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第18章 終わる世界と始まる想世
第443話:守護神VS破壊神 真なる世界頂上決戦
しおりを挟む「……クッ、死に損なったんか」
不意にノラシンハは意識を取り戻した。
疲労困憊による鉛を被せられたような眠気に惑わされるも、まだ命脈が尽きていない自覚はあった。気がついたことが生きてる証拠でもある。
神族や魔族が死んだら消え去るのみ。
夢も見ずに雲散霧消し、“気”となって世界へ還るのだ。
まあ、別の形で残る者もいなくはない。
冥界、地獄、冥府、煉獄、地下世界……いわゆる“あの世”と呼ばれる領域に渡ることで、二度と真なる世界の表舞台に関わらない道を選ぶ者たちがいる。人間が死んだら赴く“あの世”と変わらず、死亡と同じ意味だと考えていい。
但し、そこは神や悪魔とされる種族。
あの世という別世界へ渡っても残留思念と僅かながら微力を残すことで、少なからず後裔たちに影響を及ぼすこともある。
それが吉と出るか凶と出るかは知らないが……。
死して尚、影響力を持ちたい権力志向の強い連中がよく選ぶ手法だ。
あるいは――“還らずの都”のように特殊な例。
後世に生きる民を護りたいと願う英霊のために用意された、ある種の“あの世”である。ツバサの兄ちゃんたちから見聞きした地球で流行した単語を使わせてもらうならば、“英霊の座”と呼ばれているものが近いだろう。
だが、“あの世”へ渡るには手続きがいる。
世界に対して一定の誓約を交わす必要があった。
(※現世へ直接関わらないを前提とし、それに付随する決まり事が多数)
これがまた面倒臭い。力のある神族や魔族なら尚更だ。
(※死んだ後まで幅を利かすなボケ! という意味で誓約を課される)
いつしか“あの世”を管理する神族や魔族も現れるようになった。冥府神、地獄神、死神……死の領域を管理する厳格な神や魔王である。
そこまでして自意識を保つつもりはない。
ノラシンハは「死ぬならサクッと死んだるわ」なんて精神性だった。
……息子の一件もあって未練タラタラなのだが。
少なくとも、“あの世”へ渡るつもりなどサラサラない。
バカ息子の暴走を止めようと老骨に鞭打ってみたものの、スタミナ切れで敗北を喫し、あのまま過労でくたばるものだと思っていた。
それでなくとも――あの気色悪い泥だ。
今や真なる世界は破壊神の操る混沌の泥に蝕まれている。
四神同盟の治める土地も、押し寄せる泥の対処に大わらわだろう。
ノラシンハも巻き込まれていておかしくはない。
本格的にバカ息子が暴れ出す前に止めたかったのだが、一矢報いることすらできずに力を使い果たし、気を失って地上へ落下したのである。
後は混沌の泥に飲まれて終わりのはずだが……。
『――気がついたか、爺さん』
声のする方へ眼を開けば、目映い光が差し込んできた。
ひたすら太陽を直視する苦行を思い出すほど、日光にも勝る強烈な光に網膜を焼かれそうだ。どうやら光源が目の前にあるらしい。
いつの間にか、ノラシンハは乾いた地面に横たわっていた。
あばら骨が浮いた老人の胸板。
そこに鎮座する光源の主は、神々しい一羽の鳥だった。
『年甲斐もなくはしゃぎ過ぎだ。隠居したがる老人のやることじゃない』
猛禽類に似た光り輝く神鳥は、嘴の端を人間のような苦笑で歪ませながら皮肉をぶつけてきた。これにノラシンハはぐうの音も出ない。
その声はツバサのものだった。
「金翅鳥……そうか、兄ちゃんかいな」
破壊神が催した――互いの陣営が殺し合う饗宴。
それを傍観することを強いられる巫山戯たお茶会に招かれたツバサが、業腹に耐えかねて開発した、悪性へ対して攻撃的に働く魔法生物だ。
意志伝達もできるのか、通信役も務められるらしい。
手足どころか指先すら動かすのが億劫だ。
どうにか首を巡らせて辺りを見回してみると、胸に乗っているだけではなくノラシンハを護衛するように数十匹の金翅鳥が周囲を警戒していた。
うっすらと金色の結界まで張り巡らせている。
混沌の泥は防御結界を越えることはできず、かといって無理に押し破ろうとすれば金翅鳥に啄まれて彼らを元気づけるばかりだ。本能的に「それはアカン」とわかるのか、混沌の泥は金色の結界を遠巻きにしていた。
胸の金翅鳥がツバサの声で続ける。
『……差し出がましいとも思ったんだけどな』
金翅鳥もバツが悪そうに眼を伏せ、口調からも詫びの色が窺えた。
さすがは兄ちゃん――母親な美少女になっても漢だ。
死ぬ覚悟で破壊神に相対した、ノラシンハの決心を酌んでくれたらしい。それでも助けられる余地があるからには、見過ごせなかったのだろう。
だからノラシンハも素直に礼を述べる。
「いや、こっちこそ……手間ぁ掛けさせて済まんな、忙しいやろうに……」
現在、ツバサは破壊神との決戦に突入したはずだ。
ほんの少しの力も無駄にできない。なのに、片手間の作業とはいえノラシンハを助けるために力を割かせたことに罪悪感が募る。
安堵と悔恨のため息をついたノラシンハは首を下ろした。
空を仰ぐように仰向けになると、目を閉じてから静かに呟いてみる。
「話は聞いとったやろ? つまり……そういうこっちゃ」
ノラシンハも四神同盟の連絡網に加入している。
おかげで各地の戦況も知ることはできたし、ツバサやロンドの位置や状態も概ね把握することができた。世界大蓮の異変を知って一目散にそちらへと向かうロンドの慌て振りを知れたので、ああして先回りもできたわけだ。
四神同盟の誰もがノラシンハとは連絡が付いた。
なのに、誰も「爺さん今どこにいる?」と問い詰めなかった。
この戦争が始まると同時に一言も告げず何の断りもなく、煙のように行方を眩ましたにも関わらずだ。忘れられたと思うくらいノータッチだった。
恐らく、ツバサがお触れを出してくれたに違いない。
――ノラシンハの爺さんは好きにさせてやれ。
そんな鶴の一声が出回っていたのだ、となんとなく想像できた。
聖賢師ノラシンハと破壊神ロンドに結ばれた縁。
そこに予想が付いていたのだろう。
未来予知みたいな勘を持つミロから聞いたのかも知れない。
だからこそ、ノラシンハはツバサの連絡網のみオープンチャンネルを開いて、愚かな父親と馬鹿な息子の親子喧嘩な会話を筒抜けにさせておいた。
気を遣ってくれたツバサへの心ばかりの返礼である。
どうしても聞いてほしかったのだ。
それこそ差し出がましく、押し付けがましいかも知れないが……。
『ああ、聞かせてもらった。概要は理解できたよ』
ロンドは“終わりで始まりの卵”から誕生した者であること――。
抹殺されるところをノラシンハが拾って育てたこと――。
灰色の御子として養育して戦力の一端を担わせたこと――。
破壊神として覚醒した際には育ての親が始末すること――。
「あん馬鹿息子から飲み会や茶会であれこれ聞いてた、察しのいい兄ちゃんならわかるやろ? そう、つまりは……オレが下手こいたっちゅうこっちゃ」
すまんな……ノラシンハは心の底から謝罪した。
土下座や五体投地で態度を示したいが、身体が言うことを聞かない。
仰向けのまま言葉のみで謝意を伝えるしかなかった。
『……………………』
ツバサの代弁者である金翅鳥は何も言わない。
ノラシンハとしては気まずかった。
いっそ悪し様に責任を追及された方が、まだ気持ちが楽だった。
待っている間にも感情は込み上げてくる。
ヨガの秘術で涙腺を締めているのに、先ほどあれだけ大粒の涙をゴボゴボ流したはずなのに、閉じた瞼から涙が滾々とあふれてくる。
