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第19章 神魔未踏のメガラニカ
第470話:五神同盟結成
しおりを挟む黄金の起源龍の墓参りから――七日が過ぎた。
最悪にして絶死をもたらす終焉が引き起こした戦争による傷跡は、ひとまず処置が済んだところだ。各国の復興も順調に進んでいる。
目処が立ってきたので、国民も日常生活を取り戻しつつあった。
神族たちの戦後処理も落ち着いてきている。
日中こそ忙しなく戦争の後始末に追われているが、夜はなるべく早めに就寝することを心掛けており、戦いの疲れを癒すことに勤しんでいた。
もっとも――心中穏やかではない。
南方大陸の件が徐々に知れ渡るようになったからだ。
ツバサが同盟国の各代表にそれとなく伝えたのもあるが、軍師レオナルドや情報官アキ、博覧強記娘アキや聖賢師ノラシンハ、彼らのような識者に相談することで見解を求めたために自然と伝播していった。
人の口に戸は立てられぬ、勝手に広まっていくというやつだ。
そうなるようにツバサから仕向けたところもある。
一応「大っぴらにはするなよ」と釘こそ指したものの、徹底した箝口令は布いていない。ゆっくり仲間内へと膾炙していくように調整しておいた。
予備知識があれば心の準備も整う。
いきなりショックの大きい情報を知らせて混乱を誘うよりは、少しずつ段階を踏んだ方がマシという判断によるものだった。
『南方大陸には祭司長より強い蕃神が巣食っている可能性が高い』
出回ってる情報はこの程度である。
これだけでも憂鬱になるくらいヘビィな話だと思う。
かつて還らずの都を巡る戦いで乱入してきた祭司長こと超巨大蕃神は、片手だけで真なる世界を握り潰すこともできた異次元の怪物である。
大地母神、英雄神、戦女神、獣王神、冥府神。
内在異性具現化者が五人掛かりで食い止め、ようやく片手を失うほどのダメージを与えることで、次元の彼方へ追い返すことに成功した。
もしも「再戦です」と言われたら、全員一致で難色を示すに違いない。
その超巨大蕃神を越える蕃神が南方大陸にいる。
当事者ほどこの情報には打ちのめされること請け合いだった。
だがしかし――これでもジャブだ。
その蕃神を放置できない事情もツバサは知っていた。
延世の神となったロンドの遺言である。
『一年、いや、半年のうちに……南へ向かえ……まず、そこが堕ちる』
半年も過ぎれば南方大陸から真なる世界が陥落する、とロンドの預言はこのように解釈できる。あの口調はそう言い含んでいた。
超巨大蕃神“祭司長”を越える――恐らくは外なる神々の一柱。
フミカたちの見立てではシュブ=ニグラスという神性らしい。
クトゥルフ神話における大地母神の立ち位置にいる存在だという。
真なる世界を護りたければ、その蕃神に立ち向かわなければならない。かつてない脅威との接触が予想されるのみならず、それを半年以内にどうにかしないとこの世界が終わるかも知れない可能性まで示唆されていた。
この情報は伏せてある。今度の会議で打ち明ける予定だ。
……これもストレスになってるのかも知れない。
横綱ドンカイや剣豪セイメイ、それにメイド長マルミからも「フラストレーションが溜まっているんじゃない?」と心配されたが、仲間を慮るあまりこうした秘密を抱え込むことも精神的に良くない気がしてきた。
話せば気も楽になるのか? 当てにならない期待をする。
超爆乳を抱えているおかげでただでさえ肩が重苦しく感じているのに、これらの情報を抱えるものだから余計に重責を感じてしまう
更に胃痛を覚えそうな重すぎる真実にまで辿り着いてしまった。
『――蕃神の正体はクトゥルフ神話の邪神群』
悪夢を通して接触してきた祭司長が、ネタバレみたいに自身の本性をさらけ出しながら、外なる神々についての忠告を告げてきたのだ。
もうお腹いっぱいです、と断りたい気分である。
しかし一方的に暴かれた事実とはいえ、目を背けることもできない。
海外ホラー小説マニアでクトゥルフ神話愛好家な女子高生コンビに相談することで基礎知識を得たツバサは、あの悪夢が無意識の見せたものではなく祭司長ことクトゥルフが本当に接触してきたものだと確信できた。
これまでも蕃神=クトゥルフ邪神群という容疑は掛けられていた。
それがハッキリしたに過ぎない。
敵の正体が判明した……そう割り切れれば良かったのだが、外なる神々の途方もないスケールに気が滅入ってしまいそうだった。
もはや神と呼ぶのも烏滸がましい。
神族や魔族と比較する以前の問題である。
計り知れない莫大なエネルギーが渦巻く異次元そのものとか、生命体としての格どころか領域を遙かに凌駕している。死力さえ尽くせばなんとか追い払える祭司長ことクトゥルフが可愛く見えるレベルだ。
それでも――ツバサの心が折れることはなかった。
うんざりするほど頭を抱えるものの、その悩みは「どうすれば倒せる? 最悪でも元いた異次元へお帰りいただくよう撃退できる?」というものだった。
ハチャメチャな戦り甲斐に奮起しつつあるのだ。
阿修羅街出身者は多かれ少なかれ共感してくれるはず。
アハウやクロウもこの世界に生きる仲間や家族を守りたい一念で、身体を張るどころか魂まで賭ける根性の持ち主だから日和ることはない。
大丈夫――まだ戦える。
ただ、こんな重い話を次の会議で話すことに気が引けた。
他人には人一倍気を遣うツバサだから尚更だ。
(※バカアホ間抜け外道は除外されます)
今度の会議では破壊神との大戦に最小限の被害で勝利できたことを言祝ぐもので、保留されていたある件を推し進めるつもりでいた。
四神同盟とは――四人の想世神が代表を務めることを意味する。
想世神とはカエルの王様ことヌン・ヘケトの命名だが、その資格があるのは強大な魂魄を備え、複数の過大能力に覚醒した者に贈る尊称だという。
つまり、内在異性具現化者のことだ。
ヌンはツバサたちのような内在異性具現化者こそが、想うままに世界を創り変えていく新たな神だと褒め称えてくれた。
同盟には現在、ツバサを筆頭に五人の内在異性具現化者がいる。
本来はミロも含めて六人なのだが、ミロ当人に自覚はなくツバサ以外に気付いている様子もないので、この事実は隠しておくことにした。
あの娘はアホの子――教えたら調子に乗る。
なので現状、内在異性具現化者のカウントは五人のままだ。
五人目の彼が仲間とともに同盟入りした時点で改名するはずだったのだが、本人から「この戦争が終わるまで待ってほしい」と頼まれた。破壊神の部下である「あの男と決着をつけるまで踏ん切りがつかない」という理由からだ。
その破壊神との大戦争もついに終結を向かえた。
銃神――ジェイク・ルーグ・ルー
次元や空間をも穿つほどの激闘の果てに、彼は因縁の相手でもある破壊神の申し子リード・K・バロールを討ち果たした。
これにより、ようやく改名の条件が満たした次第である。
~~~~~~~~~~~~
――ルーグ・ルー輝神国。
還らずの都を巨大な山脈に見立てた場合、冥府神クロウの治めるタイザン府君国が南にあり、ルーグ・ルー輝神国は反対側の北に位置していた。
