ぶっちゃけ遠慮する意味がほとんどない。
畏まりました――クロコは素直に命じた。
アバウトな命令だと勝手に解釈されて後々エラいことになりそうなので、ツバサや家族の要望は伝えている。主に「顔がみんなクロコなのはキツい」「意識の共有はプライバシーの侵害に近い」「バリエーションが欲しい」などだ。
「……皆様の意見を取り入れて改善いたしました」
クロコの案内で大広間へ通される。
移動要塞ハトホルベースから降りてきた一行は、我が家の一角に設けられた多目的ホールにやってきていた。ここがお披露目会場らしい。
「こちらが――再編されたメイド人形部隊になります」
広間へ踏み入ったツバサたちは「おお……ッ!」と感歎の声を上げた
広間に整然と居並ぶメイド人形の数々。
百花繚乱と褒め称えたい彼女たちの華麗さに驚かされたからだ。
その数は――総勢150体。
30体ずつ隊を構成するように分けられている。
ほとんどが女性の平均身長を超えているが、わざわざ個体差を設けたようで2m近い長身メイドや150㎝にも満たない小柄なメイドもいた。
全員、瞳を閉じて身体の前で手を合わせた直立姿勢で待機している。
髪型、髪色、顔立ちや肌の色も千差万別。
そして、誰もが振り返る美人ばかり取り揃えられていた。
ただし、クロコが製造した被造物なので人形のような美貌である。それゆえ特徴が薄く個性に乏しい。美人であることに間違いはないのだが、モブキャラのように主張するものがない漠然とした美しさだった。
全員メイド服着用なのだが、これにも個人差があった。
メイド長からして古式ゆかしいオーソドックスなメイド服を愛用しているので、このタイプのメイド服を着たメイド人形が最も多い。
他にもややスカート丈が短くなったメイド服や、もう少し露出度が高ければエロティックなフレンチメイドに近いもの、袖なしのノースリーブみたいなメイド服や、和服に袴の女中みたいなメイド服にチャイナドレス風のもの……。
髪型や衣装でそれぞれの個性を表現しているようだ。
クロコ似のメイド人形は一体もいない。
「まずメイド長から彼女たちについてご説明させていただきます」
クロコは一礼すると足音を立てずに歩き出し、「右手を御覧ください」といった仕草で整列するメイド人形たちを示した。
「彼女たちは以前のメイド人形を改めたものではなく、一から創造した新たなメイド人形になります。その際、長男様と次女様の御助力を得まして、各方面のパラーメーターをグレードアップさせていただいております」
主に身体性能と人工知能がパワーアップしたそうだ。
人造生命体と自動人形と機械式人造人間。
これらを創る技術のいいとこ取りを寄せ集めて完成させたものらしい。
「前のクロコさんの姉妹みたいな子たちはどうしたの?」
ミロはメイド人形たちの間をちょこちょこ駆け回り「あ、この子カワイイ」とか呟きながら、以前のメイド人形たちの行方を訊いてきた。
廃棄処分などの心配をしたらしい。
ご心配には及びません、とクロコは速やかに返答する。
「この子たち同様のグレードアップを施した後、私の【舞台裏】に配備しました。今後はあちらで私の影としての仕事に従事させるつもりでおります」
よろしいですね? とクロコの眼が訴えてくる。
問題ない、とツバサは軽い頷きで応じた。
クロコの過大能力――【舞台裏を切り盛りする女主人】。
神族や魔族ならば誰でも持てる亜空間。
俗に“道具箱”と呼ばれるそれは、VRMMORPGから引き継がれてきた個人専用の収納スペースだ。ゲーム的に言えばアイテム倉庫である。
標準的なスペースはコンテナ倉庫くらいの空間。
それでは足りないと物持ちのいいプレイヤーは技能で拡張させていく。
時に過大能力がこの道具箱を覚醒させる時がある。
クロコの場合、道具箱が【舞台裏】と呼ばれる彼女の意志ひとつで自由自在となる広大な空間となっており、いつでもそこへ退避することができる。本来、道具箱へ入ることはできないため、これだけでも特殊な能力だ。
そして、半径数㎞以内なら何処にでも新たな出入り口を設けられる。
これによりクロコは瞬間移動を可能としていた。
「私もLV999になりましたおかげか、【舞台裏】の拡張にも成功しましたし、出入り口を開く範囲も数㎞にまで伸びました」
「これまでのメイド人形部隊を待機させることも適うわけか」
図らずもクロコの戦力強化も進んでいた。