「全部、オレが悪いんや……すべて、オレの不始末なんや……」
宇宙卵から産まれた直後に殺せば済んだことだ。
幼少期から発露させていた破壊神の危険性を目の当たりにし、それを是正するのではなく早めに殺していれば、この窮地も防げたはずだろう。
世界を危機にさらすこともなかった。
しかし、ノラシンハはそれを怠ってしまったのだ。
「いくらバカのあかんたれでも……アイツは、オレの息子なんや」
父親として愛した息子を手に掛けられなかった。
本当にギリギリの限界まで、あのバカ息子が明確な意志を持って世界を破壊するために動き出すまで、ノラシンハは決意が定まらなかった。
『四神同盟に接近したのは近付くためだな?』
ツバサは事務的な口調で尋ねてきた。
そこも責められて当然だ。ノラシンハは観念する。
「ひとつも嘘はついてへんけどな……利用させてもろたのは確かやで」
破壊神へ近付くために利用したのは事実だ。
その点も踏まえて、せめて申し開きをさせてもらう。
「兄ちゃんたちがこの世界を引っ張っていく……それが“三世を見渡す眼”で見えたんは本当のこっちゃ……せやから使えると思うたんよ」
破壊神へ接近するために――。
ロンドの近習であるバッドデッドエンズを一人残らず蹴散らし、孤立とまでは行かずとも単独行動させるまで追い詰める。
その可能性を持つのは四神同盟を置いて他にない。
父親の責任として、凶行に手を染めるバカ息子に誅伐を食らわせる。
できれば余人を交えず一対一で行いたい。
「そないオレにとって都合のいい舞台を作り出せるんは……もう、こん世界には兄ちゃんたちしかおらんでな……申し訳ないとは思うたが……」
『そこはせめて「頼らせていただきました」くらい言い換えておけよ』
せっかくの忠告だがノラシンハは取り合わない。
「どっちゃでもええがな……綺麗事を吐ける気分やあらへん……」
個人的な魂胆でツバサたちに擦り寄ったのは事実だ。
あれやこれやと協力を申し出ておきながら、土壇場の最終決戦で美味しいところを独り占めしようとしたのだから叱責されてもおかしくはない。
そして――やらかしたのだから笑えもしない。
「老いさらばえたオレじゃあ……現役の破壊神には為す術もなかったわ」
『言っただろ、年甲斐もなくはしゃぎ過ぎだ』
大切なことなので二度も兄ちゃんに駄目出しされてしまった。
「隠居する前にもう一度! と踏ん張ってみたんやが……時代遅れの老いぼれがしゃしゃり出たところで足引っ張るのがオチやったか……」
グスリ、とノラシンハは喉を嘔吐かせる。
またしても涙が抑えきれなくなり、みっともない泣き顔になってきた。
「アイツの親として……胸を張りたかったんやけどな」
止め処なく流れる涙を右手で抑える。
「言い訳にしか聞こえへんけど……オレは、あの子に……アイツに、己の生を全うしてもらいたかった……“終わりで始まりの卵”とか関係あらへん」
自分の生き方を貫いてほしい。
破壊神でも何でもいい――生き抜いてもらいたかった。
「オレたちの、勝手な都合で、殺すなんて……できひんかったッ! アイツがどない未来をもたらすとしても……その人生を……神としての生を最期まで果たしてもらいたかったんや……それがアイツにとっても……延いてはッ!」
――真なる世界のためにもなる。
その未来を予見したからこそ、ノラシンハはロンドを引き取ったのだ。
『……爺さんには、それが見えたのか?』
敢えて“三世を見渡す眼”と前置きせずツバサは訊いてくる。
呻くような声でノラシンハは頷いた。
「漠然としてて……曖昧やったけどな……少なくとも、あの時、あの場所で……幼いあの子を見捨てることはできん……オレには……無理やった」
その甘さゆえに世界を滅ぼす未来を招こうともだ。
だが結果だけを見れば、世界は崩壊への一途を辿っているこの現状。
かつて同胞が危惧した災厄を起こりつつあった。
その原因はノラシンハにあり、責任の重大さゆえ懊悩している。
「モーヒニー、アガスティア、アースラ、カーラード、ハリ・ハラ……すまんなぁ、オレがなんとかするいう約束で、あの子を引き取ったっちゅうんに……結局は、おまえさんらの予感が正しかったわけや……ほんにすまんなぁ……」
亡き同胞の顔を思い浮かべても謝ることしかできない。
そして、今を生きる四神同盟にもただ詫びることしかできなかった。
――決して許されないだろうが。
暫しの沈黙が流れる。
爺さん、と金翅鳥を介してツバサが声を掛けてきた。
『細かい議論を交わしている余裕はない。爺さんが破壊神を育てたことを大罪として責め立て、甚振るように追求する時間も惜しいからな……』
四神同盟の仲間も、真実を知ればどのように意見するかわからない。
『だから、俺の個人的な意見だけ言わせてもらう』
ツバサがノラシンハの立場なら――きっと同じ道を選んだ。
思わずしゃくり上げる声が止まる。
涙を堪えるために閉ざしていた両眼をカッと見開くも、流れ落ちる涙が止まることはなく、視界は目元を抑えた自分の手によって塞がれていた。
ツバサの声が耳朶を打ち振るわせる。
『少なくとも、俺は爺さんのしたことを責められない』
同情など欠片も寄せない、本心から打ち明けてくれた言葉だった。
『親の責任は子供が成長するまでだ。あんな極悪親父にまで育った息子がどこで何をやらかそうとも、そいつは当人の責任でしかない』
父親のせいにはできないよ、とツバサは自分なりの見解も示した。
それは奇しくもバカ息子と同じ考えだった。
負うた子に教えられる――この格言を思い知らされた気分だ。
ノラシンハは涙を拭いきると再び両眼を閉じて、自嘲とも苦笑ともつかない笑みで口の端を曲げながら一言だけ返させてもらう、
「へへっ……兄ちゃん、やっぱりオカン系男子なんやなぁ」
『おうコラ、誰が乳尻のデカいオカン系男子だ』
ハトホル一家が決め台詞と称するツバサの口癖を頂いた。
咳払いをしたツバサは改めて詰問してくる。
『俺に爺さんを責める資格はない。俺も同じことをやりかねないからな……だからこれからすることも、恐らくは爺さんの選択肢と被るだろう』
――破壊神を倒す。
二度と復活しないよう完膚無きまでに抹殺する。
『……ロンドにはツバサが引導を渡す。いいな?』
金翅鳥越しであろうとも、本気の度合いが窺える。問い掛けられているが、有無を許さず口を挟む余地もない。覇王の威圧感で押し切られていた。
爺さん――アンタの出番は終わりだ。
言葉にせずとも圧倒的な迫力でそう説得されている。
ええがな、とノラシンハも口癖で了承した。
「疾うにロンドも一人前や……犯した罪は自分で償ってもらわんとな」
親がしゃしゃり出る幕はない。
庇護するべき幼年期は遙か昔に終わっていたのだ。
灰色の御子の一人として地球に送り出したあの日から……。
「……すまんな兄ちゃん、いろいろ気遣ってもろて」
いいさ、とツバサは短い返事で済ませる。
『良かれ悪しかれ、この戦争が始まるまで世話になったからな。四神同盟としてやることは変わらんが……まあ、念のための確認くらいはさせてもらうさ』
「……ホンマ、律儀やなぁ」
『子供のために老体をそこまで酷使したアンタに言われたくないな』
金翅鳥がバサリと羽ばたき、ツバサの気配が薄れていく。
破壊神との戦闘に専念するつもりなのだ。
『ひとまず爺さんは休んどけ。また出番があるかも知れないからな』
「おおきに……お言葉に甘えさせてもらうわ」
ノラシンハは勧められるまま、意識を切るように眠りへと落ちた。