国としてはまだまだ建国中、発展途上にある。
それもそのはず。彼らは黄金の起源龍の隠れ里で静かに暮らしていたのに、破壊神ロンドの先兵によってその里を滅ぼされたため、ジェイクたちとともに流浪の民になることを強いられていた。
ジェイク陣営の同盟入りに際して、この地に根を下ろしたのだ。
国民は主にドラゴンの因子が色濃い亜神族のドラゴノート族、鉱石や金属に詳しい妖精のノッカー族、人間寄りな蜥蜴の風体をしたリザードマン族。
それと――タイザン府君国から移ってきた種族。
亜神族で鬼のキサラギ族、人馬のセントール族、山羊人のサテュロス族。
彼らにはタイザン府君国という国を建てた実績がある。
その経験をクロウに買われてのことだ。
クロウの頼みでルーグ・ルー輝神国の建国を手伝いに来たのだが、そのまま居着いてしまったらしい。双方の国は還らずの都周辺を警備する守護妖精族に頼めば数時間で行き来できるため、急いで帰る必要もないようだ。
早い話――移住したみたいなものである。
おかげでルーグ・ルー輝神国は目覚ましい速さで発展しつつあった。
元よりドラゴノート族を始めとする三種族も、黄金の起源龍の隠れ里では自活していたので、安全地帯であれば家屋を建てるのも早い。
唯一、ドラゴノート族が子供ばかりで少々危なっかしいが……。
(※ドラゴノート族の大人は隠れ里が襲撃された際、亜神族としての強さを頼みに破壊神ロンドの手先に立ち向かい、ほとんどが戦死してしまった)
そこはそれ、他種族の大人たちがサポートしてくれた。
作りかけの街には木造建築の家々が立ち並ぶ。
建築素材には石や煉瓦に金属も使われ、キサラギ族が持ち込んだガラスのおかげで窓から外が窺える。朴訥ながら近代的な造りの家のようだ。
なんとなく既視感があるのは――西部劇の街並み。
開拓時代を乗り越えて、汽車が走る鉄道くらいは通うほどに文明的な進歩を遂げた風景が広がりつつあった。この街の前に全界特急ラザフォードが停車したり、そのための駅舎が建てられれば見栄えがいいだろう。
建築の指導はルーグ陣営の工作者ソージ君の担当である。
もしかすると彼の趣味がいくらか反映されているのかも知れない。
ルーグ陣営の拠点にもそれが如実に表れていた。
ルーグ・ルー輝神国の本拠地であり、国を構えたからには王の住む城にして政庁を兼ねる拠点は、洋風建築と立派なお屋敷になっていた。
冥府神クロウたちの拠点も洋館だが、似て非なる建築様式だ。
タイザン府君国の拠点は例えるなら、欧州風の華麗さが際立つヴェルサイユ宮殿のような城館。対してルーグ・ルー輝神国の拠点は、華美さはあるものの実用性を高めたアメリカのホワイトハウスにも似たものだった。
街並みもアメリカナイズだし、そういう雰囲気を醸したのかも知れない。
ホワイトハウスめいた館の長い廊下を進む四つの影。
ルーグ陣営の実務を取り仕切る有能メイド長の案内で、ツバサたちが目的の部屋まで歩いているところだった。
ルーグ・ルー輝神国 メイド長 マルミ・ダヌアヌ。
かつては世界的協定機関にて新人研修係を務め、新人時代の軍師レオナルドや問題児集団のクロコたち爆乳特戦隊も調教した教育係。
その調教の腕前は折り紙付きである。
レオナルドが尊敬し、爆乳特戦隊が脅えるのが何よりの証拠だ。
勿論、彼らの上役として上位GMの任務にも就いていた。
№上の序列は№10なので№07のレオナルドに譲るものの、後輩である彼は今でも「マルミさん」と先輩への敬意を忘れずに接していた。
上位GMは極秘任務として、内在異性具現化者の監視を任されていた。
彼女の受け持ちが銃神ジェイクである。
ツバサにとってのクロコがそうであるように、他の監視役を任されたGMもまた異世界転移後はそれぞれの内在異性具現化者の補佐役になっていた。
マルミの場合、完全にお守り役のようだが……。
かなりふくよかだが美人であることに疑いようはない。
上背こそ平均的だが、とてもボリューミーな体系をしていらっしゃる。
それでも不思議と肥満体に見えないのは、可憐とも言えるほど愛らしい小顔のおかげか、太めながらもバストウェストヒップにメリハリがあるからか。
ぽっちゃり系アイドル愛好家ならば垂涎の的だろう。
こう見えて太極拳の使い手でもあり、ツバサも舌を巻くほど腕が立つ。そのためなのかスカートの下の膝はとても逞しいそうだ。
その膝については色々と囁かれているそうな……元ネタがあるらしい。
オーソドックスなメイド服に身を包み、程々に長い髪は適当にツインテールっぽく分けている。愛嬌のある大きな口元はいつも微笑みを絶やさず、視力はいいはずだが楕円形の伊達眼鏡を愛用していた。
「ごめんなさいね、急に呼び出すような真似をしちゃって」
道案内をするマルミは大人の礼儀として詫びてきた。
いえいえ、と先を行く彼女に続くツバサは畏まる。
「目が覚めた時点で呼んでくれても駆けつけましたよ」
うんうん、とツバサにくっついてきた娘たちも首を縦に振った。
正装にして戦闘服を兼ねる真紅のロングジャケットで決めたツバサの後ろには、同じように戦闘服でもある衣装を着込んだミロとジョカがいる。
「昨日の夜更けに目が覚めたんでしょ、エッちゃん?」
ブルードレスとマント代わりのロングカーディガンをはためかせたミロは、小走りでマルミの横に並ぶと、メイド長の顔を見上げて尋ねた。
「ええ、昨晩の……大分遅い時間だったわね」
ツバサが知らせを受けたのは、午前三時過ぎだと記憶している。
すぐに会いに行こうとしたのだが「さすがにもう遅い時間だから……」とマルミに常識として諭されたので、訪問を今日に延ばしたのだ。
「エッちゃんさん……じゃなかった、エルドラントさんの記憶は?」
ツバサの肩越しから高身長のジョカも質問した。
いつもの着流しの浴衣みたいな格好なので、ツバサ越しに身を乗り出そうとするとはだけた胸元の爆乳がこれでもかと押し当てられる。
役得! と思っておこう。
たとえ自身が超爆乳になろうとも、ツバサはまだおっぱい星人なのだ。
同族である起源龍の身を案じるジョカの問い掛けに、マルミは優しい笑顔で振り返ると、安心を誘う声でしっかり答えてくれた。
「ええ、ちゃんとあったわ」
マルミの押した太鼓判にジョカもミロも明るい笑みを輝かせた。
「あの子は黄金の起源龍……その生まれ変わりよ」
――起源龍はただ死ぬことはない。
たとえ滅びようとも亡骸から生命を産み出すことがあり、それが神族や魔族に多種族など、様々な形で生命の傍流を遺すと言い伝えられていた。
破壊神の私兵――最悪にして絶死をもたらす終焉。
その一番隊を率いた破壊神の申し子リードによって、エルドラントは肉体を保てないほどの消滅の力を浴びせかけられてしまった。彼女の危機を知ってジェイクたちが馳せ参じた時には、もう原型を留めないほど朽ちかけていたという。
時空間をも消滅させるリードの過大能力。
隠れ里の民を守るため防戦に徹したエルドラントは、その力を必要以上に受け止めてしまったため、跡形もなく塵となってしまった。