破壊神戦争でも【舞台裏】にメイド人形部隊を潜ませて応戦していたので、彼女の戦果は何気に高い。軍隊規模で不意打ちができるようなものだ。
もしもの時は自分似のメイド人形を影武者にもできる。
これまでも七女ジャジャの分身と一緒に、クロコのメイド人形を偵察に派遣させていたので、諜報関係の仕事を任せたら捗りそうだ。
「それで、この新しいメイド人形たちの性能はどれくらいなんだ? 以前のメイド人形はクロコの分身みたいなものだから頭の回転は速かったが……」
まずは人工知能について尋ねてみる。
「そいつについてはわしから説明しちゃるぜよ」
クロコから説明を引き継いだのはダインだった。人造人間の機能向上のみならず、人工知能のAIなどにも彼の技術が関与していたらしい。
「アニキ、この間オススメしたアニメ見てくれたじゃろ?」
「ん? ああ、どっちも面白かったよ」
午後の小休止や就寝前の一時、ツバサは読書するばかりではなくゲームやアニメを消化することもあった。家族や仲間から勧められるのだ。
長男ダインが勧めてくれたのは昔のロボアニメ2本。
勇者王と呼ばれる巨大ロボを駆るサイボーグの主人公が、仲間のロボたちとともに外宇宙から攻めてくる異星人と戦う熱血なロボアニメ。
もうひとつは、すべてを忘れた街で交渉人の仕事をする主人公が、騒動を引き起こす原因となる敵を巨大ロボで殴り飛ばす硬派なロボアニメ。
「あれらに出ちょるロボやアンドロイドの人工知能とほぼ同レベルじゃ」
「それもう人間と変わらないだろ!?」
あれらの作品に登場する人工知能は完全に人格を有していた。
一個人として扱うべき性格を持っていたはずだ。
「まあ、まだ生まれたてなので当分はAIらしく杓子定規な受け答えしかできないッスけど、家族と接しているうちに経験値が溜まってくるッスよ」
「……そしたらどんどん流暢になっていくのか」
しばらくすれば人間のメイドさんと遜色なくなるようだ。
ここまで高性能な人造人間を造れるようになるとは……。
フィクション世界の絵空事が身近になってくると、嬉しいような凄いような感心するような感動するような、それでいてちょっと恐ろしいような……。
二律背反に交錯する奇妙な気持ちに惑いそうになる。
だからといって躊躇する時間は惜しい。
何があろうとも前へ進む勇気を持って立ち向かわなければならない。
両眼に分析系の技能を走らせたツバサは、メイド人形の性能を自らの眼でチェックしながら、製作者たちと口頭による質疑応答を始めていく。
「肉体的には人間ではなく神族基準だな?」
「そうじゃ。有事の際には我が家を守るだけやなく、国や民も守れるよう戦闘能力も高めに設定しちょるぜよ。武器や火器などの扱いはインプット済み、無論ロボット三原則を手本として動くように思考回路もプログラミングされとる」
「クロコとの意識の共有はやめたはずだ。情報伝達手段は?」
「フミカ謹製の脳間ネットワークと、お互いの精神感応を送受信して共有できるダイちゃん謹製の機器をメイド人形の脳内に標準装備させてるんで、メイド人形同士なら速やかな情報のやり取りができるッス。他にも簡易魔法の伝達交信を習得させてるッスから、何か報告があればウチら家族にはこっちで伝えてくれるッス」
「緊急時にも即応できるな……LV的には800越えか?」
「体格差などもありますが平均LV850をキープできました。未知の勢力による襲撃は元より、常に蕃神への警戒を怠れない現状を考慮しますと、戦闘員ではない女中といえどもこれくらいの力量は欲しいかと思いまして……」
ちなみに、とクロコは右手でジェスチャーをする。
「どの娘にも夜伽を仕込んであります。寂しい独り寝の夜には是非……」
「うん、その機能だけ余計なんだわ」
ツバサは指を鳴らすと視覚効果系の技能でクロコの手にモザイク処理をした。握った拳の人差し指と中指の間から親指を抜く手付きである。
マリナには見せられないジェスチャーだ。
せめて上品に夜伽という単語を使ったことは評価しよう。
ふむ、とツバサは顎を摘まんで小さく唸る。
一通り質疑応答をしたが、これは満足できる出来映えと言えるだろう。
「完璧だ――長男&次女&メイド長」
「「「――感謝の極み」」」
ズパッ! と鋭利な効果音で胸に手を当てて一礼する三人。示し合わせたように一糸乱れぬ礼だったが、練習でもしたのだろうか?