ほんの数分でいい、最低保証の体力を回復させる。
万が一に備えてもう一度――人獅子大帝になれるだけの体力をだ。
ノラシンハもそれなりに用心深い。
ツバサとロンドの決戦は、真なる世界を根幹から揺るがす大混乱を引き起こすことになるだろう。この最終局面では、何が起きるか予測も付かなかった。
研ぎ澄ませた“三世を見渡す眼”でも読み切れない。
もう一度、不測の事態が起きた時に対処できる力が必要なのだ。
バカ息子の暴挙も止められない耄碌した父親。
そんな自分にできる、せめてもの足掻くような罪滅ぼしの意識がノラシンハに備えさせた。命を懸けてでもツバサに報いたいと心が急き立てるのだ。
いつしかノラシンハは、ツバサに全幅の信頼を寄せていた。
「すまん、兄ちゃん……未来は任せるわ」
この青年に託せば大丈夫――“三世を見渡す眼”を使うまでもない。
確かな安心感がそこにはあった。
やがて、ノラシンハの意識は深い眠りの淵へと落ちていった。
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天空の女神――ヌゥト。
ヌトあるいはヌートともいうエジプト神話の女神だ。
またの名を「天空の支配者」や「天空の女主人」とも呼ばれ、人間の女性らしい姿で描かれる(※エジプトの神々は動物の頭を持つ者が多い)。夜空の星々で裸体を飾ったり、無数の星を散りばめた衣装をまとっている。
魔法の女神や殺戮の女神と比べれば、知名度はやや低いかも知れない。
それもそのはず、彼女は古き時代に属する女神だ。
ホルス、オシリス、イシス、セト――。
誰しも一度は聞いたことがあるエジプト神話でも名だたる神々を産んだ母神でもあるのだが、大地母神ならぬ天空母神である。
日本神話ならばイザナミ、ギリシャ神話ならばガイア。
彼女たちに相当する、神々の始祖たる始まりの母神なのだ。
(※ただし、どの神話にも彼女たちを上回る原初の創造神が存在する)
夫は大地を司る神ゲブ。
大地であるゲブが世界に横たわれば、天空であるヌゥトは両手両足を目一杯に広げて覆い被さる。この時、ヌゥトの手足が東西南北になるとされていた。
彼女の笑い声は雷鳴で、彼女が泣けばその涙は雨になる。
また、彼女は天空の守護者でもあった。
未知の宇宙から降り注ぐ――埒外にして無秩序な力。
広大な天空である彼女はその力を一身に受け止める。そうすることで大地とそこに生きる者たちを庇護する守護女神なのだ。
しかし、彼女もまたイザナミやガイアと並ぶ原初の女神。
偉大なる太母として慈愛のみならず、畏怖すべき側面を備えていた。
天空の女神とは――銀河にして宇宙の母神でもある。
ヌゥトは時として太陽の神を空へと掲げる牝牛の姿になることもあれば、自らが産んだ星々を喰らい尽くす恐ろしい雌豚の姿になることもある。
天空とは――銀河を含む宇宙のすべて。
昼になれば天に太陽が昇り、夕暮れとともに地平線へ沈んでいく。
夜になれば月や星々が空に瞬き、夜明けが訪れれば地平線へ消えていく。
こうした天体の運行を古代エジプトの人々は「天の女神たるヌゥトが太陽も月も星もすべて飲み込み、再び生み直しているのだ」と解釈した。
太陽、月、そして星々は数え切れないほどの神々の魂。
これらを生み出すヌゥトこそ母なる女神である。
宇宙の星々を飲み干し、無秩序な力を受け止め、すべての神々を生み出す力。
ツバサが追い求めた流儀、その完成形を象徴するに相応しい。
「……天空の女神、ヌゥト……だと?」
ツバサの発した名前をロンドは訝しげに復唱した。
眼を細めると品定めをするため鑑定眼を光らせるように、天空の女神という変身形態になったツバサを見据えてくる。分析や走査も走らせていた。
恐らく、これまでの変身と比較しているのだろう。
殺戮の女神は――究極の肉弾戦特化。
真紅に染まった長い赤髪。手足にも赤い紋様が浮かび、顔にも朱の隈取りが塗られる。何より特筆すべき点は、凄まじく増大する筋肉量だろう。
陰では「メスゴリラ」とか「女獅子」と呼ばれている。
最近、殺戮の女神モードになると子供たちからは「アネゴレオン」とか「メレオ何とか」と新しいあだ名で囃し立てられることが多い。何でも元ネタはアニメ化もされた漫画に登場する女傑キャラらしい。
幼年組の子供たちに流行っているという。
(※情報処理姉妹のおかげで、それくらいの娯楽は手に入る)
よく「似てる!」と言われるのだが……褒められているのかな?
とにかく、パワー全振りで攻撃力を高めてある。
万物を灰燼に帰する劫火“滅日の紅炎”を使えるのも殺戮の女神だ。
殺戮の女神は魔法系の技能が弱体化する傾向にあるのだが、あらゆるものを焼き滅ぼすこの劫火は別。純粋な破壊力を具現化したものである。
対する魔法の女神は――至高の魔法戦特化。
純白に染まる長い銀髪。筋肉量はむしろ減っており、女性ホルモン増加により肉体的かつ精神的な女性化が顕著だ。肌も美白に磨きが掛かっている。
この姿は還らずの都を守るククリの母に生き写しだった。
彼女の魂を受け継ぎ、その能力をリスペクトしているのから当然だ。
女性らしさが増したことにより弊害もあった。
ただでさえ大きい超爆乳が更に肥大化し、超安産型と揶揄されてきや巨尻までふくよかさを増したのだ。おかげでブラはMカップに昇格である。
ツバサの男心が悲鳴を上げたのは言うまでもない。
男に戻る機会を失するどころか、女神化が加速するとは……。
おかげで魔法の女神への変身は「また下着のサイズが合わなくなるかも……」と、いつもおっかなびっくりになってしまう。ちょっとしたトラウマだ。
とにかく、魔法系統の能力を磨いてある。
ククリの母も魔法系に秀でており、その力を自身に加算させることで宇宙の理をも魔力で従えられる。具体的には次元や空間を操られるようになった。
別次元の侵略者――蕃神。
彼らは真なる世界へ侵入する際、次元の壁を破り裂いてくる。
この際に生じる次元の裂け目も塞ぐことができた。
以前は真なる世界を創り直す万能の過大能力を持つミロとミサキにしかできない大役だったが、魔法の女神ならばその代理くらい務まるのだ。
殺戮の女神でも魔法の女神でもない。
第三の変身である天空の女神は、これらの変身とは本質的に異なる。
その特性はツバサの流儀を極めたものだ。
ただ徒に腕力や魔力へ頼るばかりではなく、ツバサがインチキ仙人の下で磨き上げてきた技術を、神族として先鋭化させたものである。
原点にして頂点といっても過言ではない。
このため肉体や精神の変化はほとんどないと言っていい。
筋肉量に増減もなければ、女性ホルモンの変化による体型的変化もない。筋力や魔力に極端は変化はなく、通常状態である神々の乳母と大差なかった。
但し、装いは劇的な変貌を遂げている。
まずは頭髪。ただでさえ長いのに凄まじく伸びていた。
塔の上のラプンツェルも斯くやといった有り様で、髪の色も根元から毛先まで色も空を思わせる蒼に染まっている。長い蒼髪はばらけることなく、ひとつにまとまると輪を描くようにツバサの周囲を巡っていた。
また、天女よろしく天衣無縫な羽衣もまとっていた。
蒼に透き通る“気”で織られた羽衣だ。
こちらも青龍と見間違えるほどの長さがあり、どこまでも伸びる蒼髪と絡まることなく輪を描き、天を流れるようにはためいていた。
蒼髪と羽衣はツバサを幾重にも取り巻いている。
どちらも互いに触れず、またツバサの動きを阻害することもない。
連想するのは古めかしい渾天儀ではなかろうか?