起源龍の名が示す通り、真なる世界の始まりから数十億年生きている彼らの肉体は恐ろしくタフなので、本来ならばリードの過大能力を喰らってもビクともしない。リードとの最終決戦では、その強靱さがジェイクを助けたほどだ。
しかし、守りの専念するあまり浴び続けたのがいけなかった。
さすがの起源龍も耐えられなかったらしい。
遺されたのは黄金の巻き角と――硬化した眼球ひとつ。
巻き角は形見としてジェイクが自身の道具箱へ大切に保管し、リードとの戦いでは勝利の鍵となって彼を助ける役目を果たした。
もうひとつの遺品、眼球は隠れ里のあった場所へ埋葬されていた。
塵と化した彼女の亡骸とともにだ。
その墓参りに出掛けたジェイクたちルーグ陣営にツバサとミロ、ジョカとセイメイは同行させてもらった。
理由はジョカがエルドラントと同じ起源龍だからだ。
今でこそ身長2m10㎝の美少女だが、ジョカの正体は白銀の鱗と漆黒の鬣を持つ起源龍ジョカフギス。黄金の起源龍の数少ない同胞である。
その縁もあっての墓参りだった。
ところが現地では前述した「起源龍の死は新しい生命を産む」という話をジョカから聞かされ、最後に遺された眼球に何かが宿っているのではないかという推測になり、すったもんだの挙げ句にそれは現実となった。
ミロの宣言通りに次元を創り直す――万能の過大能力。
それで「遺された眼球に何かしら宿っているなら目覚めろ!」と刺激してみると、埋葬された眼球が地上に飛び出してきたのだ。
硬質化した眼球は、石の卵にしか見えなかった。
卵の殻を割って生まれてきたのは――金髪の美少女だった。
種族としては神族、頭部の両サイドからエルドラントと同じ大型の山羊みたいな黄金色に輝く巻き角を生やしていた。
エルドラントもジョカ同様、人間に変身することができる。
ただし、どちらも人化の術は不得手であり、必ず女の子の見目になるという欠点があった。上手であれば老若男女を問わないそうだ。
眼球から生まれた少女は――人化したエルドラントそっくりだった。
抱き留めたジェイクを本人だと認識するような呻き声を上げると、そのまま気を失って昏睡状態に陥ってしまった。
当然、保護して連れ帰ったのは言うまでもない。
話の流れからしてルーグ・ルー輝神国で引き取るのがセオリーであり、ジェイクが寝ずの看病を買って出て、不眠不休でつきっきりだったという。
「神族は寝なくても死なないけど……精神がぶっ壊れるぞ」
俺たちはまだ人間を引き摺ってるんだから、とツバサは思い込んだら何でも一途なジェイクの無理無茶無謀に苦言を呈した。
「そうなの、困っちゃうわよねぇ」
こればっかりはマルミも庇うつもりがないらしい。
ふぅ、とアンニュイにため息をついて頬に手を添えている。
「看病代わるから休みなさい、ってあたしやソージ君たちが口を酸っぱくしていっても頑として聞かなくて……梃子でも動かないってやつよ」
なんならルーグ・ルー陣営全員でベッドから引っ剥がそうとしたらしい。
マルミ、ソージ、レン、アンズの四人掛かりである。
途中でアンズは怪力を持つモンスターに変化して全力を出したり、力自慢のスプリガン族まで駆り出したけれど無駄骨で終わったという。
本当に梃子でも動かなかったようだ。
「あれから七日かぁ……結構お寝坊さんだったね」
「起源龍ならうたた寝で千年寝過ごすのもザラだけどね」
ツバサやマルミがジェイクの不眠を心配する横で、ミロとジョカはとんちんかんな話題を進めていた。睡眠関係の話だけど違う、そうじゃない。
七日間の不眠、普通の人間なら心身ともにおかしくなる。
不眠の最長記録は公式だと11日、非公式だと19日だとされているが、どちらも当事者は後遺症めいた不眠に悩まされて心身を害した聞いている。
場合によっては死に至ったケースもあったはずだ。
もう二度と会えないと諦めていた最愛の女性が、思い掛けない形で帰ってきてくれたのが嬉しいのはよくわかる。しかし、寝食どころが我が身も顧みず看病に尽くして体調でも崩したら本末転倒である。
もうわかった――ジェイクは直情径行が強い。
阿修羅街での付き合いでは目立たなかったが、家族や仲間といった縁者が関わる事柄には目の色が変わるらしい。
ツバサも同じ傾向があるものの、ジェイクのそれは質が違う。
文字通り、我を忘れてしまうのだ。
復讐に燃えていた頃もそうだが、献身的といえば聞こえはいいが今回の看病でも七日間ぶっ続けで完徹することいい、ジェイクは度が過ぎている。
今後、接し方には注意すべきかも知れない。
ジェイク自身の人柄は一向に問題ないのだが、仲間絡みで暴走しがちということがわかったので、そこに心配りをすればいいだけの話だ。
ツバサは重ねてマルミに問い掛ける。
「それでエルドラントさんはもう目覚めて……?」
「ええ、昨晩一度目覚めてすぐまたうつらうつらしてたけど、今朝はちゃんと目を覚まして話の受け答えもしっかりしてたから」
みんなと面会しても大丈夫なはずよ、とマルミは足を止めた。
目の前にある扉がエルドラントにいる部屋らしい。
コンコン、と控えめなノックを鳴らす。
「ジェイク、エッちゃん、ツバサ君たちがお見舞いに来てくれたわよ」
入るからね、と返事を待たずにマルミはドアを開けた。こういうちょっと鷹揚で馴れ馴れしいところは、メイド長というよりオカンである。
その部屋は病室のようだった。
恐らくは客間のひとつとして用意されていたため、最低限の調度品とベッドくらいしか置かれていない。客間ならばちょっと寂しく感じるほどだ。
しかし、病室ならばスペースもデザインも申し分ない。
ホテルの客室に例えれば、スイートクラスの最高級な部屋だった。
バルコニーへと続く窓は開かれており、燦々と降り注ぐ太陽の光とともに爽やかな風が入ってくる。純白のレースのカーテンがはためいていた。
窓際のベッドに横たわる金髪の美少女。
既に彼女は目覚めており、ベッドの上で上半身を起こしていた。
その胸に――ジェイクが抱かれている。
ルーグ・ルー輝神国 代表 銃神ジェイク・ルーグ・ルー。
ルーグ陣営のリーダーにして五人目の内在異性具現化者。
かつてはツバサたちとともにVR格闘ゲームの最高峰“アシュラ・ストリート”にて不動のトップ8であるアシュラ八部衆に数えられた一人。
当時のハンドルネームは銃神。
これは今では肩書きのような異名として定着している。
神族としては銃砲神という分類だそうな。
現実世界の自分から反転した性はツバサやミサキのように性別だが、彼の場合は女性から男性へと性転換していた。女体化ならぬ男体化である。
元よりユニセックスな美人だったらしい。
中性的な美女が中性的な美男子になっただけだという。
性自認も男や女という認識がほとんどないジェンダーXと呼ばれる気質のため、肉体が男性化したことに動揺は薄かったそうだ。
未だに男心にこだわるツバサにすれば羨ましい限りである。
しかしエルドラントに一目惚れしたことで男性としての自覚が芽生えたのか、今ではごく普通に一人の男性として振る舞っていた。
そのジェイクが――金髪の美少女に抱かれているのだ。
白銀の拳銃師という異名のトレードーマークでもあるメタリックなロングコートやゴテゴテしたジャケットは屋内なので脱いでいた。