「このメイドさんたち、クロコさんが面倒見るんですか?」
そんな疑問を声にしたのはマリナだった。
ミロと一緒にメイド人形の列をパタパタと歩き回る彼女は、ファンシーなドレス風メイド服などに瞳をキラキラさせながら振り返る。
考えてみれば、一度に150人の部下が増えたようなものだ。
今までのクロコ似のメイド人形はあくまでも彼女の分身みたいなもので、クロコの意志でどうとでもコントロールできたはず。しかし、この新造されたメイド人形150体は話が違う。まったく別個のアンドロイド部隊である。
指揮や差配するだけでも一苦労となりそうだ。
「名目上、私がメイド長として総指揮を執ります……ですが、さすがにこれだけの人数となると目が行き届きません」
そこでいくつかの部隊に分け――隊長を任命しました。
「――お入りなさい」
パンパン! とクロコが手を叩けばツバサたちが入室した扉とは別のところが開いて、新たに五体のメイドが大広間へと入ってくる。
30体ずつに分けられたメイド人形部隊。
五体のメイドはそれぞれの隊を率いるように先頭へと立った。
「……この五体は特別枠か? 強さの桁が違うな」
ツバサの観察眼は一目で看破する。
隊長役を任された五体のメイド人形は、多少の差こそあれども平均LV950に到達していた。やり方次第ではLV999も夢ではあるまい。
気を付けをした五体のメイド人形は順々に挨拶する。
「はじめましてご主人様――レオ001号と申します」
製造番号を名乗るのは長身のメイド。実直な雰囲気がする。
メイド服のタイプはオーソドックス。
スタイルはクロコたち爆乳特戦隊に並ぶナイスバディ。
長い黒髪はハリネズミのような剛毛なのか、ヘアバンドで無理やり抑え込んでいる。高い知性を感じさせる容貌によく似合う銀縁眼鏡を掛けていた。
ふと誰かの面影を重ねそうになる。
「お初にお目に掛かります――カイ002号です」
二番目に名乗ったのは大柄なメイド。こちらは生真面目そうだ。
001号より大きい。2m近くありそうな巨女である。
全体的にデカいのでスリーサイズも山盛りだ。
メイド服はオーソドックスだが、注連縄みたいなベルトを巻いていた。
……あれ、エプロンじゃなくて関取の化粧廻しじゃないか?