(※渾天儀=地球あるいは太陽を中心として天体の動きを現す模型のこと。天体の動きはいくつもの輪で象られた天の赤道や子午線で計測される。東洋と西洋で各々に発展し、渾天儀は東洋での名称。西洋ではアーミラリ天球儀と呼ばれる)
「随分とまあ……爽やかな見目になったな」
分析が一通り済んだらしい。ロンドは不躾にこちらを指差すと、新しい変身形態がどんなものかを値踏みするように呟いた。
「真っ赤なメスゴリラん時ほど筋力はねえし、Mカップ人妻雪女ん時みたいに魔力にも尖ってねえ……コスプレみたいに見た目が変わっただけじゃねえか」
「誰がメスゴリラで人妻雪女だコラッ!」
それぞれの変身形態に変なあだ名を付けられたツバサは怒鳴った。
確かに、天空の女神は質実ともに大きな変化はない。
分析系技能を頼りに観察すれば、そうとしか捉えられないはずだ。
だとしたら――思惑通りである。
どうせ実戦に突入すれば知られてしまうことだが、手を合わせる前にバレなければ初手で大きな優位性となる。初撃で大ダメージも期待できる。
精々、侮ってもらうことにしよう。
なのでロンドの辛口批評は聞き流しておいた。
こちらの秘密から注意を逸らすべく、ツバサから話題を振ってやる。
「アンタの変わり様も似たり寄ったりだろうが」
無遠慮に指を差されたお返しにと、ツバサもロンドを指差した。
ロンドも外見的変化はない。
六本木や麻布などのハイソサエティな繁華街で、夜な夜な豪遊している羽振りの良さそうなオッサンのままだ。高級ファッションも変わらない。
ただ、ツバサのようにオプションが追加されていた。
――あの混沌の泥である。
宇宙卵から生まれたと自覚し、使えるようになった能力らしい。
真なる世界の其処彼処で眠りについていた、恨み辛み嫉みを募らせた亡者の怨念、現世に未練や後悔を引き摺る無念、怒りや憎しみを昂ぶらせた怨嗟……。
死してなお泣き喚く敗残者たちの想念を煮凝らせたもの。
真なる世界の有史以来、ひたすら溜め込んできた負の情念である。
悪意の総体と評するしかない極悪の“気”だ。
極悪親父の異名を持つロンドには相応しいのかも知れない。
「そんなおぞましいものをまとわりつかせやがって……得体の知れないというか、名状しがたいというか……禍々しさなら蕃神に引けを取らないぞ」
「おいおいおい……外来者どもと一緒にされるのは心外だなぁ」
ツバサからの悪態をロンドは鼻であしらった。
その身には混沌の泥を十重二十重にまとわりつかせており、絶えず流動する混沌は動植物の形を取ることもあれば、自然現象として荒れ狂いもする。
破壊神の気分でどんな形にもなるらしい。
「こう見えて可哀想でカワイイ奴等なんだぜ? おーよちよち♪」
ロンドは擦り寄ってくる泥を手懐けるように撫で回した。
あの泥は異質ではあるものの“気”だ。
邪悪であろうと極悪であろうと、膨大なパワーを濃縮した“気”であることに変わりはなく、世界を押し潰すほどの物質的質量まで獲得していた。
あれは――破壊神その物。
彼の基礎能力を下支えする、途方もない力を秘めた礎である。
恐らく、以前から繋がりがあったはずだ。
108人もいたバッドデッドエンズに過大能力を授けられる余力。地球では老化を免れないにも関わらず老いとは無縁のエネルギッシュな活力。単身でも世界を滅ぼせると豪語する異常なまでの過信。
それらは混沌の泥による後押しがあったからに違いない。
――宇宙卵から誕生した。
そう自覚する前から無意識下で繋がっており、エネルギーを供給されていたのだろう。それがロンドに破壊神としての傍若無人な振る舞いを許していた。
覚醒することで、よりダイレクトに扱えるようになったらしい。
だがしかし、ロンドはまだ全力を出していない。
以前からツバサが警戒している懸念だが、混沌の泥はその一部かも知れない。そして、これで切り札をすべて開示したわけでもないはずだ。
まだ、何か、恐ろしい力を伏せている気がする。
リードが“時空間を空白で塗り潰す”能力を隠していたように……。
やはり、こちらも切り札が欲しい。
ツバサにとってのミロがそれに当たる。しかし、彼女がこの場に辿り着くまで持ち堪えられるか? とツバサの脳裏には不安が過っていた。
ミロが来るまで保たせるか、とも考えたが却下した。
時間稼ぎはすぐに勘付かれる。
ミロが到着する前に切り札を使われ、対応できなければお終いだ。
ならば本気で挑んだ方がいい。
ロンドもツバサに負けず劣らず好戦的だ。それも自身を打ち負かすほどの強敵を好む節がある。だからこそ好敵手に選んだツバサを茶会に誘い、こうして決戦が始まるまでの時間を先延ばしにしていた。
祭が始まるまでの興奮を少しでも長く味わうために……。
本腰を入れて挑めば、今度は戦闘そのものを楽しもうとするだろう。
それがミロが来るまでの時間稼ぎとなるはずだ。
そのためには、一秒でも長くロンドを楽しませなければならない。
だからこそ――天空の女神を解禁した。
これなら無限に湧いてくる混沌の泥にも対抗しうると踏んだからだ。まずはこの地平線まで埋め尽くす、泥の海へ対処しなければならない。
現在進行形で真なる世界全土が侵略されていた。
破壊神を中枢の核として、絶対的な滅びをもたらすために真なる世界の果てから隅々にまで行き渡り、破壊の限りを尽くしている。
破滅の先兵と成り得る汎用性まで持っていた。
真なる世界を滅亡へ追い込むべく、各地で猛威を振るっていた。
おかげで情報網からも被害報告が鳴り止まない。
四神同盟が保護している地域も例外なく襲われている。
防衛ラインを守るLV999の戦士たちが食い止めているが、不定型な泥は彼らは掻い潜り、それぞれの国を守る結界まで届いていた。
暫くは防御結界が持ち堪えるだろう。
しかし長時間は無理だ。混沌の泥による攻勢は留まることを知らない。
敗残者たちの悪意は無尽蔵に湧いてくるからだ。
できれば短期決戦――そうでなくとも戦闘を長引かせたくはない。
ツバサは「話し疲れた」という態でため息をつく。
「無駄話なら散々付き合っただろ……これ以上の御託を並べても、守護神と破壊神とじゃ相容れないんだ。それこそ話すだけ無駄にしかならん」
とっとと戦ろうぜ、とツバサは手招きをする。
「一見すると無駄だけど実は意味がある、なんてザラにあるけどな」
挑発的な仕種にロンドは肩を竦めて嘆息するも、本人の態度とは裏腹に混沌の泥は殺意を振りまきながら蠢動を始めていた。
ロンドも戦る気を昂ぶらせているのだ。
泥の表面が沸々と泡立ち、生命のスープとなって沸騰する。
混沌の泥は――生命を生み出す原始の海と化した。