腕まくりしたワイシャツに黒のパンツという軽装。
恐らくは看病のためだろう。
まるで残業に明け暮れるサラリーマンのようにラフな格好だった。ワンレンに整えた銀髪ロングヘアもグチャグチャに乱れている。
最初に見た時はベッドの傍らに突っ伏していると思った。
だが、実際には違っていた。
ジェイクはベッドに上半身を起こした金髪の少女に抱き寄せられ、その胸に頭を預けたまましなだれかかっていたのだ。
少女の外見年齢に不釣り合いなほど発育した乳房を枕にして、ジェイクはその谷間に顔を埋めて幸せそうに眠っていた。目の下に深く刻まれたドス黒い隈にそぐわない、幸福の絶頂にある寝顔のまま涎を垂らしている。
ツバサたちが入室しても目覚めない、完膚無きまでに熟睡していた。
そして少女も気付く様子がなかった。
「……さま、ありがとう……ありがとう……ッ!」
澄んだ囁き声が風に乗って聞こえてくる。
ジェイクを力強く抱き締めた金髪の少女は泣いていた。
「おまえさま……ありがとう……この世界のために……そんなに傷付くまで戦ってくれて……儂なんかのことを……こんなに想ってくれて……」
金髪の少女は静かに啜り泣いている。
そこに悲しみはなく、喜びを溢れさせた嬉し涙だった。
彼女もまたツバサたちに気付く様子はなく、さっきマルミがしたノックにも反応しなかったことから、感極まった没入感にあるのだろう。
しばらくの間、ツバサたちは対応に悩まされた。
マルミのノックや声が届いておらず、扉を開けて部屋に踏み込んでも無視されるくらい、彼女たちは自分の世界に入り込んでしまっているのだ。
ジェイクは単に七徹の無理が祟って寝ているだけだが……。
他人様の幸せを踏み躙るような真似はしたくない。
アホの子なミロや純真無垢なジョカに空気を読まず「お邪魔しまーす!」と挨拶してもらいたいところだが、彼女たちも押し黙っている。
珍しく色々と察したようだ。
一方のツバサやマルミは大人の良識から声を掛けづらい。
どうしたものかなぁ……と真顔のまま黙していると、ジェイクはともかく金髪の少女は自分たち以外の気配に気付いてくれた。
泣き腫らした顔をハッと持ち上げ、金色の瞳でこちらを見つめてくる。
叡智を持つ古龍を偲ばせる瞳が大きく見開かれた。
彼女の頬は見る間に赤く染まっていき、ふっくらとした唇を大きく開いて戦慄かせている。口元から覗く八重歯がドラゴンの牙を連想させた。
少女が悲鳴を上げる寸前、マルミが手を打った。
パァン! と柏手のように本当に手を打ち鳴らしたのだ。
「じゃあ皆さん、ちょっとお茶してきましょうか」
一時間くらい、とマルミは素知らぬ顔で場を取り繕おうとした。
「そ、そうですね! 後は若い人たちに任せて……!」
上手いことを言おうとしたツバサだったが、焦っていたのかドラマのお見合いシーンで仲人が言いそうなベタな台詞しか出てこなかった。
「アタシ、クリームソーダ! バニラアイス増し増しで!」
「僕は抹茶オレでお願いします」
そして神経の図太いアホの子と天然ドラゴン娘は、当たり前のようにお茶のリクエストを要求しながら部屋を出ようとしていた。
マルミに促されるようにツバサも退室するのだが――。
「まっ……待て! 待ってくれ!」
羞恥心を噛み殺した少女の必死な叫びに呼び止められた。
「べ、別に疚しいこととかしとらんから! ちょっと物憂げになってたので眠り込んでたジェイクで癒やされてただけじゃから! この状況でふたりっきりにされてもそのなんじゃ……なんか恥ずかしくて変な気起こしそうで困る!」
戻ってきてくれ! と全力で懇願されてしまった。
~~~~~~~~~~~~
「とんだところをお目に掛けて申し訳ない……」
まだベッドから起き上がれないが、上半身を起こした金髪の少女は頬を桃色に染めたまま恥じらうように深々と頭を下げてきた。
彼女の頭部には、大きな山羊にも似た一対の巻き角が生えている。
おかげでただのお辞儀でも重そうだった。
「いえ、こちらこそ戸惑ってしまい……申し訳ありませんでした」
ツバサからも狼狽えた非礼を詫びる。
マルミが用意してくれた椅子にツバサは腰掛けると、枕元で金髪の少女の目線に合わせた。ミロやジョカ、マルミはその後ろに立っている。
七徹で落ちたジェイクは――まだ部屋にいた。
マルミが寝室に運ぼうとしたのだが、爆睡しても無意識から愛しい人と離れたくないのかベッドに縋りつき、やっぱり梃子でも動こうとしなかった。
仕方なく妥協案を採用する。
今までは部屋の入口側から少女にしがみついていたジェイクを、ツバサとマルミの二人掛かりで抱え上げて、窓側に移動させることで落ち着いたのだ。
「改めまして――ツバサ・ハトホルと申します」
一緒にミロとジョカの紹介をすると、金髪の少女は角の生えた重そうな頭を慣れた様子で前へと傾げて感慨深げに頷いてくれた。
特にジョカのことを凝視している。
お互いに人間の姿になっていても起源龍。気配や匂いなどで同族と判別できるのだろう。なにか物言いたげだが触れようとしなかった。
ここで話題にすると、ツバサとの話の腰を折りかねない。
間合いを読んで後回しにしてくれたのだ。
見た目こそ美少女だが配慮や所作、口調などは老成した男性っぽい。
エルドラントは精神的にはジジイで、少女になってしまう人間化を嫌がっていたと聞かされた。その性格がこうしたところに表れていた。
ふむ、と納得したように頷いて少女は切り出す。
「仔細はジェイクとマルミ殿から聞いておる……真なる世界のために尽力されているとな……この世界を創造した者を代表して礼を言わせてもらいたい」
ありがとう、と金髪の少女は真摯に謝辞を述べてきた。
「儂のことでも迷惑を掛けたようじゃし……それも含めて礼を言う」
頭を下げようとする少女をツバサは手で制した。
「成り行きと言いますか……家族や仲間を助けようと活動していたら、結果的にそうなっただけです。褒められることではありません」
「謙遜しなくてもよい。それができぬ輩ばかりなのじゃからな……」
何度でも礼を述べたい、と少女は頭を下げようとする。
頭を下げる度、小柄な身体には不釣り合いな大きな角も傾ぐのだ。ツバサはオカン目線で「重くない? 大丈夫?」とハラハラしてしまう。
本当に少女然とした女の子だった。
肉体的な年齢は10代半ば、ミロやトモエと同じくらいに見える。
しかし剣士や戦士として鍛えている彼女たちとは比べ物にならないほど華奢で、およそ筋肉らしきものが見当たらない。
まさに深窓の令嬢、箸より重いものを持たない箱入り娘だ。
そんな彼女がすぐにも折れそうな細い首で自分の頭と大きな巻き角一対を支えているのだから、見ているだけで心配になってくる。
純金を紡いだかのような金髪は長く伸びており、途中からほんのりウェーブのような癖がかかっている。瞳も金色なのだが人間のものではなく、爬虫類の眼球に似ているが、そこには深い知性の輝きを湛えていた。
瞳まで人間その物なジョカとは少々異なる。