長い髪は夜会巻きのようにまとめていて清楚なのだが、表情が美人なれど気の強そうな強面で大きめの口からは獰猛な牙が覗けた。
彼女もまた誰かに似ている気がする。
「ども――メイ003号っす。よろしく」
三番目に名乗ったのも背の高いメイドだ。気安い性格らしい。
身長的には001号とそう変わらない。
スリーサイズも同程度、グラマラスな部類である。
メイド服は和風タイプ。大正浪漫あふれる女中服のようだ。
長い黒髪はオールバック風にひっつめて、うなじで適当にまとめている。少々だらしない顔付きだが、美人なのには間違いない。
何故か彼女は大小二振りの長めな日本刀を腰に帯びていた。
「ハリー004号です――よろしくお願いします!」
ハキハキ名乗ったのは金髪のメイド。ウィンクのサービス付きだ。
五体の隊長メイドでは一番小柄で女性らしい体格。
体型もグラビアアイドル級だが豊満ではない。
メイド服は袖やスカートの丈が短いタイプ。露出が高いかと思いきや、どういうわけか防塵マントみたいなものを羽織っている。
ウエーブの掛かった金髪を肩まで靡かせ、彫りの深い欧米人風の美人だ。細やかなソバカスがアクセントになっている。
こちらの彼女は腰のベルトに四丁の拳銃を差していた。
「エン005号です――以後よしなにお願いします」
最後の五人目はショートヘアのメイド。堅物な気配がある。
背丈は標準だが武道家として鍛えた体格だ。
スタイルはそこそこだが、下半身の安定感が際立つ安産型。
メイド服はオーソドックスタイプに近いが、引き千切ったように袖がないノースリーブタイプ。引き締まった二の腕に鍛錬の証が刻まれている。
少女というより少年の凜々しさがある顔をしており、短く刈り込んだベリーショートの髪型もあってボーイッシュの上を行くマニッシュ感があった。
挨拶を終えた五人の前にクロコが立ってお辞儀をする。
「――以上、五名の部隊長が今後メイド人形部隊を取り仕切ります」
「いや、取り仕切るのは構わないんだが……」
ツバサは困惑して言葉を濁した。
恐らく――彼女たちの製作に費やした労力は段違いだ。
LV950という能力の高さもあるが、人工知能の完成度も相当である。
150体のメイド部隊はただ佇んでいるだけでも、起動されたばかりのロボットのようなぎこちなさが見て取れる。なのに、この五体の隊長格メイド人形たちは既に自己を確立したような人格を露わにしているのだ。
すべてにおいて量産型を凌駕する特別機。
だからこそ隊長格に推薦されたのだろうが……。
「なんだろう……既視感があるというか、見覚えがあるというか……」
「なんか変ですよね……ワタシ知ってる! みたいな……?」
ツバサとマリナは親子で首を傾げてしまう。
「……あ、アタシわかっちゃったかも」
同じように首を傾げていたミロは苦笑いを浮かべると、五体の隊長格メイド人形を001号から順に指差してこう言った。
「獅子のお兄ちゃん、親方、酔っ払い、拳銃使い、ツバサさんの後輩」
全員アシュラ出身者に似てる、とミロは付け加えた。
「その通りでございます――さすがミロ様、さすミロです」
「やった大正解!」
クロコの答え合わせに満点正解のミロははしゃぐが、ツバサはそれどころではなかった。既視感は納得できたが、どう受け止めればいいか悩んでしまう。
「アイツらをモデルにメイド人形を造ったのか!?」
これもある種の女体化ではなかろうか?
あるいは「あの五人に娘が生まれたら?」とか「あの五人に姉妹がいたら?」とか「あの五人が何らかの理由で性別逆転したら?」とか……。
そういう“IF”にありがちな設定だ。
しかし強力な人造人間を造るなら、これが一番手っ取り早い。
完全な模倣は不可能だが、数段劣るも精巧なコピーを造れれば十分役に立つ。
兵力ならば申し分ない働きをするだろう。
ダインに勧められたアニメでも、時間がないからと仲間の思考回路をモデルにして新しいロボの人工知能を造っていた。似たような手法である。
彼女たちの場合、オリジナルの戦闘能力も受け継いでいると見ていい。
頼り甲斐がありそうなのはいいことだ。しかし……。
「みんな、よくメイド人形のモデルになることを承諾してくれたな」
半眼に半笑い。複雑な心境を曖昧に緩んだ表情を浮かべたツバサは、傾げた頭を支えるように手を添えた。気疲れから頭が重い。
この一言に、クロコは予想を裏切る反応をしてくれやがった。
「…………え?」
その澄まし顔には「あ、ヤベ」と書いてある。
「「「「「……え?」」」」」
オウム返しで声を漏らしたのはツバサ、ミロ、ダイン、フミカ、マリナ。この件では協力したダインやフミカもノータッチだったらしい。
「相済みません。モデルの方々に許可を取るのを失念しておりました」
素知らぬ顔でしれっと謝るポンコツメイド。
――既に稼働している五体の隊長格メイド人形たち。
彼女たちはアシュラ出身者の外見や能力に基づいて設計された人造人間だが、モデルとなった本人たちに了解を求めることなく造られていたのだ。
とんでもない凡ミスである。
「肖像権の侵害じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!?」
ツバサの雷が駄メイドへ降り注いだのは言うまでもない。
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