対峙する2人は飛行系技能を使っている。
宙に舞うツバサを狙うべく、足下に広がる混沌の泥から空まで届く水柱が起ち上がり、そこか巨獣で編成された大部隊が現れる。
従来の巨獣より大きく、巨大獣に引けを取らないバケモノ揃いだ。
ほとんどが混沌の泥と融合している。
混沌の泥に塗れた巨大な百鬼夜行といった有り様だが、連中は構うことなく進撃してくる。起ち上がる水柱はひとつやふたつでは収まらず、十、二十、百……と高低差を付けて噴き上がり、瞬く間に百鬼夜行へと変わっていく。
眼下に広がる混沌の泥がすべて巨獣と化した。
四神同盟の各国を襲う巨獣軍団、その総数を凌駕するだろう。
数億に及ぶ実体化させた巨獣による蹂躙だ。国や島どころか大陸をも海底に沈めうる超過剰な戦力である。一個人にぶつけるものではない。
百鬼夜行の大軍勢が押し寄せる。
空を掴んで空へと駆け上がり、宙に浮かぶツバサへ殺到してきた。
「悪いが兄ちゃん、恥ずかしい話をぶっちゃけさせてくれ」
巨大な怪物たちの向こう側から、ロンドの軽薄な声が届けられる。
「オレ自身、まだ混沌の泥との付き合い方を学んでねえんだ。さっきから手探りで色々やっててな、これも試運転のひとつなのよ」
是非とも感想を聞かせてくれ、と百鬼夜行を追加に嗾けてきた。
巨獣で造られたドームに放り込まれ、圧倒的な数の暴力で押し潰してくるも同然である。しかも、怪物たちは半ば溶け合っているにもかかわらず、それなりに陣形を組んでいるので、隙間を潜り抜けることもできそうにない。
このままでは圧殺されて一巻の終わりだ。
ツバサは狼狽えることなく、暢気にロンドへ返事をする。
「気が合うなオッサン、ちょうど俺も試し切りがしたかったんだ」
天空の女神を実戦で使うのは初めてだ。
せっかくなので百鬼夜行を実験台に使わせてもらう。
逃げ場など何処にも見当たらない、巨大な怪物たちの大攻勢。これだけの戦力があれば、一瞬で日本くらいは壊滅に追い込めるはずだ。
LV999の神族といえど、処理できる凄腕は数えるほどだろう。
ツバサは巨獣で構成されたドームへと飲み込まれる。
次の瞬間――ドームが渦を巻いた。
急激に回り出したかと思えば、巨獣たちは姿勢を保てないとばかりに転げ回り、同士討ちでもするようにぶつかり合って絶命し、あるいは自らの筋力をフル活用させて、全身を曲がってはいけない方向へひしゃげさせている。
渦巻きは止まらず、回転の加速は止まらない。
あっという間に天地を結ぶ大竜巻が起こり、天変地異を巻き起こした。
強風のミキサーで攪拌されているように見えるだろう。
巨獣の群れはドロドロとした流動的な血肉となり、混沌の泥と混ざってドス黒い肉汁が渦巻いている。まるで血と肉でできた台風のような有様だ。
回転による加速は留まるところを知らない。
高速回転により生じる遠心力は、余計なものを振り落としていく。
血肉は様々な構成要素に振り分けられ、物質的なものは塵となって舞い散る。巨獣に絡んでいた混沌の泥は、浄化されるが如く悪意が振り払われる。
最終的には純粋な“気”だけが残った。
次第に“気”も薄まっていき、流れるように消えていく。
巨大な竜巻もいつの間にか静まり、混沌の泥が失せて荒野が戻ってきた。
その空には蒼で彩られたツバサが佇むばかりである。
ロンドは目の玉がこぼれ落ちかねないくらい両目を剥いて、顎が外れそうなほど開いた口がふさがらない。こめかみを一筋の冷や汗が流れていた。
所要時間は――およそ15秒。
たったそれだけで、過去最大級の攻撃を無力化されてしまったのだ。
いくら破壊神でも度肝を抜かれたのがよくわかる。
「あ、兄ちゃん……今、なにしたのよ?」
開いたままの顎をカクカク動かして、ロンドは恐る恐る尋ねてきた。
「見てたんだろ? 一度で理解しろよ」
ツバサは爽やかな笑顔で辛辣に言い返した。それから唇にイタズラな微笑みを浮かべると、小馬鹿にするように付け加える。
「さもなきゃ――世界を壊すの止めたら教えてやる」
~~~~~~~~~~~~
――幾億を数える巨獣たちの百鬼夜行。
巨獣の大群で形作られたドームを15秒で打ち消した絡繰。
その仕組みは大体こんな感じだった。
こちらを押し潰すべく迫る巨獣に、ツバサは慌ても騒ぎもしない。柔軟に対応できるよう身構え、両手をしなやかに動かして待ち受ける。
何事も最初が肝心だ。
「どんな攻撃であろうと先端がある……」
大陸を割る大河であろうとも、始まりは一滴の水から始まるように、どれほど強大な攻撃であっても、攻勢の最先端を走る力はあるものだ。
その先端を逃すことなく捉える。
真っ向からぶつかり合うなんて真似は絶対にしない。
ツバサの肉を裂くため突き立てられる巨獣の鉤爪。大きさはそこそこの雑居ビルを屋上から地下まで貫通するくらいあった。
その鉤爪の先端に、女神の嫋やかな手を添える。
鉤爪の進もうとする方向を逸らしつつ、その動きを相手が制御できないほど加速させるべく受け流し、関節はおろか筋肉や体組織があらぬ方向へひん曲がるように投げ飛ばし、他の巨獣へ激突して相討ちするように仕向ける。
牙を剥いてくる巨獣を手当たり次第に投げ飛ばす。
極めに極めた合気の技で、自らの力で自分と他者を壊すようにだ。
これを刹那の何百分の一という短時間で行う。
なにせ巨獣どもは百鬼夜行となって襲いかかってくる。
百匹二百匹を一瞬で始末しても追いつかない。
だから、刹那の間にLV999の動体視力でも追いつかぬ超速で手足を動かして、デカい怪物どもを延々と投げ飛ばし続ける。
ただ速いだけでは処理が追いつかない。
そこでいくつもの工夫を重ねることも忘れない。
ほんの些細な動作であっても極限まで無駄を削ぎ落とし、たったひとつの挙動にも十から百の意味がある動きを兼任させていた。
あまりの速さに残像すら許さない。
端からツバサを傍観した場合、微動だにしないように見えるだろう。敵味方問わず、視覚に捉えた者を騙すように動いているからだ。
それくらいの脅しは茶目っ気である。
こうすることで、巨獣といえども投げ回して翻弄していく。
皮が裂け、肉が潰れ、骨が砕けるまで……。
体格差など関係ないし無視する。それをできるのが、神族ならではの物理法則をも超える身体能力だ。存分に使わせてもらおう。
巨獣は総じて図体が大きいため、その身は重く筋力に優れている。
奴等にとって最大の武器をこちらが利用するのだ。
ツバサの流儀――それは合気。
かつてアシュラ・ストリートで「合気の王」の異名を取り、「重力使い」「物理的翻弄者」「人間ジャグリング」などとと恐れられた技量の本領。