小柄で女の子らしい体型と評したが、性的な発育だけはしっかりしており、乳房や臀部はもう成人並みどころか越えている。ロリ巨乳というやつだ。
「こちらも……改めて自己紹介させてもらおうかの」
金髪の少女は老爺を思わせる喋り方でツバサに向き直った。
「儂は重き彼方のエルドラント……と呼ばれた起源龍の残滓のようなものじゃ」
金髪の少女は自身をエルドラントと認めた。
ただし当人ではなく、その残りみたいな言い方である。
「残滓というのは一体……?」
「申した通りよ、儂はもはや起源龍ではない。エルドラントの記憶こそ持っておるものの、始まりのドラゴンの肉体を失った……ただの娘よ」
神族ではあるようだが、とエルドラントは自らの掌を見下ろした。
ドラゴンの手と比べたら貧弱な掌を、ギュッと握ってはパッと開く。まだ体調が万全ではないのか、ほとんど握力がなさそうだ。
「儂はあの時、確かに死んだ……そう思っておった」
エルドラントは自分が滅んだ瞬間を回想する。
「リードとかいう小僧の操る消滅の力は凄まじく……この世の始まりより積み重ねてきた儂の鱗や甲殻を、まるで軽石でも削るかのように削ってきおった……10発20発なら耐えられたが……ああも雨霰のように浴びせかけられれば……」
「あの力に20回も耐えられたんですか!?」
その耐久力にツバサは驚きを隠せなかった。
破壊神ロンドもリードより強力な消滅の力を使っていたが、相殺するならともかく受け止めるなんて考えられない。一発でも食らえば即アウトである。
恐らく、リードの全力は破壊神の七~八割程度。
それでも20発まで耐えられる自信がツバサにはない。
全盛期のエルドラントが備えていた驚異的な防御力に脱帽する。
「ワンチャン、戦えば勝てたとか……?」
こんな時でもミロは茶々を入れるみたいな軽口を忘れないが、エルドラントは気を悪くせず悲しげに微笑むと、首を左右に振った。
「リードとかいう小僧だけならばなんとかなったじゃろうが……他にも奴と肩を並べる強者がおった……囲まれて終わりじゃったろうな」
最悪にして絶死をもたらす終焉。リード率いる一番隊。
破壊神の申し子リードを筆頭に、ミサキが好敵手と認めた喧嘩屋アダマス、剣豪セイメイが久し振りに全力で斬り結んだ剣客サジロウ、そして横綱ドンカイに匹敵する実力を持つ魔母ジンカイ、哭き女のサバエ、巨大獣のオセロット……。
とにかく強者揃いのチームだった。
一番隊という序列一位は伊達ではないわけだ。
もしもエルドラントが応戦のために打って出ていれば、彼らも動いたのは想像に難くない。その際には隠れ里が跡形もなく消し飛んでいただろう。
そこに暮らす民とともに――。
「最悪の未来を予見した儂は……動くことができなかった」
エルドラントは悔しさを滲ませていた。
口角はわずかに歪み、牙のような奥歯を噛み締めている。
「だから防戦に徹したんですね」
「ああ、そうじゃ……あの時は生憎とジェイクたちもスプリガン族も出払い、里が手薄になった時を狙ったかのように襲われたわけじゃが……守り抜けば勝機はある、すぐにジェイクたちが異変を察知して帰ってくると……」
「……………………」
狙ったかのようにではない――狙われたのだ。
№Ø 終劇のフラグ バグベア・ジャバウォック。
最悪にして絶死をもたらす終焉で唯一、特異点の如き過大能力に覚醒したことから破壊神よりロストナンバーの称号を賜った幹部である。
その過大能力は――運命という名の脚本を編集する
誰かが紡ぎ出す運命を一冊の本に見立て、そこに思うまま筆を書き加えることで、その者の運命をバグベアの好きなように改編する能力である。
人間や多種族ならば、自覚する暇もなく運命を書き直されてしまう。
LV999の神族や魔族ならば、あまりにも不条理な改編には気付くことができるので、「これは未知の過大能力による攻撃だ!」と対応もできる。神経を集中すれば、自身の運命に割り込もうとするバグベアに抵抗することも可能だ。
こう聞くと大した脅威には感じない。
そこはそれ、奴も“最悪”と謳われたシナリオライター。
ロストナンバーなんて法外な強さにのみ許される強キャラの称号に見合わない、姑息極まりない小細工を駆使してくるのだ。
LV999の運命を改編するのは難しい。まず不可能である。
そこでバグベアは怪しまれないレベルで、徹底的かつ過剰なくらい加筆することにより、対象の運命をそれとなく誘導しようとしてくるのだ。
これが意外に侮れない。
我知らずのうちに油断や慢心と結びつけられ、普段なら決して選ばない選択肢や行動を取るように仕向けられる。無意識に導かれていってしまう。
これにより壊滅させられた者は多い。
VRMMORPGで異世界転移したプレイヤーのパーティー、隠れ里のようなセーフハウスに潜んでいた現地種族、再起を図る神族や魔族の徒党……。
こういった集団がほぼ全滅させられていた。
――八天峰角
怪僧ソワカ・サテモの弟子にして、VRMMORPGの攻略動画界隈でも名の売れた高レベルプレイヤー集団も、バグベアの裏工作によって敢えなく壊滅させられてしまったほどだ。
バグベアを過大能力ごと鹵獲した軍師レオナルドの解析に寄れば、大小合わせて四桁に迫る勢いで始末されているという。
道理で仲間が増えにくいわけだ。殺られまくりである。
そして、エルドラントの隠れ里にもバグベアは関与していた。
どうやらジェイクたち主力陣がまとめて里を離れてもおかしくないように、時間を掛けて彼らの運命に加筆修正を重ねたらしい。
結果、ジェイクたちは“巨鎧甲殻”に車両への変形機構を搭載したスプリガン族の試運転に付き合い、隠れ里を離れるような行動を選んでしまった。
そして、バグベアはリード率いる一番隊を唆す。
『あの隠れ里には強力な龍がいます。倒しておけば大金星ですよ』
これがエルドラントの隠れ里襲撃――その発端である。
ちなみに、隠れ里で最強だったジェイクを遠ざけたのは故意だ。
ジェイクとエルドラントが恋仲なのを把握した上で、最愛の女性をバッドデッドエンズに殺させ、復讐鬼となったジェイクがバッドデッドエンズと骨肉相食む死闘を繰り広げる……そんなシチュエーションをバグベアは望んだらしい。
最悪にして絶死をもたらす終焉としての最善策。
それは無類の遠距離攻撃能力を持つジェイクと、鉄壁の防御能力を誇るエルドラントを策を弄して弱体化に追い込み、同時撃破することである。
バグベアはその最善策を捨てたのだ。
ジェイクが復讐に狂う姿を見たいばっかりに――。
味方の被害が出ようと我関せず、最悪のシナリオを描ければご満悦。
バグベアとはそういう物書きだったらしい。
この事実はルーグ陣営に包み隠さず伝えている。ジェイクは鹵獲したバグベアを封印した石版ごと叩き割ろうと憤慨したのは言うまでもあるまい。
額に浮かんだ青筋の血管を本当にブチ切れさせるほど激怒したのだ。
ジェイクは血の噴水を上げながら石版を壊そうとした。
『まだ利用価値がある、地獄が極楽に思える責め苦も与えているから!』
そうレオナルドが懸命に諭したので事なきを得たが……。
辛い事実だが、いずれエルドラントにも明かさねばならないだろう。