師匠・斗来坊撲伝に見出された、力の流れを操る才能。
研鑽を重ねてきた合気の妙、神族の心技体で神業へと昇華させてある。
武道としての合気は、体得した技術による力学のコントロールにあるとツバサは考えている。精神論はいくつもあるが今は触れずにおきたい。
自身の力は最小限とし、不必要に力むことはない。
相手が振るってくる力を最大限に活用することで、抑えるも封じるも壊すも殺すも意のままとする。活殺自在の妙技こそが真髄だ。
即ち、相手が大きく重く強ければ強いほど、それらは合気を習得した者にとって利用価値があり、また相手を追い詰める武器となる。
力も速さもいらない。敵が振るう暴力を用いて自滅を促す。
まさに巨獣たちは絶好のカモだった。
連中の取り柄である「図体」「体重」「膂力」を逆手に取り、合気の技で肉体が自壊するまで投げ飛ばす。そのまま全身が塵となって自滅するまで、ひたすら投げ続けてやった。
また、天空の女神ならではの特殊能力も発動している。
ツバサを取り巻く蒼い髪と羽衣がそれだ。
これらは単なる飾りではなく、ツバサの周囲で撃破された敵がいればその残骸を洗い流して、無害な“気”へと変換する浄化作用が備わっていた。
巨獣たちを生み出した混沌の泥も例外ではない。
連中を投げ飛ばすついでに、泥も巻き上げて悪意という汚れを振り落としながら、綺麗さっぱりとした“気”に戻してやっていた。
その結果、巨獣も混沌の泥も一掃。
周囲一帯もただの荒れ地に戻ったというわけである。
この浄化能力は冥府神の過大能力からインスパイアしたものだ。その他にも参考になる能力は貪欲に吸収させてもらった。
天空の女神は――宇宙の女神。
太陽や月に星々……神々の魂という無数の力を飲み干しては生み出し、宇宙から降り注ぐ法外で無秩序な力も一身に受け止め、それらの力を余すところなく我が物とすることで母神としての力を増大させていく。
森羅万象の遍く力を制する女神。
巧緻なる合気の技術を極め尽くした、ツバサの流儀における究極形。
それが天空の女神モードである。
「いやはや……何事もナメてかかっちゃイケねえな」
ロンドは外れかけた顎を手で押し戻すと、ついでに垂れてきた冷や汗も手の甲で拭った。驚きこそしたものの、まだ慌てる時間ではないらしい。
耳まで裂けそうな口でニンマリ笑っている。
「ちょーっと大味だったかなー? と反省する間もなく、未だかつてない特大攻撃をあっさりダメにされちまうんだから……本当、兄ちゃんは凄えよな」
どこまで強くなんだよ? と興味本位な質問をされた。
ツバサは真顔で思ったままのことを答える。
「強くなるのに限界なんてないだろ」
「ギャハハハゲェラゲラゲラッ! 違ぇねえ! 正解だぜ兄ちゃん!」
これがウケた。ロンドは腹を抱えての大爆笑である。
「それこそが本物の強者の思考回路だ! 果てなんてねえ! 限界なんて想像したこともねえ! テメエが死ぬまでそうやって突き詰めていきやがる!」
やっぱり兄ちゃんは最高だぜ! とロンドは褒め殺しだ。
笑いながら雑談を交わすも戦闘中である。
ツバサは決して気を抜かないし、ロンドは混沌の泥を再補充に大忙しだ。そうは言っても当人は笑い転げ、忙しないのは泥ばかりだが。
大地から重油が染み出すように、光沢のある泥が湧き上がる。
視界に映る混沌の泥は消滅させたはずだ。
だというのに、瞬く間もなく泥の海が一帯を覆っていた。
限りなく無尽蔵に近い極悪な“気”の濃縮体。これらすべてが破壊神の扱えるエネルギーの総量だとすれば、遠大すぎて計り知れない。
手堅く削っていけば、いつかは殺し切ることもできるのか?
.
それまでツバサの気力体力が保つのか?
あるいは倒しても殺しても延々と湧いてくるほどの埋蔵量なのか?
だとしたら打開策を探る必要があるのか?
そもそも――世界を滅ぼすバケモノとたった一人で渡り合えるのか?
持ち前の用心深さが恐れ戦くものの、表情はあくまでもポーカーフェイスを貫いてみせる。こういう図太さはクロコから学んだものだ。
一方、ロンドは悪の親玉らしい壊れた表情で大笑していた。
「カカカカカッ! さて、と……まだまだ練習に付き合ってもらうぜ」
どうやら試運転はまだ終わってないらしい。
少なからずロンドも、混沌の泥という新しい力に戸惑っていた。
なにせ真なる世界すべての悪意から生じる“気”を、自分の物としていくらでも使えるというのだから、その法外さは度を超えている。
あれは悪意の凝結体――そして濃密な“気”。
これだけの“気”があれば、あらゆる願望を叶えるのも夢ではない。
ただし、その悪意ゆえ叶えた願いは歪むだろうが……。
――何でも出来る無限大の力。
裏を返せば、出来ることが多すぎて全容を掴めないのだ。
「正味の話、こうもデカいと扱いきれんのよ。ほら、オジさんが最新機器を上手いこと使えないのと同じでさ。馴れるのに時間ばっか掛かっちまう」
「そういうことは俺に話すべきじゃないぞ?」
弱味になりかねない欠点を好敵手にべらべら喋る神経を疑う。
しかし、当人も当惑するほどの力らしい。
試運転というよりは、新しい能力という真っ新な白紙に「出来ること」を記していく作業に近い。自分なりに能力の説明書を編纂中のようだ。
ロンドは小指で耳の穴をほじりながら惚ける。
「ま、適当にばら撒いても自動的に世界を滅ぼしてくれるんだけどな」
「そのせいでこちとら阿鼻叫喚の真っ最中だよ!」
ツバサはツッコミ気味に罵声を浴びせた。
あふれ出した混沌の泥が、四神同盟の各国を絶賛襲撃中である。
仲間たちのためにも即座にロンドをぶち殺したいのは山々なのだが、ツバサもまた混沌の泥の全能力を把握できず腰が退けていた。
迂闊に突っかかることができない。
こんな時、慎重派のツバサは大胆さに欠ける。
「まあ、そうカッカすんな。せっかくの爽やか美少女が台無しだぜ?」
「誰が爽やか爆乳巨尻美女だコラァッ!?」
ツバサの怒声を意に介さず、ロンドは指を鳴らした。
これを合図に泥がそそり立ち、ロンドの背後で太く大きく伸び上がる。
「いくらでも使えるからって、物量に任せて押し潰すみてえな技はちいっと無粋だったな。なら、ありったけを一点集中したらどんなもんだい?」
巨大な柱となった混沌の泥が新たな変容を遂げる。
今までの怪物や巨獣、巨大獣とは一味違った造形になるようだ。
その異様さツバサは既視感を覚えた。
「おい、それは……腕? 手? まさか……ッ!?」
「これには兄ちゃんも精神的外傷をチクチク刺激されるんじゃねえの?」
なにせつい最近だ、とロンドは愉しげだった。
混沌の泥が形作ったのは、大陸をも握り潰す異形の掌。
四本の縦に握れる指と、左右一対の横に握る指。類人猿の手と構造的によく似ているが、このような形式で六本指の手を持つ生物はいない。
超巨大蕃神――通称“祭司長”。
還らずの都での大戦争の折、唐突に現れた超弩級の蕃神である。
(※第198話~第201話参照)
異形の手は、あの“祭司長”の手を模したものだった。
ロンドはあの戦いも盗み見ていた。超巨大蕃神の情報もそれなりに入手しているはずだから、模倣するのは容易いことだろう。
しかし、ちょっとスケールが足らない。
混沌の泥で造られた掌は、本物と比べたら5分の1サイズだった。
それでも大陸を割り砕きかねない脅威だ。
突然現れた巨大な掌により、大気の電位差が急激に高められたため積乱雲が発生した。前触れもなく突風が吹き荒れて雷鳴が轟き渡る。
巨大な腕を暗雲を突き割り、空へと振り上げられていく。
「ハハハのハーッ! 悪いな兄ちゃん、泥の充填がまだまだ思うように行かなくて、ボリューム不足は否めないが……どうだい、なかなかの再現度だろ?」
超巨大蕃神モドキの掌が握り締められる。
不格好な拳になったそれは、ツバサに照準を合わせていた。
「そんじゃあ食らってくれ! 超蕃神パンーチ!」
ロケットパーンチ! の発音で異形の拳を振り下ろしてくる。
ツバサは眼こそ見張るものの口元は笑っていた。
直撃すれば地の底にある岩盤まで打ち砕き、爆心地から海岸に至るまでの広大な大地に深い谷のような亀裂を縦横無尽に走らせる痛恨の一撃。
ツバサはその拳を――片手で受け止めた。
余波も波及も衝撃波も生じさせない。
大陸をも粉砕する破壊力を、完全無力化するように相殺させた。
「ホワッツハプンッ!? 手応えまで0だと!?」
「ああ、俺たちの激突で世間に迷惑を掛けるわけにはいかんからな」
異形の拳から叩き込まれるパワーを想定し、片手で接触すると同時に合致するよう計算して、まったく同等のパワーで押し返したに過ぎない。
いい勝負の綱引きは中心が動かない。
この格言に倣って、打ち消すことに成功したのだ。
では、異形の拳と同じだけのパワーをどのように都合したのか?
膂力全振りの殺戮の女神ならいざ知らず、筋力や体力にそこまで強化を割り振っていない天空の女神では、明らかに出力が足りない。
その絡繰が――蒼に染まる髪と羽衣だ。
これらはツバサが合気で受け流した攻撃を浄めるのみならず、浄化された“気”を取り込んで貯められる機能もあった。そうして貯めた“気”を長く伸びる羽衣や髪の中で加速させ、力を増幅させることも可能である。
先ほどの巨獣による百鬼夜行――。
奴らを塵になるまで分解した際、巻き上げた“気”を蒼い羽衣や髪の中に貯めておいて、時間が許す限り加速させておいた。
それを腕力に費やすことで異形の拳を受け止めたのだ。
ここでロンドは更なる異変に気付く。
「受け止めただけじゃねえ……おい、全然動かねえぞ!?」
異形の腕で反撃すべく引き戻したいのだろうが、ツバサの右手で押さえ込まれた拳はピクリとも動かない。静止画のようにその場に留まっていた。
ツバサはわざと尊大な態度で振る舞う。
「動画でも漫画でもアニメでも映画でもいい、見たことないのか?」
これが合気の極意だよ、と得意気に教えてやる。
握手を交わした相手――その肉体を制御下に置く秘技。
手を握られた者は微動だにできず、術者の意のままとなるばかり。
常識的に考えたら理屈も原理も意味不明が過ぎるのだが、そのインパクトから合気の神秘性を高めるのに一役買っている絶技だ。
その絶技を神族レベルへ引き上げることに成功した。
大地を砕く拳であろうとも、こうして時間を停止させたかのように動きを封じることもできる。そして、ここから別の技へと派生させられるのだ。
「くっ! このっ……おい、動けよコラッ!?」
ロンドは手旗信号でも振るかのようにジタバタと両腕を振り回して、異形の拳を振りほどくためにやたらめったら指示を飛ばす。
だが、簡単に逃がしてやるわけがない。
ツバサから引き離すため、全力を振り絞った瞬間が狙い目だ。
「おっ、動い……たわばあああーッ!?」
異形の拳を解放すると同時に、合気の技で拳の軌道を操作する。
そして、ロンドを殴り飛ばすようにかち上げさせた。
不可思議な拘束を振りほどくために出した力を、全面的に利用させてもらう。大陸をも打ち抜く隕石みたいな巨拳をまともに食らい、ロンドは壁に叩き付けたトマトのようにぺしゃんこだ。
ここで心を鬼にして、徹底的な追い打ちを仕掛ける。
ロンド自身を叩き潰した異形の拳。
山脈よりデカくても意に介することなく、さっきの巨獣たちの百鬼夜行と同じ道を辿らせるべく、塵と“気”に選り分けるまで投げ飛ばしていく。
「うぉぉぉおおおおりゃああああああーーーッ!」
気合いを入れるあまり、ツバサは力みながら叫んでしまった。
出現しただけで嵐を起こした超巨大蕃神モドキの手。
それを混沌の泥から引き千切り、天地無用でボロボロに引き千切れるまで投げ回すものだから、嵐による被害は天井知らずで跳ね上がっていく。
せっかくなので、この嵐も有効利用する。
自然の根源となる過大能力で、風や雷を支配下に置いたのだ。
それらを駆使して混沌の泥も打ち消し、延々と投げ飛ばされることで崩れていく異形の拳やロンドにも継続ダメージを与えてやる。
時間にして――およそ32秒。
大量の混沌の泥も、超巨大蕃神を模した手も、そして破壊神も消え失せた。
すべて無害な“気”に変えたのだ。
乾いた土が広がる荒野にツバサだけが取り残される。
「……ここで勝利宣言できたら楽なんだけどな」
ツバサは疲れた嘆息をすると、気を引き締めて五感及び第六感までのセンサーを最大感度で拡大させる。どんな微妙な異変でも取りこぼさない。
案の定、ロンドの極悪な気配を発見してしまった。
髪や羽衣に貯めて増幅させている“気”。
その“気”を莫大な魔力に変換したツバサは、ありったけの轟雷をなんの変哲もない地面の一点へと集中させるように叩き落とした。
何条もの稲妻が逆三角形を描いて、ただ一点へと突き刺さる。
「このッ……セコい真似してんじゃねえ!」
「ちぃぃぃッ! 兄ちゃん、かくれんぼの鬼やらせたら強そうだな!」
轟雷が降り注ぐ一点からロンドの声がした。
そこの地面が割れると、油膜のような光沢を帯びた泥が勢いよく噴出し、その中から無傷のロンドが飛び出してくる。
投げている途中、取り逃がした感覚は間違いではなかった。
破壊神ロンドの本体は、あの極悪親父に他ならない。
あの人型さえ潰せば勝利なのだが、そうは問屋が卸さない。あの人型の中にも核と呼ぶべきものが存在しているらしいのだ。