だが、病み上がりで心も体も弱っている今ではない。
金髪の少女は瞳を閉じて背を仰け反らせる。
介護タイプのベッドは変形し、上半身を起こした彼女に合わせて座椅子のようになっていた。その背もたれに小さな体を預けて天を仰いだ。
「儂の末期については、ジェイクたちから聞いているであろう……儂はあの小僧の力に耐えきれなかった……まったく……」
地球生まれの神族は強すぎて困る、とエルドラントは苦笑した。
リードにおもいっきり毒突きたかったのだろうが、地球産という意味ではツバサやジェイクたちも含まれるため、苦笑いに留めてくれたようだ。
愚痴と賞賛と悪態がいい感じで入り交じっていた。
彼女はジェイクたちの帰りを待たず力尽きた。
守りに徹するも、すべてを消滅させる力に耐えきれなかったのだ。
それでも――エルドラントは成し遂げた。
亜神族の力を過信してバッドデッドエンズとの戦いに身を投じた、ドラゴノート族の大人の多くを失いこそしたものの、その子供たちとノッカー族やリザードマン族のほとんどを守り切ることができたのだ。
起源龍にとって真なる世界に生きる者はすべて末裔。
エルドラントにしてみれば、子孫を守り通す役目を果たせたのだ。
「それだけで……満足じゃったよ、あの時はな……」
遠い目をする瞳は齢を重ねた龍のものだった。
肉体が塵となるまで崩れ、力を失った黄金の起源龍にバッドデッドエンズも興味を失ったらしい。一番隊は強者の集まりだから尚更だろう。
戦意喪失した者にはそそられないのだ。
起源龍と亜神族を殺せたので満足したらしい。
他の脆弱な種族は、彼らの庇護がなければ数日で野垂れ死にとなる。
彼らが見逃された理由をエルドラントは教えてくれた。
「アダマスとか呼ばれていた巨漢が『弱ぇ奴等は勝手に死ぬ。そいつらまでプチプチみたいにひとつずつ潰してくのは悪趣味だ』……みたいな台詞でリードとやらを窘めてな……おかげであの子らは命拾いしたのよ……」
「そうでしたか、あの男が……」
そのトラウマから強者絶対殺すマンのアダマスだが、強者に虐げられる弱者には過去の弱かった自分を重ねるのか、一抹の憐憫を寄せるらしい。
彼と相対しながらも命拾いした例も何件か報告にあった。
「さすがミサキちゃんの親友で喧嘩番長」
うんうん、とミロは偉そうに腕を組んで納得していた。
「気まぐれやも知れぬが、それに子供らが救われたのは事実じゃ……そうして儂は、ジェイクたちが帰るまで辛うじて意識を取り留めた……」
エルドラントの今際の際に、ジェイクたちは間に合った。
崩れかけた肉体を精神力のみで維持したエルドラントは、最期の頼みとしてジェイクに遺言を伝えた。己が遺志を託したのだ。
これをエルドラントはジェイクへの「呪い」と称した。
『真なる世界とそこに生きる起源龍の末裔を助けてほしい』
起源龍たる自分を愛してくれるなら、その愛に報いたいと思うのならば、新たにこの地へ降臨した神として世界と民を守ってほしい。
自身への慕情を枷や鎖として、ジェイクを呪縛しようと試みたのだ。
エルドラントは瞳を閉じたまま卑屈に笑う。
「我ながらとんでもない悪龍よな……若者の純真な想いを利用してでも……我らの創りしこの世界を護りたいと……こちらの都合ばかり考えて……」
ジェイクは――即答したという。
みっともなく泣き喚きながら約束してくれたという。
『馬っ鹿野郎! そんなの呪いかけるまでもない! 当たり前のことだろうが! 君の願いならオレの願いだ! だから一緒に……ッ!』
エルドラントは腕を伸ばす。
傍らで眠り呆けているジェイクへゆっくりとだ。
「起源龍として覚醒し幾星霜……こんなに想われたのは初めてじゃ」
細い指がベッドへしがみつくジェイクの銀髪に触れ、乱れた髪を手櫛で梳きながら労るように頭を撫でる。その指先には贖罪の色が垣間見えた。
「ジェイクの熱い純心に当てられて……自らの浅ましさに恥じ入り……いつしか彼に絆されたかと思えば……もう惚れとったんじゃろうな」
――おまえ様のくれた愛は心地良かったぞ。
この言葉を最期にエルドラントは息を引き取り、その身体は崩壊した。
やれやれ、と言いたげにエルドラントは嘆息する。
「散り際くらいは有終の美を飾りたい……年寄りとはそういうものじゃが、内心では生まれたての赤子に勝るとも劣らない生への執着が渦巻いていてな」
エルドラントもそうだったという。
――死にたくない。
これからも真なる世界とそこに生きる種族を見守り、彼らが発展する行く末を見届けない。あの害悪な異次元からの侵略者たちを追い返し、この世界を建て直していくところを近くで見届けたい。
もっとジェイクと愛し合いたい、自らの後裔も残しておきたい。
だからこそ――死にたくない。
「そんな未練ばかりが沸き立ってしょうがなかったわい……」
「執着としては綺麗だと思いますけどね」
恥ずかしい……とばかりに眉を八の字にして明後日の方向へため息をつくエルドラントに、ツバサは率直な意見を言わせてもらった。
私利私欲に走るところがない時点でマシな部類だと思う。
ジェイクとイチャイチャしたいという本音はともかく、二人の愛の結晶を残すことで子孫を増やしたいという願いも、真なる世界的には歓迎すべきもの。
なにせ神族も魔族も絶滅寸前である。
ツバサたちが神族や魔族となって転移してきたところで、焼け石に水程度にしか増えていない。強烈な少子化対策が必要なのでは? と危ぶまれている。
そんなわけで――エルドラントの執着はまともだった。
「死して尚、この世に未練を残す儂の意識は凝るように蟠り、やがてふたつに分かれるのを感じた……ジェイクやマルミ殿の話を聞く限り、消滅の力が及ぶのを免れた角と目玉に宿ったようじゃのう」
ジェイクが形見として譲り受けた黄金の巻き角。
この巻き角はリードとの最終決戦では独りでに動いてジェイクを守る盾となり、時空をも滅ぼす力を打ち破る黄金の弾丸となって彼を助けた。
この時の記憶がエルドラントには朧気にあるという。
「ジェイクに迫る危機を感じて、身体が勝手に動いた……そんな感じであったな。あの小生意気な小僧にも一矢報いた気分で……」
ほんの少し気が晴れたぞ、とエルドラントは正直に言った。
やられっぱなしの厭戦主義者ではないらしい。やられたらきっちりやり返すだけの気概はあるようだ。それでも守るべき者のためなら防戦を選ぶ。
自身が傷付くことも厭わない精神性は見習いたい。
「残されたもうひとつの意識……これは聞くに眼球に宿っておったのじゃろうな。かなり夢現といった感じであったが……」
死にたくない、世界の行く末を見届けたい、ジェイクに会いたい。
だからもう一度――立ち上がる力が欲しい。
石の卵と化した眼球の中、エルドラントの意識は胎動したという。
「執着はいつしか渇望となり、意識の内をいくつもの想いが目まぐるしく駆け回っておった……そんな混乱した意識の中でも、客観的に自我を見つめようとする冷静な自分がいるものでな……ふと、古い記憶を呼び起こされたんじゃ」
起源龍はただでは死なない。その骸から新たな生命を産み出す。
残された眼球に意識を留めたのは準備段階なのでは?