脳なのか心臓なのか別物なのか――それが無事ならロンドは復活する。
最悪なことに肉体を再構成する材料には事欠かない。
破壊神の一部、あの混沌の泥があれば何度でも復活できるのだ。だから緊急事態ともなれば、躊躇なく核を逃がして九死に一生を得ようとする。
ますますトドメを刺すのが難しくなってきた。
「攻めあぐねてる――って感じだな」
作り直した肉体を確かめるように、ロンドは首をコキコキ鳴らした。
ツバサの戦績を評価するように続ける。
「天空の女神、だったか? その変身形態でお得意の合気道の腕を天元突破するくらい高めたのか……超必殺技の連続でオジさん仰天しっぱなしよ」
天晴れ! とロンドは空々しい拍手を送ってきた。
小馬鹿にされた気分のツバサは「フン!」と鼻を鳴らす。
「破壊神を倒せなければ無駄骨さ……」
「そう卑下すんない。今んところ、おまえさんの圧倒じゃねえか」
確かに、一見するとツバサが優勢に見えるだろう。
だが、混沌の泥のせいでロンドを仕留めきれないのだ。
しかもロンドは言及こそしないが、次第に形勢が逆転していくことを予想できているはずだ。混沌の泥そのものである本人が気付かぬわけがない。
あの泥は――進化しつつある。
時間を追うごとに質も量も改善されており、生物的な狂暴性まで増大させて世界に牙を剥いているのだ。スライム状なのに敏捷性まで上げており、生物を取り込む粘性も高められ、攻撃すれば瞬時に硬質化する特性まで得ていた。
最終的にはどうなるか? 考えるだに恐ろしい。
「ま、破壊神にしろ泥にしろ、止めたいんなら早くしないとな」
ロンドはスーツの襟を正しながら忠告してくる。
「さもないと……兄ちゃんより先に世界を終わっちまうぜ?」
これは迂遠な警告であると同時に脅迫だ。
ツバサが破壊神退治にモタついていると、守るべき真なる世界が先に滅ぼされてしまう。四神同盟の仲間やそこに生きる民まで死んでしまう。
さあ――どうするよ兄ちゃん?
助けに行きたければ行くといい、破壊神は別に止めたりはしない。
弓なりに細められた眼が口ほどに物を言っていた。
ツバサを煽って動揺させたいらしいが、付き合うつもりはない。
「ハッ……俺たちは喧嘩の最中だろうが」
ロンドの挑発を聞き流し、その一言で笑い飛ばした。
「俺の仲間に軟弱な奴は一人もいない……何があろうとも、自他問わず守って生き残るタフな気概の持ち主ばかりだ。この瞬間、みんなも死力を尽くしている」
国々の守護はそれぞれの仲間へ一任する。
ならば、ツバサはツバサにしか成し得ないことを成すまでだ。
「――破壊神の相手は守護神だ!」
何があっても投げ出すことはない! とツバサは宣言する。
破壊神の撃破を完遂するまでだ。
鬼気を越える形相で凄むツバサに、ロンドは嘲りの笑みで明かす。
「なんだよ、『仲間が心配だー!』って背中を向けたところに後ろからズドン! って悪役らしい手口をやりたかったのに……兄ちゃん、ノリが悪いなー」
「……そういう腹積もりかよ」
相変わらず、くだらない茶番が好きな男だ。
「まあ、いい宣誓を聞けたからチャラとしよう。それにしても……フフフッ、最高に王の器じゃねえの。いやさ、兄ちゃんなら女王の器か?」
「誰が女王の器だこの野郎!?」
激昂するツバサを笑い飛ばして、ロンドは宙返りをする。
幾度かのトンボ返りでツバサから距離を置くとともに、懲りずに湧き上がってきた混沌の泥を広げていき、またしても一帯を泥の海に沈めた。
その泥に塗れた海から何かが浮かんでくる。
蛇なのか龍なのかわからないが、果てしなく長い胴体を持っていた。
それは一匹の途轍もなく大きい龍なのか、それともいくつもの頭を備える巨大な多頭蛇なのか、どこまでも伸びる蛇体が複雑に絡んでいて判然としない。
「試運転の結果は上々だ。おかげさんで色々わかった」
泥から顔を現したのは厳つい大蛇だった。
「雑魚どもなら泥のままで十分、ジャンジャンばら撒けばいい」
幾本ものの角を生やしており、コブラのように顔の左右へ皮膜を張り出しているのだが、そこに数え切れないほどの蛇の頭を生やしていた。
世界各地の神話に伝わる――世界の終焉。
そこに現れる、世界を滅ぼす巨大な蛇を思い出させる。
「そして兄ちゃんみたいな達人には、デカいのを補佐に付けて……」
破壊神が自ら相手取る――これが最適解だ。
ロンドは大蛇の頭に乗ると、混沌の泥に鼓舞するように沸き立たせた。
大蛇も釣られて轟音みたいな鳴き声で威嚇してくる。
なによりロンドが大音声を張り上げた。
「さあ! 喧嘩も本番はここからだ! 存分に楽しもうぜ兄ちゃん! 宇宙卵から生まれたオレが断言しよう! “終わりで始まりの卵”公認だ!」
ここが世界の頂点――守護神と破壊神の頂上決戦。
「引き分けもあいこもなし! 最終バトルと洒落込もうぜぇ!」
ようやく重い腰を上げる気になったらしい。
ロンドから発せられる気迫も桁違いのものとなった。正面から浴びると産毛どころか肌までチリチリと焦げるみたいだ。
強すぎる迫力が物理的威力まで伴っているらしい。
「……ああ、上等だ」
負けじとツバサも覇気を漲らせて対抗する。
破壊神の迫力を跳ね返して、ロンドの駆る大蛇を尻込みさせるほどだ。
呼応するように蒼髪や羽衣が長さを伸ばして広がる。ロンドが喚び出した大蛇に張り合うわけではないが、こちらも能力の底上げをしておいた。
こちらの準備が終わるとロンドが突っ込んでくる。
「行くぜ兄ちゃん! 1200%のオレを受け止めてくれよなぁぁぁッ!」
臆することなくツバサは真正面から迎え撃つ。
「気色悪い言い方するんじゃねえよ……この極悪親父がぁーーーーーッ!」
斯くして、守護神と破壊神は衝突を果たす。
その日――中央大陸の北部は真なる世界から消えてしまった。
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小さい頃から憧れだった探索者、そしてその探索を動画にする配信者。
憧れは目標であり夢である。
高校の入学式、矢嶋霧矢は探索者として配信者として華々しいスタートを切った。
ダンジョンへと入ると種族ガチャが始まる。
自分の戦闘スタイルにあった種族、それを期待しながら足を踏み入れた。
その姿は生配信で全世界に配信されている。
憧れの領域へと一歩踏み出したのだ。
全ては計画通り、目標通りだと思っていた。
しかし、誰もが想定してなかった形で配信者として成功するのである。
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