「儂より先達の起源龍も亡くなった後……その骸から神族や魔族……それに多種族が生まれたことがあったが……何人かは微かに先達の記憶を受け継いでおった……それをふと思い出したんじゃ。なので、もしかしたら……」
「意識を保ったまま転生できる、と思ったんですね?」
重そうな角を動かさず、顎先のみを傾けてエルドラントは首肯する。
「そうじゃ、諦めが悪いと笑われるやも知れんが……やはり、ジェイクたちを遺して逝くのは忍びなくて……いや、違うか」
本音を言ったばかりじゃ、とエルドラントは微笑んで訂正する。
「ツバサ殿……其方たち新しい神々があの憎き“外来者ども”をぶちのめして……真なる世界を建て直し、在りし日の繁栄を取り戻すところを……子らが幸せに暮らす未来を見てみたい……ジェイクの隣でな」
少女のしなやかな手は、まだ銃神の頭を撫でていた。
撫でるついでに手櫛で梳いていた銀髪は、いつの間にか整っているほどだ。エルドラントはベッドを掴むジェイクに手を重ねる。
少女の細い五指が拳銃師の使い込まれた手に結ばれていく。
エルドラントは照れ臭そうにはにかんだ。
「一途に想われていただけ……と思ってたんじゃがな」
いつしか相互に通わすものになっていたらしい。
そこから取り繕うように表情を真顔へ戻そうとしたエルドラントだが、目尻は下がったままだし口元は緩んで締まりがなかった。
「上手くやれば儂の意識を留めた転生体に生まれ変われるやも知れぬ……そう目論んだ儂は、混濁する意識でも“気”を凝らそうとしたのじゃが……」
言葉尻を濁すエルドラント、言い淀む理由をツバサは察する。
「――“気”が足らなかったんですね」
「察してくれ……リードという小僧に全部持って行かれたわ」
思い返すのも忌々しいのか、金髪の美少女に相応しくない顰めっ面となったエルドラントは、口惜しそうに歯噛みしていた。
消滅の力はのべつ幕なしに“力”を略奪していく。
形而上も形而下も見境はない。ただ存在するだけの“力”さえも奪うのだから、すべての根源的エネルギーたる“気”も例外ではなかった。
「それでも少しずつ少しずつ……“気”を養っていけば新たな生命を産み出す揺籃になれるであろうと……儂は眼球の中でひたすら“気”を凝らした」
「まんま目玉の親父じゃん」
「ミロちゃんの言ってたこと大体当たってたね」
ツバサの背後でミロとジョカがヒソヒソ内緒話をしている。
エルドラントの眼球だけが残っている話から、「そこから復活したらゲゲゲの鬼太郎の目玉の親父みたい」なんて話をしていたのだ。
当人から話を聞くに、よく似ていることを再確認していた。
ツバサは肩越しに振り向いて「静かにしてなさい」と目配せを送るのだが、エルドラントは「良い良い」と好々爺の笑みで宥めてくる。
「ジェイクやマルミ殿にも笑い話にと聞かされたわ……確かに、儂とそのメダマの親父殿という御方の生に執着する様はよう似ておるやもな……しかし、子を想う親とはそういうものなのじゃよ」
どんな姿に変わり果てようとも――我が子を見守りたい。
その一心が奇跡を起こすこともある。
「じゃが、“気”が賄えんのはどうしょうもなくてな……」
残骸である眼球に遺された“気”の残量は0に等しく、周辺から吸い上げようにも吸収する力さえろくに残されていない。細々と“気”を集めるしかないのだが、それではいつ新たな生命として転生できるかわからない。
一年後か、十年後か、百年後か……エルドラントにも予測できなかった。
「気長にやるしかないか、と腹を据えた頃じゃったかな……」
エルドラントの意識に何者かが接触してきた。
『さっすが起源龍、タフネスさなら原初巨神より頑丈なんじゃねえの?』
意識の奥に広がる闇の彼方から話し掛けてくる者がいた。
ぼんやりと像を結んだ幻影は――遊び人風の男。
上級者のみが遊ぶことを許される繁華街を練り歩いてそうな、そこでの遊びを極めた玄人の後ろ姿が覗けたという。高級スーツに身を包むもだらしなく着崩して、肩に掛けたロングコートを鯔背にひらめかせていたそうだ。
『そのまんまだとボインちゃんに生まれ変わりそうだな』
OKやる気出てきた、と遊び人風の男は拍手みたいに手を打った。
『ウチのモンが迷惑かけた連中で、命冥加にも生き残ってたら詫び賃を配ってるんだが……どうだい? アンタにも分けとくかい?』
詫び賃の意味をエルドラントは本能的に察した。
『……寄越せ』
この男には礼儀など無用。それだけのことをされたのだと無意識に理解したエルドラントは、ぶっきらぼうに要求のみを伝えた。
男はニヒルに微笑む口元を振り向かせる。
『兄ちゃんたちが必死で延ばした今世だ――精々悪足掻きするんだな』
その酷薄な笑みには、ほんのり罪悪感を帯びていたそうだ。
この話を聞いたツバサは遊び人風の男に見当がついた。
破壊神――ロンド・エンド。
同時に、あの男が逝く直前に語っていた褒賞も思い出す。
『破壊神を倒した第一の褒賞、破壊神との戦いで傷付いたすべてを癒やす』
『世界とそこに生きる者すべてが対象であり、そこに例外はない。完全に死んだ者は無理だが、瀕死であろうとも生きているなら必ず治癒させる』
意識のみ眼球の残骸に宿したエルドラントも、ギリギリ第一の褒賞を受けられる瀕死の範疇にカテゴライズされたのだろう。
かなりグレーゾーンな気もするが……。
しかし、いつぞやミロが「極悪親父の置き土産はあっちこっちにある」と予言めいたことを言っていたが、どうやらこの一件もそのひとつらしい。
殺戮師グレンの妹――美獣グラン。
聖賢師ノラシンハの孫――チャナ。
そして――エルドラントの転生体の少女。
この分だとまだ数人いる予感はするものの、運良く出くわせるかどうかはまた別の話だろう。チャナやエルドラントは縁があったおかげである。
できれば美獣グランとはあまり関わりたくない。
「あの遊び人……例の破壊神であろう?」
エルドラントが据わった眼で尋ねてきた。起源龍として終わりで始まりの卵に関する大凡の事情は知っているようだが、それでも腹に据えかねるらしい。
こめかみにもビキビキと青筋が浮かんでいる。
「ええ、まあ……あの極悪親父はそういう野郎ですから……」
迫力に押されるツバサは曖昧に認めた。
「で、あろうな……噂には聞いておったが、とんだ傾き者よの」
苦虫を噛み潰すも笑うしかないようだ。
エルドラントは細い肩を揺すって含み笑いを漏らす。
「まったく……そなたたちに敗北して潔く昇天したと聞いたが……死んでもお礼参りというか謝罪行脚みたいな真似をするとは……破壊と創造を兼ねた宇宙卵の御子とはいえ、なんというか…………」
巫山戯た男よ――エルドラントはロンドを一口にまとめた。
まったく同意です、とツバサは無言で何度も頷いた。
「だが、おかげで大量の“気”を得られた……遺された眼球は石化し、揺籃となって新しい我が身を養っていたところに……」
エルドラントは眼を細め、ツバサの背後へと視線を向ける。
「あ、アタシがせっついちゃったわけか」
意味深長な流し目を送られたミロは自分自身を指差した。
「……そういうことじゃ」
金髪の美少女は不釣り合いな表情で口角を釣り上げる。牙にしか見えない歯列を覗かせるそれは、感謝の意を評した爽快な笑みだった。
感謝のみならず皮肉もたっぷり乗せられている。
「過大能力……だったか? それで辺り一帯の“気”を儂へ注ぎ込んでくれたであろう。破壊神より分けられた“気”でも養生すれば一年ぐらいで復活できたものを、物凄い量の“気”がいっぺんに押し寄せたものだから……」
「寝た子を起こすような真似をしてしまったわけですね」
これにはツバサも半眼で渋い顔をするしかない。
結果的にはエルドラントの転生を促進できたわけだが、ニュアンス的には寝た子を無理やり叩き起こしたのと変わらない。
ミロも「悪いことしちゃった?」と気まずそうだった。
「えっと……ご、ごめんなさい?」
取り敢えず、先立つ罪悪感からかミロは腰を直角に曲げるほど頭を下げた。エルドラントはそちらに顔を向けながら手を振った。
「そう悪びれずとも良い……少々厭味が過ぎたな、すまぬ」
エルドラントが軽い会釈で謝ってきた。
「英雄神のお嬢さん……ミロと申したか。そなたのおかげで時を置かず、かなりの力を取り戻しながら、現世に舞い戻れたのだからな」
重ね重ね礼を言う――ありがとう。
そういってエルドラントは頭を下げた。大きな角を抱えた頭を何度も下げるので心配になるが、彼女の首は丈夫にできているらしい。
神族化しても起源龍としての因子は色濃く受け継いでいる。
細い四肢に見えるが、筋骨には龍の力が備わっているようだ。
一方、真面目に礼を言われたミロは照れている。
顔を赤らめて両手をブンブン振って恐縮そうに俯いていた。相変わらず、直球ストレートな褒め言葉は不慣れなので困っている。
「いやいや、そんなそんな、アタシ的にいつものノリでちょっかい掛けたら起こせたはいいけど迷惑かけちゃったみたいで……マジごめんなさい!」
もう一度、真心を込めてミロは謝罪した。
それから恐る恐る顔を上げると、顔色を窺うように尋ねる。
「……ところで、力も取り戻せたって本当?」
「ああ、これもおかげさまじゃな。さすがに全盛期とは言えぬが……」
ジェイクの頭を撫でるのは右手。
空いた左手を眼前に掲げると、金色の鉤爪が生えた龍の手に変わる。そこから立ち上る闘気は、病み上がりとは思えないほど鮮烈だった。
「確かに神族としては強めの力を備えてますね」
ツバサの分析によれば、VRMMORPG基準の強さで推し量るとLV999に達している。戦力として数えるに申し分ないレベルだ。
ただし、最上級戦力と比較すればやや見劣りする。
(※ツバサ、ミサキ、アハウ、クロウ、ジェイクのような内在異性具現化者。ドンカイ、セイメイ、レオナルド、エンオウのような歴戦の猛者)
それでもホクトやジンくらいには強い。
グッと手を握り締めると闘気は散り、鉤爪と鱗を生やした龍の手は白魚のような少女の指に戻った。握り締めた小さな手を胸に押し当てる。
「起源龍としての肉体は失うてしもうたが……このか細い身体でも万全となれば、何らかの役に立つであろう。四神同盟のためにな……」
エルドラントは顔を上げると、再びツバサの後ろへと眼を遣った。
ミロではなくもう一人の長身美少女にである。
「そなたもツバサ殿たちとともに戦っているのであろう? のう……」
同胞よ、とエルドラントはジョカを同族と認めた。
「えっ!? ぼ、僕? う、うん、そうです!」
急に話を振られたジョカは背筋を正して胸を反らすと、上司に声を掛けられた新入社員みたいな上擦った声で返事をした。
弾んだ爆乳がツバサの後頭部に当たったが気にしない。
まだ人見知りが治らないジョカは、それでもお辞儀をして挨拶を返す。
「は、はじめましてエルドラントさん! 僕はその、あの……同じ起源龍で、ジョカフギスっていいます! 兄さんはムイスラーショカで……」
「存じておる――バンゴッドス様の御子じゃな」
初登場の名前にツバサが「おや?」と首を傾げるよりも早く、ジョカフギスが驚きの声を上げると、エルドラントに問い返していた。
「バッ……バンゴ様を知ってるの!?」
「儂が誕生して間もない頃、お目に掛かったことがある……思い返してみればあの御方も、その亡骸よりそなたたち双子をもうけたのであったな……」
「は、はい、そうです……僕たちはバンゴ様から……」
幼い頃の記憶を想起されたのだろう。
ジョカは懐郷の念から湧く涙を堪えきれず、ポロポロと涙を零した。
ヨロヨロとした足取りで前に出るとツバサの横に並んで跪き、震える両手を差し出した。エルドラントも思慮深い瞳で左手を差し伸べた。
ジョカの両手が包むようにエルドラントの手を握る。
「永い時を経るも、こうして同胞に出会えたこと……喜ばしく思うぞ」
エルドラントの双眸からも涙が流れていた。
「ぼ、僕もです……こんな時代だから、もしかしたら起源龍はもう、僕と兄さんしか残っていないとばかり思っていたから……」
暫しの間、二体の起源龍は望外の喜びに浸っていた。
不意に感激したジョカが落ち着いてツバサの後ろに戻ると――。
「ねえねえジョカちゃん」
バンゴッドスって誰? とミロは当然の質問を投げ掛けた。
濡れた目元を拭うジョカフギスはその正体を明かす。
「うん、起源龍よりももっと古い創世神……もっとも原初に生まれたとされる創世の神々の一柱で、人のような獣のような姿をしてたんだって」
真なる世界の基礎を創った後、バンゴッドスは眠るように亡くなった。
そして、彼の巨体から様々なものが誕生したという。
「大きな島、小さな島、色んな動植物、多種多様な種族……そして、僕と兄さん、二体の起源龍もバンゴ様から生を受けたんだ」
「つまり……ジョカちゃんたちのお母さんでお父さん?」
ミロは小首を傾げながら、そう解釈したらしい。
「創世の神々は両性具有が多い――とフミカも言っていたからな」
両性具有以前に亡骸から生まれたということは、起源龍と同じように死して新たな生命を生み出す奇跡を起こすのではなかろうか?
創世神ならできてもおかしくはない。
地球に伝わる数々の神話にも、最初の神や巨人が亡くなると、そこから様々なものが生まれたと伝わっているので、その源流が真なる世界にあるのだろう。
「バンゴッドス様は創世の巨獣と呼ばれた御方じゃ」
それとなくエルドラントが捕捉してくれた。
ジョカフギスやムイスラーショカを生んだ親と面識があるということは、エルドラントは起源龍として彼らより先輩に当たるらしい。
同じことを考えたのか、ミロも悩ましげな顔をする。
「起源龍の第一世代とか第二世代とかあるのかな? iP○one?」
「スマホに例えるの止めなさい」
ツバサたちの時代には第何十世代にもなっていた機種だ。
「まあ、なんにせよじゃ……」
話を区切るような声を上げたエルドラントは、まっすぐな瞳でツバサを見つめると、開いた左手をこちらへと差し出してくる。
「そなたたちの集まり……四神同盟についても聞き及んでおる。その理念、その思想、その志……ジェイクたちが賛同するわけじゃ」
――素晴らしい。
ありきたりな一言にエルドラントの感動すべてが込められていた。
「かつてのような力を奮うことはできないものの……この手弱女な身体でも、手伝えることはあるじゃろう……どうか、協力させてほしい」
「それは……こちらから願い出る話です」
ツバサも手を差し出すと、エルドラントと固い握手を交わす。
四神同盟に――新たな仲間が参加してくれた。
起源龍としては三人目。
真なる世界出身の神族として数えれば、還らずの都の巫女ククリ、カエルの王様ことヌン、聖賢師ノラシンハに続く大物の四人目だ。
場の雰囲気によるものか、ミロとジョカがパチパチと拍手を送ってくる。アホの子の「新しいのじゃロリTSジジババアGET!」などという失言は、目にも止まらぬ速さの裏拳で黙らしておいた。
そうか……考えようによってはこの人もTSキャラだ。
銃神ジェイクもそうだし(♀→♂)、車掌ソージもそうだし(♂→♀)、何気にこの陣営、性別が反転しているメンバーが多いな。
「そうと決まったら――さっそく名前を改めないといけないわね」
唐突にマルミがよく通る声で宣言した。
ツバサたちの後ろにメイドらしく控えていると思ったら、いつの間にかこれだけ騒いでも目を覚まさないジェイクの後ろに回っていた。
ドラ息子に気安いメイド長の態度で、ジェイクの頭を気軽に引っ叩く。
「この子のせいで余計な足踏みさせちゃったからね」
寝起きの悪いリーダーの頭を無遠慮にポンポン叩いている。
「同盟入りはしてたけど、この子のワガママに付き合わせて一向に前へと進めなかった……でも、やるべきく復讐は果たしたわけだし、帰ってこないと諦めていた大切な人も奇跡の巡り合わせで戻ってきてくれた……言うことなしじゃない?」
門出にはちょうどいい――マルミの眼が口ほどに物を言う。
ツバサは意を酌むように頷いた。
「ええ、今日はその話もするつもりで来ました」
ジェイクを正式の五人目の同盟代表者へと選出する。
ルーグ・ルー輝神国は既に同盟入りを果たしているが、四神同盟の名が示す四人の代表者には数えられていなかった。ジェイクには五人目となる素質があり、周囲からも推されていたのだが、あくまで一組織に甘んじていたのだ。
だからといって別段、上下関係があるわけではない。
水聖国家、穂村組、日之出工務店――。
これらの組織は同盟に与するも代表格とはならず、一組織として加わっているが誰も下に見ることはない。同盟内では平等に扱われている。
ルーグ・ルー輝神国も同じだった。
これはジェイクがエルドラントを殺した破壊神の部下、リードとの決着をつけるまで「そんな気分じゃない」と固持したための措置である。
しかし前述したマルミの言葉通り、その蟠りはもはや解消された。
仇討ちは終わり、まさかの死んだ人まで帰ってきたのだ。
これでジェイクも文句はないだろう。
「ジェイクを五人目の代表者として――我々は五神同盟になります」
今日の訪問はその事前打ち合わせも兼ねているのだ。
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